大魔王ゾーマさんは勇者じゃない彼にだけ優しい 作:クォーターシェル
スマートフォンの画面に表示されたニュースを、俺は何度も見返していた。
――ドラゴンクエストシリーズ最新作、追加情報公開。
「……やっと来た」
思わず、声が漏れる。
発売日は来週。長かった。発表からここまで、ずっとこの日を待っていた。
新システム、新フィールド、新モンスター。
細かい情報を追うたびに、頭の中ではもう冒険が始まっている。
「今回は、徹夜だな……」
誰に言うでもなく呟いて、ベッドに仰向けになる。
プレイヤーネームはいつも通り――レイ。
最初の村で何を買って、どんな順番で進めるか。
そんなことを考えているだけで、自然と笑みが浮かんだ。
――その日の夜までは。
翌朝、体が妙に重かった。
喉が痛く、頭がぼんやりする。
「……まさか」
嫌な予感は、たいてい当たる。
流行り病だった。
高熱と寒気、関節の痛み。
医者には「しばらく安静に」と言われ、俺は自室に戻された。
天井を見つめながら、荒い息を吐く。
「発売……一週間前、なのに……」
悔しさと熱で、意識が曖昧になる。
時間の感覚が溶けていく。
目を閉じると、音が聞こえた。
――どこかで聴いたことのある、旋律。
懐かしくて、胸の奥がざわつく音楽。
草を踏む感触。
遠くで、ぷるん、と跳ねる影。
(……スライム?)
でも、どの作品のフィールドだったかは思い出せない。
似ている。けれど、違う。
「……夢、か……」
そう思ったところで、意識が途切れた。
――次に目を開けた時。
俺は、空の下に立っていた。
青空。
広がる草原。
遠くに伸びる街道と、見知らぬ町の輪郭。
「……え?」
体を動かす。
軽い。痛みも、熱もない。
深く息を吸い込むと、澄んだ空気が肺に満ちた。
「……ここ、は……」
ドラゴンクエストの世界。
そう言われれば、否定できない。
だが、同時に確信もあった。
――どの作品の世界でもない。
知っているようで、知らない。
懐かしいのに、記憶にない。
俺は一度、口を開きかけて、止めた。
本名を名乗る気にはなれなかった。
この世界では、浮く。
「……レイで、いいか」
昔から使ってきた名前。
ゲームの中で、何度も冒険してきた名。
不思議と、それが一番しっくり来た。
俺――レイは、
まだ知らなかった。
この世界で大魔王と巡り合うことを。
街道を進むと、ほどなく町に辿り着いた。
石造りの門。
行き交う人々。
革鎧を着た男や、杖を持った女性の姿もある。
「……完全に、ドラクエだな」
そう呟きながらも、違和感は消えなかった。
見たことがありそうで、はっきりと思い出せない。
町の名前を示す看板を見て、俺は首を傾げる。
「聞いたこと、ないな……」
少なくとも、歴代シリーズにこんな地名はなかったはずだ。
情報を得ようと、酒場に入る。
冒険者らしき人間たちが、昼間から騒がしく談笑していた。
「新顔か?」
声をかけてきたのは、受付らしき女性だった。
「あ、はい……えっと」
一瞬、本名を言いそうになって、言い直す。
「レイです」
「レイね。冒険者登録する?」
迷う理由はなかった。
この世界で生きるなら、戦えなければ話にならない。
「お願いします」
簡単な手続きの後、木札のような証を渡される。
「最初は町の周辺でスライム退治がおすすめよ。
無理はしないこと」
「……ですよね」
最弱の魔物。
それでも、初めての実戦は慎重に行きたい。
次に向かったのは武器屋だった。
壁に並ぶ剣や槍は、どれも見慣れたような形をしている。
「初心者向けで、安いのをください」
「ならこれだな」
渡されたのは、シンプルな片手剣。
重すぎず、握りやすい。
中古の革鎧と、最低限の装備を揃え、財布の中身はほぼ空になった。
「……ゲームなら、もっとゴールド余裕あるんだけどな」
苦笑しつつ、町の外へ向かう。
門をくぐると、再び草原が広がった。
遠くで、ぷるん、と跳ねる青い影が見える。
「スライム……」
胸の奥が、少しだけ高鳴った。
剣を抜く。
構える。
思ったより、自然に体が動く。
「……やれる、か」
少なくとも、現実世界で病に伏せていた頃よりは、ずっと。
だが、その時だった。
風が止んだ。
さっきまで揺れていた草が、ぴたりと静まる。
「……?」
背中に、ぞわりとした感覚が走る。
「……気の、せいか?」
俺はまだ、この時点では知らなかった。
この世界で最も恐れられる存在が、
すぐそこまで来ていることを。
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