大魔王ゾーマさんは勇者じゃない彼にだけ優しい   作:クォーターシェル

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第1話 異世界に落ちた俺と、擬人化してるゾーマ

草原に響く、ぷるん、という間の抜けた音。

 

 視界の端で跳ねる青い影――スライムを前に、俺は剣を構えていた。

 

「……落ち着け」

 

 相手は最弱モンスター。

 頭では分かっている。

 

 だが、ゲームと違ってリセットは効かない。

 この一振りは、現実だ。

 

 踏み込む。

 剣を横に払う。

 

 ぐにゃりとした感触が手に伝わり、スライムは弾けるように消えた。

 

「……倒せた」

 

 思わず息を吐く。

 震えていたのは、剣を持つ手の方だった。

 

「よし……いける、な」

 

 二体目、三体目。

 多少手こずりはしたが、致命的な失敗はない。

 

 ――だが。

 

 四体目に向かおうとした瞬間、

 空気が変わった。

 

 風が止み、草のざわめきが消える。

 背中に、冷たいものが這い上がってくる。

 

「……?」

 

 顔を上げた俺の視界に、

 それはいた。

 

 人の形をした影。

 だが、闇そのものを衣のように纏い、輪郭が揺らいでいる。

 

 直感が叫んだ。

 

 ――格が違う。

 

 スライムどころじゃない。

 冒険者? 魔物?

 そんな分類すら意味を持たない。

 

 俺の口が、勝手に動いた。

 

「……ゾーマ……?」

 

 あり得ない。

 だが、そうとしか思えなかった。

 

 歴代シリーズでも屈指の大魔王。

 闇と氷を司り、世界を滅ぼした存在。

 

 腰から力が抜け、俺はその場に座り込んだ。

 

「う、嘘だろ……」

 

 逃げろ。

 そう思っても、体が言うことを聞かない。

 

 だが、影は動かなかった。

 

 代わりに、静かな声が響く。

 

「……怯えすぎだ」

 

 低く、落ち着いた声。

 威圧はあるが、怒気はない。

 

「ここで座り込まれても困る」

 

「……困る、って……」

 

 ツッコミたいのに、喉が震えて声が出ない。

 

 次の瞬間。

 

 闇が、ほどけた。

 

 黒い衣が霧のように剥がれ落ち、

 中から現れたのは――

 

 青い髪の少女だった。

 

 年の頃は十五、六。

 整った顔立ちに、冷たい印象の蒼い瞳。

 

 だが、どう見ても――人間の、美少女だ。

 

「…………」

 

 理解が追いつかない。

 

 少女は俺を見下ろし、首を傾げた。

 

「……何だ、その顔は」

 

「い、いや……」

 

 魔王ゾーマ。

 最終ボス。

 世界の敵。

 

 それらの単語が、目の前の少女と結びつかない。

 

「……私はゾーマだが」

 

 さらりと名乗る。

 

「その反応を見る限り、

 お前は私を知っているようだな」

 

「そ、そりゃ……」

 

 知っているに決まっている。

 知らない方がおかしい。

 

「……だが、思っていたのと違う、と」

 

 ゾーマは淡々と続ける。

 

「擬人化しているからか?」

 

「……自覚はあるんだ」

 

「ある」

 

 即答だった。

 

「この姿の方が、人間界では行動しやすい」

 

 合理的すぎる理由だった。

 

「……えっと」

 

 混乱したまま、俺は口を開く。

 

「今、俺……殺される?」

 

「今は殺さない」

 

 即答。

 だが安心できない。

 

「“今は”って何!?」

 

「お前は勇者ではない」

 

 ゾーマは俺を一瞥した。

 

「力の質が違う。

 だが……戦えなくもない」

 

「それ、褒めてる?」

 

「事実を述べているだけだ」

 

 そう言って、彼女は一歩近づく。

 

 近い。

 

 距離感が、おかしい。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「動くな」

 

 顔を覗き込まれ、思わず息を止める。

 

「……なるほど」

 

「何が……」

 

「お前、ここに来る前は弱っていたな」

 

 核心を突かれ、言葉を失う。

 

「死にかけていた、と言ってもいい」

 

「……っ」

 

「だが、今は生きている」

 

 ゾーマは目を細めた。

 

「面白い」

 

 その一言が、やけに引っかかった。

 

「……名前は」

 

「レイ」

 

 本名ではない。

 だが、自然にそう答えていた。

 

「レイ、か」

 

 小さく反芻する。

 

「光を連想させる名だな」

 

「……そう?」

 

「闇に対して、悪くない」

 

 なぜか、評価された。

 

「……なあ、ゾーマさん」

 

 気づけば、そう呼んでいた。

 

 彼女は一瞬だけ目を瞬かせる。

 

「……“さん”付けか」

 

「嫌なら――」

 

「構わない」

 

 即答だった。

 

「今は、そういう距離なのだろう」

 

 その言い方が、妙に胸に残る。

 

「レイ」

 

 名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。

 

「今日はもう戻れ。

 お前は、まだ戦いに慣れていない」

 

「え……?」

 

「死なれては困る」

 

「……やっぱり困るんだ」

 

「当然だ」

 

 何が当然なのかは、分からない。

 

 だが、彼女は背を向ける。

 

「また来い。

 お前の戦い方は……少し、見ておく価値がある」

 

 そう言い残し、

 ゾーマは闇に溶けるように消えた。

 

 草原に、風が戻る。

 

 俺はしばらく、その場から動けなかった。

 

「……何なんだよ、今の……」

 

 魔王。

 美少女。

 クーデレで、距離感が変。

 

 そして――

 

「……優しかった、よな?」

 

 そう思ってしまった自分に、

 俺は頭を抱えた。

 

 この出会いが、

 世界をどう変えるのかも知らずに。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

町へ戻る頃には、空は茜色に染まり始めていた。

 

 門をくぐった瞬間、張り詰めていた緊張が一気に抜ける。

 足が、少し震えていた。

 

「……はあ」

 

 深く息を吐き、俺はそのまま宿屋へ向かった。

 昼間、酒場で場所だけは確認してある。

 

 木造の建物。

 看板には、簡素な剣と盾の絵。

 

「一泊、お願いします」

 

 カウンターの奥から顔を出したのは、気さくそうな女将だった。

 

「はいよ。食事付きでいいかい?」

 

「……お願いします」

 

 部屋は狭いが清潔で、

 ベッドと小さな机、それに椅子が一つ。

 

 扉を閉めた瞬間、俺はベッドに腰を下ろした。

 

「……今日一日で、色々ありすぎだろ」

 

 天井を見上げる。

 

 異世界。

 冒険者。

 スライム。

 そして――ゾーマ。

 

 脳裏に、青い髪の少女の姿が浮かぶ。

 

「……大魔王、だよな……」

 

 どこからどう見ても、

 あれは歴代シリーズでもトップクラスに有名な存在だった。

 

 なのに。

 

「……可愛かったな」

 

 思わず、そんな言葉が漏れる。

 

 無表情で、淡々としていて。

 距離感がおかしくて。

 なのに、どこか面倒見が良さそうで。

 

「……“死なれては困る”って、何なんだよ」

 

 あれは脅しだったのか。

 それとも、本音だったのか。

 

 分からない。

 

 分からないことだらけだ。

 

 ふと、胸の奥に小さな違和感が浮かぶ。

 

「……もしかして、これ……夢なんじゃないか?」

 

 急に、そんな考えが頭をよぎった。

 

 現実世界では、

 俺は流行り病で高熱にうなされていた。

 

 意識が朦朧として、

 気づいたらここにいた。

 

「……夢なら、納得はするんだよな……」

 

 ドラゴンクエストの世界。

 知らない町。

 擬人化したゾーマ。

 

 都合が良すぎる。

 

 そう思い、俺は自分の頬をつねった。

 

「……痛っ」

 

 ちゃんと痛い。

 

 次に、剣を持った手を見る。

 指を動かす。

 感触は、はっきりしている。

 

「……やっぱ、夢じゃない、よな……」

 

 現実感がある。

 妙なほどに。

 

 ベッドに仰向けになり、目を閉じる。

 

 暗闇の中で、

 またゾーマの声が蘇る。

 

『レイ』

 

 名前を呼ばれただけなのに、

 胸が少しだけ熱くなる。

 

「……ダメだろ、俺」

 

 相手は魔王だ。

 世界を滅ぼす存在。

 

 可愛いとか、そういう次元の話じゃない。

 

 なのに。

 

「……ゾーマさん、か……」

 

 敬称をつけて呼んだ時の、

 一瞬だけ目を瞬かせた表情。

 

 あれが、やけに頭から離れなかった。

 

「……明日、どうなるんだろ」

 

 また会うのか。

 会わない方がいいのか。

 

 分からない。

 でも――

 

「……会う気、満々じゃん……」

 

 自嘲気味に呟いて、

 俺は小さく笑った。

 

 その夜、夢は見なかった。

 

 それが逆に、

 この世界が現実である証拠のように思えて。

 

 俺は静かに、眠りに落ちた。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

朝の光が、窓から差し込んできた。

 

 目を覚ますと、体はしっかりと休まっている。

 夢の余韻もなく、頭は妙に冴えていた。

 

「……やっぱ、現実か」

 

 身支度を整え、宿を出る。

 町はすでに動き出しており、冒険者や商人の姿が行き交っていた。

 

 町の外へ出る前に、

 もう一度、情報を集めておきたかった。

 

 向かったのは、昨日も顔を出した酒場だ。

 

 朝だというのに、すでに数人の冒険者がテーブルを囲んでいる。

 酒ではなく、食事と情報を目当てにしているらしい。

 

 カウンターに腰を下ろし、耳を澄ませる。

 

「……最近、魔物の数が増えてきてるらしいな」

 

「らしい、じゃねえ。実際増えてる」

 

 低い声の男が、パンをかじりながら言った。

 

「街道沿いでも、スライムだけじゃ済まなくなってきた」

 

「近くの村じゃ、夜間の見回りが増えたって話だ」

 

 別の男が続ける。

 

 俺は、思わず聞き耳を立てた。

 

「王都も動いてるらしいぞ」

 

「警戒を強めてるって?」

 

「ああ。兵の数を増やして、門の検問も厳しくなった」

 

 王都。

 この国の中心だろう。

 

 そこが警戒を強めるほど、

 状況はよくないらしい。

 

「……勇者は?」

 

 誰かが、ぽつりと呟いた。

 

 その言葉に、酒場の空気が一瞬、沈む。

 

「……いない」

 

「少なくとも、名乗りを上げた奴はいないな」

 

「昔話だろ、もう」

 

 勇者。

 ドラゴンクエストの象徴。

 

 だが、この世界では――

 

「……不在、か」

 

 俺は、胸の奥でその言葉を反芻した。

 

 その時、カウンターの女将が声をかけてきた。

 

「兄ちゃん、新顔だね」

 

「あ、はい」

 

「冒険者?」

 

「一応……昨日、登録しました」

 

「そうかい」

 

 女将は、少し考えるような顔をしてから言った。

 

「今は、無理はしない方がいいよ」

 

「……やっぱり、魔物の件ですか」

 

「ああ。腕に覚えのある連中でも、

 最近は苦戦してる」

 

 俺は、自分の手を見る。

 

 剣を振れる。

 スライムも倒せる。

 

 だが――

 

「……俺、今って“無職”ですよね」

 

 女将は、少し驚いた顔をした後、頷いた。

 

「まあ、そうなるね」

 

「ちゃんと戦えるようになるには……」

 

「職に就くか、転職するしかない」

 

 転職。

 

 聞き慣れた単語に、背筋が伸びる。

 

「ダーマ神殿、って聞いたことある?」

 

「……あります」

 

 ドラクエでは、定番中の定番だ。

 

「ここからは、だいぶ遠いけどね」

 

「……やっぱり」

 

「でも、特技や呪文を覚えたいなら、

 あそこしかない」

 

 遠方。

 魔物の増加。

 王都の警戒。

 

 そして――勇者不在。

 

 情報が、頭の中で繋がっていく。

 

「……簡単な旅じゃ、なさそうだな」

 

 それでも。

 

 俺は立ち上がる。

 

「ありがとうございます」

 

「気をつけなよ、レイ」

 

 名前を呼ばれ、少し驚いた。

 

「もう顔、覚えたからね」

 

 酒場を出ると、朝の空気が心地よかった。

 

 遠く、街道の先に視線を向ける。

 

 ダーマ神殿。

 まだ見ぬ職。

 そして――魔王。

 

「……ゾーマさん、か」

 

 昨日の少女の姿が、脳裏に浮かぶ。

 

 この世界が、

 ただの冒険譚で終わらないことを、

 俺はなんとなく察していた。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

酒場を出て、町の門へ向かう。

 

 頭の中は、不思議と冷静だった。

 

「……結局、やることは一つだよな」

 

 この世界で生きるには、力がいる。

 金もいる。

 知識も、経験も足りない。

 

 ダーマ神殿は遠い。

 王都はきな臭い。

 魔物は増えている。

 

「いきなり大冒険、ってわけにもいかないか」

 

 歴代のRPGの主人公たちも、最初は同じだったはずだ。

 

 スライムを倒し、

 ゴールドを拾い、

 少しずつ強くなる。

 

「……真似させてもらうよ」

 

 町を出て、昨日と同じ草原へ足を踏み入れる。

 

 最初に見つけたのは、やはりスライムだった。

 

「来い……!」

 

 剣を構え、踏み込む。

 昨日よりも、動きに無駄がない。

 

 斬る。

 弾ける。

 消える。

 

「……よし」

 

 一体、二体。

 経験値という概念があるかは分からないが、

 確実に“慣れ”が積み上がっていくのを感じた。

 

 次に現れたのは、ももんじゃだった。

 

 小柄で素早く、

 こちらを挑発するように動き回る。

 

「ちょこまかと……!」

 

 空振り。

 体勢を崩す。

 

「っ……!」

 

 爪が鎧をかすめる。

 痛みは浅いが、ヒヤリとした。

 

 だが、次の瞬間――

 

「……今だ!」

 

 踏み込み、横から薙ぐ。

 ももんじゃは悲鳴を上げて倒れた。

 

「……はあ……」

 

 息を整え、地面に落ちた小さな袋を拾う。

 

「……ゴールド、だよな」

 

 量は少ない。

 だが、確かに“稼いだ”感覚があった。

 

「……生きてるな、俺」

 

 町と草原を行き来しながら、

 同じことを何度も繰り返す。

 

 スライム。

 ももんじゃ。

 たまに、少し強そうな魔物。

 

 剣の重さに慣れ、

 距離感が分かり、

 無駄な動きが減っていく。

 

 ――その時だった。

 

 ふと、背中に視線を感じた。

 

「……?」

 

 嫌な気配ではない。

 だが、無視できない。

 

 振り返ると――

 

 そこに、彼女はいた。

 

 青い髪。

 黒を基調とした服装。

 感情の薄い、蒼い瞳。

 

「……また会ったな、レイ」

 

「……ゾーマさん……」

 

 心臓が、一拍遅れて跳ねた。

 

「言ったはずだ。

 無理はするなと」

 

「……一応、無理はしてないつもりです」

 

 ゾーマは、周囲を一瞥する。

 

 倒れた魔物。

 剣についた痕。

 俺の息遣い。

 

「……悪くない」

 

 短い評価。

 

「だが、まだ粗い」

 

「ですよね」

 

「分かっているならいい」

 

 彼女は、当然のように隣に立った。

 

 距離が、近い。

 

「……あの」

 

「何だ」

 

「魔物、増えてるって話……本当なんですか」

 

 ゾーマは、少しだけ目を細めた。

 

「当然だ」

 

「……当然?」

 

「世界は、動いている」

 

 それだけ言って、彼女は前を向く。

 

「レイ」

 

 名前を呼ばれる。

 

「弱い敵を倒す判断は、正しい」

 

「……!」

 

「生き残るための選択だ」

 

 それは、魔王の言葉とは思えないほど、

 現実的で、優しかった。

 

「……しばらく、見ていてやる」

 

「え?」

 

「お前の戦い方だ」

 

 ゾーマは淡々と言った。

 

「退屈しない程度には、な」

 

 その口調に、わずかな――

 本当にわずかな、柔らかさを感じて。

 

 俺は、思わず苦笑した。

 

「……それ、光栄って言っていいんですかね」

 

「好きに解釈しろ」

 

 そう言いながら、

 彼女はまた、俺のすぐそばに立っていた。

 

 大魔王と、並んで草原に立つ。

 

 そんな状況に慣れ始めている自分が、

 少しだけ怖かった。

 




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