大魔王ゾーマさんは勇者じゃない彼にだけ優しい 作:クォーターシェル
スライムを一体倒す。
息を整え、剣を振り下ろす角度を確認する。
そんな俺の背後で、
ゾーマさんは腕を組み、静かに立っていた。
……視線が、痛い。
「なあ、レイ」
「はい」
「なぜ、あれほど弱い魔物とばかり戦っている?」
やっぱり来た。
「えっと……俺、まだレベルも低いですし、装備も最低限で……」
「だからだ」
ゾーマさんは、即座に言い切る。
「強い魔物と戦うべきだ」
「いやいや、無理ですよ!」
思わず声が大きくなる。
「勝てない相手に挑むのは無謀ですし、
死んだら元も子もないですから!」
歴代RPGプレイヤーとして、
ここは譲れない。
ゾーマさんは、少し考えるように黙り込んだ。
「……なるほど」
納得したのかと思ったが、
次の言葉は違った。
「弱い敵を選び続ければ、
得られるものも、弱い」
「それは……そうですけど」
「力は、挑戦の中で伸びる」
淡々とした声。
そこに、威圧はない。
だが――重い。
「……理屈は、分かります」
俺は正直に言った。
「でも俺は、勇者じゃないんです」
その言葉に、
ゾーマさんの視線が一瞬だけ、鋭くなる。
「勇者でなくとも、戦う者はいる」
そう言って、彼女は前に出た。
「見せてやる」
「え?」
次の瞬間、
少し離れた場所から魔物の気配が引き寄せられる。
スライムより、明らかに強い。
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
「黙って見ていろ」
ゾーマさんは、詠唱らしい詠唱もせず、
静かに手をかざした。
空気が、冷える。
次の瞬間――
鋭い氷の塊が一直線に走り、魔物を貫いた。
凍結。
粉砕。
一瞬だった。
「…………」
俺は、言葉を失った。
「す、凄まじいマヒャドですね……」
思わず漏れた感想。
すると、ゾーマさんは首を傾げた。
「……?」
「今のは、ただのヒャドだが」
「え」
「マヒャドを使えば、
この辺り一帯が凍る」
「いやいやいやいや!!」
反射的にツッコむ。
「それを“ただの”って言うの、
感覚おかしいですから!」
「……そうか?」
本気で分かっていない顔だった。
「必要以上に威力を上げる意味がない」
「倒せれば、それでいい」
合理的。
冷静。
そして――天然。
(この人、本当に魔王なのか……?)
「レイ」
「は、はい」
「お前のやり方は、間違ってはいない」
意外な言葉に、目を見開く。
「だが、それだけでは足りない」
ゾーマさんは、俺の剣を見る。
「無謀と、挑戦は違う」
「……」
「次は、あれだ」
指差された先には、
さっきより少し強そうな魔物がいた。
「私が見ている」
短い言葉。
「死なせはしない」
その一言が、
妙に胸に残った。
俺は剣を握り直す。
大魔王に見守られながら、
初めての“背伸びした戦い”が、始まろうとしていた。
指定された魔物は、草原の奥にふわりと浮かんでいた。
半透明の身体。
紫色の、どこか間の抜けた三角帽子。
にやりと歪んだ口元。
「……ゴースト、ですよね」
「そうだ」
ゾーマさんは頷く。
「日中でも現れる個体だ。
油断するな」
確かに、太陽は高い。
なのに、空気が少し冷たい。
(アンデッド系……剣、効くよな?)
一歩踏み出した瞬間、
ゴーストが甲高い声を上げて突っ込んできた。
「っ……!」
剣を振る。
――すり抜けた。
「なっ!?」
「焦るな」
背後から、冷静な声。
「実体化する瞬間がある。
そこを狙え」
ゴーストは、再び距離を取り、
宙を漂いながらこちらを見下ろす。
次の瞬間、
冷たい感触が腕をかすめた。
「うっ……!」
ゾッとする感覚。
直接的な痛みより、嫌な冷気が残る。
「くそ……!」
だが、さっきまでとは違う。
(今だ……!)
ゴーストが笑いながら、
再度突っ込んでくる。
その瞬間、
身体がはっきりと“そこにある”感覚。
「……っ!」
踏み込み、剣を振り抜く。
今度は――手応えがあった。
ゴーストが悲鳴を上げ、
形を崩しながら後退する。
「よし……!」
「悪くない」
ゾーマさんの声が、少しだけ近い。
「だが、まだ甘い」
ゴーストは、最後の抵抗とばかりに
不規則な動きで迫ってくる。
俺は歯を食いしばり、
ゾーマさんの言葉を思い出す。
無謀と、挑戦は違う。
恐怖を押し殺し、
一瞬の実体化に賭ける。
「……終わりだ!」
剣が、正確に魔物を捉えた。
ゴーストは、
帽子を落としながら、霧のように消えていく。
静寂。
「……はあ……」
思わず膝に手をつく。
「勝てた……」
「当然だ」
ゾーマさんは、淡々と言った。
「勝てる相手を選んだ」
そう言ってから、
少しだけ言葉を足す。
「……判断は、悪くなかった」
それは、褒め言葉だった。
「ありがとうございます」
そう答えると、
ゾーマさんは俺をじっと見つめてくる。
「……やはり、不思議だな」
「何がですか?」
「お前は、この世界の人間の戦い方ではない」
心臓が、跳ねる。
「……そう、ですか?」
「だが」
彼女は視線を逸らし、空を見る。
「嫌いではない」
その一言に、
なぜか胸が少しだけ温かくなった。
「なあ、ゾーマさん」
「何だ」
「……これからも、見ててくれますか」
少しだけ、勇気を出して聞く。
ゾーマさんは、少し考えてから答えた。
「退屈しない限りはな」
そう言って、
ほんのわずかに、口元が緩んだ気がした。
大魔王に戦い方を教わり、
幽霊を倒し、
少しだけ強くなった一日。
この異世界での生活は、
どうやら想像以上に、奇妙で――悪くないらしい。
◇ ◇ ◇
ゴーストを倒したあと、しばらく無言で歩いていた。
草原を吹き抜ける風が、さっきまでの緊張を少しずつ溶かしていく。
「……今日の戦い、どうだった」
不意に、ゾーマさんが口を開いた。
「え?」
「感想だ」
「……正直、怖かったです」
苦笑しながら答える。
「でも、楽しかったです。
ちゃんと“勝った”って感じがして」
ゾーマさんは、少しだけ目を伏せた。
「……そうか」
短くそう言ってから、
彼女は懐に手を入れる。
「なら、褒美だ」
「……え?」
差し出されたのは、黒を基調とした首飾りだった。
禍々しいが、どこか気品のあるデザイン。
見覚えがある――気がする。
「これって……」
「気にするな」
ゾーマさんは淡々と言う。
「お前には、役に立つ」
少し迷ったが、
ありがたく受け取ることにした。
「じゃあ……失礼します」
首にかけた瞬間――
「……あれ?」
外れない。
「……あの、ゾーマさん」
「何だ」
「これ、外せないんですけど」
ゾーマさんは、悪びれもせず答えた。
「呪われているからな」
「さらっと言わないでください!?」
「安心しろ。害はない」
いや、害の有無の問題じゃない。
「教会に行けば、外せますよね……?」
そう言ってから、
ふとゾーマさんを見る。
――残念そうな顔。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
「……」
「……やめるか」
思わず、そう口にしていた。
「え?」
「いえ、教会。
もう少し様子見で」
ゾーマさんは、少しだけ目を見開き――
すぐに、いつもの無表情に戻る。
「……賢明だ」
(今、喜ばなかったか……?)
その後、町に戻る途中で事件は起きた。
魔物の放ったメラが、俺を直撃――
したはずだった。
「……あれ?」
熱くない。
首元の首飾りが、淡く光っている。
「……?」
「……ふむ」
ゾーマさんが、どこか満足そうに頷いた。
「やはり、問題ないな」
「……今の、明らかに軽減されましたよね?」
「そうか?」
すっとぼけた顔。
「……ゾーマさん」
「何だ」
「この首飾り、
ただの呪い装備じゃないですよね」
ゾーマさんは、少し考えてから言った。
「……外せないのは事実だ」
答えになっていない。
「ま、まあ……強くなれるなら、いいですけど」
そう言うと、
ゾーマさんは小さく頷いた。
「なら、問題ない」
不器用な優しさ。
そして、確実に“逃げ場を塞ぐ”魔王らしさ。
首元の重みを感じながら、
俺は思った。
(……この人、本当にズルい)
勇者じゃない俺にだけ、
こんなものを渡してくるなんて。
町の外壁が見え始めた頃、
ゾーマさんは足を止めた。
「ここまでだ」
「え?」
思わず、振り返る。
「町に入らないんですか?」
「入らない」
即答だった。
「……どうしてですか」
ゾーマさんは、町の門を一瞥する。
「人の住処で、休む必要はない」
「宿屋とか、便利ですよ?」
「不要だ」
淡々とした声。
だが、どこか――距離を引くような響きがあった。
「……そう、ですか」
少しだけ、胸がチクリとする。
しばらく沈黙が流れたあと、
俺は意を決して口を開いた。
「俺……もっと強くなったら」
ゾーマさんが、こちらを見る。
「ダーマ神殿に、行ってみたいと思ってます」
「……転職か」
「はい。
このまま無職じゃ、先に進めない気がして」
正直な気持ちだった。
少しの間、ゾーマさんは考え込むように黙っていた。
「……では、私に一つ、質問をさせろ」
「なんですか?」
「お前は、そこへ行ったあと、どうするつもりだ」
「え……」
答えに詰まる。
強くなりたい。
生き残りたい。
でも、その先は――
「……まだ、分かりません」
そう答えると、
ゾーマさんは小さく息を吐いた。
「なら、私の答えも保留だ」
「え?」
彼女は、こちらに向き直る。
「お前が、そこまで強くなったら」
「……?」
「その時に、もう一度聞け」
真っ直ぐな視線。
「私が、これからどうしたいか」
その言葉は、
どこか“約束”のように聞こえた。
「……分かりました」
そう答えると、
ゾーマさんは満足そうに頷く。
「急ぐ必要はない」
「お前の歩幅で来い」
その言葉に、
胸の奥が少しだけ熱くなる。
「……また、会えますよね」
不安を押し隠すように聞く。
「当然だ」
即答。
「この世界は、狭い」
そう言って、
彼女は背を向けた。
青い髪が、風に揺れる。
「じゃあ……また」
声をかけると、
ゾーマさんは立ち止まり、振り返らずに言った。
「首飾りを、外すな」
「……はい」
「お前には、まだ必要だ」
それだけ言って、
彼女は草原の向こうへと歩いていった。
町の門をくぐりながら、
俺は首元の重みを感じる。
呪われた首飾り。
外せない証。
そして――
もう一度、彼女に会う理由。
(……絶対、強くなってやる)
勇者じゃない俺でも。
あの大魔王に、
「答え」を聞けるくらいには。
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