the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

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 疑似科学をはなから切って捨てるベッカーのその態度をセルダンは窘める。セルダンは、221銀河標準年後の危機に対して、われわれが持ちうる心理歴史学的手段は何もない。仮に可能性が万に一つであっても解決する可能性のある手段ならば、それを言葉が持つ印象ではなく、データ分析と検証によって可能性を探るのが科学者の務めだと、セルダンはベッカーを諭す。
 ベッカーはバカバカしいと思いつつも、まずは第六感を代表する念力と透視について検証を行う。だが、当然のことながら、念力と透視の能力は銀河系の危機を回避するに足る手段にはなりえず、二人は残りの第六感の能力の検証を続けるのだが……。



第10話 不毛な検証作業

「さて、ベッカー君。第六感の残りの能力について検証を続けようじゃないか」

 ベッカーはそれを聞くと心底うんざりした様子で次のように尋ねた

「博士、我々は全く無意味なことにエネルギーを浪費しているのではないでしょうか」

「ベッカー君、君の言いたいことはよくわかる。私だって他に方法があるんだったらとっくにそれを採用しているさ。でも無いんだ。少なくとも今の時点では他の方法は見つかっていない」

「私はね、ベッカー君……『祈り』とは人間に残された最後の手段だと思っているんだ。もうどうにもならない、銀河霊に祈るしか方法がない、でもだからこそ、その直前まで人間はあらゆる方法を模索するべきだと考えているんだよ。祈りだした瞬間から人間は、その判断を自分以外の者の手にゆだねたことになる。つまり思考停止だ。私は最後の最後まで『考える』という努力を放棄したくないんだよ。最後に頼るべきが……例えどんなに怪しげな理論だとしてもね」

 

 ベッカーはしばらく黙り込んだが、セルダンも黙ったままだったので自分から口を開いた。

「わかりました博士。私には博士さえ思いつかないこと以上の解決方法を、自分の頭からひねり出すことはできないでしょう。他に将来の危機に対する解決方法がないという、現在の残念な状況も理解しているつもりです。博士がおっしゃる通り、とりあえず先を進めるとしましょう」

「ああ。なんせ探し出そうとしているのが疑似科学の畑からだ。最初から過度な収穫は期待しないつもりで取り組んだほうがいい。それが精神衛生上の健康の維持にもつながる」

「ええ……」

 

「さて、次は何だったかな?」

「えっと……そうですね、瞬間移動、つまり俗にいうテレポーテーションなんかどうでしょう?」

 そう言ったベッカーは、もうすっかりやけっぱちになっていた。

「テレポーテーションか……漫画や映画の中にはよく出てくるんだがな」

「博士、唐突に話が変わるようで申し訳ありませんが、実は僕の研究室に入り浸っているおせっかいな女子生徒がいるんです……」

「ほう……」

「とにかく呼んでもいないのに勝手に僕の研究室に入ってきては、やれ研究室内が汚いだの、髪をちゃんととかしなさいだの……。今回のトランターへの旅行だってそうです。いつ出発するの? いつ帰ってくるの? と、まるで小姑ですよ。僕がいつどこに行こうが僕の勝手じゃないですか。だからこの能力があったら、その子が研究室内に入ってきた瞬間、僕は別の場所に移動することができます。なかなか便利な能力じゃないですか」

 ベッカーは笑いながらそう言ったが、すぐにその表情は暗いものに変わってつぶやくように口を開いた。

「どうしてあの子はいつも僕に嫌がらせをするんだろう……」

「……」

 

 セルダンはしばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。

「ベッカー君……それは嫌がらせではないと思うよ? 私は」

「はい?」

「その女の子は君のことが好きなんだよ」

「ハッ! まさか! ……いや、そんなはずは……」

 そう言いかけて黙り込んだベッカーを横目で見て、セルダンは話しかけた。

「まあ、とにかく今はヒトの能力について検証しよう。その女の子については、私には何の決定権もないし、何もアドバイスはできないよ。そのことについては君が自分の研究室に帰った時に、君たち当事者同士で解決してくれ」

「ああ、そうでした、すみません」

「いいさ。では続けよう。確か瞬間移動の話だったな?」

「はい。でも私はこの能力は今まで上げた3つの能力の中で、ヒトが獲得する可能性が最も低いと考えます」

「ほう、なぜかね?」

「一番のネックは『慣性』です」

「続けて……」

 

「現在の帝国のテクノロジーは、仕組みを知らずにそれを利用するだけの一般の人々の想像をはるかに超えるくらい高度になっています。重力子の制御方法の発見や、ある程度の小さな慣性力を瞬時に無効化する慣性無効化装置の発明。これらのおかげで反重力車両や、恒星間ジャンプが可能な宇宙船の開発ができるようになりました」

「ふむ……」

「でも依然として巨大な慣性を持っている物体を瞬時に停止させるなんてことはできない……」

「なるほどね。では、もし今我々がトランター上空44万キロの位置を周回している衛星天体セレーネⅠに瞬間移動したとしたらどうなる?」と、セルダン。

「そうですね、セレーネⅠは人間が呼吸できる大気が存在しない衛星ですが、今はそのことは無視しましょう……さて、私はトランターの自転速度やセレーネⅠの公転速度の詳細なデータを持っていませんが、両者の天体の相対速度の巨大さから考えると、セレーネⅠの地表表面に我々が到達した瞬間、我々の身体は瞬時に粉末状になってあたりに散らばるでしょう。セレーネⅠの地表と我々の肉体の接触による摩擦熱によって……」

 セルダンは目を閉じて、「まあそんなところだろうな」とつぶやいた。セルダンのその姿を見つめながらベッカーは「やっぱり、瞬間移動も厳しいようですね」と答えた。

 

 二人はそのまましばらく黙ったままだったが、その内セルダンが口を開いた。

「まあ、慣性の問題もやっかいなんだが、この瞬間移動を達成するにはそれ以上の、ある難問を解決しなければならない」

「?」

「つまり、どうやって瞬間移動するかだよ。ようするに移動する際の過程だ。それこそ目にも止まらない速さで2地点間を移動するのか? だが、もしその2地点間に突然障害物が発生したらどうなる? あるいは出発地点でいったん物体を素粒子レベルまで分解して、到着地点で物体を再構成するという方法も考えられているようだな。でもその際分解された素粒子はどうなる? 到着地点に送るのか? どんな方法で? それとも出発地で分解された素粒子は廃棄してしまって、到着地点で周囲にある素粒子を集めて物体を再構成するのか? この問題を解決するのは、巨大な慣性力をキャンセルする以上の難問になるだろうな」

 

「どう考えても実現の可能性が見えてきませんね」

 ベッカーはそう言うと、ボードに書かれた瞬間移動という文字の上に大きなバツ印を書き込んだ。

「まあね……先ほど私が君に説明した瞬間移動の方法なんだが、実を言うと私はすでに下調べをしていたんだ。世の中にはいろんな科学者がいて、私がさっき言ったようなことはもうとっくに思考実験されていて、実現可能かどうかの検証が行われているのさ。よって結論としては、瞬間移動は不可能だ。少なくとも今現在のテクノロジーではな」

「そうですか、まあしかたないですね……」

 そう言ってベッカーはしばらくの間黙り込んだが、ふとあることに気づいてセルダンの顔をマジマジと見つめながら口を開いた。

「ちょっと、待ってください! 今博士は、私はすでに下調べをしていたと言いませんでしたか?」

「ああ、言ったよ? それがどうかしたのかね?」

 それを聞いたベッカーは文字通り崩れるように椅子の中でへたりこんだ。

「どうかしたのかね、って……だったら我々がこうして議論する前から、瞬間移動という能力には見込みが無いとわかっていたということじゃないですか」

 セルダンは「ああ、その通り」とすまして答えた。

 それを聞いたベッカーは激しく動揺し、わなわなと口をかすかに震わせてそのあとに続いた。

「ちょっ、ちょっと待ってください……ということは先にあげていた念力と透視についても博士はすでに調べ上げていて、ヒトがそういう能力を持つことはないと最初からわかっていた、と?」

「ああ、わかっていた。そもそもそれらの検証動画を見たと、私は君に伝えたじゃないか」

「!」

 二人はお互い見つめあってしばらく黙り込んだ。

 

 最初に口を開いたのはベッカーだった。彼は恨みがましい目でセルダンを睨みつけ、言った。

「酷いじゃないですか博士っ! だったら最初から見込みのない能力は省いてくれたって……」

「何を言っているんだ? ベッカー君。私の調査結果は私自身のものだ、君のじゃない。さっきも言ったが私は英雄でもないし、世界を救う救世主でもない。ただの一科学者に過ぎないよ?」

「でも、だからといって僕にこんな砂漠から一粒の砂を探させるような……」

 それを聞いたセルダンはいささか腹を立てながら言った。

「ベッカー、君だって科学者の端くれなんだろう? なら人の結論を待つんじゃなくて自分自身で探求したらどうなんだ? それに真理を探求するとは、一見そういった不毛な作業が必須なんだ。今回の危機の場合、まだ、砂漠の中に()()()()()()()()()()()()()()()だけマシだ」

 ベッカーは驚いて頭を上げ、セルダンを見つめた。

「えっ? それじゃあるんですね? この危機を乗り越えることのできるヒトが持つ能力というものが!」

「さっきも言ったが、ないでもない」とセルダン。

「また中途半端な物言いですね。でも結局僕には教えてくれないんでしょ? 博士……だけどほんの少しだけ希望が見えてきましたよ僕は」

「さて、君のやる気を再び喚起したところで続けよう。さあ、第六感に該当すると考えられている他の能力を挙げたまえ」

「うーん……他のと言ってもなぁ……強いて言えば……えっと……テレパシー?」

「テレパシーか……じゃあ、検索かけてくれベッカー君」

 ベッカーは、短く「はい」と返事をした後、手元の小さな機械に検索ワードを入力した。

 

 テレパシー。Telepathy。精神感応ともいう。ある人の心の内容が人の動作・行動などを介さず、直接他人の心に伝達できる能力。

 

「ほう……で、ヒトにそんなことが可能だと思うかね? ベッカー君」

「さあ、どうでしょう……でも気になっている人がどんなことを考えているか知りたい、と思ったことはありますね。まあ、大体は全くの的外れで大恥をかいたりしたこともたくさんありますが、不思議と完全に当たったことも何度かあるんです。もっとも、どういう条件で当たるのかまでは見当もつきませんが……」

「ふむ……つまりテレパシーに関して君は限定的肯定論者というわけだな?」

「ええ、まあそんなところです。もっとも当たった時の条件が不明なので検証のしようもありませんけどね。でも、少なくとも念力・透視・瞬間移動に比べればはるかに現実味がありそうな雰囲気です」

 ベッカーはそこまで話すとセルダンの目を見つめて彼に尋ねた。

「博士はどうお考えですか? どうせ今度も既に検証動画みたいなのを見たり、他の文献などをご覧になったんでしょう?」

「ああ、見たよ」

「で、どうでした?」

「……」

 

 黙ったままなかなか口を開こうとしないセルダンを見ながら、本当にこの人はもったいぶったクソおやじだっ! ベッカーはそう内心腹を立てたが、結論を知っているのはこの博士だけだ、待つしかないんだと考え、セルダンが口を開くのを辛抱強く待つのだった。

 

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