the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝 作:六位漱石斎正重
詳しい話を聞きたがったベッカーはセルダンに説明してくれるよう促すが、彼は容易に口を開こうとしなかった。ベッカーはイライラしながらセルダンが説明を始めるのをひたすら待つのだが……。
「それで、テレパシーについてなんだが……」
そう、セルダンがまず口火を切るとベッカーは、さあおいでなすったと内心思い、椅子から体を起こして前のめりになった。
「他の能力同様、テレパシーも実に多くの科学者が真剣に実験を行っているのが調査の結果わかった」
「ええ、それで?」
「多くの科学者が時期、時間を変え無数の実験を行っているようだな。軍隊ですら実験を行っている」
「え? 軍隊もですか!」驚いたベッカーはそう叫んだが、セルダンは静かな声で彼に続いた。
「当然だろ? 敵にダメージを与えられる可能性がほんのわずかにでも見えている手段なら、彼らはそれを試すさ。事実これまでに熱核兵器を始め、ありとあらゆる兵器で銀河中の何十億もの人々をすさまじい業火で焼いてきたじゃないか」
「……」
「軍隊にとってこれらの能力も、ようするに単に一つの武器にしかすぎないんだ。武器とは戦術的優位を得る手段だろ? もし自分たちに損害が出ず相手より優位に立てる『武器』を見たら、彼らは当然欲しがるに決まってるさ」
「なるほど、確かにそうですね。まあ軍隊というのはある種リアリズムの権化のような存在ですから、何でも試そうとするでしょうし、実用に足るようでしたら躊躇なく採用するでしょうね……」
「で、話を戻すが、それらテレパシーの実験結果についてだが……」
ベッカーは生つばを飲み込んだ。
「テレパシーの成功率は、過去に行われた無数の実験によってあまりにばらばらすぎで、今ここで有意な値は示せない。だが、私の見たところ……テレパシーという能力が存在しない、という明確な否定意見は出せないと判断する。あくまでも実験動画とそこで提示されていたデータを見た限りだがね」
それを聞いたベッカーは少々がっかりして、「なんだ、肯定的意見というわけでもないんですね」と言った。
「まあ、そんなに目を見張るほどの成功率が出ていたら、もうすでに我々は言葉ではなくテレパシーで会話をしているだろうさ」そう言ってセルダンは笑った。
しばらくして、ベッカーが口を開いた。
「それで、博士はこのテレパシーはヒトが持てる可能性があるとお考えですか?」
「わからん……だが、先にあげた3つの能力に比べればかなりの可能性がある、と私は考えている」
「なぜですか、博士?」
「ヒトという生物の進化史を考えてみれば、かつてヒトがテレパシー、あるいはそれに類する能力を持っていたのが明らかだからだ」
「えっ? よくわかりませんね……もう少し説明してくれませんか?」
「ああ、いいとも。ただ、ここでは人類史をかなり端折って、概略だけをかいつまんで話すことにする」
「ええ……」
「テレパシー能力の獲得に関係する話として、まずは言語の獲得の歴史から始めることにする。ヒトの思念や考えを伝えるためには、共通のプロトコルである言語が必須になるからだ。さて、ヒトが言語を操り始めるきっかけになったのは諸説もあるが、600~700万年ほど前にヒトが獲得した直立歩行と関係があるといわれている」
「直立歩行が? なんだか意外ですね」
「つまり、ヒトが直立歩行することによって、口腔(口のこと)の下に咽頭(気管の入り口にあって、誤嚥を防止したり発声を行う器官)が配置されることになった解剖学的な構造変化によるものだといわれている。この構造変化によってヒトは高度な発声能力の可能性を得たんだ」
「へー……」とベッカーはたいして熱のこもらない様子であいづちをうった。
「で、我々ヒトという生物は、生物の種の中では下から数えたほうがいいほど、最弱の部類の生物たちの中に入るといっていい。鋭い爪があるわけじゃない、力強いあごもなければ固く長い犬歯が発達しているわけでもない。我々の祖先が身を守る方法は、集団を作って対抗することだけだった」
「先ほど説明したが、ヒトは進化の過程で二足歩行を手に入れた。だがその代わりに草食動物のような優れた脚力を失った。別に移動が不得手というわけではないぞ? アキレス健の発達で遠距離移動が可能になり、ヒトは世界中に生活範囲を広げることができたからだ。ただ、生物はこと移動に関しては、重心の位置、身体の安定度、その2点についてだけでも四足歩行のほうが圧倒的に有利なんだ。このままじゃ攻撃もできず逃げることもできない。つまりじり貧だ。だからヒトは団結して集団を作るしか生き延びる方法がなかった。……そこでだ、ベッカー君。ヒトが集団を形成して生き延びていく条件とは何だろうか?」
「うーん、そうですね……とりあえずは、集団が集団として機能するためには統一された意志が必要になりますね」
「そう、その通りだ。ヒトも最初は一般的な動物のように警告や敵意、求愛などを表現する鳴き声しか出せなかっただろう。複雑な意思疎通をするには言語が必須だが、生物として他の動物よりはるかに劣っているヒトにはそれを待っているほど悠長な余裕が与えられなかった。なぜなら、ヒトが言語を獲得したのは4~5万年前といわれているからだ。直立歩行から数百万年の間があるな」
「我々のご先祖様も、それはそれは困ったことになっていたんですね」とベッカー。
「ああ……だからヒトが言語を獲得するまで生き延びるために、何らかの代替手段を必要としたはずなんだ」
「それがテレパシー……だと?」
「ああ……その可能性はあながち排除することはできない、と私は思う」
「無論、ヒトの他の生物に対する優位点は確かに『道具の使用』によるものが大きいと指摘する者もいる。確かに、道具の発明は言語の獲得よりも早く200万年前に起こるが、そのころの道具とはせいぜい石を打ち砕いて先端を多少鋭くするなど、我々が道具と聞いて想像するものとは程遠いものだった。その程度のものではとても防衛力は高められない。結局、集団の機能を高めるためにお互いの弱い部分をカバーしあう『連携』によるしかヒトが生き延びる方法はなかったんだ」
「つまりヒトが長い年月を生き延びるためには、どうあっても連携する能力、つまりコミュニケーション能力が必須だった、というわけですね博士?」
「ああ、そういうことになるな。たぶんヒトは始めからテレパシーという手段は持ってはいなかっただろう。そうそう都合の良い能力が、簡単に生物に発現するはずもないからだ。最初は、鳴き声の大きさや抑揚を調整することで単純な意思疎通を図っていたんだろうが、それではとてもおっつかない。より複雑な意思疎通を行うべく大脳が発達し、より多くの単純な発声が可能になった。だが、それでもお互いの意思疎通の正確さや、相手に伝わるタイムラグはどうにもならない。その内、必要に駆られて発声以外の手段、つまりここで話題にしているテレパシーのような能力を獲得していったのではないか……そう私は推測している」
「……」
「ベッカー君、君は不思議がるかもしれないが、ヒトが生物の一種である以上こういった能力を身につける可能性を持つことは、別にそう不思議なことでもないんだよ? 無論、ヒトだけじゃない。クジラやイルカは超音波で、ある程度のコミュニケーションが取れることが分かっているし、ヘビは赤外線を感知し獲物を捕らえる。また、昆虫の多くは紫外線を見ている。どれもこれも人間から見れば驚異的な能力とは言えないか? いずれにせよ、ヒトも含めてすべての生物に共通しているのは、彼らが身につけたそれらの能力は生存に有利だった、という事実だ」
ベッカーは少し胡散臭げな表情をしてセルダンの話を聞いていたが、同時にいくつかの疑問がわいたので彼にそれを尋ねることにした。
「なるほどね、そういうこともあるかもしれません。もっとも私には納得いかない部分もかなりあるわけなのですが……まあ、それは置いておくとして、私が一番不思議に思っているのは、我々が持っていたはずのテレパシーはなぜ失われてしまったのか、ということです。生存に有利な能力なら現在でも残っていても不思議じゃないはずですが……」
それを聞いたセルダンは特に困った表情も見せず、淡々と説明を続けた。
「それは、さらなる大脳、咽頭の発達で多種多様の発声が可能になり、その過程で体系づけられた多くの発声の集合体、つまり『言語』という手段が取れるようになったせいで、テレパシーを使う必要性がなくなったからじゃないのかな。まあ、あくまでも推測の域を出ないがね。それと何といっても高度な『道具』の発明がでかい。これによってヒトはますます精神的領域から物理的領域への傾倒を深めていったんだと思う」
それを聞いたベッカーは不思議そうな表情で尋ねた。
「博士、僕にはよくわからないのですが、精神的領域から物理的領域への傾倒を深めていくことが、なぜテレパシーという能力を失うことにつながるのですか?」
「わからんかね? 高度な道具を使う技術と知識はその個体が所属する集団内において、簡素なヒエラルキー(階級構造)を形成し、集団内に格差を生むだろう? それらの技術や知識を持つ個体は、当然他の個体にそれを伝えたくないと思うに違いない。人間は欲張りな生き物だからな。つまり、今までは集団内ではっきりとした差別的な地位がなかったために積極的な意思疎通が行われてきたんだが、高度な道具の発明によって思考が内向きに閉じていったんだと思う。これがもっと発展すると『宗教』という形態をとるようになる」
「……」
「まあいずれにせよ、使う機会がなくなれば、長い年月の間にそれらの能力が退化したり、失われていったりするのは不思議ではない」
ベッカーは再び椅子に深く座ると目を閉じて何やら考え込んでいる風だったが、しばらくすると体を起こして口を開いた。
「博士のご説明はなかなか納得できる面もあると思います。テレパシーという能力が、少なくとも先にあげた3つの能力よりは実現の可能性が高そうだ、ということもわかりました。でも……」
そういってベッカーは疑わしそうな表情でセルダンを見つめた。セルダンは特に気にする風もなく「どうぞ、続けて……」と言った。
「今我々に必要なのは、221銀河標準年後に訪れる危機に対する対抗手段です。ここが最も肝心な点じゃないですか、博士? テレパシーがその役目を担うというのは飛躍しすぎていて、私の想像を超えています。それに、百歩譲ってテレパシーをその危機に対する手段として採用することが決定したとしても、いくつかの厳しいハードルを越える必要があるんじゃないですかね?」
そう言うと、ベッカーは椅子から立ち上がり電子ボードに何やら書き込み始めた。そのベッカーの手の動きをセルダンの視線が追う。しばらくして、ベッカーは3つの問題点を電子ボードに書き込むと、改めてセルダンのほうへ向き直った。
221銀河標準年後に訪れる危機への対抗手段の発見はそうたやすくできるはずもなく、まだまだ多くの時間を必要とする気配だった。二人を取り巻く沈黙は容易には破られなかった。