the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝 作:六位漱石斎正重
電子ボードにベッカーが記入した文章にセルダンは目を通し、しばらく考え込んだ後、1番目の条件を読み上げた。
「1、テレパシーが他の能力よりも有望であるとする決定的な根拠。あるいは、その他の能力がある点で決定的に劣っている、という確信的な理由……」
そうセルダンがつぶやくと、ベッカーはそのあとをすぐに引き取って話し出した。
「ええ……博士に長々とご説明いただいたおかげで、直前にあげた念力、透視、瞬間移動よりもテレパシーが有望、いやマシだろうというご説明は理解しました。でも、今までの話を聞く限り、しょせんはテレパシーだって仮定の上に仮定を積み重ねた仮説に過ぎません。先ほど取り上げた念力だって思考実験の結果、無理だろうと我々が推測しているだけです」
「……」
「ですが、もしヒトが身につける可能性が極めて低いだろうという推測で念力の可能性を排除するとしたら、少々やりすぎという気がしますし、何らかの訓練で念力などを身につける、という可能性をまるっきり捨ててしまうのもどうかと思います。ここでは少なくともテレパシー一択しかない、というくらいの強い根拠を示してください。進化論のような状況証拠を積み重ねた理論をこねくり回すのではなく、です」
「なるほどな、確かに君の言う通りだ。先ほどのテレパシーうんぬんのくだりも、単に私のたわごとに過ぎないとも言えるな」
「いえ、僕はそこまでは言っていませんよ。ただ、僕には博士がテレパシー押しの理由がわからないだけです」
「ふむ……私は別にテレパシー押し、というわけではない。でも、仮に先にあげた3つの能力をヒトが得る可能性が高まったとしても、それらを持つ意味がないのだけははっきりしているんだ」
「どういう意味ですか?」とベッカー。
「それは、念力、透視、瞬間移動には『隠密性』が欠けているからだ」
「隠密性?」
「ああ、こう考えてみてくれ。君は最近配属されたばかりの航宙巡洋艦の新米士官だ。君は船体のコンディションをチェックし、部下の状態に目を配り、安全かつ正確に艦を運航させる義務を担っている」
「はぁ……まあ、もっとも、私に軍隊生活が務まるとはとても思えませんが……」
「たとえ話さ、ほかの例でも構わんが?」
「いいえ、続けてください」
「で、艦内の廊下を歩いているとき君は、ある光景に出くわすんだ」
「はぁ……」
「廊下の端に男が立ち止まっていて、ある一点を見つめている。そのままその様子を見ていると、男の視線の先にある油圧バルブのメモリが、誰も触れていないはずなのに上がっていくんだ。このままでは油圧バルブが圧力ではじけ飛んでしまい、艦の航行に著しい障害が出ると君は焦るかもしれない。だが、それと同時に君はこうも考えるだろう……
ベッカーは訝しげな顔でセルダンを見つめると、セルダンは再び口を開いた。
「あるいは、こういうケースでもいいよ? 上級士官しか入れない部屋の扉の前で、ある男が立ち尽くしたまま身じろぎもしない。しばらく時間がたった後、何かに満足したかのように突然その男が扉の前から立ち去るんだ」
セルダンがそこまで話した瞬間、ようやくベッカーにも彼の言わんとすることが分かってきたような気がした。ベッカーがそのまま黙っていると、セルダンは続きを話し出した。
「もっと決定的なことを言おうか? 君が艦内廊下を歩いていると、突然
セルダンがそう言いかけるとベッカーは慌てたように話に割り込んだ。
「わかりましたわかりました。つまり、今回我々が期待する能力というのは人知れず発揮できるという前提条件が必要だったというわけですね?」
「そう、まさに隠密性だ。私はテレパシーという能力を多少あてにしていて、実は新しく更新した開発環境の方程式にもう既に組み込んでいるのさ。むろん、全体に直接関与せず目立たない小さな方程式の微小部分としてね」
「え? まだ確かでも何でもない要素を方程式に組んだんですか?」
「まあ、実験的な取り組みさ。開発環境なら問題あるまい。後で君にも更新した方程式を見せるから評価してくれ。とにかく方程式に組む以上、当然心理歴史学の影響を受ける。つまり、心理歴史学の作用は『それを自覚していない集団』に適用されるという大前提の条件だ。従って隠密性は必要……というか必須条件だ」
「なるほど……では
ベッカーが渋々それを認めると、セルダンはまんざらでもない表情を浮かべた。
ベッカーが再び口を開く。
「では、博士、次の疑問点の解消もお願いします」
ああ、とセルダンは短く答えて2つ目の疑問点を読みあげ始めた。
「2、仮にテレパシーを221銀河標準年後に訪れる危機に対する対抗手段として採用したとして、テレパシーという能力をどのように作用させるのか?」
「そう、まさにそれが今回のメインテーマです。むしろ他はどうでもいいとさえ言える決定的な条件です」
セルダンの長々とした説明を聞いて、今日ベッカーが最も引っかかっているのがこの点だった。彼はこの点が解決しなければ、今日のディスカッションの前提がすべて崩れると直感していた。
ベッカーは、これが最も大きな障害だ、どうにかなるならやってみろと言わんばかりの挑戦的な視線をセルダンに向けたが、セルダンは表情一つ変えずに電子ボードを見つめたたまま黙っていたので、彼は話をつづけた。
「テレパシーの能力を運よく身につけることができました。他人の思考が読み取れるようになりました……」
「……」
「で? だからどうしたって言うんです? 他人の思考を読むことができる、それは確かに便利でしょう。でも、それと221銀河標準年後に訪れる危機に対する対抗手段と、どう結びつくんですか? 博士」
「確かに相手の思考が読めるだけではあまり役に立たない。君の言う通りだ。でも、実は私がテレパシーに期待している能力はもう1つあるんだ」
「?」
「つまりだな……相手の思考が読めるということは、相手の思考を操れる可能性があるんじゃないか、ということなんだ」
「えっ? 私には両者の関連性が不明瞭です。ちょっと話が飛躍しすぎじゃないですか? 博士」
「まあ、ここだけ聞いたら話題が飛躍していると感じるのも無理はない。まあ、とにかく順を追って説明するよ」
「ええ、お願いします。僕は今回の件に関して、全体像どころか一部分でさえよくわからなくなってきています。とにかくもう疑似科学はコリゴリです」
「わかってる。じゃあ、我々の得意分野である物理分野に話題を持っていこうか。そのほうが君にとって超常現象を延々と聞かされるより精神衛生上いいだろう」
「そうですね」
「じゃあ、まずはこの話題から始めるとしよう。ベッカー君、ヒトの思考とはなんだろう? いや、抽象的すぎると感じるのなら、まずはヒトの思考が人体のどの部分で生じるのか、考えてみてくれ」
「うーん…… 私はそういった系統の知識があまりないので、印象でしか物が言えないのですがそれでもいいですか?」
「かまわない」
「それは、常識的に考えれば……脳、ではないかと……」
「その通り。ヒトの思考は脳で生じる。特に大脳の前頭前野の領域の大脳皮質で生じることが判明している。もっとも大昔はヒトの思考は心臓に宿ると考えられていた。だから『心』なんて表現ができたわけだな」
「……」
「おっと……もう人類史の話は十分だったな。話題を本題に絞ろう」
「ええ、そう願います」
「で、次はヒトの思考の正体だが、ベッカー君、『思考』とは何だね?」
「うーん、難しいですね……思考、つまりモノを考える、か……なんだろうな。……例えばきれいな女性を見て、いろいろな部分に目が行くと思います。目や鼻の形、色、髪型、体つきなどですね。そして、この女性はどんな人なんだろう? と想像するかもしれません」
それを聞いたセルダンは苦笑しながら「それは思考の具体例、つまり種類だな。私が尋ねているのは思考そのものの正体だよ」と言った。
顎のあたりをもみながらそのまま黙って考え込むベッカーの姿を見て、セルダンは再び口を開いた。
「ピンとこないようだから、私のほうからもう少し材料を提供しようか?」
「はい、お願いします」
「君はヒトの思考の状態や大きさをどうやって把握するかね?」
「えっ? ヒトの思考の状態や大きさを、って言ったって、脳内では微小な電流が流れているとどこかで聞いたことはありますが、うーん…… そもそも目に見えないものですしね……」
「……」
「目に見えない? ……いや、ちょっと待てよ? 目に見えるようにする方法ならあるぞ。脳波だ!」
「その通り、脳内の微小電流をとらえて、脳の活動を形にする方法のうちの一つが脳波測定器だ。そしてその機械で測定された脳波の正体とは、何なのかね?」
「何って言われても……脳波と言えば、こうグニグニっと……」といって、宙で複雑に指を動かすベッカーだったが、そのうちハッとなってセルダンを見つめ、口を開いた。
「そうか! 『波』だ……思考の正体は波なんだ……」
それを見たセルダンは笑みを浮かべながら、「正解」と小さくつぶやくと、席を立った。すっかり冷え切ってしまった二人のカップに熱いコーヒーを注ぐためだった。
二人は熱いコーヒーをすすりながら冷え切った手を温めた。部屋は冷暖房完備だったが、わざと低い温度で空調は設定されていた。暖かい部屋では思考が鈍くなるという、セルダン独自の方針によるものだった。
まずはセルダンが口を開く。
「さて、思考の正体は波であるとわかった。では、次は波の持つ性質だな。無論、物理的な性質のことだ」
「ええ、わかっています。そうですね、波の性質としてよく知られているのは……反射、屈折、回折……えーっと、それに……」
そういって考え込むベッカーにセルダンは助け舟を出した。
「干渉……」
「そうです、干渉ですよ! 最近なんだか歳のせいか物忘れがよくありましてね、やだなー」そう言ってベッカーは照れ笑いをした。
しばらく間が開いた後、セルダンが話し始めた。
「クラブやコンサート会場でよく、みんなが同じ動きをしていることがあるだろう? 他にも素晴らしい絵画を見たり音楽を聴いたりするときに、得も言われぬ感動を覚えることもある。つまり、ヒトはもともと感受性の高い、つまり外界の干渉を受けやすい生物なんだ」
「そうですね……そうかもしれません」
「なあ、ベッカー君、ヒトが他人の思考をキャッチすることができるとしたら、自分の思考を他人に押しつける、つまり干渉することも可能だとは思わないか? なぜならヒトの思考の正体は波なんだから」セルダンは真剣そのものの表情でそう言った。
「そうですね、そういうことが可能なのかもしれません。ただ、こればっかりは自分の目で確かな証拠を見てみないことには……」
「まあね、ただヒトの思考に干渉できるとしたら、思考と関係の深い感情や記憶も操作できる可能性は高いと私は思う」
「……」
「こいつは先にあげた念力・透視・瞬間移動と比べても、決して引けを取らない強力な能力だとは思わないか?」
「わかりましたよ、
「……」
「ただ、必須条件となっている隠密性を見事にクリアしているのは大きなアドバンテージだと思います。この一点だけでもテレパシーが、いままで挙げた第六感の中で一つだけ頭が飛び抜けているのは確かなようです」
それを聞いたセルダンは特に勝ち誇った様子もなく、目を閉じてコーヒーを一口すすった。