the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝 作:六位漱石斎正重
一つは隠密性を確保すること。瞬間移動のようにいくら便利な能力でも人目に付きやすい能力は役には立たない。二つ目はヒトの思考が読めるだけでは、将来の危機に対する対抗手段とはならない事。そうベッカーは指摘したが、ヒトの思考を一種の波として読むことができるなら、逆に他人に自分の思考、つまり自分の波を送ることもできるのではないか、そうセルダンは語った。そして最後に残された三つ目の問題点とは……。
ベッカーはセルダンとの会話の中で、前述の2つの問題点のそれぞれに対して、完全に納得はいっていないものの、賛意を示した。ベッカーは、どうやら自分が思っている以上にテレパシーが有用であることを少しずつ理解し始めていたが、それでも最後に残った三つ目の問題点をクリアするのは並大抵なことではないだろうと踏んでいた。そんな中、最初に口を開いたのはベッカーだった。
「博士、テレパシーを221銀河標準年後に訪れる危機に対する対抗手段として、採用するための3つの問題点の内、先に博士にご説明いただいた2つの問題点に対するご回答については、そこそこ納得のいくものであったことを認めます。ですが、最後の三つ目の問題点はその難易度を考慮すると、先の2つの問題点に負けず劣らずの容易ならざる問題点だと考えます。私はこの問題点をクリアするための手段については皆目見当がつきません。むしろ考えれば考えるほど絶望的な気持ちになります」
「……」
「では博士、三つ目の問題点を読み上げてください」とベッカー。
「3、テレパシーを221銀河標準年後に危機に対する対抗手段とすることを仮決定した。だが、一体どうやってヒトにテレパシーという能力を発現させるのか? 薬物か? 脳に対する外科手術か? DNA操作を行うのか? いずれにせよ、人体のどこをどういじればテレパシーという能力が発現するのか、その因果関係が全く分かっていない」
セルダンがその三つ目の問題点を読み終わると、すぐにベッカーは自分の意見を述べ始めた。
「そう、その通りです。これはざっと考えただけでも、瞬間移動を可能にさせるくらいの容易ならざる難問だと思いますよ? 僕は」
「ああ、私もそう思う……」
「まあ、もしかすると進化の過程で、数百万年後のヒトにテレパシーという能力が発現するのかもしれませんが、我々にはそんな遠い未来を待つ猶予がありません。まずは221銀河標準年後の危機に対抗しなければ……」
「そう、その通り」そう言うとセルダンは黙った。
ベッカーはセルダンが再び口を開くのを待っていたが、彼が考えているよりずっと長い間、セルダンが黙ったままだったので彼は遠慮がちに口を開いた。
「あの……博士……まさかとは思いますが、この問題の解決方法がないって言うんじゃ……」
「ああ、無いな……今のところは」
「ちょっとっ! そんな簡単に無いなんて言わないでくださいよ、博士」
「無いものは無い。だがな、それもやむを得ない事なんだ。我々の研究している心理歴史学を含め多くの自然科学分野の研究は、追実験の結果などをまとめた数限りない『正確な』情報があふれているが、テレパシーのようないわゆる疑似科学の研究は、研究成果をまとめたものこそ多いものの科学を成立させるためのいくつかの諸条件を欠いているからなんだ」
「科学を成立させるための諸条件ですか……」とベッカー。
「いくつか言えるかね?」
「ええ、まあ。私も科学者の内の一人ですから。……そうですね、まずは『実証性』、つまり問題に対する仮説が、観察や実験を通して検討が可能であるかどうかということです。博士のお話を伺う限りでは、疑似科学も無数の実験を行い、その存在を証明しようとしているようですね」
「ああ、疑似科学を研究している研究者たちもこの条件だけは満たそうと努力している。彼らは自説を証明して、専門家でもないくせに常日頃から自分たちを批判している世間の連中を見返してやりたい、という強烈な願望を持っているからね」
「世間の連中を見返す?」
「わからんかね? 最初に君が言ったことをよく思い出せ。君は疑似科学というものにどんな印象を持っていた?」
「バカバカしくて論ずる意味がないと……」
そう言ってベッカーは考え込んだ。
「そうだ。彼らは自分たちが
セルダンがそのあとしばらく黙ったので、ベッカーは再び口を開いた。
「次は……『再現性』、ですかね? 同一の条件下では同一の結果が得られなければならない、ということです。僕が思うに、疑似科学に最も欠けているのはこの条件だと思います」
「ああ、私もまったく同感だね。例えば先にあげた透視実験の話を思い出してもらいたい。5種類の図柄が描かれているカードを使った透視実験の結果、10回中3回カードの図柄を的中させました。26.3%(理論値は20.1%)の的中率でした……うん、なるほど確かに悪くない数字だ。でも、悪いときは18.3%まで下がってしまいました、じゃ困る。こんなに揺らぎがあるようでは話にならないよ。それに、カードの図柄は単純な図形だろ? 100%とは言わないまでも、少なくとも85%以上の的中率は欲しい。そうは思わないかね?」
「確かに言われてみると博士のおっしゃる通りですね。僕は理論値から考えてなかなかどうして、と最初思いました。でも、よく考えてみれば、我々は221銀河標準年後に訪れる危機を回避するための能力を探しているのでした。そんな微妙な能力を頼りにするくらいなら、サイコロでも振っていたほうがマシです……改めて考えてみると話になりませんね、やっぱり」
セルダンは何も言わなかった。
ベッカーはコーヒーを一口すすってから再び口を開いた。
「科学を成立させるための条件が3つなら、次が最後になります。最後に挙げるのは『客観性』です。導出した結論は、事実に基づき客観的に認められなければならない。要するに、出された結論は筋道立てて説明できて、誰もが納得できるものでなければならないということです。そしてその説明理由に対して……銀河霊や説明のつかない超常現象、あるいは研究者本人しか理解できない普遍性のない理論などは利用できません」
「全くその通り。私はテレパシーに関するありとあらゆる文献や研究動画を、まさに隅から隅まで見てみた。なるべく偏見なくな……だが、残念ながらそのすべてに見込みがないという結論に達したよ。自分でも実験してみたが……」
セルダンがそこまで言うと、ベッカーは大層驚いてセルダンに尋ねた。
「えっ? まさかご自分で実験なさったのですか?」
「当然だろ? 私は第六感の中から最終的にテレパシーを選択し、それに期待したんだ。私は、基本的には自分で確認するまでは結論を出さないたちなんでね。それに、科学を成立するための3条件をどれもが満たしていないなら、テレパシーの方が幾分マシだと考えたからだ」
「なるほど……」
「ただ、私もテレパシーのありとあらゆる実験を試すほど時間に余裕があるわけではないから、テレパシー実験の中でよく知られているガンツフェルト実験を試してみた」
「で、どうでした?」そう言うと、ベッカーは思わず前のめりになった。
「実験方法などの詳細について、ここでは言及しない。ただ、その結果は……」
セルダンがそこで一拍おいて口を閉ざすと、ベッカーはつばを飲み込んだ。
「……全く駄目だな。この実験に限って言えば、残念ながらテレパシーには見込みがない、とわかった」
「なんだ、結局駄目だったんですか?」
「まぐれあたり、つまり期待値は約25%だ。私の実験では最高値で33%をたたき出した。だが、これを高いとみるか低いとみるかは……」
「さっきの透視とおんなじですね……まるで見込みがない」
「ああ、その通り……」
そういって二人は再び黙り込んでしまった。
しばらくしてベッカーが再び口を開いた。
「でも博士、我々は長時間延々と第六感について検証してきたわけですが、最後に残されたテレパシーに見込みがなかったとしたら、結局どれも見込みがなく全く無駄な時間を使ってきた……という残念な結論になりませんか?」
そう彼は不満そうな表情で言った。セルダンは、その嫌味ともとれる発言を耳にしても顔色一つ変えずに次のように言った。
「それでもヒトは進化の過程でテレパシーを獲得して、その後能力を消失していったという仮説はそれほど間違ってはいないと思うんだ。この一点だけでもテレパシーが念力や透視と比較して大きなアドバンテージがある。特に人間の思考に干渉できる可能性がある能力を、私はどうしても捨てたくない、というかそれが主目的ですらある。それに……もう他の能力を探している時間がない」
「時間がないといっても、博士は実験の結果からテレパシーに見込みがないという結論をだしたのでしょう? なら、何度やっても同じなのではないですか?」
「ああ、君の言う通りだよ。だが、見込みがないとわかっているのは、疑似科学者たちの行っている実験と私が行った実験についてだけだ。他の方法を探すさ」
ベッカーは困惑気に「他の方法を探すといっても……」とつぶやいた。
「話は変わるが、私はこまめに公演を行ってきたし、出版物を出したりもした。それに加えてメディアでパネリストもどきのくだらない仕事を何度も請け負ってきた。それに心理歴史学研究の過程で得た、いくつかの金になりそうな重要な特許も取得している。そのおかげで、現在ではとても一人では使い切れないほどの資産を形成した。もう私もそこそこの年齢だ。30代の頃のようなギラギラとしたものはないし、何かが特別にほしいわけでもない。それに私には妻も子もいないからね。このまま資産を死蔵している意味はないし、私の死後、遺産の分配で周囲のみんなに揉める種を残したくない。そういう意味もあって、私は『財団』を設立した。今から8年ほど前のことだ」
「ああ、全銀河科学者財団でしたっけ? あれは博士が設立したんでしたね? でもみんなその名前では呼んでなくて、もっぱら『セルダン財団』と呼んでいますがね」
そう言って、ベッカーはからかったが、セルダンはそれを無視して話を続けた。
「私はヒトが身につける可能性のある第六感のうち、テレパシーに的を絞った。でも私一人では十分な検証や実験ができない。だから銀河中から人材を募った。それこそ胡散臭そうな疑似科学者から脳神経科学者までね。結果さえ出してくれれば、どんなに怪しげな研究でも構わない。無論、倫理に反する実験や研究は認めないがね」
「へぇー、でもそんな怪しげな連中を集めて研究していたと知れたら、博士の名声に傷が付きやしませんか?」
「私の名声? そんなものどうだっていいさ。私は疑似科学に対して偏見などない。どれだけ怪しげな研究だろうが、千に一つあるいは万に一つでもいい、何か人類にとって役に立つ普遍的で有益なものが一つでも見つかれば、それでいいと思っている……だがな、私のスポンサーや世間の人々はそうは思わない」
「……」
「彼らの提供した資金があやしげな研究に使われていると知られれば、彼らは資金を引き上げるかもしれない。私の私財だけでは研究を維持するには厳しい。彼らの資金は我々にとって極めて重要だ。だから『財団』の設立は世間から隔離された研究室を作るためでもあったんだ」
「博士も色々と苦労なさっているんですね?」
ベッカーがそう笑うと、セルダンはその後に言葉を繋いだ。
「だろう?」
そう言ってセルダンはベッカーに顔を向けるとニヤリと笑った。
「私も今や、一研究者ではない。もう自分の探究心のおもむくまま、好き勝手に研究できる身分ではなくなったのさ。今の私の仕事は次世代の科学者を育成し、彼らが諸問題に煩わされることが無いよう、満足の行く研究環境を作ることだ。そのためには『政治力』を要求されることだってあるんだ」
穏やかな声でそう語ったセルダンを、ベッカーは複雑な気持ちで見続けた。彼が研究生だった頃のセルダンは、新進気鋭の研究者そのものだったが、今彼の目の前にいる初老の男には、その頃の闘気ともいうべき覇気が感じられない。
今、セルダンの胸に去来する感情はどんなものだろうかとベッカーは思った。もう二度と一研究者には戻れないという悲哀か、あるいは若き科学者が熱を持って研究に打ち込む姿を見守る慈しみの気持ちなのか。いずれにせよ、まだ若いベッカーには初老の男の境地など理解できようはずもなかった。
二人は暗室のような暗い部屋にずっといたため、周囲から時間の経過を知る情報はここには入ってこなかった。二人の会談はすでに4時間を超えていた。