the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

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 今のセルダンには財力はあったものの。時間と人材を欠いていた。その上、研究内容が世間一般で言うところの疑似科学に類する分野だということもあり、大っぴらに研究をするのは難しい状況にあった。そのため、セルダンは世間の目から隔離するための研究室を設け、人材を集めるために『財団』を設立したのだった。セルダンとベッカーの二人は、人間にテレパシー能力を発現させる方法を模索するための方法について、様々なことを話し合うのだが……。


第14話 インストラクター

 セルダンは221銀河標準年後の危機に対抗する手段として、人間にテレパシーという能力を付与させる方を探っていた。彼は疑似科学に偏見は持ってはいなかったが、彼のスポンサーや周囲の人々は彼とは異なる認識を持っていた。

 彼は自分の私財や周りからの資金援助によって『財団』を設立し、自分たちの研究を世間から隔離した。だが、彼らの研究は遅々として進まず、セルダンは研究の先行きに不安を覚えるのだった。

 

 ベッカーは『財団』設立の目的を理解し、その現況を訪ねた。

「で、現在のテレパシーの研究成果はどんな感じなんですか?」

「まあまあ、といったところだな。特に脳神経科学者達の研究成果には多少の見るべきものがある。近いうちに何らかの有望な成果が出ることを私は期待しているんだがね」

 

 ベッカーは長時間同じ姿勢で座り続けていたせいか、椅子に座ったまま大きな伸びをすると再び口を開いた。

「でもよく考えてみたら、財団の研究者たちも大変ですよね?」

「何がかね?」

「ヒトに発現するかどうかもわからない研究を延々と続けるなんて……よく心が折れないなと。普通はもっと期待の持てる研究テーマを取り上げるでしょ? 少なくとも見本になる完成されたものが欲しいところですよね?」

「確かにな。研究というのは孤独なものだ。一生かけて研究した成果が全くのムダで、失意のうちに亡くなっていった研究者は、それこそ数え切れないほどいるよ? だから、私は研究者たちの精神衛生を保つために、あるかないかもわからないものを研究する、といった不毛な状態をまずは解消することにした」

 それを聞いたベッカーは途方に暮れた様子で「解消するっていったって……」と言った。

 

「今までのところ、我々の研究は全くの無駄だった……というわけでもないが、絶望的なほど望み薄だと、私を含め皆薄々気づき始めた」とセルダン。

「……」

「過去の歴史を振り返ってみると、ブロードマン(神経細胞の形態と機能を分類した脳神経学者。ヒトやサルなどの脳地図を作製した)ら脳科学者達は、ある意味ラッキーだった。彼らが作成した脳地図ができるまで、脳の機能は未知の部分が多い分野だった。事故や戦場で怪我をした人々が、()()にも命をつないで病院に担ぎ込まれた。彼らはみな、脳のある一部を損傷した患者たちだったが、彼らのお陰で脳のどの部分がどんな機能を担うかがわかってきたんだ。もっとも明るい過去があれば暗い過去もある。ロボトミー(大脳の神経回路を脳のほかの部分から切り離す外科手術)などといった倫理を完全に無視するような蛮行も平然と行われたがね……」

 

「いずれにせよ、臨床成果、つまりそういった脳の機能を知るためのサンプルが手に入ったことによって、人間の脳の機能が徐々に判明するようになったんだ。で、テレパシー研究に話を戻すが……」

 ベッカーはいよいよ核心に入ると直感して、食い入るようにセルダンを見つめた。

「このまま『財団』で盲目的に研究を続けていても有意な成果は得られない。自分達にわからないなら……いっその事、外部から能力者を連れてきて教えてもらえばいい。つまり、()()()()()()()()だ。そう私は考えたのさ」

「いやいや、ですから……そういう能力者を外部から探してくるって言っても、そういうことがすんなりできないからこういう困った状態になっているわけで……」

 そうベッカーは困惑げにつぶやいたが、セルダンはそのまま話を続けた。

 

「私はまずは付き合いのあるセレブの世界から人材を探索し始めた。財団のスポンサー達は、それこそ毎日湯水のように金を使っても、全く自分たちの資金量に変化のない人たちだ。彼らは鼻持ちならない嫌味な人種だが、世の中の情報が沢山集まる世界の住人という、そのたった一点においてのみ私にとっては価値がある」

 セルダンの話を聞いたベッカーは憤然とした様子で彼の後に続いた。

「ひがんで言うわけじゃないですけど、僕もああいった人種は大嫌いですね。金で多くの問題が解決できるのは確かです。でも、金で解決できない問題も確実にあるはずです。連中はそのことが全然わかっていない」

「そうだな。金を積んだことによる一つの成功体験が次の成功体験を呼び、それらの連鎖が続く。そして、結局問題を解決する手段はやはり金だった、という意識が強化される」

 

「いやな話ですね、博士……」

「まあな、それでも彼らの人脈には目を見張るものがある。だから私は彼らからのパーティーの招待には極力応じることにした」

「へー、博士がパーティーに参加するなんて珍しいですね」

「ろくでもない追従とこびへつらう人々を見るのは苦痛だったよ。そして、そういった連中がパーティーに参加した私のもとにも次々とやってきた……」

「心理歴史学の講義が聞きたかった……というわけじゃないですよね? やっぱり」

 ベッカーは不思議そうな表情でそう尋ねた。

「そんなわけないだろ? 彼らは心理歴史学はもちろんのこと、銀河系の未来のことなどこれっぽっちも考えてはいないよ。無論、彼らは私の資産を当てにしているのでもない。私の資産は彼らのそれにはとうてい及ばない。だったら、私にすり寄ってくる目的は一つしかないじゃないか」

「……」

「わからんかね? 先ほど君は言ったじゃないか、金で解決できない問題も確実にあるって。その中の一つが『名声』だ。私は今の状況を必ずしも望んだわけではないが、今ではトランターで私の名前を知らない者はほとんどいない。メディアへの露出も多いしな」

「ですが、博士にすり寄ったところで自分たちの知名度が名声に変換されるはずもないじゃないですか」

「そうだな、彼らも金で買ったり様々な努力をして、『知名度』はそこそこ手に入れている。だが、それを名声のレベルまで高めることは並大抵のことじゃない」

 

「名声か……一般の人たちによく知られている、といった知名度をかき集めるのではだめなんですか?」

「彼らは取り巻き連中の追従には慣れている。だが、彼らはそれじゃ不満なのさ。そして、彼らの認知度を多くの一般の人々にも広げたいんだよ。私をもっと見て、もっと俺をほめたたえろ、というわけだ。つまり、連中の心の奥底にうごめている感情は『承認欲求』なんだ。SNSでやたらフォロワーの数を集めたり、金持ちが議員に立候補したりするのを君もよく目にするだろう? あれなんか典型例だな」

「なるほど、大金を稼いだ後は名誉も欲しくなる。そういうわけですか……」

「まあそんなところだ。とにかく、彼らは私の巨大な知名度を利用して名声を手に入れようとしている。そして、私は彼らの人脈を利用する。持ちつ持たれつさ」

 

 しばらく休憩をはさんだのち、入れなおしたコーヒーをすすりながら、ベッカーが口を開いた。

「それで、連中の人脈を利用してどんな人物に会ったんですか、博士? テレパシーに関わるいろんな人たちとお会いになったんでしょう?」

「ああ。自分はテレパシーを使えると主張するテレパシスト、霊界から特定の霊体を呼び寄せることができるという心霊家、未来の出来事が見えるという予知能力者、それはそれはありとあらゆる怪しげな人々と出会ったよ」

 辟易した表情でそう語るセルダンを見てベッカーは笑った。

「それは博士も大変でしたね」

「笑い事じゃないよ? ベッカー君。ろくでもない夢物語のような内容の話ばかり延々と聞かされるし、あげくは自分たちの宗教に私を引き込もうとする人はいるしで、大変だったんだ。スポンサーが私に紹介してくれた人物たちだから無下にもできんし、あれには本当に弱ったよ」

 

 少し間をおいてベッカーは表情を改めた。セルダンもそれを見て、幾分真剣な表情を浮かべた。ベッカーが再び口を開いた。

「……それで、自称能力者達の査定はどんなものでしたか、博士?」

「だめだな、私が会った人物達に限って言えば、誰一人見込みはなかった」

「……」

「まず致命的なのは、彼らには確固としたエビデンスがない。仮にエビデンスを示した能力者がいても、その能力の確度が甘い。つまり実用に足りるレベルの能力を発揮できないということだ」

「それじゃ……」

 そう困惑するベッカーだったが、セルダンはふと何かを思いついたのか再び話を続けた。

 

「いや、そうでもないか……全くダメってことはなかったかな?」

「?」

「いたんだよ。それも驚くべき精度で私の考えていることを当てる人物が二人」

「その人たちはどんな人たちでしたか?」

「一人は副業で手品師をやっている物理学者だった。結局、彼は超能力者ではなかったが、その仕掛けを悪びれもせずに教えてくれたよ。読唇術と調査力によって情報を読み取っていたと」

「なるほど。でもその人は我々の求めている人物ではありませんね」

「ああ、そうだな。そして……恐らく本物だと思われる能力者が一人。やや確度が甘いものの、私の感情に関してだけはかなりの確率で当ててきた。もっとも私の表情筋を読んだだけかもしれんがな」

「それでは!」

「ああ、既にリクルートして我々『財団』の一員になって、研究に参加してもらっている。だが……」

「……だが?」

「彼も我々の求めている能力者じゃない。求めているのは他人の思考に影響を与えることのできる『精神干渉能力者』だ……」

 

 ベッカーはしばらく黙り込んで自分の手を意味もなく見つめていたが、その内思いつめたように口を開いた。

「もともと砂漠の中の一粒の砂のように見つけるのが難しそうなテレパシー能力者。しかも、精神干渉能力を持つ人物ともなると、これはもうどうにも……」

「そうだな。だが最初から分かっていたことだ。この探索には想像を絶する忍耐が要求されるということを。だが、我々は絶対にあきらめるわけにはいかないんだ」

「ですが、結局セレブ関係の巨大な人脈の中に、能力者を見つけることはできなかったんでしょう?」

 そう困惑するベッカーだったが、セルダンからは意外な返事が返ってきた。

「確かにセレブ関係の中には我々の期待する能力者はいなかった。でもよく考えてみれば、膨大な数の情報が飛び交うセレブの世界にそんな能力者がいたとしたら、もうとっくにその名が知られているはずだ。私は最初から探す()を間違っていたんだ。だから……私は他の場所から能力者を探すことにした」

「でも他の場所と言ったって他に探しようが……」

 ベッカーはそう言いかけて口ごもった。

 

 セルダンはベッカーのその疑問にはすぐには答えようとせず、話題を変えた。

「なあ、ベッカー君。話は変わるが、もし他人の思考を変化させることのできる精神干渉能力者が、君の身近にいたとしたら、君はどう思う? それも強力な能力で、他人の感情だけでなく思考や記憶までをも操れるような、そんな能力者だ」

「そ、それは嫌ですよっ、決まってるじゃないですか! そんな人物が身近にいると知っただけで怖気だちます」

「そりゃそうだろうね。私も同じ気持ちだよ。たぶん10人中ほぼ10人がそう考えるんじゃないのかな?」

「……」

「たぶん、そういった精神干渉能力者は周囲から忌み嫌われる存在で、社会からつまはじきにされている可能性が高い。幼少の者なら虐待されているかもしれない。つまりこういった人物は一般社会に溶け込めず、隠匿されているんじゃないかな……」

 それを聞いたベッカーはいよいよ話が確信に近づいたと思い、身を乗り出してセルダンの話の続きを待った。

 

「一般社会が受け入れないような世界と言ったらどこになるだろう?」とセルダン。

 そして、すぐにそのあとをベッカーが続ける。

「それは……例えば、繁華街を牛耳っている裏社会か、あるいは……」

 そう言いかけて黙り込んだベッカーの言葉の後にセルダンが付け加える。

「スラム……」

 二人はそのままお互いの顔を見つめて黙り込んだ。

 

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