the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

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 人間の思考や記憶を操る精神干渉能力者、その能力を持つ少女をついにスラムで発見した、とセルダンはベッカーに語った。だが、その精神干渉能力者は周囲の人々に憎悪を抱いており、お願いしたところで素直に応じるはずがない、とベッカーは主張する。
 また、そもそも精神干渉能力者は人の記憶を消してしまうこともできるだろうから、その少女に出会ったという事実さえ忘れてしまうことになる。ところがセルダンは、その少女は『財団』の研究員として今も在籍していると語った。ベッカーはこの容易ならざる難問を、セルダンがどのように解決したのか尋ねるのだが……。



第16話 知らないはずのことを知る方法

 セルダンは右手に持っていたコーヒーカップをそば机に置くと椅子に深く腰掛け、室内の天井に顔を向けた。そして自身の両手の指を突き合わせるようにしながら目を閉じると静かに話し始めた。

「様々な可能性を考慮した結果、私は精神干渉能力者を探索することに焦点を絞った。一人だけでは銀河の趨勢に影響を及ぼすのはとても無理だが、そのような能力を持った人間をある程度の人数集めることができれば、ほんのわずかであってもそれに関与できると考えたからだ」

 ベッカーは何も言わずセルダンの話の続きを待った。

「だが、それと同時に精神干渉能力者の探索には、極めて難しい問題がおのずと持ち上がることに私は気づいた……それは、仮にそういった能力者と出会っても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という致命的な問題だ。君の指摘したとおりだよ」

 そう言うと、セルダンは薄く目を開き、横目でベッカーを見つめた。ベッカーが短く「はい」と答えると、セルダンは再び目を閉じた。

 

「私は悩んだ。これは容易ならざる問題だ。だが、これが解決されない限り精神干渉能力者を探索することは無意味だ。せっかく精神干渉能力者を発見したとしても、その発見したという記憶を消されてしまえば全くの無駄骨になるからね。だから私はそれこそ寝食を忘れてこの問題の解決方法を探ったが、解決方法は容易には見つからなかった」

「……」

「悩みぬいた私の体重は1か月で12kgも減ったよ。隣の研究室のクレアが私のことを心配して、面倒を見てくれたおかげで、私はこうやってなんとか生きているがね」

 それを聞いたベッカーは思わず身を乗り出してセルダンに尋ねた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「クレアって、あのクレア・デュランダル博士のことですか? クレア先生はお元気ですか?」

「ああ、元気そのものだ。もっとも最近は彼女と会っていないからどうしているのか知らんがね。まあとにかく彼女にはそれ以外にもあまりに多くの世話になりすぎていて、私は彼女には生涯頭が上がらんよ」

 そう言って、セルダンは笑った。

 

 ベッカーは遠慮がちにセルダンに尋ねた。

「博士はクレア先生と……お付き合いされていたのではないのですか? 我々研究生の間ではその話でもちきりでしたが……」

 セルダンはしばらく黙ったが、静かな声でそれに答えた。

「彼女は聡明な上にあの美貌だ。とても私とつり合いが取れているとは思えんよ。彼女にはもっとふさわしい男がいるはずだ……」

 ベッカーは困惑気味にそのあとに続いた。

「ですが、クレア先生の方はセルダン博士のモーションを待っているような態度だったように、我々研究生には見えましたが……博士はクレア先生の気持ちを確かめなかったのですか?」

 それを聞いたセルダンは目を開き、ベッカーを軽く睨むと独り言のように話を続けた。

「ベッカー君……」

「はい」

「君は、クレアと私の仲を取り持つためにトランターに来たのかね?」

「いいえ、無論そうではありません。だけど……」

 そう言いかけたベッカーにセルダンは割って入った。

「私とクレアのことは君には関係ない……いや、すまん。先に彼女の話題を持ち出したのは私だったな。とにかく話を戻そう」

「はい……」

 確かにクレア先生のことは、今はどうでもいい。今は精神干渉能力者に出会ったときに、記憶を消されないで済む方法の模索の方が重要だ、ベッカーはそう思った。

 

 ベッカーが物思いに沈んでいると、セルダンが再び口を開いた。

「私は悩みに悩みぬいた末に、ある結論にたどり着いた。それは……精神干渉能力者と出会ったときに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という結論だった」

 それを聞いたベッカーは驚いて椅子から体を起こすと、慌ててセルダンに尋ねた。

「えっ? いや、セルダン博士ちょっと待ってください。それでは何の解決方法にもなっていないじゃないですか。自分の記憶が消されてしまうからこそ、我々はこうして困っているわけで……」

「いや、ところがそれがそうでもないんだ」

「?」

「まずは、どうあっても無理だと判明したことによって、その問題の解決方法を探す必要がなくなったこと。つまり無駄なエネルギーを使わなくて済むようになった、これは大きい。だが、君の言う通り根本的解決方法にはなっていない、というのも確かだ。だから、私は()()()()()()()()()()()()()()の模索を始めた」

「知らないはずのことを知る? なんだか哲学的すぎる命題で、僕には何のことやらさっぱり見当もつきませんよ、博士」

「まあ、順を追って話すから最後まで聞きたまえ、ベッカー君」

 ベッカーは「はい……」と不満げに答えた。

 

「人間は意識を向けていないものからも様々な情報を受け取っている。記憶に残らないのは、それらの情報が意識の上に昇ってこないからに過ぎない。だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私はそう考えたんだ」

「……」

「私は物体からシグナルを送らせる『何か』について、猛烈な勢いで、ネット上の情報を漁った。1日たち、2日たち、そして一週間が過ぎたが、何の成果も得られなかった」

 ベッカーは何も言わずセルダンの話の続きを待った。

 

「そして10日後に発見したのが、この論文だ」

 そう言うと、セルダンは椅子から体を起こして手元の端末を操作して、彼が直前に話したある論文をベッカーに見せた。ベッカーは独り言のようにその論文の題名を読み上げた。

「都市型開放環境における染料劣化の度合いについて……」

「ああ……」

「何ですか、これは?」と訝しげな表情でベッカーは尋ねた。

「その論文の概要を簡単に説明すると、風雨や紫外線にさらされている環境下で、染料にどれくらいの劣化が生じるのか、という研究内容だ。まあ、それ自体はさして重要でもない。肝心なのはその研究過程で、ある特殊な染料の合成に成功した、という部分だ」

「特殊な染料?」

「ああ。その論文の中では『カーマインレッド #D7003A』と呼ばれている染料だ。ベッカー君、その論文中のp231の図21を見てみたまえ」

「はい。シャーレの写真のようですね……何も映っていないようですが?」

「では、次のページの図の22はどうかね?」

「シャーレの中に素晴らしく鮮やかな赤色が映っています。でもこれがどうかしたんですか?」

「実はその2枚の写真は同じ染料の写真なんだ。図の22はある偏光ガラスを通してみた時の写真なんだよ」

「へー、じゃあ普段は無色透明で、人間の目には見えないある波長の光を出しており、偏光ガラスを通す時だけその光が見える染料というわけですね」

「ああ、その通り」

 ベッカーは美しく輝くような赤色を見て、かすかに感動したものの、だからどうした? という表情でセルダンを見つめた。

「ベッカー君、心配しなくてもちゃんと説明するよ」

 セルダンがすましてそう答えると、ベッカーはニヤリと笑った。

 

「私はその論文の著者にすぐさまコンタクトを取った」

「どんな人物でした?」

「目だけがぎらついている貪欲そうな男だったよ。トランター近郊の小さな大学の中年男性教授だった。彼の話を聞いてみると、なんでも彼の研究は、その道の研究学会からは、はなっから相手にされなかったらしい。そのことについて彼はずいぶん怒り狂ってたな」

 そう言って、セルダンはクスクス笑った。

「まあ、研究者ってのはそんなもんです」そう言ってベッカーも苦笑した。

「それで、私は彼の合成した特殊染料のスペックについて尋ねてみた」

「ええ……」

「自然光のもとで無色・無臭・透明の液体。偏光ガラスを通してのみ、特定の波長の赤色光が見える。融点‐93℃、沸点36℃、密度0.91g/cm3、揮発性及び引火性あり、発ガン性不明。そのような液体だと彼は言った」

 

「なんだか体に悪そうな液体ですね。で、この染料は自然環境下でどのくらいもつんですか?」

「環境条件にもよるが、3日程度らしい」

「3日ですか……微妙ですね。長いんだか短いんだか私には判断つきませんがね」

「ああ。しかしながら揮発性・引火性があっては困る。揮発性があると染料が劣化しやすいし、引火性が残ったままなのは危険すぎる。それに発ガン性が不明というのも気になるな」

「まあ、なんでもそうですが、発明されたばかりのものは、そのまま使える事って少ないですもんね」

「ああ、だが私は自分が探し求めていたものはこれだと確信したんだ。だから私は彼の研究に資金提供することを彼に伝えたよ」

「博士、いよいよ核心に迫ってきましたね。いささか引っ張りすぎな気もしますが」と、ベッカーは笑った。

「ああ、ここからが核心だ」

 

「それで博士がその人に出した条件というのはどういったものなんですか?」

「1年6か月の改良期間、提供資金は80万クレジット。彼の染料が、私が要求するスペックを完全に満たした場合、追加報酬としてさらに40万クレジット。その上、彼が学会内での立場を確固としたものとするのに、()()()()()()()をする、ということになった。無論、こちらの要求にこたえられなければ、資金提供は打ち切りだ」

 それを聞いたベッカーは驚いて目を見開いた。

「トランター帝立大学の教授の1か月の給与が約1万2千クレジット程度であることを考えると、ずいぶん太っ腹ですね」

「まあね、でもこの染料は私が精神干渉能力者を発見するのに必須のアイテムなんだ。それに彼は研究に対して貪欲そうに見えた。私と()()()()()()()()だよ」そう言ってセルダンはニヤっと笑った。

 

 しばらく間があいてからベッカーが再び口を開こうとしたとき、セルダンが手元の時計を見ながら先に話した。

「ベッカー君、我々の対談はもう7時間に及んでいる。いったん休憩にして食事をしないか」

「はい、でもずいぶん長らく話し込んでいたんですね」そう言ってベッカーは自分の腕時計を見た。

「そうだな。じゃあ、カフェテリアで食事をしよう。君が院生のころご用達だったあの店だよ」

「おっ、いいですね。リーズナブルでおいしい食事を提供してくれる店でした。今でも味は変わりませんか?」

「それは君自身の舌で判断するんだな」

 そう言ってセルダンは立ち上がると、ベッカーとともに研究室を出た。

 

 セルダンは精神干渉能力者を発見するための()()を見つけたようだ。だが、それをどう利用するのか、ベッカーには判断のつけようがなかった。

 

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