the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

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 セルダンはスラム内をくまなく歩き周り、苦労して手に入れた特殊な染料を使って、自分が印象に残った場所にマーキングを行った。1回目はスラム内のほとんどの場所に、彼がマーキングした場所であることを示す赤い点が現れたが、それは2回目、3回目を回数を重ねるごとに、その数を減らしていった。
 そして最後の4回目の試みで、マップ上の赤い点は5か所に絞られることになった。それを見たベッカーは、ここまで絞られれば後はしらみつぶしにあたっていけばいい、と主張する。だが、既にセルダンはこの時点で精神干渉能力者の所在を突き止めていた。彼がそのように説明した根拠とは……。



第18話 精神干渉能力者とのコンタクト

 次の日の昼、約束の時間よりかなり早くセルダンの研究室に到着したベッカーは、今か今かとセルダンを研究室の扉の前で待ち続けた。

 13時より15分ほど前に研究室にたどり着いたセルダンは、自分の研究室の扉の前に誰かが立ち尽くしているのを発見した。そしてその相手の正体がわかると彼はニヤリと笑った。

 ベッカーは待ちきれないようにしてセルダンの研究室の奥の部屋に入り、電子ボード上のマップに表示されている5か所の赤い点を見つめながらセルダンに尋ねた。

「昨日僕はよく眠れませんでしたよ。なぜなら博士が理由を話さないで帰ってしまったため、このことを僕は一晩中考えていたからです。さっそくですが、なぜこの5か所の場所から一つに精神干渉能力者の捜索場所を絞れるのか、理由をお聞かせください」

 それを聞いたセルダンはたいしてすまないとも思っていない調子で、すました様子で次のように答えた。

「そうか、それは悪いことをしたね。じゃあ種明かししよう」

「ええ、お願いします」

 

 セルダンは、期待に満ちた落ち着かない様子のベッカーを見ると、苦笑しながら口を開いた。

「マップ上のこの5か所の地点は全て、私が特殊染料の入っているスプレーで4回マーキングした地点だ」

「ええ、分かっています。昨夜お聞きしました」と不満気に口をはさむベッカー。

「ところが、この5か所の内、1か所だけ他とは異なるある特徴があるんだ。その地点がここだ」

 そう言って、セルダンは電子ボード上のある点に触れると、その点だけが赤く輝き、ほかの点は全て灰色に変化した。

「他の場所と異なる特徴?」

「ああ、それは……」

「……」

「私にはこの地点をスプレーで()()()()()()()()()()()()んだ」

「覚えがない? それは博士の単なる度忘れでは? 博士もそろそろいいお歳ですしね」

ベッカーはそう言って笑った。それを見たセルダンはベッカーを軽く睨み、「余計なことは言わんでよろしい」と言うと話を続けた。

 

「私はスラム街で印象に残ったあらゆる場所をマーキングし、記録に残した。そのそれぞれの地点を確かに私はいちいち頭の中で覚えてはいない。だが、4回もマーキングした場所だよ? 何らかの印象があったからこそ、私はそこにマーキングしたんだ。しかも4回もだ。そんな場所を完全に忘れてしまって、何も思い出せないなんてことがありうるだろうか……」

 それを聞いたベッカーは幾分表情を改めて「確かに……不自然ですね」とつぶやいた。

「それに、私の使っているこの特殊染料は市場に出回っていないし、この染料に関する論文発表も行われていない。つまりこの特殊染料を今、トランターで使っているのは()()()なんだ」

「そうかっ! だから博士はこの染料の開発者に金を渡して、論文発表やスプレー生産を止めたんですねっ」

「そうだ。したがって、私が忘れてしまっているその地点は、()()()()()()()()()()()、ということになる」

「……」

「不可解な思いを抱いた私は、とにかくそこへ行ってみたんだ」

「はい……」

「そして、そこである人物を見つけた……」

 そう言って、セルダンはコーヒーカップに口をつけるとしばらくの間黙った。ベッカーは、セルダンをせかしても意味がないことをこれまでの彼との会談で十分理解していたので、そのままセルダンが口を開くのを待った。

 

 しばらくすると、セルダンは何かを思い出すかのようにゆっくりと口を開いた。

「子供だった……薄汚れた身なりの物乞いだったよ。日陰に身を隠していてコンクリートの床にじっと座り込んでうつむいていた。()の足元には小さな空き缶が置いてあって、そこに何枚かの低額クレジット硬貨が入っていた。恐らくその子の身の上を哀れんだ者がそこに入れたんだろう……」

「……」

()の座っているコンクリートの床のすぐ近くに、私がスプレーでマーキングした鮮やかなカーマインレッドの赤いラインが4本、くっきりと見えた。しかもたまたまかかったのかどうかわからないが、その子のズボンにも染料の一部がついていた。恐らくこの子が精神干渉能力者だろう。この子と会った記憶はないが、私はそう確信したんだ。私は彼に用心深く近づいた。」

「なるほど……あれ? でも、ちょっと待ってください。昨日博士は、精神干渉能力者は女の子で今は15歳になっていると言いませんでしたか?」

「ああ、言ったよ。その子が女の子だというのは、実は後から分かったんだ。でもその当時の私は、その子が男の子だと思い込んでいたのさ。身なりは薄汚れていたし、その時確かその子はジーンズをはいていたと思う。それに……8歳くらいの小さな女の子が物乞いをやっているなんて、私の想像の範囲を超えていたからね」

「そうだったんですか……ひどい話ですね」

「ああ、そうだな。とにかく私はその子にコンタクトをとることにした。対応をしくじれば、彼女は二度と私の前に現れなくなるかもしれない。つまりその結果は、何よりも貴重な精神干渉能力者を永遠に失うことを意味するんだ。私は慎重に行動した……」

 そう言うとセルダンはコーヒーカップに口をつけた。

 

 私は今日も足元に小さな缶を置いて、コンクリートの床の上に座る。それが私の日課だ。そのままじっとしてる、夕方まで何もせずに……。お昼はない。だからいつも私はおなかがすいている。

 缶の中に100クレジット以上のお金がたまれば、その日の()()は終わりだ。私は家に帰って、ご飯を食べることができる。固いパンと冷たいお水だけだけれど、それでも私は……いつもご飯が楽しみだ。

 でも……今日の稼ぎはパッとしない。足元の缶には20クレジット程度の硬貨が入っているけど、目標の100クレジットには程遠い。足りなければ家に戻った時に……またぶたれる。私はかすかに震えた。

 私はまだ小さいから自分でお金を稼ぐことができない。だから毎日ここに座ってわずかなお金を集めている。私は今、8歳だ。ふつうこのくらいの年齢だったら、『学校』というものに通うのだそうだけど、私を含めて周りの子たちはみな、『学校』に通ったことがない。

 退屈じゃないかって? 退屈だなんて思ったことはない。なぜならこれが私の日常だから……

 

一人の小柄な男の人が私の方へ近づいてくる。ここ最近よく見かけるおじさんで、ちょっとでっぷりしていてサングラスをかけてる。服装を見る限り、おじさんはここの住人じゃないことが私にはわかった。

 おじさんはいつも左手に何か持ってて、たまに壁とか床とかにそれを向けるしぐさをしている。私にはこの人が何をしているのかわからない。

 でも、この人はいい人だ。なんでかっていうと、何も言わず大きなお金を私の缶の中に入れてくれるから。だから……私はこの人の()()()()()()ときには、いつもチクッと心が痛む。でも、そうしないと、もう二度と私の缶に大きなお金を入れてくれないかもしれない……。

 

 ()()()()()()()()()()()からだろう。今日もおじさんは私の缶の中に大きな紙幣を入れてくれた。私はいつも通り「ありがと……」というと、おじさんの目を見て、いつものようにおじさんの()()()()()()()()()()。でも今日のおじさんは少し違っていた……私に話しかけてきたのだ。

 私の缶の中にお金を入れる人はみんな、私に話しかけたりなんてしない。でもたまにお金を入れた後、独り言を言うみたいに、「臭い、汚い」って言われたりしたことはあった。だから私は初めてのことにおろおろして、思わずおじさんから目をそらした。

 

「ねえ、君。いつもここに座っているの?」

 おじさんがそう尋ねる。私は黙ったままうなずいた。

「家はどこだい?」

 やはり私は黙ったまま、家の方向を指さした。

「君は学校には行かないの?」

「学校?」

 私はすごく驚いておじさんの顔を見つめた。サングラスを外したおじさんの目はすごく優しそうだった。再びおじさんは私に尋ねた。……よく質問する人だ。

「私の考えが間違っていたら許してくれ」

「……」

「君は……他人の記憶を変えることができるんじゃないか……と私は思っているんだが……」

 それを聞いた私は激しく震えだした。バレた! 知られてしまった。そう思った私は睨みつけるようにおじさんの目をじっと見つめた。するとおじさんはすごく慌てだした。

「わー、待って、待ってくれ! 私の話を聞いてくれっ!」

 おじさんはそう叫んで顔を下に向けて私から目をそらした。大人がそんなに慌てるのを見るのは初めてだったので、私は少しおかしくなってほんのちょっとだけ笑った。そして……小さいため息を一つついた。

 

 セルダンの話を黙って聞いていたベッカーは、コーヒーカップをそば机に置くと、独り言のようにつぶやいた。

「なるほど、その女の子がね……」

「ああ、その子が憎悪にまみれた目で私の目を見つめた時、私は背筋が凍る思いをしたよ。そして私は瞬間的に彼女の視線から目をそらした。理由はわからんが、直感的にそうするのがいいと感じたんだ。まったくもって非論理的な話で申し訳ないがね」

 セルダンがそう言うと、ベッカーは少し首をかしげながらそのあとに続いた。

「でも、無条件で精神干渉が作用する可能性もあったんじゃないんですか? 今の博士のお話を伺う限りでは、その女の子が博士に対する精神干渉をためらう理由はなさそうですし……」

「そうだな。もし、精神干渉作用が全くの無条件で発動するなら、もうお手上げさ。銀河系の未来を予測するという誇大妄想に取りつかれた一人の中年男がいた、と笑われて終わりだ。でも精神干渉作用には、なんらかのトリガーや条件が存在するという、ある種の確信が私にはあったんだ」

 それを聞いたベッカーは不思議そうな表情を浮かべた。

 

「別にそれは不思議なことではないんだよ? 確かに、生物の持っている多くの特殊な能力は、無条件で働くことが多い。例えば動物が発する超音波や昆虫の擬態なんかのことだな。だが他者に干渉する能力なら、相手の脳へ接続されている感覚器とのコンタクトが必要になるんじゃないか、そう私は考えたんだ」

「脳へ接続されている感覚器とのコンタクト?」

「ああ。例えば我々の持つ感覚器の代表例として目があるが、目は水晶体で集積された光が網膜にあたって、その網膜につながった視神経が光エネルギーを電気エネルギーに変換して脳へ送る。そうして初めて我々の脳は外界の情報を処理することができるんだ。つまり、目という感覚器を通してのみヒトの脳は視覚情報を処理できる、というわけだ」

「はい……」

「そして、それは恐らく精神干渉という作用も同じだと、私は思った。人間の持つ何らかの感覚器を通して、相手の脳にアクセスし、相手の脳波を変える仕組みなんじゃないかと私は考えたんだ。何のきっかけもなく、無数の電気信号が飛び交っていて独自の動きをしている相手の脳に、いきなり作用できるとは考えにくい……」

「なるほど……確かにそうかもしれませんね」

 

「それで結局後から分かったんだが、精神干渉作用を起こすには、やはり条件があったんだ。彼女の精神干渉作用は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、なんとか彼女を私の『財団』に誘い込むことができたし、私は今こうして君と会話ができている」

「そうだったんですか。精神干渉作用を発生させる条件があったことは、ある意味ラッキーだったんですね」とベッカー。

「ああ、我々だけでなく未来の銀河系にとってもな……」

 

 しばらく間が開いた後、ベッカーは再びセルダンに尋ねた。

「それで、その女の子はどうなったんですか?」

「うん。私はやっとの思いで精神干渉能力者を見つけた。だが、彼女は未成年だ。私の『財団』に彼女を迎えるにしても勝手に連れ帰るわけにはいかない。このままでは私は人さらいだ。だからどうしても彼女の保護者と交渉する必要がある。だから、私たちは彼女の家に向かった」

「なるほど……で、どんな親だったんですか? 彼女の親は」

 ベッカーがそう尋ねると、セルダンは強い嫌悪の表情を顔に貼り付け、吐き捨てるように言った。

「史上最低のクズ野郎だったよっ! 人間の悪い部分を集めて固めたようなヤツだった……」

 それを聞いたベッカーはひどく驚いてセルダンを見つめた。あの冷静沈着な博士がこんな表情を浮かべて他人のことを悪しざまに言うなんて……彼はセルダンの勢いに飲まれ閉口し、セルダンが口を開くまでひたすら待ち続けた。

 

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