the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

19 / 30
 セルダンはついに精神干渉能力者である一人の少女を発見した。だが、少女は自分の能力が発覚したことにうろたえて、憎悪にまみれた視線を彼に向ける。その少女の視線にセルダンは恐怖を覚え、とっさに顔を下に向け視線をそらした。もし、少女の干渉能力が無条件で発動されるものであるならば、自分の記憶は消されてすべてが終わる。だがそうはならないはず、彼にはそう考えるある種の確信があった。
 結局のところ、いつまでたっても自分の記憶が変わる兆候は感じられず、セルダンはなんとか『賭け』に勝った。そして、彼は手始めに少女の警戒心を解くことに注力するのだが……。



第19話 少女の身柄交渉

 私は、なぜかさっきのおじさんと一緒に、こうやって公園でお昼ご飯を食べている。さっきおじさんと話していた時に、私のおなかがぐーって鳴ったからだ。お昼ご飯を食べるのは本当に久しぶり。

 おじさんはレストランに私を誘ってくれたけど、私たちはレストランには入れなかった。それは私が臭くて不潔だったから……。

 おじさんは入店を断ったお店の人にすごく怒ってたけど、私はお店の人が私たちの入店を断ってくれてちょっとホッとした。なぜかっていうと、あんなきれいなお店でご飯を食べてもなんだか落ち着かないだろうから。

 

 おじさんは道路のわきに出店しているフードスタンドで、私に何が食べたいか聞いたのだけれど、私は今まで一度もお店で食べ物を注文したことなんてない。どうしていいかわからなくて、私がうつむいてずっと黙っていると、おじさんは何かの料理を2人分頼んだ。

 料理が出来上がるまで、おじさんはずっと私を見つめていた。私はなんだか気恥ずかしくなっておじさんから目をそらしたんだけど、しばらくしてまたおじさんを見上げると、まだおじさんは私を見ていた。優しい目だった。

 持ち帰り用の手提げ袋に包まれた料理が2人分出来上がると、そのうちの一つを私に持たせてくれた。袋はすごく暖かかった。それにすごくいい匂い。この匂いをかいでいるだけで私は幸せな気分になった。もうこのご飯を食べることができなくてもかまわない、そう思った。

 

 私たちは公園のベンチに並んで座ると、おじさんは料理の箱を開けた。おじさんはしばらく料理を眺めた。そして何かに満足したのか、小さくうなずくとフォークでさした料理の一かけらを自分の口の中に放り込んだ。おじさんは「うまい!」と言ったのだけれど、私の方を見ると顔が少し曇った。

「どうしたね? 熱いうちに食べよう。冷めると美味しくなくなるよ?」

「これ……全部私が食べていいの?」

 料理の箱を見つめたまま私はそう尋ねた。

「もちろんだ! そのために買ったんだから。さあ、食べよう」

 私は料理の包みを開けた。目が回るようなこの世のものとも思えない素晴らしい匂い。もう死んでもいい。おおげさかもしれないけど、その時の私は本気でそう思った。

 

 熱い料理を口にしたことがなかった私は、料理の中に指を突っ込んだ。

「熱っ!!」

 いきなり料理に手を突っ込んだ私におじさんはすごく驚いて、慌てて公園の水道でハンカチを濡らすと、私の指に水で冷やしたハンカチを巻いてくれた。そして私は……その日初めてフォークの使い方を学んだ。

 

 私は初めて使うフォークに悪戦苦闘しながら最初の一口を食べた。美味しい! なんて美味しいのだろう。こんな美味しいものを食べたのは生まれて初めてだ。

 二口目、あまりの美味しさに舌がとろけてしまいそう……今まであった、つらくて嫌な思い出を全部帳消しにできるくらい、素晴らしい体験だ。生きていてよかったと本当に思えた。

 三口目、私は知らず知らずのうちに涙を流していた。料理の美味しさに感動したから? それともおじさんの優しさにあてられたから? その時の私にはわからなかった。とにかく涙が止まらなかった。

 おじさんは柔らかいまなざしを私に向けたまま「ゆっくり食べなさい……」と優しく声をかけてくれた。

 

 気が付いたら私はベンチの上で眠り込んでいた。おじさんは私に何かの飲み物を手渡してくれた。

「極度の空腹からの血糖値スパイクで気を失ったんだよ、心配しなくていい」

 おじさんはそんなことを言っていたと思う。私には難しくておじさんが何を言っているのか理解できなかった。私は飲み物を一口飲んだ。冷たくて美味しかった。

 

 食事を終えて公園から出た私たちは、いろいろ話しながら並んで歩いた。もっとも、話すのはほとんどおじさんばかりで、私からは特に話すことはなかった。おじさんはこれから私と一緒に私の家に行って、私のお父さんと話をするのだという。

 

 家について玄関の扉を開けた。ムッとする汗とお酒の匂い、いつも通りだ。当然出迎えはなかった。奥の居間から怒鳴り声が聞こえる。お父さんの声。がなり立てるような大きな声……怖い……。

「なんだ、ずいぶん早いじゃねーか。目標の金額集めてきたんだろうな! もし足りなかったらただじゃ済まねーぞ、てめぇ」

 私は震えた。おじさんは軽く私の肩に手を触れた。私はビクっと身体を震わせた。でも嫌じゃなかった。なぜならおじさんは私の肩を無遠慮につかんだんじゃなく、触れるか触れないかくらいの優しい触れ方だったから……でも私の体の震えは止まらなかった。

「大丈夫、心配しないで……」

 そうおじさんは言うと、居間の方へ歩いて行った。

 

 いつものように、お父さんはお酒でどんよりした目つきでTVモニターを眺めていた。でも、知らないおじさんが居間に入ってきたのに驚いて、お父さんは上半身を起こした。

「誰だい、アンタ。なんで俺の家に勝手に入って来るんだ?」

「私はハリ・セルダンという者だ。あなたがこの子の父親かな?」

「そうだが? それがアンタと何の関係があるんだ?」

「この子を私の『財団』の一員に迎えたい」

「財団? ん、ちょっと待てよ、アンタどっかで見たことがあるな」

「知っているのかね?」

「ああ、アンタよくメディアに出てるな。なんでも、遠い未来のこの帝国のことを、あれこれ言ってるイカレ野郎だ。ひゃっひゃっひゃ」

 そう言って男は馬鹿にした声で笑った。セルダンはかすかに気分を害したものの、落ち着いた様子で話を続けた。

「この子はかけがえのない才能を秘めている子だ。私のもとに引き取って教育したい。必ずや将来の帝国のためになるだろう」

「へぇー、うちのガキにそんな才能がね……」

「ああ、若い今、教育すれば絶大な効果がある」

「ふーん……つまり()()()ってわけかい?」

 『身請け』という言葉に多少不快感を覚えたセルダンだったが、そのことは表情には表さなかった。彼はこの男を見た瞬間、この男は情では動かず、実利でしか動かないであろうことを直感していた。

「まあ、そんなところだ。準備金として20万クレジットを即金で払おう」とセルダンは答えた。

 20万クレジットという途方もない金額を聞いて、目を丸くした少女は思わずセルダンを見上げた。

 

 男は20万クレジットという金額に明らかに興味を示し、しばらく黙り込んで何かを考えていたが、そのあと口を開いた。

「20万クレジットか……」

 それを聞いたセルダンは訝しげな様子で尋ねた

「どうした? 足らないかね?」

「20万なんて金額を即金で払える人間だ。倍の40万……では?」

 そう言って男は舌なめずりした。セルダンは忌まわしいものを見るかのような目つきで男を眺めると、次のように言った。

「わかった、じゃあ40万出そう。40万あれば十数年何もせずに暮らしていけるだろう」

 セルダンはそう言って、男にクレジット電送機のアドレスを尋ねたが、男はセルダンの思いもしない言葉を発した。

「まあ、でもやめとこう……」

「なんだと!」

 セルダンは思わず叫んだ。

「あと、7年もたてばそのガキはもっと稼げるようになる。何も慌てて手放すことはない」

 そう言って男は意味ありげな表情を浮かべた。

「……」

「7年後、そのガキは15歳になる。そうしたら身体で金を稼ぐことができるじゃねーか」

「どういう意味だ? この()()()が15歳になったからといってなぜ大金を稼げるんだ?」

 それを聞いた男はひどく驚いた表情を浮かべると大声で笑いだした。

「男の子? 男の子だと? そのガキは女だよ。博士だなんだと言ったところで、アンタも人を見る目がないね」

「何っ! 女の子だって?」

 そう言ってセルダンは慌てて少女を見つめた。少女はその視線に耐えきれなかったのかうつむいてしまった。

 

「そんな程度じゃ、このガキの才能を見抜いたっていうのも怪しいもんだな」

 男はセルダンをあざ笑った。

「……まあ、そういうわけだ。お引き取り願おうか博士」

 男はセルダンにそう言葉を投げかけたが、提示された金を決してあきらめたわけではなかった。やり方次第では、まだ金を吊り上げることができると考えたからだった。そして、男は今度は少女に向かって乱暴な調子で叫んだ。

「おいっ! そいつを帰らせろ」

 突然男に声をかけられた少女はビクっとしてひどく震えだした。それを見た男はさらに不機嫌になり、少女に怒鳴った。

「何やってるグズっ、さっさとそいつを追い出せ!」

 男は手元にある灰皿を少女に向かって投げつけた。少女は小さな悲鳴を上げてその場にしゃがみこんだ。幸い灰皿は少女には当たらず、壁に当たってガラスの破片をあたりにまき散らした。

 

 セルダンは少女と男の間に割って入り、怒りに燃えた目で男を睨みつけると最後の通告を行った。

「おいっ貴様、いい加減にしろ! 素直に40万クレジットをもらってこの子を私に預けるか、()()()()()()()()()40万クレジットをもらってこの子を私に預けるか、どちらか好きな方を選べ」

 男はセルダンのその言い草が心底おかしかったのか、薄ら笑いを浮かべながらソファーから立ち上がると、セルダンの方へ歩いて行った。酒のせいか足元がおぼつかない。

「お前みたいな小さい中年のクソ親父が、俺を痛い目に合わせるだって?」

 男はそう言うと、セルダンの目の前に立って右手でセルダンの襟元をつかんでひねり上げた。男はセルダンの思った以上に身長が高く、男の方が15cm程高かった。

 

「やってみろよ、クソ親父……」

 男がそう言いかけた瞬間、セルダンは右手で男の右手首を上から抱え込むようにすると、男の右手の小指球(手のひらの下の部分のふくらみ)を自分の右指でつかんだ。それと同時に左腕を男の右腕の下から回し、内側から男の右の二の腕に4本の左指をひっかけ、左肩で男の手首をひねった。

 男は瞬時に体勢を崩し膝をついた。セルダンは男の右の二の腕から左指を離し、男の右手の小指球を左手に持ち替えてつかむと、今度は男の身体は吊り上がるようにつま先立ちになった。

 不安定な体勢のまま、男はつま先立ちで()()()を踊りながら何かわめいていたが、セルダンは空いている右手で男の髪の毛をつかむと、男の顔を下に向け左足で男の右膝に蹴りをはなった。衝撃は横には逃げず、男の膝から脛に向かってダメージが走る。

 男は膝の痛みに思わずうめいたが、セルダンは気にする様子も見せずすぐさま男の顔面を右膝で蹴り上げると、男は鼻血をまき散らしながら悲鳴を上げた。そのまま男は膝をついた態勢でセルダンに押さえつけられた。

 セルダンが右手で自分の髪の毛をつかみ、左手で自分の右手がロックされているために身動きできなくなっていることを男は知り、驚くとともにそのあまりの痛みに男はうめいた。

 

 セルダンは少女のほうに顔を向けると彼女に声をかけ、こちらに来るようにうながした。少女は最初、恐怖に身がすくみ動けずにいたが、しばらくするとセルダンと男の近くに恐る恐るやってきた。

 セルダンは男の身体を身動きできなくしたまま、少女に優しく声をかけた。

「よく見ておきなさい。みんな勘違いするのさ。こんな身長の高い大男は、きっと怖がったり痛みを感じたりすることはないってね。でも当たり前だけどコイツも人間なんだよ。我々と一緒で、当然、恐怖や痛みを感じる。そう、()()()()()()……」

 そう言ってセルダンは左手でつかんだ男の右手をさらにひねり上げた。男はさらに大きな痛みを感じて大きな悲鳴を上げた。そして口から泡を飛ばしながら叫んだ。

「わ、わかった、もうやめてくれ! アンタの好きにしろ。ガキを連れていっていい」

 セルダンは、その男の悲鳴を完全に無視して男の手をひねり上げたまま、少女に話しかけた。

「どうかな、まだ怖いかね?」

 そう言って少女を見つめる彼の目は優しさで満ちていた。少女は小さく頭を振ってつぶやいた。

「ううん……」

 それを聞いたセルダンは男の手を放して自由にしてやった。

 

 痛みでうずくまる男に向かって、セルダンは声をかけた。

「おい、お前のクレジット電送機のアドレスは、この機械に書かれているもので間違いないな?」

男は顔を上げずうずくまったまま、「ああ」と言った。セルダンは機械を操作して、男の顔の近くに機械を放り投げた。

「今、お前の口座に40万クレジットを入金した。その金で余生を暮らせ。贅沢を慎めば数十年は安泰に暮らせるだろう。そしてこの子のことは忘れるんだ。お前はこの子の親でいる資格がない」

 男はうずくまって右手をかばったまま返事をしなかった。

 

 セルダンは少女の方に顔を向けると、優しいまなざしで彼女に話しかけた。

「じゃあ、最後に君の返事を聞きたい。君は、この男とこの家に……まだ未練があるかね?」

「いいえ……」少女は即答した。

 すべては終わった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。