the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

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 セルダンのもとを訪れた男の名前は、メルヴィン・ベッカー。彼は辺境星系で自分の研究室を構え、この銀河系の未来を心理歴史学的観点から再検証を続けていた。
 ところが再検証を続けるうちに、この銀河系の未来がカオスの発散で想定不能の事態に陥る可能性があることを、方程式上のある部分から発見する。
 ベッカーは何度も検証を繰り返したものの結論は変わらず、自身の検算結果に自信が持てなくなりセルダンを訪ねたのだった。彼がセルダンの元を訪れる原因となった研究結果とは……。



第2話 メルヴィン・ベッカーの気づき

 セルダンは一人の男と連れ立って研究室へと続く長い廊下を歩いていた。セルダンの横を連れ立って歩くこの男の名前はメルヴィン・ベッカー、年齢は32歳。51歳のセルダンから見れば、年齢はもちろん知識・洞察力ともにまだまだ若造の域を抜けられない。

 青白い肌に明るめのアイアンブルーの髪を短くまとめている。それと印象的でもない地味なアッシュグレーの瞳。身長は174cm程度のやせ型。神経質そうな表情が顔の表面に張り付いている。

 

 ベッカーはセルダンの教え子達の内の一人で、現在は、とある辺境セクター内に存在する二重星の内、恒星アルビレオBの周りをまわる居住可能惑星のうちの一つに研究室を構え、研究活動に精力的に取り組んでいる。もっとも、ここトランターからは600パーセクも離れているので、ちょっとトランターにでもいってこようか、といった距離ではない。

 セルダンはベッカーがわざわざ長旅をして自分に会いに来た理由を図りかねていたが、せかさなくても彼のほうから勝手に話すだろう。セルダンはそう思った。

 

 しばらく廊下をセルダンとともに歩いたベッカーは、セルダンの研究室の前にたどり着き、彼は室内に通された。ベッカーは研究室に一歩踏み入れた途端、その内部の状況にいささか面食らった表情を浮かべ、そのあとかすかに含み笑いをした。

 ベッカーは何度かセルダンの研究室に足を踏み入れたことがあったが、とにかく室内は言語を絶するすさまじい散らかりようだった。机の上に開きっぱなしの本が無数に置いているのはありがちなことながら、床にも開いた本が散乱している。まるで大地震直後のような光景だった。

 

 ベッカーが口を開く。

「博士、余計なことを言うようで申し訳ありませんが、多少片付けられたほうがよいか、と……助手に片づけさせたりしないのですか?」

「いや、私は部屋がある程度散らかっているほうが落ち着くんだ。探し物がある場合は整理整頓されているほうがいいに決まっているんだろうが、私はどうも……そういうのが苦手でね。なんでもきっちりしている空間に居心地の悪さを感じるんだ」

「いやいや、それにしても限度というものが……ここで鍵でもなくされたらたぶん永遠に見つからないと思いますよ?」とベッカーがあきれ顔で言うと、セルダンはすました顔で次のように言った。

「まあ、この世界の万物は一つの例外もなくエントロピー増大の方向へ推移していくものだ。例えこの部屋がきっちり整理整頓されたとしても、時間の経過とともに散らかっていくのは間違いのないことなのさ」

「その万物の法則を強化するべく、博士自身が拍車をかけますしね」

 ベッカーは再び顔にあきれた表情を浮かべながらそう言うと、それを聞いたセルダンは軽く頭を撫でた後、照れ笑いを浮かべた。

 

 しばらくしてセルダンは幾分表情を改めると話をつづけた。

「さて、ベッカー君、君は私の研究室内を評価したり、掃除するのが目的で私の元を訪れたわけではあるまい? そろそろ本題に入ってはどうかね?」

「ああ、そうでした! 私は教授の元を離れてから様々な視点でこの帝国を見つめ、その未来予測の計算と研究を続けていたんですが……その、なんというか……いわゆるカオスが発散して制御不能になる限界点である『心理歴史学的特異点』に、銀河の未来の進路が無視できないほど近づく時期があるということが分かったのです」

そう一気に言葉を吐き出したベッカーは深い深呼吸を一つして息を整えた後、上目遣いにセルダンを見つめた。

 

 心理歴史学的特異点とは、心理歴史学で計算制御されたある集団の未来の姿が、カオスの揺らぎによって未来修正が不可能になる空間的境界面を意味する用語である。

例えるならば、ブラックホールでいうところの事象の地平面(この領域の内側に入ると光でさえ出られない境界面)と似ている。

 両者の異なっている点は、事象の地平面はブラックホールから一定の距離だけ離れている内側に閉じられた球面だが、心理歴史学的特異点は集団の未来予測の姿を束ねられたパスタに例えた場合、そのパスタの周りを取り巻いて外側に広がっている面と表現することもできる。

 

 ベッカーの話を聞いたセルダンは、特に驚いた様子も見せずベッカーに先を続けるように促した。

 

「何度計算してもそうなるんです。自分の計算力に自信が持てなくなった私は、学生たちを総動員させて再検算させました。でも結果はすべて同じでした。一つの例外もなくです……」

「君もよく知っているように、第2帝国勃興までの1000年間にいくつかの破滅的危機が訪れることは()()()()()()()()()。そしてその危機を回避、あるいは消滅させる手はもう全て打ってある」セルダンは慌てた様子もなく、そう淡々と話した。

「ええ、わかっています」とベッカー。

「つまり、君は……()()()()()()()()()()()()を発見した、そう言うのだな?」とセルダンは尋ねた。

 

 それはベッカーの主張をとがめだてしているわけでもなく、また自分たちの研究に瑕疵があるとでもいうのかといった、非難する調子でもなく、ただただ静かな声だった。

 

「はい、そうでないことを望んでいたのですが……」そう言うとベッカーはうつむいた。

 

 二人はそのまま黙り込んだが、研究室内の静寂をベッカーが先に破った。

 

「そうだ、博士! 3Dギャラクシーマップはすぐに用意できますか?」と彼が尋ねた。

「ああ、もちろん。君が学生のころからのものだから、なかなかの年代物だぞ」セルダンは軽い笑みを浮かべながらそう答えると、機械の電源を入れた。

 

 彼らの目の前の機械は小さな低音を室内に響かせると、彼らの腰のあたりに一片の長さが80cmの真っ黒な立方体を映し出した。

 最初その立方体には何も映っていなかったが、しばらくすると立方体の内部に輝く光点がいくつか現れた。それらの光点は群れを作ったり、あるいは孤独に瞬いたりしており、それはある時期の銀河の様子をあらわしていた。帝都トランターはその立方体の中心にある。

 

 黒い立方体の内部の様子が安定するとセルダンはベッカーに尋ねた。

「ベッカー君、君は自分のプライム・レィディアント(基本輻射体)を持ってきているかね? 持ってきていたら起動させて、君が行った計算過程のログを見せてくれ」

 

 プライム・レィディアントとは、心理歴史学の数式を全て格納できる空中投影型放射デバイスのことである。セルダンが生徒や研究生に説明を行うときには、ほとんどこのデバイスを用いて講義を行っていた。

 ベッカーもセルダンの持っているデバイスには遠く及ばないものの、自身のポータブル型のプライム・レィディアントを常に所持していた。

 

 ベッカーは小さくうなずくと、彼はポケットの中から小さな消しゴムくらいの大きさの物体を取り出し、電源を入れた。その機械は瞬時に彼らの前方の高さ1mほどの地点に、縦1.8m、横5.4mの全くの光沢のない真っ黒なスクリーンを空中に投影した。

しばらくするとそのスクリーンの上に水がわき出すかのように輝くような白い文字が浮き出てきて、それらの文字は画面いっぱいに広がる方程式を形作った。

 

 画面に浮き出た方程式が完全に表示されるとすぐにベッカーは、右の人差し指で宙に浮かんだ方程式の一部に触れた。彼が触れた方程式の一部は即座に50倍に拡大され画面の外に投影され黄色く輝いた。

 そのまま彼はえーっと、とつぶやきながら方程式を横になぞっていき、ある場所で指を止めるとその場所をダブルタップした。彼の指でタップされた部分は明るい深紅に輝いた。

 

「博士、ここです、ここ! このインテグラル(英字のSに似た積分の記号)の上端の数値を見てください」

 

 ベッカーはセルダンにそう話しかけると、ひどく興奮した様子でその深紅に輝く部分を指さした。その部分は方程式の一部分を構成する小さな定積分の一つだった。セルダンは眼鏡を上方へずらしながら、数字を読み取ろうとした。

 

「0.083……とあるな」

 

「ええ。博士はこれを見て何か気が付いたことはございませんでしたか? この方程式は博士がデータ採取と分析を行いメインの部分を組み立てて、後に我々研究生が細部を仕上げたものです。ご自身で方程式を組上げておきながら、博士がこのことに気づかなかったとは私には思えません」

 

 ベッカーはせかすようにそう言ったが、セルダンは特に表情も変えず軽く腕を広げ、唇をへの字に曲げながら感想を述べた。

 

「別に何も……方程式全体を見ても、あるいは君の指定した方程式の細部を見ても、特段おかしなところは思いつかんがね、私は」

 

 セルダンのその飄々とした様子を見てベッカーは明らかに訝しげな表情を浮かべながら思った。嘘だっ、 博士がこの事に気づかないはずがない! 彼はそう思ったが、ふとあることに気づいてセルダンへのアプローチの方法を変えることにした。

 

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