the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝 作:六位漱石斎正重
ある日真剣な表情のパトリシアから自分への想いを告白されたセルダンは、戸惑い驚きながらもきっぱりと彼女を拒絶する。そんな中、どうしてもセルダンへの想いを抑えきれないパトリシアが取った行動とは……。
朝方、パトリシアからキスをせがまれて、逃げるように家を出た日の晩の事だった。セルダンとパトリシアは、いつもならとりとめもない雑談をしながら食事をするのが常だったが、その夜に限ってパトリシアは食事を開始してから一言も口を開かず、料理にも申し訳程度にしかフォークをつけなかった。そんなパトリシアの様子を心配して、セルダンは彼女に声をかけた。
「パット……どうかしたのかね?」
黙ったまま石像のように身動き一つしないパトリシアの姿をセルダンはしばらく眺めていたが、彼女は口を開こうとせず、気まずい空気がキッチン内に流れた。しばらくすると、セルダンは小さくため息をつき、食べ物を口に運んだ。
その時、パトリシアが初めて口を開いた。
「私……」
「?」
「私は、どうしてもパパの恋人にはなれないのかな……」
セルダンはかすかに驚いたものの、これはいい機会だと考え、彼はパトリシアに言い聞かせるかのように話しかけた。
「なあ、パット。お前が私に好意を持ってくれることは
それを聞いたパトリシアは真剣な面持ちでセルダンを見つめると、はっきりと彼に宣言した。
「だったら、私はパパの
セルダンは一つ大きなため息をついた後、聞き分けのない子供に言い聞かせるかのようにパトリシアに語り掛けた。
「そんなことができないことはお前も十分わかっているじゃないか。『財団』でも<大学>でも、お前が今更私の娘以外の立場で扱われることはありえない、9年もの間だぞ? あまり無茶なことを言うものじゃない」
それを聞いたパトリシアは再び黙りこんでしまった。
「そもそもなぜ私なんだ? 私を見ろ。よく見るんだっ!」
セルダンがそう言うと、テーブルの上を見つめて黙っていたパトリシアは、彼の顔をじっと見つめた。
「私は今年で53だ。腹もだいぶ出てるし、髪の毛も薄くなってきているただのしょぼくれた初老のオヤジに過ぎないよ。それに対してお前は17歳。今最も美しく、女としての価値はこれから増々上がっていく一方だ。私とは、はなっから生物学的に釣り合いが取れないんだよ。お前にはもっとふさわしい相手がきっと現れる。保証してもいい」
パトリシアはすねた様子でセルダンを上目づかいに見上げたが、何も言わず黙っていた。
「お前は私と暮らしてもう9年にもなる。今までは、私がお前の視界の大部分を占めていたから私が魅力的に見えていたにすぎない。ようするにそれは錯覚なんだ。ただの錯覚に過ぎないんだよ、パット。慌てて目の前にある
それを聞いたパトリシアは、驚きや怒りの感情が複雑にまじりあった表情を浮かべて叫んだ。
「なんでパパに私の感情が
そうパトリシアは一気にまくし立てた。彼女の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「いや、そう言うわけじゃないが、ただ私は……」
「……嫌いよ……パパなんて嫌い……」
かすれた声でそうささやくと、パトリシアはキッチンの外へ出て行き自分の部屋にこもってしまった。あとに残されたセルダンはしばらく呆然としていた。
パトリシアを引き取って9年になるが、この間パトリシアがはっきりとした形で彼に反抗したことは一度もなかった。彼は、パトリシアが十代最初に差し掛かるころ、彼女の思春期には相当の反抗を覚悟して彼女を育ててきたが、ついに一度もそれらしい様子は見せず、ホッとするやら不安になるやら複雑な感情を抱いていたのだった。
それが今回はっきりとした形で反抗心を示したことに、彼はかすかな安ど感を抱いた。この後、パトリシアの心の成長過程で、彼女の心が安定を得るまで何度かこういったぶつかり合いがあるだろう。セルダンはそう思うと娘の成長を喜ぶとともに、いつか巣立つ日が来るのだというわびしさをも同時に感じるのだった。
だが、パトリシアがその時に示した態度は反抗心でも何でもなく、セルダンはパトリシアの感情の判断を誤った。セルダンの言葉に追い詰められたパトリシアは、その晩ある行動に出て彼を驚愕させることになる。
その夜、食事の間パトリシアがセルダンにぶつけていた感情について、様々なことを考えながら彼はシャワーを浴びていた。しばらくすると自分の足元がスースーするのに彼は気づいた。誰かが廊下に面する浴室の外の 扉を開けて、外部の空気が室内に流れ込んだに違いない。たぶんパトリシアが外の扉を開けたのだろう。セルダンはそう判断して、浴室の外の擦りガラスの向こうに声をかけた。
「パット? すまん、すぐ出るよ、もうちょっとだけ待ってくれ」
擦りガラスの向こうから返事はなかった、セルダンは訝しく思いながらシャワーのノズルを閉めて湯を止めた。その瞬間、彼は背後から誰かに抱きしめられた。彼は心臓が飛び出るほど驚いて叫んだ。
「うおっ! なっ、なんだっ。パットか? お、脅かすのはよしてくれ」
セルダンはそう言ったが、それと同時に彼を背後から抱きしめたパトリシアが服を着ていないことに彼は気が付いた。剥きだしのままの彼女の乳房が自分の背中に当たるのを感じ、セルダンは慌ててパトリシアの腕をほどくと彼女の方へ向き直った。
パトリシアは全裸だった。目元に真剣な表情を浮かべ、一心にセルダンの顔を見上げている。
「パ、パット! な、何を……」
パトリシアは意識を集中してセルダンの瞳を見つめた。セルダンはパトリシアの瞳が一瞬淡く光るのを見た。
そのとたん、セルダンの心の中に激しい情欲が沸き起こった。53歳とはいえ、まだ男として枯れてしまっているわけではない。だが、ここ数年の間、これほどの激しい情欲を感じることはほとんどなくなっていた。
彼は自身の心の中に、近年まれにみるほどの情欲が湧き出してくるのを訝しく思い、その原因を探ろうとしたが、心に渦巻く肉欲の感情に精神の集中を妨げられてしまい、思うように思考の焦点が定まらなかった。それでも彼は混乱に陥ったままなんとか必死に考えようとした。
おかしい、何かが変だ。急にこんなこと……まさか! この子が? パットが私の脳に『干渉』しているのか……。
セルダンはパトリシアの目を見つめた。そこには彼の目を真剣な表情で見つめる少女の目があった。唇から深紅に染まった舌の先が見えており、かすかに笑みを浮かべているようにも見えるが、なんというかいつものパトリシアらしくない目付きだった。
その内どういうわけか、セルダンの視線は徐々にパトリシアの顔から身体の下方へと下がっていった。彼はそれをおぞましいことだと思い、必死に視線をそらそうとしたが、まるで事前にプログラミングされた動きであるかのように彼の視線は下がっていく一方だった。
セルダンの視野にはパトリシアの素晴らしい肉体の各部分が次々と映り込んでいった。形のいいボリュームのある乳房が描く魅惑的な曲線、引き締まったウエストの中央に見える小さなへそのへこみ、そしてさらにその下には……
浴室に入ってからずっと黙っていたパトリシアが口を開いた。
「パパ、私に触って……」
「よせっ、やめろっ!」
セルダンはそう叫んだが、彼の右手は彼の意思に反して彼女の乳房に向かって伸びていく。パトリシアは、セルダンがなんとか自分の欲望にあらがおうとしている姿を見て怪しい笑みを浮かべた。パトリシアの目は情欲にまみれて、ひたすらセルダンの目を見つめていた。
無駄よ、パパ。私はパパの大脳新皮質の活動を抑制した。今のパパには性欲中枢からの情動刺激をブロックするすべはない。さあパパ、私の身体に触れて……目の前の若い女の身体をむさぼるのよ。
セルダンの手は止まらずパトリシアの乳房に触れそうなほど近づいた。パトリシアは目を閉じて彼の手が自分の身体に触れるのを今か今かと待ち続けた。だが、いつまでたってもセルダンの手は彼女の身体に触れなかった。
訝しく思ったパトリシアが目を開けてセルダンの姿を見ると、彼女は目の前の光景に思わず息を呑んだ。そこには必死の形相で自分の唇の端をかんで血を流すセルダンの姿があった。
セルダンはすさまじいほど身体を震わせその場にしばらく立ちつくしていたが、心の内部から湧き上がる情動に抗いきれず、彼の手はついにパトリシアの乳房に触れてしまった。パトリシアはセルダンの手が自分の身体に触れれば、きっと目くるめく快感が得られると思い込んでいた。だが、何も感じなかった……。
あの理知的で優しいセルダンの目が今では獣欲にまみれ血走っている。小さいころ夜中に私の身体をまさぐっていたあの父親と同じ目だ。でも……パパの目をそんなふうに変えたのは私自身だ。
そのとき彼女はハッと我に返った。私はなんてことを! 女として、いや人として最低なことをしてしまった! 抗う術のない無抵抗なパパの心を嬲ってしまった。それもよりによって、私が最も愛している人の心を……。
私のやっていることは、抵抗できない小さい頃の私を嬲っていたあの父親と同じだ。彼女は急に自分のした行為に恥ずかしさを覚え、いたたまれなくなった。彼女の乳房をつかんだセルダンの手に力がこもる。「痛っ……」とパトリシアは小さな声を発した。
しばらくすると、彼女の目からはとめどもなく涙があふれ出してきた。乳房をきつく握りしめられる痛みに涙したのではない。心が……ひどく痛んだからだった。そして……彼女はセルダンへの『干渉』を解いた。
セルダンは、獣欲の熱に満たされていた心がいきなりスッと冷えるのを感じたが、その直前まで心の奥底から湧き上がる獣欲に必死に抗っていたせいか、疲労のあまり浴室の壁に背中を預け息を切らした。
息が整うのを待ってから、セルダンは顔を上げてパトリシアを睨むと口を開いた。
「お前の
セルダンが、彼女を愛称であるパットと呼ばないときは、いつも彼が怒っているときだけだった。パトリシアは涙を浮かべ、身体を震わせながら口を開いた。
「ご、ごめんなさい、パパ……わ……私、どうしても……パパのことが……」
「パトリシア、お前はやってはならないことをした。この家にお前が初めて来たときに私と交わした約束を忘れたのか? 私の感情に対して、決して『干渉』はしない、そう約束したのをお前は忘れたのかっ!」
「あ……ぁ……」
セルダンは厳しい表情でパトリシアを見つめながら話を続けた。
「パトリシア、お前は悪いことをした。悪い子は罰を受けなければならない。こんなときはどうすればいい? パトリシア」
「……」
「黙っていてはわからないぞ、どうするんだ?」
パトリシアは黙ったまま、しばらく体を小さく震わせていたが、そのうち意を決して口を開いた。
「……パパ、私をぶって! 私はパパにぶたれるだけのことをしてしまったからっ!」
それを聞いたセルダンはしばらく黙っていたが、その内ゆっくりと口を開いた。
「よしわかった、いい覚悟だ。では、私は今から一度だけお前の頬を思いっきり叩く。一度だけだ。お前の歯が折れるかもしれないから、しっかり歯を食いしばって耐えるんだ……さあ、目を閉じなさい」
パトリシアは覚悟を決め、自分の頬が張り飛ばされる衝撃に備えると、歯を強く食いしばり、まぶたを固く閉じて待った。
だが、いつまで待っても彼女の頬に衝撃は加えられなかった。しばらくすると、自分の両頬にセルダンの手がそっと優しく添えられるのを感じ、彼女は目を開いた。
優しい目だった。彼女を初めて家に迎えたときそのままのセルダンの優しい目が、目の前にあった。
「ど……どうして……」
パトリシアはかすれたような声を出してそう尋ねると、セルダンは優しく答えた。
「馬鹿だな、お前は。私は、小さいときにお前を育てていたあの残虐な父親とは違う。自分の大事な娘であるお前を、私が叩くわけがないじゃないか……」
「パパ……ご、ごめんなさい……わ、私……なんてことを……うっ、うっ……」
パトリシアは次々と涙を溢れさせながら、セルダンの目を見つめた。
「お前が私との約束を破った事は残念だが、お前は叱られるのを覚悟の上で私の感情に『干渉』したんだろう? やりたいことがあって、どうしてもその気持ちが抑えられなかった……そんなことは誰にだってあるんだ。その気持ち自体は、別に誰かから非難されるようなことじゃない。ただ、お前の場合、それがたまたま今回の行動につながっただけのことだ」
「わ……私……女としてやってはならないことを……うっ……私……じ、自分が恥ずかしい……」
「もういいんだ、パット……ただし、もう二度と私の感情に『干渉』はしないでくれ」
そう言うと、セルダンはパトリシアを抱きしめた。パトリシアは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに顔をクシャクシャにして彼の胸に顔をうずめると大声で泣き出した。
「う……うぇ……ご……ごめんなさい……ご……」
涙を次々に溢れさせ嗚咽を漏らしながら泣いているパトリシアの頭を優しくなでながら、セルダンは静かにパトリシアに声をかけた。
「よしよし、もう泣かなくていい。お前も今回のことで十分学んだな?」
「ご、ごえんなさい……ごえ……」
しゃっくりを繰り返しながら、もう何を言っているのかわからないパトリシアを優しく見つめて、セルダンは彼女に声をかけた。
「やれやれ、身体だけは立派に一人前の女性になったというのに、中身はまだまだ子供だな」そう言って、セルダンは笑った。
パトリシアは散々泣いたあと、セルダンの体から離れて、彼の顔を見上げた。そこには彼女が普段見る優しい彼の眼差しがあった。しばらくすると、セルダンが口を開いた。
「私はもう出るよ。パットはこのままシャワーを浴びて寝なさい。明日の朝食で会おう」
そう言ってセルダンは浴室から出ていった。パトリシアは浴室から出ていく彼の後ろ姿を見送ったあと、シャワーのノズルを開いた。熱いお湯が彼女の身体を激しく叩く。
パトリシアは再び口を開くとささやくように彼女はつぶやいた。
「パパにまた怒られるかもしれないけど……今でも私はパパを愛してる……でも、私は自らの愚かな行為によってパパに愛される資格を失ってしまった……でも、私、本当に……本当にパパを愛していたの……」
パトリシアはそうささやくと、口から嗚咽が漏れ出した。彼女はしばらくそうやってシャワーの湯にうたれながらうつむいていたが、再び口を開くと小さくささやいた。
「ごめんなさいパパ……」
その夜、パトリシアの口から再び言葉が紡がれることはなかった。彼女の目は濡れていたが、それが涙のせいなのか、あるいはシャワーから放出される湯によるものなのか、彼女には分からなかった。