the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝 作:六位漱石斎正重
ある晩、自分の気持ちをどうしても抑えきれなくなったパトリシアは、セルダンとの約束を破って、ついに彼の感情に『干渉』してしまう。だが、セルダンの獣欲に滾った目を見たパトリシアは、女としてやってはいけないことをしてしまったと激しく後悔し、とめどもなく涙を流すのだった。セルダンとパトリシアのその後は……。
パトリシアが養父セルダンの感情に『干渉』したその日を境に、彼女は『財団』に泊まり込んで研究に打ち込むことが多くなり、滅多に家に帰ってこなくなっていた。
ある日の朝、久しぶりに自宅に戻ってきたパトリシアは、セルダンとテーブルにはす向かいに座り、二人きりで食事をしていた。パトリシアは一言も口を開かず、黙々と食べ物を口に運んでいた。セルダンもなんとなく 彼女に声をかけづらく、気まずい空気がキッチンの中に漂った。
あの日の晩から、二人の間には目に見えない壁ができていた。だが、他に取りうる選択肢が残されていただろうか、とセルダンはかすかにため息をついた。
手早く食事を終えたパトリシアはセルダンに声をかけた。
「ごちそうさま、パパ。相変わらずパパの料理は絶品ね」
そう言ってパトリシアは笑った。だが、その笑いは以前のパトリシアの笑いではなかった。以前と明確な違いを指摘できるわけではなかったが、それでもセルダンには以前のパトリシアとは何かが違っている事だけはわかった。
パトリシアがキッチンから出ていこうとするその背中に、セルダンはためらいがちに声をかけた。
「パット」
「何? パパ」
パトリシアはセルダンのほうを振り向かなかった。
「……いや、なんでもない。あまり研究に没頭しすぎて、根を詰めすぎないようにな」
「ええ、ありがとう。私、シャワーを浴びて少し眠ったら、また『財団』に行くから。それじゃ」
「ああ……」
そっけないというか、自分とパトリシアとの間にはっきりとした距離が開いているのを彼は感じた。セルダンはパトリシアの興味関心が自分から他へ向いたのを知ってホッとするとともに、一抹の寂しさも感じたが、彼女とはっきり距離を取ったのは自分自身だった。いまさら少し寂しくなったというのはあまりに身勝手すぎるとセルダンは思った。だがこれでよかったのだ、彼はそう思うことにした。
昼過ぎに目を覚ましたパトリシアは手早く食事を済ませ、すぐに『財団』へと足を運んだ。このころ、精神作用による意思疎通が可能な能力者が数人出始め、ようやく精神干渉能力者育成プログラムの骨子が出来上がりつつあり、あとは臨床成果の積み重ねでプログラムに修正を加えつつ、完成を待つばかりとなっていた。『財団』内に設立された『研究所』は『組織』という非公開の名称にリニューアルされ、その存在は『財団』内ですら隠匿されていた。
薄暗い部屋に二人の女性が小さな机をはさんで椅子に座っていた。パトリシアとクレアだ。彼女たちはうつむいて目を閉じており、何かを考えこんでいるようにも見える。
その内、クレアはずっと息を止めてでもいたかのように大きく息を吸い込んだあと、ぜいぜいとあえいだ。
「強烈ね、あなたの『干渉』作用は。まるで心の内部をえぐられるよう。私の精神障壁が何の役にも立たないわ」
クレアはそう言ってかすかに笑みを浮かべた。
「ごめんね、クレアちゃん。ちょっとやりすぎたかも……」
「いいのよ、今の能力者のメンバーであなたの相手ができる人はいない。それにあなたにの『干渉』作用を受けることによって、私の精神障壁の強度が上がってきている気がするの。だから私はちっとも苦じゃないわ。むしろやりがいさえ感じる」
「そういってくれると私もうれしいな……」
そういってパトリシアも微笑んだ。
「でも……」
「?」
「まだまだ精度が甘い。あなたが私の側頭葉の海馬に『干渉』するとき、作用する場所に小さなずれがある……」
クレアは軽く両腕を広げると再び口を開いた。
「つまりあなたの『干渉』作用が、前頭眼野の嗅覚を処理する部分にも影響を及ぼしているのよ。脳内では記憶と嗅覚を処理する部分は近いからね。だからあなたの『干渉』を受ける時、私はいつもある種の匂いを感じるの」
「匂いって……どんな?」とパトリシア
「なんていえばいいんだろう……でも嫌な匂いじゃないわよ。まあ、それはどうでもいいわ。それより、パット……」
「?」
「あなた、私の脳科学の講義、ちゃんと聞いてる? 今はブロードマンらの時代と違って、脳地図はかなり高度に完成されているわ。漠然と『干渉』するんじゃなくて、もっと脳地図のそれぞれの機能をつかさどる部分の位置を意識して作用するようにしないとダメよ、パット」
「はーい、もう私帰るね」
「ちょっと待ちなさい、パット。まだ話は終わって……」
そそくさと部屋を出て行ってしまうパトリシア後ろ姿を見ながら、クレアは少々あきれた表情をしたものの、少女はまだ17歳にすぎなかった。しかも額面通りの年齢ではないことも彼女は知っていた。その少女に出会ったのはセルダンと同じく、少女が8歳の時だったが、それから9年もたつのにいまだにそのころの子供っぽさが抜けていないのだった。
それに先ほどのパトリシアとの精神感応中に感じた違和感……パトリシアからある種の後悔、悲しみ、怒りの感情がさざ波のように自分の心に伝わってきた。ハリと家で何かあったのだろうか、とクレアは訝しく思った。
なんだってこんなことになってるんだ、と男は思った。ここは、とあるホテルの一室で、目の前のダブルベッドの上に一人の少女が座っており、彼はその前にある椅子に座っている。ここまでは不自然なものはない。だが、その少女とはあろうことか彼がいつも護衛している精神干渉能力を持つあの少女だった。むろん、その少女とはパトリシアのことだ。
彼はいかにもうさんくさそうな表情をしてパトリシアに尋ねた。
「お前、頭をどこかにぶつけたんじゃないのか? よりによって俺をこんなところに誘いやがって。もともと俺はお前のことを異常なヤツだと思ってはいたが、今日のお前は正真正銘イカれてやがるな」
「あなたも女に恥をかかせる気?」
「あなた
男は訝しげな表情で少女に尋ねた。
「うるっさいわねっ! するの? しないの?」
そう言ってパトリシアは強気の言葉とは裏腹に顔を真っ赤にした。男は少女が急にこんな行動を起こした理由が皆目見当つかなかったが、据え膳にむしゃぶりついたりする気は全くなかった。
軍隊時代に何人もの友人がこういった手段で殺られていた。セックスの最中や女と同衾している時は、人が最も無防備になるときの内の一つだ。こうして殺された戦友たちをあまりに多く見すぎていて女に不信感を抱き、ついに屍姦しかできなくなった哀れな男もいた。そういう光景を見慣れていたため、男は慎重だった。
「お前がわけもなくこんなことをするはずがない。理由を言え」
「理由を言わないと女の一人も抱けないの?」
パトリシアはせせら笑ったが、それを聞いた男は特に腹を立てた様子もなく、淡々と話を続けた。
「俺はお前とチームを組んで2年にもなるが、俺はお前のことは何もわからないし、そもそもお前の名前すら知らない」
「……」
「だがな……だてにお前を護衛すると同時に、2年間も観察してたわけじゃないぞ。お前……本当は男が怖いんだろう」
パトリシアは顔を上げて彼をキッと睨むと、低い声でつぶやいた。
「ずいぶん生意気なことを言うわね……2年前の時みたいにまた失禁させられたいの?」
「図星かよ。お前、とぼけるのは苦手なんだな。だが、なぜだ? 急にこんなことをするのはお前らしくない」
「……」
「理由を言わないなら俺は帰るぜ。お前みたいな若い女をファ〇クするのは最高の気分だろうが、お前は抱くには危険すぎる女だ。俺はまだ死にたくないんでね」
そう言うと、男は椅子から立ち上がり部屋から出ていこうとした。その背後にパトリシアは慌てて声をかけた。
「待って! 言う、言うから椅子に座って……」
男は振り返るとしばらくパトリシアを見つめていたが、少女が顔を上げようとしないので、小さなため息を一つつくと、仕方なく椅子に座りなおした。
パトリシアは男が思った以上に長い時間黙っていたが、彼女はその内覚悟を決めて話し出した。
「以前あなたが、私みたいな驚異的な能力を持つ人間が他に見つかるとは思えない、って言ったのを覚えてる?」
「ああ……言ったがそれがどうした」
「あまり詳しいことは言えないけど、今、私たちは『財団』で精神干渉能力者を開発するプログラムを作成中なの」
「……」
「最近、ようやく精神集中でお互いの感情をなんとか伝え合うことが可能になったんだけど、それでも私みたいに相手の感情や思考に影響を与える能力は誰にも発現していないわ。今は、薬物によるものと精神分析によるもの、そして他の人間の脳に対する、私の直接的な精神干渉による刺激、ありとあらゆる方法を試しているんだけど、ほとんど成果が出ていないの……」
「それで?」
「考えつく限りの方法を私たちは試してダメだったんだけど、たった
「何だそれは?」
パトリシアは自分で話題を振っておきながら、中々そのことについて話したがらなかった。少女が何も言わずいつまでも黙っていると、男は再度口を開いた。
「黙ってちゃ伝わらんぜ? 俺はお前のような超能力は持ってない」
男はそう言って両腕を軽く広げた。パトリシアは男の様子を見て小さくため息をつくと、覚悟を決めてその方法を男に伝えた。
「もしかすると、私の持つ能力は……遺伝するかもしれない」
「遺伝? 遺伝って学校の生物とかで習うやつか?」
「ええ……」
そう言いかけてパトリシアは黙り込んだ。
遺伝という言葉の持つ意味が、男の考えているものと一致したことで、彼の疑問の一つは解消されたが、男の顔には依然として納得のいっていない表情が張り付いていた。
「だが、遺伝と今のお前の行動との間に何の関係があるんだ?」
男はそう言って不思議そうな表情で少女の顔を見つめた。パトリシアは男のその発言を聞いて呆然とした。まさかここまで言ってわからないとは! なんという勘の鈍い男だろう。あるいはわざととぼけているのだろうか。それにしては理解しているという雰囲気が男にみじんも感じられない。彼女は小さなため息を一つつくと、覚悟を決めて続きを話し出した。
「だ、だからっ! わ、私の子供に能力が遺伝するかもしれない、って言ってるのよっ!」
「お前の子に?」
「ええ……だから……」
そう言ってパトリシアは下を向いて黙ってしまった。この先を自分から言うには女にとってハードルが高い。少女は男の言葉を待った。
「ああ、なるほど、そういうことか。ようするに俺は
男はそう言って立ち上がると、ニヤっと笑った。少女は男が浮かべた表情におびえ、思わずベッドの上で後ずさった。
男はヒョウのように素早くパトリシアにとびかかると、少女の両腕を万歳する形で押さえつけた。パトリシアは完全に不意を打たれてベッドにあおむけに寝かされた。
パトリシアはセルダンから『ツイスト』の手ほどきを受けてはいたが、彼女は『ツイスト』の稽古にはそれほど熱を入れていなかった。ましてや彼女を押さえつけているのが軍隊上がりの男だということもあり、彼女の持っている『ツイスト』スキルでは男の手から逃れるのは到底不可能だと彼女は悟った。
パトリシアは、キッと鋭い目つきで男を睨みつけると精神を集中し始めた。すると男はすぐに彼女から目をそらして口を開いた。
「おっと、そうはいかんぜ? だてに二年間もお前と付き合っていない。お前の能力を作用させるには前提条件があるはずだ」
それを聞いたパトリシアは驚愕の表情を浮かべた。
「お前の
「クッ!」少女は小さい声を漏らして悔しそうに男を睨みつけた。
男はパトリシアには目を合わせず、彼女の首筋や耳に自分の唇や舌を這わせながらささやいた。
「ついでに言えば、これはお前に対する敵意でもなければ、敵対行為でもない。つまり……お前が俺に刻んだ
「!」
「馬鹿めっ、女に生まれたことを死ぬほど後悔させてやる。メチャメチャにしてやるぞっ! 覚悟するんだな」
そう言って男は舌なめずりをした。