the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

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 養父セルダンと距離を置くパトリシア。以前に比べてそっけない態度をとるパトリシアにセルダンは一抹のわびしさを感じるものの、これでよかったんだと自分を納得させるのだった。一方、精神干渉能力者を開発するプログラムの作成に、目立った進展が見られないことにパトリシアは焦りを覚えていた。
 彼女は他者に自分の能力を発現させる最後の奥の手として、自分の子供に能力が遺伝するかもしれないという予測を立てた。そしてそのパートナーとして、養父セルダンを選んだが、当然のことながら彼には断られてしまう。
 結局彼女には他に選択肢がなく、やむを得ずあの下品で粗野な軍隊上がりの男を選んだのだが、彼女は彼に強引にベッドに押し倒されてしまい、この男をパートナーとして選んだことをパトリシアは激しく後悔するのだが……。



第27話 解放

 軍隊上がりの護衛の男にベッドにあおむけに両手を押さえつけられたパトリシアは、懸命に男から逃れようとベッドの上で体をよじらせた。男の唇や舌がパトリシアの首筋や顔を這っていく。

 男はパトリシアの唇を奪おうと顔を近づけるが、そのたびに少女は必死になって顔をそむけた。それが何度か繰り返された後、らちが明かないと思ったのか、男は少女の両腕をまとめて右手で押さえつけると、左手で彼女の顎を押さえつけた。

 男は素早くパトリシアの唇を奪ったが、目の前の光景に思わずぎょっとした。パトリシアは顔をゆがませて大粒の涙を流していた。

「う……うぇ……えっ……えっ……」

 男はしばらく呆然となってパトリシアの顔を見つめていたが、再び顔を少女に近づけると、彼女は渾身の力を込めて顔をそらした。少女の頬に男の指が食い込んでゆがむ。

「イヤぁ……イヤだ……こ、こんなのイヤぁ……うっ……う……」

 男はこれまで女を抱くときに相手の感情など気にも留めなかったが、目の前でしゃっくりを繰り返しながら涙を流す少女の姿を見て、男の心はすっかり冷え切ってしまった。少女の目に、かつて戦場でレイプされていた修道女の絶望に染まった目が重なって見えた、というのも理由の一つだった。男は押さえつけた少女の腕を離してやると、ベッドから体を起こし静かに座った。

 体の自由を得たパトリシアは男から離れて猛然とベッドの隅へ移動し、両腕で自分の両ひざを抱きかかえると、身体を小さくして震えながら男を見つめた。恐怖のあまり目が見開いている。

 

 男は黙って少女の嗚咽を聞いていたが、しばらくすると小さな舌打ちをして口を開いた。

「チッ、そんなに泣くほど嫌なくせになぜ俺を選んだ? そもそもお前、好きな男がいたって言ってただろうが。そいつはどうしたんだ? あの夜、そいつに抱いてって言わなかったのか?」

 少女はしばらくしゃっくりが止まるまで黙っていたが、ようやく落ち着いてきたのか、うつむいたままゆっくりと口を開いた。

「言った……でも断られた……拒否されたの、私……」

 それを聞いた男は一瞬あっけにとられてしばらく黙ったが、再び口を開くと努めて明るい様子で言った。

「断られた? フっ、そいつ男の方が()()()()()なんじゃねーの?」

 男は別に少女をからかうつもりで言ったのではないし、少女を馬鹿にするつもりもなかったが、それを聞いた瞬間、少女は顔を上げて男を睨みつけた。少女の目は憎しみで燃え上がると同時に、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら男に向かって叫んだ。

「パパの事を悪く言うなっ! パパの悪口を言うなっ!」

 少女の気迫に驚いた男は思わず彼女の方へ顔を向けた。ほんのわずかの時間の間のことだったが、少女と一瞬目が合った男は小さく叫んだ。

「しまっ……」

 男は即座に目に見えない巨大な『白い手』にうち倒され、ベッドに体を横たえた。それと同時に彼の頭の奥底から、今までに目にしたありとあらゆる嫌悪を催す記憶が沸き上がってきた。

「ま、待てっ! 俺はお前の相手を馬鹿にしたわけじゃない! 落ち着けっ!」

 男は両腕で体を抱え込んで、息も絶え絶えに必死に少女にそう訴えた。その間にも凄まじい光景が男の目の前に浮かんでは消えていった。無数のムカデが人間の身体を這いまわり、その肉をついばんでいく光景、あるいは死体が日々腐って損壊していく有様、そんな光景を見せつけられながら吐き気を抑えつつも懸命に男は耐えた。

 

 しばらくすると、男は自分の身体を包んでいる『白い手』の感触が消えたのを感じ取り、ベッドから体を起こした。少女はまだ男を睨んでいたが、直前に彼に向けていた殺意は鳴りを潜めていた。

 男は直前に全力疾走したかのように息を切らしていた。背中には冷たい汗が流れている。ようやく男は息を整えると、少女に向かって弱々しく話しかけた。

「なあ……俺がこんなことを言ってもお前は信じないかもしれないが……」

「……」

「お前は、まあ美人の部類に入ると俺は思うぜ。ただな……相手が()()じゃどうにもならんだろ? ファザコンも度が過ぎるぜ。無茶苦茶するやつだな、お前は……」

 それを聞いた少女はしばらく黙っていたが、その内彼の言葉の後に続けていった。

「本当のパパじゃ……ないもん」

 男は一瞬驚いた表情をしたが、すぐにそのあとに続いた。

「本当のパパじゃなくても、だ……」

「……」

「お互いに長く一緒に暮らしていれば、血がつながっている、つながっていないは関係ない……娘ってのは、父親にとって特別な存在なんだ。それこそ自分を含め何を犠牲にしてもかまわない、というくらいのな。そんな想いを抱いた父親が大事な娘の身体をむさぼったりするわけねーだろうがっ!」

「あなた……娘さんがいるの?」

「いや、いねーよ。だがわかる……結局のところだがな、カミさんは生まれた時から一緒というわけじゃない。どこまでいっても所詮は他人なんだ。だが、自分の娘は違う。俺は他の誰のためにも命を張る気はないが、自分の娘のためになら自分の命を張ることができる。女のお前には理解できんかもしれないがな……」

 そういうと男はしばらくの間黙ったが、間もなく顔に皮肉に満ちた表情が浮かび始め、再び話を続けた。

「いずれにせよ、今の俺はお前のパートナーにはなれない。今の俺は()()()()が働かないのさ。あの時の……レイプされていた修道女の目が……今でも俺の頭の中に焼き付いていて離れない。あれからもう4年もたつっていうのに……」

 そう言うと、男は目に涙を浮かべた。

「……」

 

 男と少女はそのまましばらく黙っていたが、その沈黙を少女が先に破った。

「ふふ……」

 少女は小さく笑った。

「何がおかしい?」

 男は目にたまった涙をぬぐい去って少女を睨みつけた。

「いや、私たちってポンコツコンビだなって……私はパパに拒絶された。あなたは女性を抱けなくなった。一体なんなのかしらね……」

「そうだな……」

 そのまま二人はしばらく口を開かなかった。

 

 いくらか沈黙の時間が過ぎた時、男の方が口を開いた。

「なあ……」

「ん?」とパトリシア。

「俺は明日の正午までに、今の仕事の継続意思の有無を明示するように言われている。継続の意思を示さなければ俺の任務、つまりお前の護衛の仕事は終了となる。二年で一期ということらしい」

「……」

「俺は今期で契約を終了させようと思っている。やっぱり俺に()()は向かんよ」

 少女は特に感銘を受けた様子もなく、それに答えた。

「そう……それはごくろうさま」

「それで、最後に……お前と約束した()()をもらいたい」

「……」

「忘れたとは言わせないぞ! いまさらなかったことにはできない。俺を……()()()()()()しろ」

 

 少女はすぐにはそれには答えずしばらく黙っていたが、何かを確認するかのような慎重な声音で男に尋ねた。

「二年前にあなたに言ったことをもう一度念押ししておくわね? ……あなたの心を今でも苛んでいるその記憶を消した場合、あなたが身につけたスキルや知識の一部、あるいはそのすべてが失われてしまうかもしれない……それでもかまわないのね?」

「かまわない……」

 男は即答した。少女は男の傍に近寄って彼に声をかけた。

「わかった……じゃあ私の目を見つめて。しばらく瞬きしないでね」

 男の目の前には少女のきらめく瞳があった。ターコイズブルーを背景色にして、アンティックゴールドとマンダリンオレンジの色が複雑に散らばっている瞳、アースアイ。男はこれまで少女の瞳をじっくり見る機会がなかったが、その瞳を見て改めて美しいと彼は思った。それと同時に一つだけ知りたかったことを思い出し、彼は慌てて少女に問いかけた。

「まて! 最後にお前の名前を聞きたい」

 それを聞いた少女は、しばらくあっけにとられた表情を浮かべていたが、その内クスクス笑いだした。

「これから記憶を消されちゃうっていうのに、今更私の名前を聞いてどうするつもり?」

「いいだろうがっ、俺の勝手だ!」

 少女は小さく息を吐き出し、目元に優しい笑みを浮かべると男に自分の名前を告げた。

「パトリシア……私の名前は、パトリシア・セルダン……」

「パトリシア……か」

「さあ、もういいでしょ? 私の目を見なさい」

「ま、待て、俺の名前は……」

 男はそう言いかけたが、パトリシアの目が淡く光るのを目にした瞬間、彼は意識を失った。

 

 『干渉』は2.2秒で完了した。パトリシアはつかんでいた男の心を離してやった。男はしばらく呆然と宙を見つめていたが、その内に目の前に一人の少女がいることに気づくと、彼は驚いてベッドから離れた。

「うわっ! き、君は誰だっ!」

 そう言って警戒している様子をありありと浮かべる男の様子を見て、少女は優しく声をかけた。

「私が誰か気になるの?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど……どうして僕が女の子と二人でこんなところにいるのかなって……」

 そう言いながら男は部屋の中をきょろきょろと見まわした。軍隊で極限まで鍛え上げられた肉体から発せられる、そのアンバランスな男の物言いが少女には不自然に感じられたが、当然そのことは口にしなかった。もう男の()()()()()()()()()()のだ。

 

「あなた、これからどうするの?」

「うーん……何かやらなくちゃいけないことがあったようなんだけど、それがどうしても思い出せないんだよね」

「忘れているみたいだから簡単に説明してあげる」

「うん、頼むよ。なんだかさっきからずっと頭がぼんやりするんだ」

「あなたは街中で私をナンパして、このホテルに私を連れ込んだ。だから私とあなたはさっき会ったばかりでお互いに名前も知らない。これでいい?」

 少女からそう聞かされた男は大層驚いて思わず少女に尋ねた。

「えっ? 僕が、君を? 本当に?」

「なーに? 私が嘘をついているっていうの?」

 そう言ってふくれっ面をする少女を視界に収めながら、男はどぎまぎして取り繕った。

「いや、そう言うわけじゃないんだけど……」

「女の子一人あしらえないようじゃ、男性としてどうかと思うわ、私」

 それを聞いた男は少し腹を立ててそれに答えた。

「馬鹿にするなよ? 僕だって女の子の二人や三人……」

 男はそう言いかけたがその途中で少女は口をはさんだ。

「はいはい、まずは目の前の一人の女の子からなんとかしたらどう? 撃墜数を数えるのはそのあとにすればいいじゃない」

「まあ、それもそうだね」そう言いながら男はベッドに腰を掛けて少女の傍に近寄った。

 男が自分に近づいてくるのを自分の視界に収めながらパトリシアは思った。私がパパの役に立てる事はもうこれしかないの。願いはただ一つ、せめて私の子に……。

 男の顔が彼女の顔に触れそうなほど近づいたとき、少女の目から一筋の涙が流れ落ちた。そしてパトリシアは唇だけを動かして小さくささやいた。

さよなら……パパ。

 

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