the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

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 ガイドブックにも掲載されている有名な観光地であるトランター展望台中央広場。そこは外の世界からやって来る多くの旅行者が最初に訪れる場所のうちの一つである。展望台の中央には巨大な自然樹が植樹されており、その周りを弧を描いたデザインの長椅子がいくつか配置されている。
 長椅子には数人ほどまばらに腰を掛けていたが、その中に不自然なカップルの組み合わせがあった。一人は長椅子に腰掛けた少女、もうひとりはそのそばに立ったまま、あたりを観察している長身の男。彼らの正体とは……。



第5話 アースアイの瞳を持つ少女

 ここはトランターの展望台への高速軌道エレベーターの終着点である展望台中央広場。広場の中央に巨大な自然樹が植えられており、その周囲に7mほどの長さを持ついくつかの長椅子が弧を描くように設置されている。

 そのうちの一つの長椅子の右端に一人の少女が座り、そのすぐ右隣に黒スーツの男が立っていた。ふたりともごくありふれた黒いサングラスを掛けている。

 少女は座ったまま少しうつむいていたが、男は正面に顔を向けたまま、用心深くあたりを観察していた。

 

 男が口を開いた。

「……で、どうだ? めぼしいヤツは見つかったか?」

 目を閉じたままうつむいている少女は、長椅子に座ったまますぐには答えずしばらくの間黙っていたが、その内独り言のようにつぶやいた。

「だめね……誰も()()()()()()()()に反応しない……まあ、もともと砂漠の中の一粒の砂を探し出すようなものだしね……気長にやるしかないわ」少女がそう言うと、二人はそのまま黙り込んでしまった。

 

 長椅子に座っている少女の年齢は恐らく15歳前後、やや暗めのサルファーイエローの髪をショートボブにまとめ、胸元から肩周りにフリルの付いたアイボリーホワイトのトップスをまとっている。下半身はマットブラックのプリーツミニスカート。そこから瑞々しい白い太ももが覗いている。足には小さなピンクのリボンが付いた、トレッドの深い黒のショートブーツ。

 少女の身長は152cm程度だろうか、サングラスを掛けているため目元は見えないが、健康そうなピンクのふっくらとしたリップが、彼女を見る者たちに様々な想像をかきたてさせる。

 

 一方、彼女の隣に立っている男は187cmほどの長身、やや痩せ気味で黒いダブルのスーツ。年齢は30歳前後といったところか。ダークブラウンのショートの髪にガッシリとした体格。スーツの上から見ても鍛え上げられた身体の持ち主であることがわかる。こちらも黒のサングラスをかけているため、男の目元は見えない。

 

 再び男が口を開いた。

「だが、なんだってこんな展望台で探すんだ? 人通りの活発な街中の方が良くないか?」

 それを聞いた少女は答えるのも馬鹿らしいといった表情でそれに答えた。

「街中だと『ノイズ』が多すぎて集中できないのよ。あまりに多くの人たちが周りにいたらあなたも()()()()()がやりにくくなるでしょ? それにトランター市内の住人はあらかたチェックしたわ。あとは外の世界の人達に期待するしかないじゃない?……そしてそういう人たちは、まず()()に来る」

「まあ、そうかもしれんが……」男がそうぼやいた。

「いいのよ? 退屈だったら帰っても……」少女がそうつぶやくと、男は一瞬カッとなったが、意識的に声量を低くして吐き捨てるようにそれに答えた。

「馬鹿言えっ、そんなことができるか!」

 

 男は少女に気づかれないように小さなため息をついた。やれやれ、7年の軍務を終えた後の最初の仕事がこんなガキの世話とは。こんなことなら軍を辞めるんじゃなかった、という考えが男の頭の中を一瞬よぎったが、彼は軽く頭を振ってその考えを頭の中から追い払った。

 

 彼は戦場で多くの言語を絶する光景を見てきた。男の世界に憧れて、あるいは男を証明するために軍に入隊したが、戦場は彼の想像する以上に過酷で悲惨だった。戦時国際法や交戦規約が守られているのを彼は目にしたことがなかった。およそ人間に実現可能な、ありとあらゆる非道なことが戦場では行われていた。

 父親の正体もわからないほどの数え切れないレイプを受け、妊娠している修道女を目にしたこと。物心もつかないような少年少女に菓子を与え、その子供たちの体に仕掛け爆弾を巻き付けた兵士がいたこと。そのどれもが、人間がいかに残虐な行為を躊躇なく行う生物であるかを証明するかのような、二度と思い出したくない光景の数々だった。

 

 男は過去の凄惨な戦場の記憶を脳裏に浮かべながら思った。この世の戦争はすべてどこかの国のための代理戦争だ。人殺しだと後ろ指をさされるのは嫌がるくせに、目前の利益や権益は欲しがる。だからそいつらは俺たちに戦わせる。ヤツらはハエみたいな連中だ。 

 それでも俺は戦友たちのためになら戦えた。軍隊には力のない女子供をいたぶるクズも大勢いたが、少なくとも同じ分隊のやつらは危険を顧みず俺のことを助けたし、俺もあいつらのためなら喜んで命を張ることができた。戦場には……そういう、純粋な仁義があった。

 

 男の思考は過去へとさかのぼっていった……

 

 ある日のことだ。俺たちは作戦を終えてベースに帰還するとき、一個小隊(40~50人規模)程度の敵に重包囲された。既に大部分の弾薬を使い果たしていたが、それでも俺たちは平気な顔をしていた。敵とはかなりのテクノロジーの差があるし、補給さえ行われればこんな敵などすぐに殲滅できる、俺はそう思った。

 でも補給は一日たっても二日たっても来なかった。まともな攻撃のできない俺たちは、全周防御をしながらひたすら補給を待ち続けた。

 

 しょっぱなにRTO(通信兵)が、そしてすぐにSL(分隊長)が戦死した。テクノロジーの低いしょぼい敵の割には、基本戦術に忠実だ。そして友好的な反撃ができないまま、一人二人と仲の良かった戦友が次々と死んでいった。

 5日目に敵の包囲網を破った友軍が俺たちに接触したとき、俺たち12名のスクァッド(分隊)は3名にまで減らされていた。俺は……その3名の中にいた。

 

 ベースに戻った俺は、なぜ補給が俺たちのもとに届かなかったのかを知った。一人のある補給士官が……あのクソ野郎が弾薬・食料などの補給物資を横流ししてやがった。何のことはない。一番の裏切り者は身内にいたのだ。俺の戦友たちの命は全てコイツの懐の中の金に変わってしまっていた。

 みんな陽気で有能な気のいいヤツらだったんだ。補給さえ届けば死ぬはずのない男たちだった。俺は、声にならない叫び声をあげていた。そして、俺はその士官を……事故に見せかけて殺した。軍隊という腐りきった組織にほとほと嫌気がさした俺は、そのまま軍を除隊した。

 

 除隊後の10日間を俺は自由気ままに過ごした。最初の3日間はまあまあ楽しかった。でも、すぐにその平穏な生活に飽きた。もういきなり真夜中に起きて戦わせられる事はなくなったが、長年の軍隊生活で研ぎ澄まされた神経は、俺に安眠をもたらすことを妨害し続けた……。

 

 ……結局、彼はこのまま無為に時を過ごして、生きたまま朽ちていく人生を選ばなかった。除隊後11日目に彼は就職活動を始めた。7年の軍役によってそこそこの恩給を毎月得ることができたが、ちょっとした贅沢をすればすぐに彼の生活は破綻してしまう。それも理由のうちの一つだった。

 

 彼はトランター内でよく知られている企業に、片っ端からES(エントリーシート)を送りつけた。職種はマーケティングトレーダーから大型反重力車両ドライバーまでありとあらゆる職種が対象だったが、その多くの企業からは返事すら返ってこなかった。たまに回答が返ってきたと思ったら、そのほとんどが()()()()()()だった。

 

 ある日、とある企業から珍しくお祈り以外の返事を受け取った彼は、無表情にその文面を眺めていた。そこには『Fu*k off!(失せろ)』と一言だけ書かれていた。

 彼には、企業からそのようなひどいセリフが書かれているメールを受け取る理由が、皆目検討つかなかった。ただ、その返事を彼によこした企業は住宅販売の営業会社だった、というだけのことだ。

 

 彼のESの自己アピールにはこう書かれていた。

 

『私には7年の軍務経験があります。あらゆる重火器や近接武器の扱いに長けており、24の無音殺傷技術を極め、特に待ち伏せ攻撃が得意です。私は御社が求める人物像に合致すると確信しております』

 

 結局、ESを送ったすべての企業から色よい返事をもらえなかった彼は、仕方なく就職エージェントを頼った。7年もシャバから遠ざかっていたのだから、彼は社会のことをまるで知らず、世捨て人そのものだったからだ。

 彼はエージェントに対して細かい注文をつけなかったが、やはり()()()()()()に就職するのは無理だと薄々感づいていたので、傭兵やPMC(民間軍事会社)以外の軍経験が活かせる職場を探すように、とエージェントに伝えた。

 そこでエージェントに斡旋された業務が、今回の要人警護の仕事だった。つまり、この少女の護衛だ。退屈極まる仕事で、引き受けてから3日も立たない内にもう嫌気が差した。だが、それでも二度と軍隊に戻る気はない。

 

 彼の今の任務は、少女に干渉してくるあらゆるものを排除すること。それらの対象は、彼女に触れようとする小さな子供から、彼女をナンパしようと声をかけてくるチャラい男どもまで、すべての人間が含まれる。

 さきほどもしつこく少女に声をかけてきて引き下がらない男を3人ほどひねりあげ追い払った。しつこい男どもを追い払うのに、彼は警察が使うような相手を傷つけず制圧する逮捕術を使用したが、正直に言うとサイレントキリング(無音殺傷技術。主に相手を殺傷し、無力化する技術。無手だけでなくナイフなどの近接武器やスコップのような道具の使用も含まれる)で、さっさと連中をあの世に送ってしまいたかった。

 

 思えば戦場はシンプルだった。あそこではこういった余計なことを考えなくてよかったからだ。今更あの地獄のような環境が懐かしいというわけでもないが、正直今のこの環境は窮屈すぎる。自分はこのまま鎖に繋がれているかのような生活を、老人になるまで過ごさなければならないのだろうか、そう考えると彼はますます嫌気が差してくるのだった。

 それでも、彼は任務に手を抜いたりはしなかった。少女に近づこうとするものを一人も見逃さないように、彼は注意深く周囲を観察し、何か事が起こったらすぐに動ける体勢を取っていた。

 

 男はこの少女の護衛任務をするにあたって、ごくごく簡単な説明しか受けていなかった。少女はここで()()()()()()()()のだという。それにしては少女はずっと長椅子に座りっぱなしだし、前方に目を向けるでもなくうつむいたままだ。

 少女が何を考えているのかさっぱりわからないが、まあ自分にとってはどうでもいいことだ、そう男は思った。

 

 軍隊時代だってそうだったじゃないか。末端の兵士には戦略上の目標は無論のこと、攻撃の直前ですら誰を攻撃するのか知らされなかった。大事なのは、命令が出たら機械のように正確な銃撃を敵に加えることができるか、それだけだ。

 ROE(交戦規定)はあるはず、いやあったはずだが、そんなものを聞かされたことは一度もない。敵を攻撃する前の上官が言うセリフはいつも同じだ。『捕虜になるな、捕虜を捕るな』だ。

 捕虜を捕るな、はともかく……捕虜になるな、だと? 俺たちは確かにIW(irregular warfare。非正規戦)に従事しているが、正規軍だぞ、傭兵じゃねぇ。そんな昔の記憶を思い出したとたん、彼の口から小さな舌打ちが生じた。

 

 彼は前方に顔を向けたまま、左下方に座っている少女の姿を視界に収めた。高い位置から少女を見ているので、はっきり見えるのはショートスカートから覗く少女の白い太ももだけだった。

 こんなガキでもあと2、3年もしたら、見ず知らずの男の上で夜のダンスでも踊るのだろうか、と彼は下卑た想像をした。その途端少女が顔を上げて男の顔を見上げた。彼はギョっとした。

 

「あなた、この仕事に付く前に……」そう言って少女は少し黙った。

「……」

「私の前では自身の行動に注意する事、それに()()()()()()()()についてもね……『組織』のCTO(Chief Training Officer 主任訓練担当官)にそう忠告されなかった?」

 少女はそう言うと長椅子に座ったまま、首を傾けゆっくりとサングラスを外すと再び男の顔を見上げた。少女の視線がゆっくりと男の瞳へと動いていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 少女が男の目をじっと見つめた。

 

 彼には少女の瞳が一瞬淡く光ったように感じた。その途端、少女の身体から巨大な『白い手』が伸びてきて、自分の方に迫ってくるのを彼は幻視した。

 その白い手は包み込むように男の身体全体を握りしめた。その手は物理的なものではなかったが、男は大蛇に巻きつかれ、自分の身体をきつく締め上げられているかのような感覚を覚え、彼は瞬時に自分の身体の自由を失った。彼は驚愕の表情を顔に張り付かせ、少女の目を見つめた。

 

 少女の瞳を見つめながら視線をそらすこともできず、男は息も絶え絶えに声を絞り出した。

 

「か、身体が……」彼はそうかすれた声を出しながら、彼は震えていた。

 

 傍から見ると、先程軽そうな男を3人も素手で追い払った頼りがいのある男と、いま目の前にいて身体を震わせている男が同一人物だとはとても思えない。

 男は恐怖に震えていたが、その一方で彼女の瞳を見て単純に美しいと思った。ターコイズブルーを背景色にして、アンティックゴールドとマンダリンオレンジの色が複雑に散らばっている。それは俗に『アースアイ』と呼ばれる珍しい色彩を持つ瞳だった。まるで瞳の中に一つの惑星を閉じ込めているかのようにも見える。だが、その男は直感した。この瞳は美しさと同時に死をもたらす瞳でもあることを。

 

 身体が全く動かせないことに男は驚愕し、絞り出すように声を出した。

「ま……まさか……お……お前が?」

 少女はそのまま男の顔を見つめていたが、その内しばらくして彼に飽きたのか、彼の顔から視線を外した。

「私は、相手がどんな人でも一度の過ちは許すわ。でもあなた、私の身体を見てそういう下品な想像をしたのはこれで何度目かしら……」

 

 男は少女の視線が自分から外れたことにかすかに安堵したが、まだ彼女の()()()を得ていないのが彼にはわかった。彼が幻視した巨大な『白い手』が彼の身体に絡みつく感触がまだ続いていたからだ。彼は激しく鼓動を打つ自分の心臓の音を聞きながら、彼女の次の言葉を待った……待つしかなかった。

 

「あなたが()()の役に立てない人なら、すぐにこの世から退場してもらうわよ? だって、()()の役に立てない人は生きていたってしょうがないもの」そう言いながら少女はクスクス笑った。

 それを聞いて男は心底震えた。少女が間違いなく本気で言っているとわかったからだ。少女はそのまま誰に聞かせるわけでもなく、話を続けた。

「かわいそうに……戦場でずいぶんつらい思いをしたようね? でも、この世からバイバイしちゃえば……今あなたが抱えている悩みは、今後はあなたを煩わせることはないわよね?」

 

 それを聞いた男は凍りついた。

 

   『その少女は人の心を読む、いやそれだけではない。相手の心を操る事ができる』

 

 男はCTOからそう説明を受けていたが、ほとんどまともに聞いていなかったし、内心馬鹿にすらしていた。だが、彼が受けた説明は本当だったのだ。彼はCTOのアドバイスを軽んじて、まともに受け取らなかったことを激しく後悔した。

 

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