the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝 作:六位漱石斎正重
一方、その長身の男を見つめる少女は、周りの男達が思わず振り返るほどの美少女だったが、彼女の顔に浮かんだ残忍極まる表情はおよそ年頃の少女のものとは到底思えず、外見と中身のギャップに男は激しく混乱するのだった。この少女の正体とは……。
前方に顔を向けていた少女は再び顔を上げると、彼女のそばに立ち尽くしている男の目を見つめ、凄まじい笑顔を浮かべた。彼は15歳の少女がこんなに残忍な笑顔を浮かべるのを初めて見た。
極めて均整の取れた顔立ち、すっと通った鼻筋にアーモンド形の魅力的な目、ふっくらとした柔らかそうなリップ、そのどれもが美少女の要件を満たしていた。だが、少女の目つきには険がありすぎた。
彼女のような年頃の少女なら、人を恨んだり憎んだりすることもたまにはあるだろう、だが、彼女のその残忍な表情はそれとは根底から質が異なっているように、彼には感じられた。
この少女には軍務経験はないはずだ、そのことだけは彼にもはっきりとわかった。戦場を経験した兵士独特の
だが、いいところのお嬢さん、というわけでは決してないだろう。むしろ、ストリートで揉まれてきたかのような荒々しい印象を受ける。いずれにせよ、はっきりしているのは目の前で彼を見つめる少女が、生命を脅かすような危険極まりない雰囲気を発しているという事だけだった。
ニュービー(新兵)のときに、軍事訓練キャンプから50mも離れていない茂みの中に、巨大なグリズリー(ハイイログマ。個体によっては360kg近くにもなり、極めて凶暴)の気配を感じたことがある。
その動物に出会った経験がなかったとしても、瞬時にその凶暴さを理解する感覚。逃げることも戦うこともできず、観念するしかないといった絶望的な感情。それに近いものがこの少女にはある。
戦場で、脳に直に刻まれるかのような凄まじい経験をしてきた彼は、少々のことでは動じなくなっていたが、自分の眼の前で美しい顔をした柔らかくも残忍な笑顔を浮かべる少女を見て彼は思った。この少女は次元が違う。こいつは、自分がどうあがいてもどうにもならない
その内、彼の視界に写った少女の顔と入れ替わるかのように、男がかつて昔の戦場で見た光景が浮かび上がってきた。それはあまりにもショッキングで直接脳に刻まれたかのような、二度と思い出したくない光景だった。
彼の目の前に人だかりができていた。その集団の中央で一人の修道女が複数の兵士たちにレイプされていた。
しばらくすると少女が彼に声をかけた。
「どう? あなたが見た中で最も凄惨な光景の内の一つよ?」
「……」
「あなた、彼女が乱暴を受けていたとき、一瞬だけ彼女と目が合ったわよね?」
「そ……そんなことは……ない……」
「嘘をつくのはやめなさい。彼女、声は出せなかったけど、明らかにあなたに助けを求めていた」
少女の声を耳にしながら、男は自分の視野に映し出される酸鼻を極めた光景から目をそらすこともできず、呆然とその光景を見つめ続けた。
「ち、違う……お、俺は……」
「いいえ、違わないわ。あなたは彼女の絶望に打ちひしがれた目を間違いなく見た。ごまかしたってだめよ? ……あなたは彼女を見捨てたのよ!」
「違……う……」
「かわいそうに……彼女、今頃赤子を抱いて気が触れた状態で、荒野をさまよっていることでしょうね……」
その内、男は激しく体を震わせながら、彼の目からあふれ出した涙が、彼のサングラスの下から流れ出てかすかな筋を作った。
「し、仕方がなかったんだ……指揮官でもなんでもない一兵士の俺が、数十人の訓練された兵士たちを止めることなんてできやしない。俺にどうすればよかったって言うんだ……」
少女は、サングラスの下から涙を流して震えている男の姿を見ても眉一つ動かさず、しばらく黙っていたが、そのうちに何か思い出したのか、「もういいわ、
男は視野に凄惨な光景を映し出されながら、「次?」とあえぐように尋ねた。その時、男ははっきりと理解した。やはりこいつだ、こいつの仕業だったんだ。俺の頭の中から埋もれた記憶を引きずり出してやがる。そうでなければ、
しばらくすると男が見ていた光景は別の場面に切り替わった。男の目の前で何人かの小さな少年少女がはしゃぐように走り回っていた。その内一人の小さな男の子が彼の足元にしがみついた。
「そうそう、これこれ!」
男が見ている場面はある戦場の光景で、少女はその場にいたはずがなかったのに、まるで自分も男と一緒にその光景を目にしたかのような口ぶりで話し始めた。
「この男の子、5歳くらいだったかしら? 外国人を見るのが珍しかったのかな……よくあなたの周りにまとわりついていたわよね。あなたも柄にもなくお兄さんのふりして、よくお菓子なんかを彼にあげていたっけ……」
男は凍り付いたかのように少女の傍に立ち尽くしていた。サングラスの奥で彼の血走った目が、少女の姿を通して過去に彼が目にした光景を見つめている。
「それである時、前線基地を引き上げる命令が出て、あなたたちは基地を処分し始めた……」
「やめろ……」男は体を震わせながら喘いだ。
「その基地は履歴上存在しないはずの基地で、その存在が発覚するだけで国際法に触れるものだった。基地に関係するものは備品、装備からすべて処分しなければならなかった……」
男の動悸はますます激しくなり大きく肩を上下させ始めると、ついに大声を出した。
「やめろっ!!」
広場の中央から男が大声で叫んだのが聞こえたせいか、何人かの人たちが彼らを見つめた。少女は自分たちに視線が集まってくるのを敏感に察知し、小さくつぶやいた。
「あなた、少しうるさいわよ? ……黙ってなさい」
少女がそうつぶやいた瞬間、男の口は開かなくなった。何かに口を押さえつけられているわけではなかったが、どういうわけか口を開くことができない。男はすでにパニックに陥りかけていたが叫ぶこともできず、強烈なフラストレーションが彼の心の内圧を限界まで高めた。
静かになった男を見上げて、少女は話を続けた。
「そしてついに、基地をすっかり片付けて何もなくなった広場から、部隊を撤収する最後の日がやってきた。去っていく部隊を見送るためなのか、基地の周囲にあった村から村人たちがあなたたちの周囲に集まってきた。あなたになついていた小さな男の子も含め何人かの子供たちも来ていた。どこに行くの? 帰っちゃうの? ってその子、言ってたわよね?」
「あ……ぁ……や……」男はかろうじてかすれるような小さな声を発していたが、言葉にはならなかった。
「あなたたちには
男は意味のある言葉を発することができず、低いうめき声を漏らすことしかできなかった。
「村人たちの内、大人たちは別のところに連れていかれて
少女はそう言うと、再び男の顔を見上げて微笑んだ。それは少女の微笑ではなかった。精神に異常をきたした人間のそれだった。
男はもう何を言っているのかわからず、少女も男が自分の話を聞いているのかどうか、どうでもいいような様子で再び口を開いた。
「その内、無線連絡で敵の部隊が近づきつつあるという情報が入った。このままだと撤退時に部隊の背後から奇襲を受けるかもしれない。でも、敵の部隊も優秀で、死体に仕掛けた爆弾はすぐに見破られてしまう。だから……あなたたちは子供たちの身体に爆弾を仕掛けた。子供なら敵の兵隊たちも油断するからね」そう言って、少女は再び男を見つめた。
少女は男が何を言うのか聞きたがったが、いつまでも男が黙っているのを見て訝しんだ。そして、しばらくすると男を黙らせたのが自分だったことを思い出した。
「あ……そっか、ごめんね」
少女がそう言うと、男の口から小さな声が出始めた。
「もぅ……勘弁……して……くれ……」男の声は哀訴に変わってしまっていた。
「だめよっ! あなたは大人なんだから。大人って言うのは、自分のやったことに責任を取る人ってことでしょ? だったら最後まで自分の言動に責任を持たなきゃ」そう言って少女はクスクス笑った。
それを見た男はおぞましいものを見るような目つきで喘いだ。
「お、お前は……狂ってる……」
少女はかすかに驚いた表情で彼を見つめた。
「私が狂ってる? じゃあ、あなたはまともだって言うわけ? なかなか素敵なジョークじゃない。あなたは忘れたいのかもしれないけど、死んだ人たちはみな覚えているわ。あなたたちがどんなにひどいことを彼らにやったかということを」
男は息も絶え絶えに、「お……俺は、や……やっていない」と声を絞り出すようにつぶやいた。
それを聞いた少女は男から視線を外すと自分の正面の床を見つめながら、話を続けた。
「確かにあなたはそれらには参加しなかったかもしれない……でも見て見ぬふりをしたわ。自分は手を出さなかったからと言って、あなたは自分に罪がないとでも言うの? そんなわけないじゃない! 見て見ぬふりをしたってことはその行為を容認したってことでしょ? でも自分はいい人間のフリをしたいから参加しなかったってだけのことよ。私に言わせればアンタみたいなヤツのほうがよっぽど悪質だわ」
「あ……うぁ……」
少女は再び男の方へ顔を向け、男のサングラスの下から彼の目を覗き込むようにして話を続けた。
「あなたが軍隊に入ったのは、立場の弱い女子供たちの悲惨な姿の数々を目撃するためのなの? 逃げ出したいくらい厳しい訓練を耐えてきたのは、そんなひどい光景を記憶したかったから?」
「ゆ……許して……許してくれ……」そう言って男はぼろぼろと涙を流していた。
男のその様子を見た少女は特に心を動かされた様子もなく、再び口を開いた。
「もういいわ、これで最後にしてあげる」
「さ……最後?」
「あの男の子たちがその後どうなったかってことよ。あなたも知りたいでしょ? あなたの部隊は子供たちに爆弾を仕掛けて帰っちゃったんだから、子供たちがどうなったかあなたは知らないわけじゃない?」
そう言って少女は、狂気じみた凄みのある笑みを浮かべた。それはおよそ普通の少女が浮かべるものとは程遠いものだった。
それを聞いた男は「よ、よせっ、や、やめろっ!!」と叫んで猛然と暴れだしたが、彼の身体はまともに動かず、彼の叫び声はささやきくらいの音量にしかならなかった。少女は男に一瞥すら与えず、話をつづけた。
「あなたの部隊が基地の跡地から1kmくらい離れた時だったかしら、背後からすごい爆発音をあなたは耳にしたわよね? でも音はそれだけじゃなかったのよ。あなたには聞こえなかったかもしれないけどね。それはね……大人と子供の凄まじい悲鳴の数々……」
少女がその場面を見たはずがないし、彼の頭の中にもその場面の記憶はない。冷静に考えれば少女が単に想像で言っているだけのことだとすぐにわかったはずだ。だが、ありえそうな話だった。いずれにせよ、その時の男にはもう既にまともに考えることは不可能になっていた。
しばらくすると男のスーツのズボンにはシミができ、それは次第に下方へと広がっていった。それを見た少女はかすかに顔をしかめた。
「ちょっと! 臭いわよ、あなた。……もういいからおトイレに行ってらっしゃい」
少女がそう言った瞬間、男の身体は自由を取り戻したが、彼はそのまま床にへたり込んでしまった。男は床に座り込んだまま、子供のように小さくすすり泣いていた。
それを見た少女の目元からは次第に険が取れ、年頃の少女の優しい目つきに変わっていった。
「もういいわ……」
少女は男から視線を外すと、小さくそうつぶやいた。