the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝   作:六位漱石斎正重

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 銀河系を取り巻くカオスが発散し、心理歴史学的特異点に達することで銀河系の未来が想定不能になる確率はわずかに2.37±0.016%。だが、今の現時点で我々に銀河系の未来を修正する方法が見つけられない以上、その確率の値の小ささから見て目をつむってなかったことにしようとするベッカーに、セルダンは腹を立てる。
 セルダンは自分の研究室の奥にある暗室のような部屋にベッカーを誘う。この部屋は、セルダンが真に重要で他人に知られたくない内容を話し合うときに使うプライベートな彼の私室だった。その部屋でベッカーとセルダンは、将来訪れる銀河系の危機の状況を改めて検証することになるのだが……。



第8話 戦略遂行の三条件

 セルダンは再び黒い立方体の赤く彩られた例のセクター(星系)を見つめながらゆっくりと口を開いた。

「君が指摘したこの例のセクターだが……」そういって、セルダンは指先でそのセクターの部分を指示した。ベッカーも立方体のその部分を覗き込んで、「ええ」とつぶやいた。

「君の言う通り、このセクターは今から221銀河標準年後に小規模な地方帝国になる可能性が見えてくる。その条件の一つが……」

 そこまで言うと、セルダンは口を閉じベッカーに発言を促した。

 

「版図拡大を図る上では大きな障害になりますが、それと同時に自国に対する大きな防御としても働くサルガッソー(航行不能領域)に、このセクターは背後を守られています」

「そう、つまり『地の利』を得る。もっともこれは221銀河標準年後だからということではなくて最初からだがな。だが、拡大の準備が整うまでは他国の干渉を受けにくいというのは非常に大きなメリットだ。始めは処女の如く、後は脱兎の如し、ってやつさ。スンツァとか呼ばれるずいぶん古い時代の書物から引用された格言だったかな。確かリクトー、サンリャクと並び称される書物だったと思う」

「いやすみません、それらの書物については存じ上げません」

 それを聞いたセルダンは特に何の表情も見せず、「では、先を続けて」と言った。ベッカーは話を続けた。

 

「で、次は現帝国が滅亡後の200年ほどの間、様々な小国が乱立しては消えていき、今から約221銀河標準年後にはこのセクターの周囲に対抗する勢力はわずかとなる……」ベッカーがそう発言すると、そのあとをセルダンが引き継いだ。

「つまり『天の時』を得る。この状態はそのあと少なくとも4、50年は続く。このセクターにとっては千載一遇のチャンスだ。どんなに無欲な執政者でもこの誘惑には勝てないだろう。国民や政党内の議員たちからの突き上げもあるだろうしな。彼の意思にかかわらず、世論に押される形で軍拡に走らざるを得ん。そして最後に残ったのが……」そう言ってセルダンは黙り込んだ。間髪入れずベッカーが続く。

 

「『人の和』……ですね。4、50年という期間の間には、当然無能な者も出てくれば、有能な人材も輩出されるでしょう……」

「そうだな。これについては戦争という話題に焦点をあててみようか。戦略的結果を戦術的成果で覆すことはできない、というのが軍事学上の常識だ。だが、負けるはずがないところで敗戦が続くようになると、国家は危うくなる。そもそも戦争とは政治的な解決手段であるものの、本来は誰もやりたがらない手段だ。なぜなら、戦争とは勝っても負けても社会的リソースを消費する政治的解決手段だからだ。勝ったとしても国家経済的には大赤字だったということも歴史上数えきれないほどある。戦争が起こって喜ぶのは軍産複合体だけだ」

「そうですね。せっかく戦争に勝ったのに賠償金を取り損ねたせいで、赤貧にあえいでいる市民が国内暴動を頻発させた例もあったようです」

 

 セルダンは一拍おいてから再び口を開いた。

「さて、君がこの時点で心理歴史学上の判断と決定権を持っている人物だとしたらどうするね? ベッカー君」

「そうですね、僕だったらどうするかな……とりあえず、このセクターの周囲の敵方の国家は弱すぎますが、しょっぱなから敵方の敗戦が続くようだとまずいので、一時的に敵方のセクターの戦闘指揮官に肩入れするでしょうね」

「ふむ……続けて」

「で……敵方が勝ちまくってきたら、今度は負けさせるようにする。勝ちすぎると敵方が第2の帝国になるかもしれませんしね」

 それを聞いたセルダンは大笑いした。

「一体、どんな方法で? チェスの駒じゃないんだから、君の考えに沿って人は自由には動かないよ? そもそも心理歴史学は一個人に適用する技術じゃない。適用対象はあくまでも星系規模のマクロな集団に対してだよ、君」

 そう聞いたベッカーは「だめですか、やっぱり……」と肩を落としがっくりとうなだれた。

 

 うつむいたベッカーを視界の端にとらえながらセルダンは優しい笑みを浮かべた。

「いや、アイデアはいい……というか、完全に的を射ている。さすがに私の優秀な教え子の内の一人だ。()()()()。セクター規模の国家の推移に干渉するにはその慣性は大きすぎる。既に大きな慣性力を持ってしまった後で心理歴史学を適用し、微細なコントロールをしようとしてもそれは不可能だ。心理歴史学を適用するならその前にしないと。だが、このセクターのこの時期では心理歴史学的に新たに打つ手が存在しない」

「では、一体……」

「君の言った通りだよ、ベッカー君。『個人に干渉』するしかない。それも国家の趨勢を決定できる権限を持つ人物に……だ」

「でも、博士は先ほど心理歴史学はマクロな集団にのみ適用できると……」

「ああ、その通り。その手段を心理歴史学に限定するならな」

「えっ? 心理歴史学という手段以外に我々の取りうる方法があるのですか? 博士」

 そういってベッカーは大層驚き、セルダンのほうへ思わず身を乗り出した。それからしばらく間が開いた後、セルダンは静かに目を伏せ小さくつぶやいた。

「……ないでもない」

 そう言ったセルダンの顔には柔らかな表情が浮かんでいた。

 

 小休憩をするためにコーヒーを二人分用意したセルダンは、二人の椅子の横に置かれている小さなそば机の上にカップをそれぞれ置き、彼は一口すすったあと口を開いた。

「まず、状況を整理しよう。このセクターは今から221銀河標準年後に小規模な地方帝国になる可能性を秘めている。ただし、それには三つの条件が必要だ。つまり天の時、地の利、人の和だ。使い古された格言だが。このケースに限っては、私は正しいと思う」

「はい……」と小さくベッカー。

「この三条件の内、天の時、地の利に関してだが、これらに関して残念ながら現在の我々には打つ手が全くない」

「……」

「まあ、厳密に言うと、天の時は変えられないこともない……方程式の一部に小規模の修正を加えさえすれば」

「ですが博士、そんなことをすれば、方程式の修正部分の与える影響が他の別の部分に波及して……」

「そう、その通り。バタフライ効果さ」

 バタフライ効果とはカオス理論の一表現で、蝶が羽ばたく程度のほんの些細な現象が、別の場所に大きな現象(大災害等)を及ぼす可能性があるという寓話である。セルダンが話を続ける。

 

「今更方程式に根本的な部分で、たとえわずかであっても変更を加えるなんてことはほぼ不可能だし、そんな時間もない。開発環境で検証することなしに本番環境に投入するわけにはいかないからだ」

「……」

「そうなると、我々が唯一介入可能なのが『人の和』だ。だが、巨大な集団が対象ならともかく一個人を操り人形のように動かす技術を我々は持ってはいない」

「では一体……」

「なあ、ベッカー君。こういった状況を我々は何と呼んだかな?」

「八方……ふさがり、ですか? 嫌な表現ですが……」

「その通り、まさに八方塞がりだ、どうにもならん……で、君はこんなときどうするね?」

「どうするもこうするも……もう『銀河霊』にでも祈るしか……」そういってベッカーは両手を開いて軽く首をひねった。

「Galaxy(そうだっ!)。人智を超えた状況には人智を超えた対抗手段が必要だ」

 

 少し前からかすかに訝しげな表情で彼の話を聞いていたベッカーは、それを聞いてますます訝しげな表情を強めながらセルダンに尋ねた。

「すみません博士。私は生来頭が鈍いせいか、博士のおっしゃることがよく理解できません。もう少し説明をいただけるとありがたいのですが……」

「ああ、すまない。私は別に君を煙に巻くつもりじゃないんだ。ところでベッカー君……」

「はい」

「君が必死に死ぬ思いで祈ったとして……銀河霊は君の祈りをかなえてくれるだろうか?」

 そうセルダンがベッカーに尋ねると、突然何を言うんだこの人は? と、ベッカーは疑わしげな顔でセルダンを見つめたが、質問には素直に答えた。

「いえ、残念ながら銀河霊には私の祈りをお聞き届けいただけないでしょう。なぜなら、もし私の願いが叶うなら他の人たちの願いもかなうはずです。そうすれば今頃この世界はとんでもないことになっているでしょう」

「そう、その通り。祈りは心の平安を得るためのものだ。現実を変える役には立たない」

「それではもうどうにも……」

「ああ……そこで私は『ヒトが持っている可能性』に活路を見出した」

 

 頭に無数のクエスチョンを浮かべたベッカーはますます腑に落ちない様子でセルダンに尋ねた。

「ヒトが持っている……可能性? ですか」

「ああ。ベッカー君。ヒトにはどんな能力があるだろう? 別に他の生物と比較する必要はないよ。単純にヒトという生物が持つ能力のことだけ考えてくれればいい」

「まあ、まずは感覚器から外界の信号をキャッチして処理を行う視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚のいわゆる五感……」

「ふむ……」

「他には直立歩行できたり、ものを投げる、コミュニケーションを使って集団行動がとれる……とかでしょうか?」

「それで終わりかね?」

 それを聞いたベッカーは明らかにイライラしながらセルダンに尋ねた。

「他にもよくよく考えてみればそれらしいことはいくつも思い浮かびますが、本当は博士には最初から私に聞かせたいヒトの能力があるのでしょう? 私には博士が期待しているような答えが思いつきません。もう長話はやめていい加減に本題に入って下さい!」

 単純に答えを教えないのは、昔からセルダンの教育のモットーでもあるが、さすがにこれはくどすぎるとベッカーは感じた。

 

 そんなベッカーの内心を気遣う様子もなくセルダンはつぶやくように口を開いた。

「第……六感」

 それを聞いたベッカーは思わず大声を出した。

「は? 第六感ですって? あ、いや失礼。でも、私にずいぶん期待を持たせた割には唐突すぎやしませんか、博士?」

 そう激しく詰め寄るベッカーの勢いにもどこ吹く風で、セルダンは穏やかな表情で目をつむり、コーヒーを一口すすった。

 

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