the origin 異能力者の起源 – 3.72%の少女外伝 作:六位漱石斎正重
ベッカーはその提案をあからさまに否定するが、セルダンは冗談でもなんでもなく真剣そのものの様子で、ヒトの第六感を銀河系の危機に対抗する手段として考えていることをベッカーに伝える。そのあまりのバカバカしさに激しい怒りを感じるベッカーだったが……。
現在から221銀河標準年後に、銀河系内でも無視できない規模に版図を広げ成長するであろう小豪族の帝国。しかしながらそれは結局、第2帝国になることなく崩壊し、カオスを激しく乱す。その結果、銀河系の未来の姿の予測を極めて困難にすることがわかった。
だが、手をこまねいて銀河系の危機を見過ごすことはできない。セルダンはこの危機について、現在の心理歴史学では打つ手はない、可能性があるのはヒトの第六感だ、と指摘した。
セルダンの主張を耳にして最初は驚きを隠せなかったベッカーだったが、その心の奥底からは激しい怒りがわいてきて、セルダンを問い詰めた。
「第六感? よりによって第六感ですって? 博士、研究にのめりこみすぎで頭がどうかしてしまったんじゃないですか? 最後の最後に疑似科学の陥穽にはまるなんて! せっかくトランターまで来たのに、そんな博士の姿を見せられるなんて、僕は残念で仕方がありません……それともこれは僕を担ぐ大芝居なんですか? それにしても冗談にしては時間をかけすぎでしょう?」
「先ほども君に言ったが、私はこと研究に関しては一度たりとも冗談を言ったことはない。私は大まじめに話をしているんだよ、ベッカー君。それにさっき君は言ってたじゃないか。この危機はまさに八方塞がりで『銀河霊』に祈るしかないと」
「いやいや、それにしたって、銀河系を救う手段が第六感というのはいかにも飛躍しすぎでしょう」
そう話したベッカーに、すました顔でセルダンは答えた。
「銀河霊に祈ることで本当に問題が解決するなら、私はいつだって祈る。それこそ全身全霊を尽くしてね」
それを聞いたベッカーは軽蔑するようなまなざしでセルダンを見つめながら話をつづけた。
「今の私にはっきりとわかっているのは、銀河霊に祈ることと第六感に頼ることは、等しく時間の無駄になるだろうということです。どちらも疑似科学の分野だ。くだらないっ!」
そう吐き捨てるように言ったベッカーの言葉にセルダンはしばらく黙り込んだ。
「妙だな……君は疑似科学を憎んでいるように私には聞こえるが……なにか嫌な記憶でもあるのかね? 疑似科学に対して」
「私は別に疑似科学を憎んでは……いや、確かに憎んでいるところがあるかもしれません。とにかく、我々の研究している心理歴史学のようなまっとうな学問と、それらが並べられるのが不愉快なだけですっ!」
「それは単なる偏見だよ、
「そ、それは……でも、検証する意味はありません、絶対に!」
「だから、それが偏見だと言ってるんだっ! 少し前に物事を印象で判断するのは、科学者の姿としてあまり感心できるものではない、と君に指摘したばかりじゃないか。確かに再現性のない理論は、疑似科学だろうが何だろうが一切の価値がないのは確かだ。だが、我々科学者は偏見ではなく多角的な視点と検証、過去の文献によるデータからの推察で物事を判断するのが仕事だ」
「……」
「それに疑似科学だから駄目だ、とかそんな悠長なことを言っている場合じゃあない。先ほど君も指摘していた通り、この危機は八方塞がりなんだよ、ベッカー。危機を回避できる方法があるなら、それがどんなに怪しげな響きを持つものであろうと、我々にはその
そう一気にセルダンに畳みかけられてベッカーは黙り込んだ。
しばらくは不満げな表情を顔に浮かべたままのベッカーだったが、その内ふっきれたのか明るい表情でセルダンに話しかけた。
「わかりましたよ、博士。じゃあ、今回だけはその第六感とやらに希望を託してみましょう。まずは『念力』で例のセクターの背後のサルガッソーを動かす、なんてどうです?」とベッカーはからかった。
セルダンは訝しげな表情で「念力?」とつぶやいたが、すぐに明るい声で「念力か……それいいね」と相槌を打った。
SNSじゃあるまいし、それいいね、はないだろう、と彼はあきれた。もちろん、ベッカーは冗談のつもりで言ったはずだったのだが、セルダンにまともに受け取られてしまい、彼はしばしの間言葉を失った。
自分はもしかすると認知症の男と話をしているのだろうか、とベッカーは再び訝しげな表情を浮かべたが、今回のトランターへの来訪の目的はこの男と話すことだ。しかたがない、しばらくはこの
当のセルダンはベッカーの様子に気を配るそぶりもなく彼に話しかけた。
「じゃあ、ベッカー君、そこの電子ボードにいわゆる第六感に相当すると思われるものをリストアップしていって一つずつ検証していき、有望なものを探っていこう。最初は念力……だったな」
マジか……マジなのか。ベッカーは内心そう思ったが、こちらを真剣な表情で見つめるセルダンの姿を見て何もかもあきらめた様子で電子ボードの前に立つと、まずは『念力』と大きな文字で書きこんだ。
「じゃあベッカー君、念力の定義を検索して読み上げてくれないか?」
ベッカーは全くもってバカバカしいと思いながらも、手元の小さな機械に念力と打ち込んで検索をかけた。
念力。Psychokinesis。略してPKともいう。人の思念の力で物体を動かす能力で、この能力を持っていると自称する人間が過去に何人もいたが、そのほぼすべての人間にはっきりとした能力の再現性は認められていない。
ベッカーが念力の定義を読み上げるのを聞きながらセルダンはつぶやくように口を開いた。
「念力……か。そんな能力が実在するのかどうかわからんが、検索結果を見る限りではかなりの眉唾ものの能力みたいだな」
「そうですね。そもそも100gの物体を1m持ち上げるだけで1Jもエネルギーを消費するんです。人間の思念の力だけで惑星、ましてやサルガッソー領域を動かすなんてとてもとても……」
「ああ、私もそう思う。そんなことができると真剣に考えているのは誇大妄想患者の頭の中だけだろうな」
ベッカーはうんざりした表情で再び口を開いた。
「どうも最初から役に立ちそうもない能力みたいですね、博士」
「いや、どうかな? 役に立つか立たないかという視点であれば、こういう考え方もできる……」
「えっ?」
「例えば現代の精密機器は無数の精緻極まる微小部品でできている。そのうちのどれか一つでもわずかな歪みを起こさせれば、もうそれだけで動かない。そんな機械は無数にあるよ?」
「ではまるきり役に立たない能力というわけでも……」
「……それでもだめだなこれは」
「なぜですか、博士?」
「以前、念力を検証する動画を見たことがあるんだが、自称『能力者』が10分ほどウンウンうなっていたが、結果は方位磁石の針がわずかに動く程度だった。ものの役には立たん」
「……」
「それに精密機器を狂わせるにしても、機械の中身の構造を把握していなければならないし、普通そう言った機械はカバーされていて中身が見えないものだ。残念ながらこの能力を得ても今回の危機に関して言えば、使い物にはならんだろう」
「だめですか、やっぱり」とベッカー。
「まあ、しかたないさ。そんなに簡単に使える能力が見つかったら誰も苦労はせんよ。今我々がやっているのは砂漠の中にある一粒の砂を探すような作業だ。一つ一つ地道に検討していくしかないのさ。さあ、次へいこう。君も小さいころ冒険小説や漫画などをたくさん読んだだろう。一度の検討の失敗でクヨクヨしていないで、ほらどんどんアイデアを出しなさい」
ベッカーは電子ボード上の念力と書かれた言葉の上に大きなバツ印を書いた後、「じゃあ、次は……」といいながら電子ボードに『透視』と書き込んだ。
「透視か……ところでベッカー君、今君は妙なことを考えているのではあるまいな」
そう言ってセルダンがからかうと、ベッカーは「べっ、別に妙なことなど……」というと、彼は慌てて『透視』という言葉の検索を始めた。
透視。Clairvoyance。物体を透過して中身を見る能力を指す。遠隔地にある光景を見る能力である『千里眼』を透視に含むケースもある。
「物体を透過させて中身を見る能力か……なかなか魅力的な能力ではあるが……」
「どうでしょう、使えますかね、こいつは?」
ベッカーがそう尋ねると、セルダンはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「そうだな……例えば、駐留している軍隊の規模や装備、あるいは侵攻計画などが記載されている重要書類を見ることができれば、一定の戦術的勝利を得ることができるかもしれないな。百戦してそれらのほとんどの戦いに敗北したとしても、もっとも重要な戦いの情報を盗み見ることで決定的な一勝を得ることができるとしたら、少なくない影響を及ぼすことは可能だろうな」
「だったらこいつはなかなか有望な能力と言っていいですね、博士!」
ベッカーはそう勢い込んでセルダンに話しかけたが、セルダンからはいい返事は返ってこなかった。
「残念ながら、これもだめだ……」
「なぜですか、セルダン博士!」
ベッカーは今度こそセルダンから色よい返事がもらえると期待していたが、それが全く期待外れだと聞かされて慌てた。
「実を言うと、この透視実験についても検証動画を見たんだ。なにやら三角や四角の図案が書かれた5枚のカードを裏返しにしたまま、1枚のカードの図案を当てるというものだったが……」
「……」
「まあ、結果はひどいものだったよ。そこでも自称能力者が5人ほど出ていたんだが、それぞれ10回ほどの実験を行った透視成功の平均値を取った場合、一番良い結果では10回中3回当たりの26.3%(理論値は20.1%)、最も悪いもので10回中1回も当たらなかった0%(理論値は10.7%)だ」
「でも、的中率26.3%というのは理論値が20.1%ということから考えると、あながち見るべきものがない、とまでは言い切れないような気もしますが……」とベッカー。
「いや、その最高値をたたき出した『能力者』も悪いときは18.3%まで成功率が下がったんだ。こんなに揺らぎがあるようじゃ、やはり使い物にはならんよ。それはともかくその実験を見て私はあきれ返ったんだ。その自称能力者たちにじゃない。透視能力を検証する科学者たちについてだ。もっともその『科学者』というのもどこまで本当か怪しいものだが……」
「1回も当たらなかった0%の最悪の的中率を出した能力者のことなんだが、その科学者はよりによってこんなことを言っていたんだ。でたらめに選んだとしても、
「話になりませんね。先ほどの僕と同じだ。予測と期待に差異があったときに、期待にすがろうとする悪しき一例です!」
「そうだな、ごくごく常識的に考えれば、5枚のカードの中から1枚のカードを当てる実験で、10回の試行で1回も当たらない理論値は10.7%
そういって、しばらく考え込むように黙り込んだセルダンの横顔をベッカーは見つめていたが、何も言わずそのまま彼が口を開くのを待った。
「ところでベッカー君。軍隊は侵攻計画などの極めて重要な書類をどこに保管するだろうか?」
「さあ? それは僕が知るはずも……でも、たぶん極めて厳しいセキュリティが施されている……」
そう言いかけてベッカーはハッとなり、目を見開いてセルダンの顔を見つめた。
「そう、恐らくその通りだろう。いくら百発百中の透視能力を持っている能力者がいたとしても、目の前に機密書類が入った箱が置いてあるならともかく、彼はその前に電子的なセキュリティを破らなきゃならない。私に言わせれば、透視能力を磨くよりハッキングの能力を磨くほうがよっぽど可能性があると思うがね」
そういってセルダンはやれやれといった感じで両腕を広げ、ベッカーを見つめた。ベッカーは大きなため息を一つついたあと、椅子から立ち上がって電子ボードに体を向けた。そして、ボード上に書かれている『透視』という言葉の上に大きなバツ印をつけた。
カオスが発散して心理歴史学的特異点に近づく危機を回避するために使用可能なヒトの能力の発見は遅々として進まず、そば机に置いてあるコーヒーはすっかり冷めきってしまっていた。