「───領域展開。」
そう陽葵が唱えた瞬間、コガラシ達と源五郎。そして、呪骸達や呪霊の周囲が結界に覆われ始める!!そんな変化に、コガラシ達は戸惑った声を上げる!!
「うぉあ!な、なんだこれ!?幽奈!宮崎にこゆずも!!離れんなよ!!」
「は、はい!」
「う、うん!こゆずちゃん、掴まって!!」
「わ、分かった!」
そして、そんなコガラシ達と同じ様に源五郎も驚愕の表情を浮かべながら声を震わせ始める!!そして、領域内に閃光が
「な、何だこの領域は!!」
そう目を閉じる源五郎とコガラシ達だったが、光が収まると全員が恐る恐る目を開け始める。すると、そんな彼等の目に飛び込んできたのは信じられない光景だった!!
「・・・浄天慈裁。」
そう領域名を言いながら佇む陽葵。そんな彼を含み全員の周囲には、雲一つ無い瑠璃色の青空に一切の波が立つ事の無い澄んだ水面と黄金の大地が広がっていた。そして水面には蓮の花が所々に咲き誇り・・・。
なにより目を引くもの・・・それは、陽葵の背後に佇む七宝という宝玉が飾られた巨大な建物に鎮座する、厳かな仏像であった!!
そんな結界内を一言で表すなら、西方極楽浄土の様な場所である。
「な、なんだよ・・・。この結界は・・・。」
「あっ!あれって、阿弥陀如来像じゃない!?」
「って事は、私達成仏しちゃったんですか!?」
そんなコガラシ達の疑問に答えるかのように、フッと静かに瞼を開けた陽葵が穏やかな声で説明する。
「此処はあの世じゃない。僕の生得領域・・・つまり心の中を、具現化した世界だよ。ようこそ・・・、僕の領域内に。」
領域展開・・・。それは、呪術師が生まれながらに保有する"生得術式"の最終段階であり呪術戦における極致である!!そして、領域展開の強みは領域に入った者に対して術式を必中させる事が可能な点であるからだ!!
「それが如何したというんだ!!領域展開の弱点は、結界の外殻が内殻よりも脆い事だろ!?今に、俺の仲間が助けにくる!!それに、領域が解ければしばらく術式は使用不可になるんだからな!!」
そう強がりを見せる源五郎だったが、そんな彼の言葉に陽葵はゆっくりと頭を振り始める。
「助けが来たとしても無駄だよ。僕の領域には、縛りを課してるからね・・・。領域内の、内殻の強度を低める代わりに外殻の強度を高めるっていう縛りがね!!」
「なっ・・・!!な、なら・・・内側から破壊するまで!!」
そう言いながら、領域の壁まで走ろうとした源五郎だったが・・・。そんな彼の足が動く事は無かった。何故なら彼には・・・いや、源五郎だけではない!!領域内に居る、陽葵を含む六人全員の両手両足に、水面から生えた光る蓮の茎が巻きつき動きを封じ込めたからだ!!
「み、美空君!?なにこれ!?」
「わっ!私にも巻きついて動けません!!」
「陽葵!な、何で俺達を縛るんだよ!?」
そう慌て始める彼等を落ち着かせるかのように、陽葵は自身の領域内における領域効果について説明を始める。
「これが、僕の領域・・・浄天慈裁の領域効果だよ。この領域内では、魂を持つ者は呪術師であろうが非術師であろうが、霊能力者に妖怪。呪霊や怨霊でも関係なく、動きを抑制されて一切の暴力行為が禁止されるんだ。もちろん、術者の僕も例外じゃない。でも、なんら問題はないんだよ。何故なら・・・、裁きを与えるのは僕じゃないからね。」
「は、はぁ!?」
「全ての裁量は・・・。
次の瞬間、阿弥陀如来像の腕が動き出すと源五郎はガードの姿勢を取ろうとするが、拘束されているせいで動けない!!
だが、しかし・・・。如来像の腕が振り下ろされる事は無かった。そんな如来像は、指から一滴の雫を水面に落とす。すると、波紋が広がり水面にある映像の様なものが浮かび始める。
それは・・・高専の服を着た、若かりし頃の源五郎だ。そんな彼は、高専の制服を身に纏いこれから始まる学生生活に期待で胸を膨らませていた。
次に、任務に励む源五郎の姿が映る。そんな彼は泣きじゃくっている非術師の子供をあやそうと、呪骸を呪力で動かし始める。そんな呪骸の動きに、泣いていた女の子も笑顔になる。
「なっ!・・・こ、これは。俺の・・・過去!?」
そう驚く源五郎の目には、次々と若かりし頃の映像が流れ始める。夜蛾に教えを乞い、ぬいぐるみ作りに励む姿・・・。術式の研鑽を繰り返し、ときに失敗しながらもめげずに挑戦し続けた日々。
そうして暫く、映像が流れていたが・・・。突然、水面が激しく揺れ動き始める。そこに映っていたのは、源五郎が呪詛師に堕ちたきっかけの事件だった。
「そっか・・・。これが、貴方の過去の全てだったんだね・・・。」
陽葵の言葉と同時に、阿弥陀如来像の掌が光り始める!!そして、その掌は明らかに源五郎と呪骸と呪霊の方を向いていた!!
「ひっ!や、やめてくれ!!」
しかし、そんな願いは通じる事無く源五郎の身体に一筋の光が落ちる!!そして、それと同時に陽葵の領域も解除されたのだった。
そして、領域から解放された六人は再び夜の公園に身を落とす。そして、源五郎の呪骸は全滅しており呪霊は消滅していた。そんな中、源五郎が急いで陽葵に突進し拳を振り上げてくる!
「くそぉぉ!!」
そう叫びながら陽葵に拳を上げる源五郎だったが、陽葵は彼を合気の要領で投げ飛ばす!!そうして投げ飛ばされた源五郎の拳に呪力は纏っていない・・・。いや、纏う事が出来なかったのだ!!
「な、なんで呪力が練れねぇんだ!!」
「さっきの光の柱があったでしょ?あれは阿弥陀如来像の力で、貴方から呪力を一時的に奪ったの。」
「そ、そんな・・・!クソッ!!殺るなら、一思いに殺せぇ!!」
「その前に聞かせて?貴方は、夜蛾さんを本当に恨んでるの?」
その言葉に、源五郎は黙り込む。そして、声を震わせながら独白をする。
「そんな訳・・・無いだろ!あの人は・・・、傀儡操術のイロハを俺に教えてくれた恩師だ!平気でっ・・・!裏切れた訳が無いだろ!」
「じゃあ、反省して謝りたいんだ?」
「出来るなら、やってるさ!けど・・・っ!許してくれるわけないだろう!」
「どうかな・・・?寧ろ、許して欲しがってるかもよ?」
そう言うと、陽葵は詠唱を唱え降ろしていた帳を解除する。すると、帳が開けた先に何者かが佇んでいた。
「ですよね。・・・夜蛾さん。」
その陽葵の言葉に、源五郎は顔を上げる事になる。そんな彼の目の前には、刈上げ頭にアゴヒゲを蓄えてサングラスを掛けた強面の男性が立っていた。
「陽葵・・・。よくやってくれたな。」
「はい。では、僕は下がっていますね。あとは御二人で・・・。」
そう言うと、陽葵は回れ右をするとコガラシ達の元へと駆け寄る。そして、そんな彼をコガラシ達は全員で抱きしめたのだ!!
「陽葵!すげぇよ御前、あんな術を出せるなんて!!」
「物凄く、綺麗な場所でした!気を抜いた瞬間、成仏しそうな場所でしたけど・・・。」
「キラキラしてて、綺麗だったよ!!」
そう目をキラキラさせるこゆずの隣で、千紗希も興奮した様に頷いていた。通常は非術師に呪骸は兎も角として領域展開などは見えない筈だが、どうやら呪骸と呪霊が迫って来たときに感じた恐怖から、大量の呪力を放出した所為で領域内の風景が見えてしまっていた様だ。
「物凄く綺麗だったよ!美空君!!あれが、呪術ってヤツなんだね!」
そんな彼等の誉め言葉に、陽葵が頬を桃色に染めていると突然夜蛾が居る所から大声が響いた!!
そんな大声に驚いた五人が声のする方向を振り向くと、ちょうど夜蛾が源五郎の頭上に拳骨を振り下ろしていた!!
「ガッデム!!この馬鹿もんが!!」
「い、痛い!!痛いです、先生!!」
「痛くしたのだから当たり前だろう!!御前という御前は・・・!!無断で退学するだけならいざ知らず、呪詛師に堕ちて非術師に迷惑を掛けるとは!!それも、高専関係者を誘き出す餌にするなど、もっての他だ!!」
そんな夜蛾から放たれる言葉は、時間帯も考慮してか普段の大声よりだいぶ小さい。そんな説教が響く公園内に居る五人は、段々目の前でビクつく源五郎が憐れに思えてきた。
「な、なぁ・・・。一回、止めた方が良いんじゃねぇか?」
「だ、だね・・・。夜蛾さん、その辺で・・・。」
そう言いながら、オズオズと説教を止めるように言おうとした陽葵。しかし次の瞬間、夜蛾が源五郎を抱きしめたのだ!!
「御前が居なく成ってからっ・・・!どれだけっ・・・!心配したと思ってるんだっ・・・!!」
そうくぐもった声を出しながらも、夜蛾の頬に一滴の涙が零れ落ちる。そんな彼の言葉に、源五郎も涙を流し始めた。
「・・・っ!す、すみませんっ!すみませんでした・・・っ!!」
「俺の方こそ・・・っ!!御前を、追い詰めてしまった・・・っ!すまない・・・!すまなかった!」
そうして数分後、一時的に呪力を没収されてるとはいえ呪詛師認定を受けている源五郎は専用の呪符で後ろ手に拘束され、伊地知の車に連行しようとされていた。そして、夜蛾はそんな彼の背中を支えながら、陽葵はもちろんコガラシや幽奈にも礼を言う。
「陽葵。今日は、本当によくやってくれた。それから、霊能力者の君と・・・。そこの霊体の君にも礼を言っておこう・・・。本当に助かった。」
「はい。労いの御言葉、感謝いたします。」
しかし、感謝を受け取る陽葵とは違いコガラシと幽奈は全力で手を振って否定の意を示す。
「あ、頭を上げてください!!俺がぶん殴ったのは、妖怪であって傀儡とか呪霊とかじゃないですから!!」
「そ、そうですよ!私なんか、陽葵さんの御役に全然立てませんでしたから!!」
そう謙遜する彼等に苦笑いをすると、続いてこゆずの方にも目を向ける。
「さて、この子の処遇に関してだか。」
「・・・っ!」
その言葉に身を縮めて、ギュッと目を瞑り陽葵にしがみ付くこゆず。しかし、彼女は弁明などするつもりは無かった。自分が呪詛師の甘言に乗ってしまったせいで、ここまでの騒動になってしまった自覚があるからだ。
しかし、ここで慌てて陽葵がフォローを入れる。
「夜蛾さん。こゆずちゃんの件ですが、ここはコガラシ君に一任するのは如何でしょう?」
「・・・その心は?」
「今回の一件は、呪術規定に当てはめれば第九条に抵触いたします。しかし、彼女は呪力ではなく霊力で傀儡操術の真似事をしておりました。」
「つまり・・・。呪力ではなく霊力で動かしたから、規定に抵触はしていないと。」
「はい。それを、我々の裁量で裁くのは如何なものかと・・・。それに、結果的に被害に繋がったとはいえ、彼女は人間社会に紛れ込みたいという純粋な思いから、今回の事件を引き起こしました。それに、見たところ思考は幼く責任能力も無い。故に、情状酌量の余地は有り得ます。それに・・・。」
そう言うと、陽葵はコガラシの方を見ながら話を締めくくる。
「餅は餅屋に任せた方が、宜しいかと。」
そう言いながら、悪戯が成功した子供の様にペロリと舌を出す陽葵。そんな彼の後ろで、こゆずはパアッと笑う。
そんなこゆずを見た夜蛾は、一瞬だけ頬を緩める。しかし、改めて真剣な顔に成った彼は千紗希に目を向ける。
「分かった。総監部には、そう伝えよう。・・・さて、宮崎と言ったかな?」
そう質問してくる大柄な夜蛾の雰囲気に、少しだけ委縮しながらもなんとか千紗希は返事を返す。
「は、はい!!」
「美空から話は聞いていると思うが、我々呪術師の存在は非術師に対して基本的には秘匿されている。故に、今回の件は口外しないでいてくれると助かるのだが・・・。」
「わ、分かりました・・・。あの、その代わりと言っては何ですが・・・。一つ教えていただきたい事があって・・・。あの、源五郎っていう人はどうなるんですか?」
その質問に夜蛾はしばらく思案をすると、眉間の皺を揉みながら絞り出すように見解を話し始める。
「・・・呪詛師になった以上、何かしらの制裁は受けるだろう。ただし、人を殺めていないのであれば、拘禁程度に収まるだろう・・・。厳罰を望むか?」
「い、いえ!!その・・・、あまり酷いようにはしないであげて欲しくって・・・。」
「源五郎は、我々を誘き出す為とはいえ君に危害を加えたのだぞ?それを、許すと言うのか?」
その質問にどう伝えるべきか悩んでいるようだったが、千紗希は自分の考えを正直に夜蛾に話し始める。
「その・・・。あの人の過去を、陽葵君の結界?・・・の中で拝見しました。そして、大事にしていたぬいぐるみを傷つけられている様子を見ました。それを見たら、どれだけあの人がぬいぐるみに愛着を持っているのかが分かって・・・。」
そんな千紗希の告白に、夜蛾は黙って耳を傾け続ける。そんな夜蛾に、千紗希は自分の思いを最後まで伝える。
「私もぬいぐるみが大好きだから、あの人が悪の道に走った気持ちが少しだけ分かるんです。もちろん、怖い目に遭った事は許せないけど・・・。だから、あまり厳しい罰は与えないでください・・・!」
そうガバッと、物凄い勢いで頭を下げる千紗希。そうして頭を下げ続けた千紗希を見た夜蛾は、大きく溜息を吐く。
「・・・分かった。被害に遭った君がそう言うなら、その意見を総監部に進言しよう・・・。では、これにて失礼する。陽葵、御前はこのまま総監部まで来てもらうぞ。」
「え?どうしてですか?」
「今回の一件を、総監部に報告せねばならんだろう。・・・行きたくないのか?」
「はい・・・。だって僕、保守派的な思考じゃないし特級だから、物凄い嫌われてるんですよ?はぁ・・・嫌だ・・・。絶対に、チクチクネチネチ嫌味を言われる・・・。」
そう言いながら頭を抱える陽葵だったが、今回の件を事細かに説明できるのは自分しかいない事を再認識すると、クルリとコガラシ達へと向き直る。
「それじゃあ、コガラシ君と幽奈さんはこゆずちゃんを連れて帰ってて・・・。それから、多分今日は晩御飯食べれないから、それだけ仲居さんに伝えてて・・・。」
「お、おぅ!!」
そう返事をするコガラシに、陽葵は珍しくハイライトの無い死んだ魚の様な目を向けながら千紗希にも別れを告げる。
「宮崎さんも、また明日ね・・・。」
「う、うん・・・。その、気を付けてね?今日はありがとう!あ、あと羽織りは明日、洗って返すから!」
「うん・・・。」
それだけ言うと、陽葵と夜蛾は車に乗り込む。そして夜蛾が助手席に座ると、陽葵と源五郎は後部座席に座る。
「では、出発いたします。」
運転席にいる伊地知がそう言うと、車はエンジン音を鳴らしながら夜道を走り高専へと向かう。
そうして市街地を抜け高速道路に入る中、ボンヤリと車窓から外の景色を眺めていた陽葵は、とある事が気になり源五郎に質問をする。
「ねぇねぇ、源五郎先輩。」
「な、なんだ?あ、あと・・・先輩は付けなくて良い。」
「じゃあ、源五郎さんって呼ぶね。ねぇ、源五郎さんの術式って傀儡操術なんだよね。」
「そ、そうだが?」
「じゃあさ・・・。どうやって、あのとき呪霊を召喚できたの?」
そう、陽葵が気になったのは傀儡操術使いである源五郎が、何故呪霊を顕現させていたのか・・・。それがどうも、頭に引っかかっていたのだ。
そして、源五郎は少し躊躇しながらポツリポツリと話し始める。
「それは、さっき言っただろ・・・?"あの方"に貰ったんだよ。」
「だから、その"あの方"って?」
「・・・御前、わざと
その言葉に助手席の夜蛾がピクリと反応し、陽葵は首を傾げつつ考え込んでいたが・・・。ある人物を思い出す。幼い頃に高専生時代の五条に無理矢理、高専に連れてこられた際に遊び相手に成ってくれた人の事を・・・。
生意気だった頃の五条に泣かされ、シクシク泣いていた陽葵を抱きしめて背中を擦ってあやしてくれた御兄さん・・・。
『良いかい陽葵?この世のあるべき姿は強きを挫き、弱きを助ける"弱者生存"だ。呪術は、非術師を護る為にあるんだよ。』
ある日の事、高専の自販機の有る共有スペースでバニラアイスを舐めていた陽葵を膝に乗せながら、優しい声色で話し掛けてくれた御兄さん。
けれども、幼い陽葵はそんな難しい言葉を理解出来ておらず、キョトンと首を傾げるばかりだ。
そんな陽葵を見た御兄さんは、苦笑いをしながら陽葵の頭を優しく撫でてくれた。
『つまり、困ってる人が居たら助ける事が大事なんだ。良いね?』
『うん!!』
そうニパーッと笑う陽葵を、御兄さんは優しく見守ってくれていた。陽葵もそんな幸せが毎日続くと、信じて疑わなかった。
けれども、とある年のある暑い夏の日・・・。御兄さんは、高専から居なく成ってしまった。
陽葵は一生懸命、御兄さんを
けれども、幼い陽葵に待ち受けていたのは信じられない事実だった。陽葵が、大好きな御兄さんを捜している事を知った高専時代の五条がこう告げてきたのだ。
『・・・あいつはもう居ない。百人以上の非術師を、呪力で殺して逃亡中だ。自分の父親と母親も殺したらしい・・・。わりぃけど、俺もこんがらがってんだ・・・。今は、何も聞かないでくれ・・・。』
そう言いながら、寮の自室へと吸い込まれるようにして入っていく五条。そんな彼から放たれた言葉に、陽葵は呆然自失としていた。そして、気が付くと美空家の寝室で寝かされていた。
どうやら、あまりのショックで廊下で気を失って倒れていた陽葵を、当時在籍していた高専の補助監督が、美空家まで運んだらしいのだ。
そして、寝室の中で暫く呆然としていた陽葵は枕に顔を埋めて泣きじゃくった。あの大好きな御兄さんは、もう居ないのだと・・・。どれだけ追いかけても、もう手の届かない所までバイバイしちゃったんだと・・・。
しかし、そう嘆き悲しむ彼の中には一つの言葉が残っていた。それは、『困ってる人が居たら助ける事が大事なんだ。』という御兄さんの言葉だった・・・。そんな言葉を胸に、陽葵は今日に至るまで戦い続けているのだ。
そんな過去の記憶を思い出した陽葵は、窓の外へと目を遣るとポツリと呟く。
「夜蛾さん、僕・・・戦いたく無いです・・・。御兄さん・・・ううん、夏油さんと。」
「そうだな・・・。」
そんな彼等の目の先には、相も変わらず彼等の沈んだ気分とは対照的にライトアップされた夜景が輝くだけであった・・・。
そして、場所は変わりとある宗教団体の教祖室・・・。そこには、緩いウェーブがかかったロングの薄い茶髪に、紫色のスリムドレスが特徴の女性が、袈裟を着た男性に話し掛けていた。
「夏油様、鰐淵源五郎が帰って来ません。恐らくは呪霊に殺されたか、高専の呪術師に呪殺。もしくは、捕縛されたかのいずれかでしょう。」
「そうか・・・。一応、彼には一級呪霊を持たせていたんだがね。彼も、大事な家族だったというのに・・・。残念だよ・・・。」
そう言いながらも、夏油と呼ばれた男はシャコシャコと音を鳴らしながらスライド式の携帯を弄っている。携帯の画面に映っていたのは、笑顔を浮かべた高専時代の夏油と五条に家入の同期三人組。そして、そんな三人に囲まれて頬を突かれながら、キョトンとしている陽葵の写真だった。
「夏油様、その御写真は・・・?」
「あぁ、すまないね。少し、昔を思い出していただけだよ。ちょっと、一人にしてくれる?真奈美さん。」
「承知いたしました。では、失礼いたします。」
そうして、真奈美と呼ばれた女性が完全にドアの前から居なく成った事を確認した夏油は、教祖室の椅子から立ち上がると、窓際に向かう。
そして窓から見える、綺麗な月が浮かぶ夜空を見上げながら物思いに耽る。
「やはり、私もまだまだ未熟だね。こんな写真を、未練たらたらと眺めているなんて・・・。」
そう言いながら夏油が開いた写真に写っていたのは、ニパーッと無邪気な笑顔を浮かべつつバニラアイスで口周りを真っ白にした幼い陽葵の写真だった。
「陰陽操術・・・。全ての物質の根幹原理を操る、無下限に並ぶほどの術式・・・。陽葵が今も元気に成長していれば、将来的に悟に並ぶ・・・。いや、悟を超える厄介な敵になるだろうね・・・。」
そう言いながらも、夏油の顔には敵意の様なものは浮かんでいない。寧ろ、申し訳なさそうな笑みを浮かべている。
「陽葵・・・君は、私を怨んでいるかな?君に弱者生存を押し付けた私が、非術師に仇なす呪詛師の道を進んでしまうなんて笑えるだろう?そんな私の罪を、君に
そう独り言ちる夏油だったが、そんな彼の疑問の声は静かに闇に溶けるだけであった。
一応時間軸としては虎杖が入学する三年前なので、夏油による百鬼夜行はまだ起きてません。
◆領域展開
領域名:浄天慈裁
領域展開時の手印は、最高位の仏の位・・・"如来"の一尊である"阿弥陀如来印"
真言密教入門の3番
領域の特徴は、結界の内殻強度を低める代わりに外殻強度が底上げされている。なにより最大の特徴は、術者と敵対者共に会話以外の行動や暴力行為の禁止。
領域内の風景としては、阿弥陀如来が居るとされる西方極楽浄土を模したもの。
瑠璃色の空を映す、鏡のように静かで波立たない七宝池と黄金の地面。そこに浮かぶのは、数輪の蓮華。
無音の空間だが、空間全体が圧倒的な“見られている”感覚に満ちている。
術者の背後には、七宝で作られた建物に鎮座する巨大な阿弥陀如来像が静かに立つ。
領域内に入った敵対者は、七宝池の水面に己の過去や現在に起こした行動を映し出される。
そんな映像内で犯した量刑により、制裁内容は三段階に分けられる
①反省をして人を殺めていないのであれば、陽による浄化の光柱による呪力と妖力の一時没収のみ。ダメージは無し。
②反省はしているが人を殺めた。もしくは、人を殺めていないが反省していないのであれば陰の闇柱が必中。天罰により、領域の崩壊と共にダメージと呪力や妖力の一時没収。
③人を殺め反省もしていないのであれば、水面が闇に染まり、敵対者は底無しの沼に沈む。その結果として輪廻から外れ外道に堕ち、永遠に転生不可となる。領域解除後も、死体は上がらない。
なお②の場合は阿弥陀如来像の片目から落涙し、③の場合は両目から落涙する。
総じて原作キャラである、日車寛見の領域「誅伏賜死」の領域と酷似しているともいえる。
相違点は誅伏賜死は人の法で裁くのに対し、浄天慈裁は仏の裁量で裁かれる