夜の帳が下りて、町全体を優し気な満月が照らし続けている中・・・。地上では、男の悲鳴が響き渡っていた!!何故なら、突如現れた頭部のみの化け物。それも、口しか存在していない妖怪が男の髪を食い荒らしていたからだ!!
恐らく被害に遭っている男性は、非術師であろう。しかし、そんな存在にも見えているという事は、化生の正体は呪霊ではなく妖怪なのであろう。
「ぐわぁぁ!!わ・・・ワシの!ワシの髪がぁぁ!!」
「髪・・・モット、食ワセロ・・・。髪・・・ウマ・・・。髪ィィィ!!」
そう嘆き悲しむ男に更に絶望を与えるかの如く、妖怪はよだれを垂らしながら襲い掛かって来る!!
しかし、そんな混沌とした現場の中で凛とした声を発する者が居た。
「雨野流誅魔忍術奥義、小夜時雨!!」
そんな声と共に、上空から無数の苦無が降り注ぎ妖怪の身体を貫いてしまう。そして、件の妖怪は輪郭を崩すと呆気なく消滅してしまった。
そんな妖怪を見下ろす影が、ビルの上に存在した・・・。その影の正体とは、ゆらぎ荘に住む住人の一人である雨野狭霧だ。陽葵が初めてゆらぎ荘に来た際に、コガラシに苦無を投げ付けていた女性である。
そんな彼女は消えゆく妖怪を見つめていると、耳に手を当て無線の様な物で話し始める。
「髪食いは片づけたぞ。」
そんな彼女の耳に、関西弁訛りの陽気な雰囲気を放つ少女の声が聞こえてくる。
「いやいや!流石は狭霧や!!仕事が早いで~。ほんなら早速、次の仕事なんやけど・・・。最近、狭霧んとこに霊能力少年と呪術師少年が来たって言うてたやん?」
「冬空コガラシと、美空陽葵がどうかしたのか・・・!?」
「ちょっと、その二人に御手伝いして貰いたいねん。というか、メインは呪術師少年の方やな。」
「美空陽葵の?何故だ?」
「ちょーっと、話が
そうして陽気な声で事情を話し始める、関西訛りの少女。そんな彼女の説明を聞いた狭霧は、驚いた顔をしながら大声を出してしまう!!
「ちょっと待て!!今、何と言った!?美空陽葵の祖先が・・・、あの怨霊だと!?」
「なんや、初耳やったんかいな?五条家言うたら、日本三大怨霊の一人。菅原道真の血ぃ引いてる、呪術界の大御所中の大御所の家柄やで。そんな大御所に、いっちゃん近い血筋が美空家っちゅーんは常識オブ常識や。」
「馬鹿な!!菅原道真など、国家転覆クラスの怨霊なんだぞ!!その血を、あの男が・・・!?」
そう考える狭霧の脳内に浮かぶのは、冬空コガラシに続くようにゆらぎ荘に入居した陽葵の顔だった。
(あの覇気の欠片も無い、軟弱そうな男が!?だが・・・。)
そう考えながら思い出したのは、初めて会ったとき・・・陽葵に苦無を投げ付けたときの光景だった。あの、平和主義が服を着て歩いているような存在・・・。
狭霧の見立てでは冬空コガラシ同様に、陽葵に苦無を投げて牽制して釘を刺すつもりでいた・・・。しかし、その目論見は見事に外れた。
あの自らよりも体躯が小さく、戦闘経験も碌になさそうな少年は至近距離で放たれた苦無を二指で挟んで受け止めたのだ!!
(呪術師という存在は、おばば様から聞いてはいた・・・。だが、実際に聞くのと見るのとでは・・・。)
そう難しい顔をしながら考える狭霧を知ってか知らずか、無線の先で陽気な声を出す少女はテンションをぶち上げたまま話し続ける。
「しかも陰陽操術っちゅー、とんでもない術式も使うらしいで!!攻撃に防御に治癒に、肉体活性能力!!なんでもござれ!!この世の理を司る、陰陽を操るチーターやチーター!!」
「話は分かったから、少し落ち着いてくれ・・・。それで何故、美空陽葵の力が必要になるんだ?」
「それなんやけどな・・・。」
そう言いながら説明を始める、関西訛りの少女の声に狭霧は眉を顰めながらも大きな溜息を吐いたのだった・・・。
そして、同時刻・・・。補助監督と窓の指示のもと、呪霊が発生したという取り壊し予定地のビルで大掃討をしていた陽葵。
「陰陽操術、天照浄砲・・・。」
そう陽葵が唱えると、光を圧縮させた陽光が放たれ呪霊ごと建物を粉砕していってしまう。
「伊地知さん!!帳を張ってるとはいえ本当に、建物ごと壊しちゃっていいんですか!?」
「問題ありません!寧ろ窓であるビルのオーナーからは、解体費用を節約したいから全壊してくれと、予め許可をいただいてますので!!」
「分かりました!!それじゃあ、引き続き祓っていきますね!!」
そうして数分後・・・。帳内には、崩落したビルと所々に広がる呪力の残影のみが残されていた。
「御疲れ様です、美空君・・・。」
「有り難う御座います、伊地知さんも御怪我は有りませんでしたか?」
「いえいえ、問題はありませんよ。では、私はこのまま高専に向かいます。ゆらぎ荘まで、送迎いたしますね。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言うと、陽葵は伊地知の運転する車に乗ってゆらぎ荘まで戻る事にする。そんな彼のスマホに、一通の電話が掛かって来る。
「もしもし、五条さん?」
「いやっほー!!陽葵ー!御疲れサマンサー!!今日の任務はどうだった?」
「滞りなく終える事が出来ました。御心配を御掛けし、大変申し訳ありませんでした。」
「そっかそっか!!相変わらず強いねー!流石は、この五条悟の親戚だね!!」
そう言いながら、五条の一方的な会話に相槌を打ちながら夜の都会の景色を眺める陽葵。そんな彼のもとに、五条からとある言葉が掛けられた。
「そういえばさ、陽葵って誅魔忍って知ってる?」
「誅魔忍・・・ですか?そういえば・・・この前、総監部の方々が言っていたような・・・。」
「まぁ詳しく言うなら、呪霊じゃなくて妖怪退治の霊能力者忍者って感じかな?」
「えっと・・・。つまり・・・?」
「陽葵がこの前僕に話してた、冬空コガラシっていう霊能力者がいるでしょ?あれの、くノ一バージョンみたいなもんだよ。」
その言葉に、陽葵の頭の中で誅魔忍のイメージが形成されていくのだが・・・。そんなイメージ像はというと、幼い頃に呪術界御三家当主の一人、禪院家当主である禪院直毘人と一緒に見た、某日本放送協会が放送する忍者のタマゴが主人公の某アニメに出てくるピンクの制服を着た女の子達のイメージだった。
「うーん・・・?」
「あれ?あんまり、くノ一のイメージ湧いてない?」
「なんというか・・・。グルグル模様の、ピンクの制服を着てる感じの?」
「そのくノ一は、某日本放送協会が作った某アニメの方だね。あーっと、まぁいいや。実際に会った方が早いだろうからね。」
そんな五条の言葉に、首を傾げる陽葵。そんな彼の空気を読み取ったのか、五条が追加で説明を続ける。
「実はさっき話した誅魔忍なんだけど・・・。実は僕、雨野時雨さんっていう誅魔忍関係者の人と知り合いなんだよね。」
「そうなんですか!?も、もしかして五条さんの元恋人とか?」
「んな訳無いでしょ!!たまに雨野家の人が、五条家に嫁入りする事はあるけど!時雨さんは、とっくに六十は超えてるし!!・・・あー。話を続けるけど、実は時雨さんから御願いを頼まれたんだよね。」
「御願い・・・。ですか?」
「そそ!!実は、時雨さんの孫娘さんが陽葵の通ってる高校に居るらしいんだよ。そんで、その子と一緒に陽葵に任務をして欲しいって!!なんでも、妖怪と呪霊のダブルパンチ被害が広まってるらしいんだよね~。」
その言葉に陽葵は少しだけ考え込んでいたのだが、とあることを思い出す・・・。そういえば、ゆらぎ荘に雨野という姓の女の子が居た事を。
「・・・分かりましたけど。期待はしないでくださいね?僕・・・多分だけど、その子に嫌われてそうですし・・・。」
「え!?なんで!?もしかして、寝込みを襲ったとか!?」
「そんな訳無いじゃないですか!!もぅ!切りますね!!」
そんな五条の歯に衣着せない不純な話題に顔を真っ赤に染めた陽葵は、スマホの通話終了ボタンをタップすると顔を掌で覆ってしまう。
そんな陽葵に運転座席に居た伊地知は、信号待ちの最中に胃薬をそっと手渡したのだった・・・。
そして、そんな次の日・・・。湯煙高校でコガラシと優菜と歩いていた陽葵は、噂をすればなんとやら・・・。昨晩の電話の話題に出ていた、雨野狭霧を発見する。
「あ・・・、雨野さん・・・。」
「お、本当だ。なんで、狭霧が此処に・・・!?」
そう呆然とするコガラシに、心此処に在らずといった雰囲気の陽葵。そんな彼等に、優菜は微笑みながら説明をする。
「え・・・?コガラシさん達と、同級生じゃないですか!!」
「初耳なんだが!?」
そんな彼等のもとに、一人の男子生徒がヒョコっと現れる。そんな彼の名前は、兵藤聡。陽葵とコガラシの、クラスメイトである。
「雨野狭霧かー!たしかに、すげー美人だがアイツはやめといた方が良いぞ~。」
「兵藤君?雨野さんについて、何か知ってるの?」
「あー、高校から編入した御前らは知らねぇか。雨野は中二のときに、ウチの中学に転入してきたからな!!当時はそりゃあ、話題になったもんだ!!眉目秀麗!文武両道!成績優秀な、完璧超人が来たってな!!」
「わぁぁ!!雨野さんって、物凄い人なんだね!!」
「完璧・・・?」
そんな兵藤の言葉に、狭霧に苦無を投げ付けられたとはいえ実害は受けていない陽葵はキラキラ目を輝かせるが、苦無を投げ付けられ何度かブッ刺された事のあるコガラシは怪訝そうな声を上げる。しかし、次の兵藤の言葉に両者は真反対の反応を示す事になる。
「でもすぐに腕っぷしの強さと男嫌いな性格で、男子からは恐れられる存在になった・・・。」
「あ~、はいはい。」
「・・・?腕っぷしの強さと、男嫌いなだけで恐れられるの?」
そう疑問符を浮かべる陽葵に、目をクワッと開いた兵藤は彼の滑らかな肩を掴むと大声で叫ぶ!!
「恐れられるに決まってんだろ!!なんてったって、中二の春に雨野に言い寄ってきた空手部の先輩が居たんだが、肩に触った瞬間ぶん投げられたんだぜ!!そりゃあ、恐れられるだろ!!」
「ん~、気持ちは分かるけど・・・。自分より強いっていう理由だけで、離れるのも良くないと思うな・・・。それだけの理由で話し掛けないって、なんだかとっても寂しい事だと思うよ・・・?」
そう言いながら、少しだけ寂しそうな顔をする陽葵。そんな彼に補足するかのように、幽奈がコガラシと陽葵に説明をする。
「狭霧さんは、幼稚園の頃からずっと女子校育ちだったらしいんです。それで、男の子に慣れてないそうでして・・・。」
「なんだ?アイツ、御嬢様か何かなのか?」
そう疑問符を浮かべるコガラシに対して、非術師である兵藤に聞こえないように陽葵は耳打ちをする。
「御嬢様かどうかは分からないけど・・・。昨日、僕の親戚の五条さん・・・。呪術界の御三家の一角である、五条家の当主の人が言ってたんだけど、五条家にはよく雨野家の人達が嫁入りに来るんだって・・・。五条家自体、呪術全盛の平安時代から続く由緒正しき御家柄だし・・・。それに釣り合う程の、名家なんじゃないのかな・・・?」
「なるほどなぁ・・・。ってか・・・ブラックカードの時点で薄々勘付いてたけど、御前も御前で御坊ちゃまだよな・・・」
そう三人が話し合っていると、そんな彼等のもとに狭霧がやって来る。そんな彼女は、コガラシと陽葵の方を交互に見ると話し掛けてきた。
「美空陽葵!冬空コガラシ!!・・・ちょっといいか?・・・話がある。」
「話・・・?」
「僕達に・・・?あ、もしかして・・・。」
その言葉に、陽葵は昨日五条から掛かってきた電話の内容を思い出す。そういえば、妖怪と呪霊の混合的な被害が広まっていると。
「コガラシ君。取り敢えず、雨野さんに付いていこう。」
「お、おう?」
そう言い合いながら、トコトコと階段を上り屋上までやって来た陽葵とコガラシ。そして屋上に辿り着いた陽葵は、サラッと自然に屋上に居た二級呪霊を祓うと狭霧に質問をする。
「それで、御話しって何?」
「・・・・・・実・・・は・・・。」
「・・・?なんなんだよ?」
そう言いながら、未だに真意を測れずにいるコガラシに口籠り続ける狭霧。そんな沈黙に耐えかねたのか、陽葵は狭霧に鎌を掛ける。
「もしかして・・・、呪霊と妖怪の混合被害について?」
「なっ!貴様、何故それを!?」
「あ、えっと・・・。昨日、任務帰りに共有されて・・・。」
そう申し訳なさそうに説明する陽葵に、狭霧は顔を赤らめながら声を絞り出すようにして話し始める。
「くっ・・・!!その通りだ!!今回貴様等・・・!主に美空陽葵を呼んだのは、他でもない呪霊と妖怪による混合被害についてだ!!」
「呪霊と妖怪の、混合被害?なんだそりゃ?」
そう首を傾げるコガラシに、陽葵もまだ確証を得られていないながらも彼に説明を始める。
「多分だけど、今回の任務は呪霊と妖怪の二体が共謀してる可能性が高いって感じじゃないかな?それで、誅魔忍さんや霊能力者さんは妖怪は倒せるけど呪霊は倒せない。それと同じ様に、呪術師は呪霊は祓徐できるけど仮想怨霊じゃない純粋な妖怪には対処できない。」
「なるほどな。だからこそ、陽葵の力も必要なのか。」
「うん。多分・・・流れとしては、先に妖怪による被害が続出。その被害に対する、恐れの感情が現場に呪霊を生み出した。けれども、誅魔忍さんや呪術師が気付いた時には妖怪と呪霊は融合して、呪術師と霊能力者さんの両方が揃わないと対処できない程の事態になってしまった・・・。こんな感じかな?」
その言葉に、二人に赤面した顔を向けていた狭霧は歯を食いしばりながら、まるで屈辱を我慢するかのように話し始める。
「そうだっ・・・!これは私の本意ではない!!だが、他に適任者がいないのもまた事実・・・!!幽奈から聞いた限りでは、貴様も多少は腕が立つようだからな・・・!!」
そう言うと、狭霧は陽葵の方を振り向くと彼にビシッと指を突きつける!!
「美空陽葵!!
そう言いながら、バーンッと効果音が付きそうな決死の想いで頼み込む狭霧だったが・・・。
「全然オッケーだよ!!」
日本三大怨霊の一人である菅原道真の子孫・・・。その中でも最もその血を色濃く受け継ぐ現代の異能は、サムズアップしながらあっさりとその依頼を引き受けたのだった。