ゆらぎ荘の呪術師君   作:雨を呼ぶてるてる坊主

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小さき呪術師は、妖御宿に宿泊する

綺麗な真ん丸満月が、夜の帳を優しく照らす中・・・。一人の少年が、とある民家の屋根の上でのんびりと座っていた。そんな彼は、ボンヤリとした表情で屋根の上から辺り一帯を見渡し始める。

 

 

「んー・・・。ここら辺から、少し歩いた所に滞在先の御宿が有るって噂を聞いたんだけど・・・。どっちに行ったら良いんだろ・・・。」

 

 

そう呟きながらスマホの地図アプリを凝視する、身長150cm程の少年の名前は、美空陽葵・・・。薄茶色の髪に黄緑色の瞳をした、御歳十五歳の少年である。

 

 

しかし、そんな彼には普通の人間には無い稀有な能力が隠されていた。

 

 

「あ・・・!あそこに、四級呪霊発見!・・・一応、祓っておいた方が良いよね?」

 

 

そう言うと、彼は屋根から夜道へと何の音も立てずに降り立つ。そんな彼の目には、一人のサラリーマンが足取り重く歩いているのが見えた。

 

 

しかし、異様なのはそのサラリーマンの肩だ。足取り重く歩いている彼の肩には、なんと饅頭の様な見た目をした得体の知れない生物が、取り憑いていたのだ。

 

 

しかし陽葵は、そんな異様な光景に眉一つ動かすことなくサラリーマンに近づき始める。そして、すれ違いざまに小さな声で何かを唱え始める。

 

 

「陰陽操術、陽光掌・・・。」

 

 

そう小さく唱えながら、目にも止まらぬ速さで男性の肩に目掛けて腕を払うと、饅頭の様な生物・・・。人の負の感情から生まれる生物である"呪霊"は跡形も無く黒墨になって消滅してしまう。

 

 

「あ、あれ・・・?なんだか、さっきまで重たかった肩が・・・。」

 

 

そう不思議そうな顔をしながら首を傾げるサラリーマンを尻目に、陽葵はトコトコととある方向目掛けて歩き続ける。そんな彼の掌は、淡く光り輝いていたがその様子をサラリーマンが目にする事は出来なかった。

 

 

何故なら、彼が今使ったのは呪いを払う為に行使される呪術である。そして、そんな呪術は呪術を扱う事の出来ない一般人・・・非術師には視認する事が出来ない特殊能力なのである。

 

 

そんな呪術を使用する呪術師、美空陽葵は呪霊から人を救った事を誇ることなくトコトコ歩き続ける。そして、そんな彼の目線の遥か遠くの先に、大きな山が(そび)え立っていた。そして、そんな山の天辺付近に僅かに明かりが見え隠れしている。

 

 

そして、そんな明かりを見据えた彼はポツリと独り言を呟き始める。

 

 

「あそこが、僕の滞在場所のゆらぎ荘・・・。宿泊代は、五条さんが全額出してくれるって話だけど・・・。本当に、大丈夫かな・・・?」

 

 

そう呟く彼の脳裏に、つい数日前の風景が思い浮かんできたのだった・・・。

 

 

数日前、陽葵はとある人物に呼び出されていた。その人物の名は五条悟といい、呪術界最強と呼ばれ生まれた瞬間に世界のパワーバランスを崩壊させたと言わしめるほどの、まさに天上天下唯我独尊の男であり、陽葵の親戚でもある。

 

 

そして、そんな彼に呼び出された陽葵は彼が勤めている呪術高専という名の教育機関まで赴き、職員室にいる彼のもとへ訪れたのだ。

 

 

『五条さん、失礼いたします。』

 

 

『あ、陽葵~。よく来てくれたね、御疲れサマンサ~。』

 

 

『五条さん!御疲れ様です!それにしても、今日はどうしたんですか?五条さんが、僕に召集を掛けるなんて珍しいですね。』

 

 

『え~そう?ま、今日陽葵を呼んだのにはちょっとした理由があるからなんだよね~。』

 

 

『理由・・・。ですか?』

 

 

そう首を傾げる陽葵に向かって、五条は意味深な表情を浮かべると、職員室の机を指でトントン叩きながらあっけらかんと宣言する。

 

 

『陽葵~。この前に僕さ、今年の四月から君の事を高専に入れてあげるって言ったよね?』

 

 

『はい!そう伺っております!』

 

 

『その件についてなんだけどさ、白紙にしても良い?』

 

 

そう悪びれる事も無く、入学取り消しというとんでもないことを宣言する五条に陽葵はしばらくの間フリーズすると慌てて声を上げ始める。

 

 

『は・・・白紙って、どういう事ですか!?高専には、行けないんですか!?じゃあ・・・、学生生活を送る事の無いまま社会に出ないといけないんですか!?僕、中学校はおろか小学校にすら行ったことがないんですよ!?』

 

 

『あー!待って待って、誤解してるって!一回落ち着いてよ!!えーっとね、実は上層部の腐ったミカン共から君に潜入任務を言い渡されたんだよね。』

 

 

『潜入任務・・・?』

 

 

そう質問をする陽葵に向かって、五条は大きく頷くと任務の概要を説明し始める。

 

 

『そ、潜入任務。陽葵には、今年の四月から湯煙高校って言う高校に通って欲しいんだよね。』

 

 

『湯煙高校ですか・・・?もしかして、そこで何か呪霊や呪詛師による被害が相次いでいるとかですか?』

 

 

『うーん。僕も詳しい事は分かんないんだよね。ただ、不可解な事が起きてることは確からしいよ。なんでも、公園でデート中のカップルの服が急激に溶け始めたりとか。』

 

 

『な、なんでピンポイントでエッチな呪術被害を挙げるんですか!!』

 

 

そう言いながら羞恥で顔を真っ赤にする陽葵に対して、五条はケラケラ笑いながら話を続ける。

 

 

『アッハッハッ!相変わらず、こういう下ネタトークに弱いよね陽葵は。それはそうと、現場の痕跡が不可解なんだよね。』

 

 

『こ、痕跡ですか?』

 

 

『そう、痕跡。呪術師が呪力を行使した時に、呪力の残穢(ざんえ)が現場に残るのは知ってるよね?けど、今回の事案では呪力の残穢以外にも別の何かが痕跡として残っていたんだ。』

 

 

その言葉に、先程まで顔を真っ赤にしていた陽葵も段々と不安気な顔に成って来る。陽葵や五条達の様な呪術師が呪力を行使する、または呪霊が騒ぎを起こすとそこには必ず呪力の残穢が残る。ただ、そこに残るのは残穢"だけ"である。別の何かが残るなど。せいぜい血痕や人の体臭程度である。

 

 

『その痕跡って・・・。血痕や、体臭の類では無いんですよね?』

 

 

『うん。補助監督*1が行って調べてみたんだけどね、詳しい事は分からなかったみたいだ。つまり、呪詛師や呪霊はもちろんだけど・・・。それ以外の何かが、件の町では(うごめ)いているって事だよ。』

 

 

その言葉に陽葵の顔に少しだけ緊張が走るが、直ぐに平静を取り戻すと五条の方を見据えて話し始める。

 

 

『つまり・・・話を纏めると、呪術高専に入学する代わりに湯煙高校に入学をし、現地で呪術被害の調査をしろという事ですね。』

 

 

『うん。まぁ、陽葵の等級は特別特級術師だし、単独任務でも大丈夫でしょ。この前仙台で、特級呪霊クラスの堕ちた龍神を単騎で祓除(ふつじょ)してたし。基礎学力に関しても、僕が一通り教えたでしょー。』

 

 

『そ、そうでしょうか?』

 

 

『それから、湯煙高校の理事長は窓*2だから心配しなくて良いよ~。』

 

 

『わかりました・・・。それにしても、相変わらず語呂が悪いと思います!その、特別特級術師って言い方!』

 

 

『しょうがないでしょー。君、高専に通わない内に特級術師に任命されちゃったんだから~。あ、因みに任務の滞在先はスマホのマップに共有しておくから~。それじゃあ、頑張ってね。美空家の、次期当主様。』

 

 

そうあっけらかんと笑う五条の方を、唇を尖らせながら見ていた陽葵は溜息を吐くと入学の為の準備をし始めたのだった。

 

 

そして現在・・・。人通りが少ない事を良い事に宿泊先である"ゆらぎ荘"まで、身体機能を向上させる術で跳躍しながら移動した陽葵は、見上げる程に大きい旅館の前でポカンと口を開けていた。

 

 

「こ、此処がゆらぎ荘・・・。・・・なんか、人ならざるものの気配が物凄い漂ってる・・・。」

 

 

そう小さく呟きながら、陽葵が恐る恐るコンコンと旅館の入り口の引き戸を叩き始めると、中からパタパタという足音と共にカラカラと引き戸が開く音がする。

 

 

するとそこには、ニコニコと柔らかな笑みを携える割烹着姿の小さな女の子が立っていたのだ。

 

 

「こんにちは~。御宿泊の御予約をされていた、美空陽葵様ですね?」

 

 

「え!?あ、はい!!」

 

 

「ようこそおいで下さいました。私は当ゆらぎ荘の中居兼管理人の、仲居ちとせと申します。それでは、こちらの居間へどうぞ。」

 

 

その言葉に、優しそうな人で良かった・・・と思いながら陽葵が、ちとせという女性に付いて部屋まで行こうとした次の瞬間である!!突然、大きな声がゆらぎ荘に響き渡った!!

 

 

「冬空コガラシ!貴様ぁぁ!!」

 

 

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

 

「え!?な、何事なの今の声!?」

 

 

「あ!御客様!?」

 

 

そんな大声に驚いた陽葵は、ちとせの静止する声にも気付かず、慌てて件の叫び声がした場所へと向かう。するとそこには、何故か椅子や机が散乱していた。そしてその傍には、大の字に倒れている男と憤怒の形相で男を見下ろす一人の女性が居た。

 

 

「冬空コガラシ!貴様、今回という今回は許さんぞ!!」

 

 

そう叫びながら、大の字に倒れている男に更に苦無を投げて追撃しようとする女性。そんなカオスな状況に、陽葵は思わずドスンと持って来ていたバッグを落としてしまった。

 

 

「へ・・・?な、何この状況・・・?」

 

 

そう呆然とする陽葵の声に気が付いたのか、先程まで苦無を掲げていた紫髪の女性や、桃色の髪の女性に緑色の髪の女性。そして、フヨフヨ宙に浮いている白髪の女性が一斉に陽葵の方を振り向く。

 

 

「む・・・。仲居さん、そこにいる者は一体・・・?」

 

 

そう言いながら、鋭い目つきで陽葵の方を見据える紫髪の女性。そんな女性に臆する事無く、ちとせは苦笑しながら陽葵を興味深そうに見つめる女性達に彼を紹介する。

 

 

「こちらの方は、本日からゆらぎ荘に滞在する事になった美空陽葵さんですよ~。皆さん、仲良くしてあげてくださいね~。」

 

 

「は、初めまして。美空陽葵です・・・。えっと・・・取り敢えず、今日から宜しく御願い致します。」

 

 

そう引き攣った笑みを浮かべながら、彼はそろ〜っと数本の苦無が刺さっている男の方へと向かうと、反転術式という治癒呪術を使って男の怪我を治し始めたのだった。

*1
呪術師の活動を支える、裏方の存在。

*2
呪術師を支援する、呪霊を視認できる一般人の事

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