村の人たちは、ありったけの綺麗な布をくれました。
村、といっても規模が結構大きいらしくて、布を売る店や仕立て屋も経営されているそうです。そこから、それはもう、値段関係無く沢山の布や糸が持ち出されてきました。
中には金糸を使った高価なものや、見事な刺繍がされたものもあります。流石に高価すぎて貰えないといっても、恩人だからと聞き入れて貰えません。
困りました。
私はエプロンドレスを補修できて、かつまだ残っている怪我人の人たちに使える布が欲しかったのです。金糸銀糸の派手な布を、内臓のパッチワークに使うのは憚られます。
皮膚なら、まだ綺麗に人の目に映るかもしれないのでいいのだけれど、わざわざ布を見るために内臓を開く人はいないでしょう。
素直にそう言うと、渋々引き下がってくれましたが、それではと比較的安価な布が積み上がっていきました。山……最早私の身長などとうに越しています。
取り敢えず、ボロボロに切り取られたエプロンドレスをそれらの布で補修することにしました。
左手首につけた針を刺す用の布……もといリストピンクッションに刺してあるまち針を使いながら、慣れたものとスカートのパッチワークを繋げていきます。
手際は見事なものなのでしょう。お裁縫をやる女性の方々が嘆息しているのが聞こえます。
メジャーを使わなくても必要な布のサイズがぴったりわかるのも、SCP特有の能力なのでしょうか。十数分で、スカートはすっかり綺麗なパッチワークの姿を取り戻しました。
パニエは、時間経過で復活するようですから、数日で元通りになるでしょう。
私は布を何枚か持って、村の病院へ向かいます。
診療所と言っていいくらいの大きさですが、病床にはまだ治せていない患者の方がたくさんいました。
狼と戦った人たちも、戦いで受けた傷を治療している最中のようでした。
私は、病院の中でも内臓に疾患、怪我を持つ人や、傷跡が残る深さの怪我を負った人の治療を始めます。SCP-2295の習性として、複数の治療対象がいた場合、必ず最年少の人から始めます。
その最年少の人は、意外にもリーダーさんでした。
「すごいな……君も、悪魔の実の能力者なのか?」
リーダーの人……キッノさんがそう問いかけてきますが、「悪魔の実」というものを私は知りません。傷用のパッチワークを作りながら首を傾げれば、キッノさんは説明してくれました。
悪魔の実というのは、食べると特別な能力を得れて、代わりに海に嫌われるそうです。大きな力を得る代わりに、泳げなくなる……というのは、広い海の中島で暮らす人にとっては大きなハンデに思えました。
キッノさんは、ヤリヤリの実の能力者で、体から槍が出せるんだそうです。
なんだか、SCPにいてもおかしくない不思議な力ですが、私は目を覚ましてから何も口にしていません。
クソ不味い実、なんて言われたら、余計に心当たりは無いです。前世でも、きっと無いでしょう。
「つまり、これは悪魔の実じゃない、君だけの力なのか……」
「──」
「おお、本当に皮膚の感触がある……! ありがとう、痛みも完全に引いたよ」
SCP-2295の力は悪魔の実由来ではありません。そんな果実があったら、財団が必死に回収する事になるでしょう。この世界に財団はいるのでしょうか。
キッノさんに試しに聞いてみても、首を横に振られました。
収容違反のままというのは、なんだかむず痒いものです。私は、しばしば脱走したがったり、一般人に存在を知らせる様な問題児ではありませんから。KeterのSCP達とは一緒にしないで欲しいものです。
順番に治療していけば、中には今回の狼騒動ではなく、長い間病に臥せっていた人もいたらしく、予想外の完治に泣いて喜ばれました。
肺や心臓なら、私には治せます。脳や死、極度の失血や感染症など、できないことも多いですが。治せたなら、それはとても嬉しいことです。
まともに話せること、ベッドから上半身を起こせること、まともに腕が動くこと。
それらを奇跡だと喜ぶ患者さんの姿に、私もそういう当たり前のことができなかった前世の末期を思い出します。点滴の滴の音と、心電図の音だけが、耳に張り付くあの時間は、まともに思考が残っていたら発狂していたことでしょう。
「お嬢さんは命の恩人だ……! 人生を、俺を、救ってくれた! なぁ、名前はなんて言うんだ? 是非礼をさせてくれ!!」
私はまた悩みました。
私はSCP-2295であり、パッチワークのハートがあるクマであり、カイロスです。前世の名前は、覚えていません。
カイロスと名乗るべきなのでしょうか? 識別番号を言うべきでしょうか? 作品名を答えるべきでしょうか?
私にはどれも名前ですから、選べません。
しかし、名乗らないのも、失礼でしょう。村の人たちは、私も快く迎え入れてくれています。
私は数瞬考えたあと、メモに先の三つの名前を書きました。好きなもので読んで欲しいと伝える事にしたのです。
「三つも名前……名前? があるのか。じゃあ、カイロスちゃんと呼ばせてもらうな」
選ばれたのはカイロスでした。
少女の姿をしていると、どちらかといえば男性的な印象を受けるカイロスは違和感があるかもしれませんが、村の人は笑顔でそう呼んでくれました。
偽名を疑われるか心配でしたが、杞憂だったようです。
そしてどうやら、これで村の重症人はいなくなったらしく、あとは擦り傷や打撲など、軽い怪我をした人だけになりました。
傷跡や、酷い後遺症が残らないのであれば、私は治しません。わざわざ身体の一部を布に置き換えなくても、本人の身体の生きる意思できちんと完治できるからです。
多少の骨のヒビなんかも、正しく処置すれば、置換は必要無いでしょう。
村の人たちは、あの大きな大きな狼の肉を使って、宴会を開くそうです。
家くらい大きい狼ですから、村人全員が食べれるだけの量はあるでしょう。外で解体してブロック肉に加工する音が聞こえてきます。
狼の味なんて、味わったこともないですが、美味しいのでしょうか?
「山に棲んでる山岳狼はなぁ、臭みさえ取れば絶品なのよ。凶暴で力も強いから、そうそう食べれることないご馳走だ。カイロスちゃんも沢山食ってってくれ」
美味しいようです。
私は果たして食事ができるのかわかりませんでしたが、取り敢えず頷いておくことにしました。
狼を食べることで、死んでしまった人の供養をする意味合いもあるそうです。埋められてしまった彼らを思えるのなら、食べたいところです。
救えなかった彼らには、申し訳なくて、目から生理食塩水を溢してしまったのですから。
名前も、声も知らない人たちでしたが、SCP-2295にはそんな事、微塵も関係無いのです。目の前の命を救うことが、SCP-2295の特性なのですから。
*
「カイロスちゃん、食ってっか!? ほら、追加の肉だ!」
「本当に、ありがとうねぇ。貴女がいなかったら、うちの旦那は死んでたわ」
椀に次々と入れられる肉や野菜。
夜の宴会は、賑やかですが些か渡される料理が多いです。
広場の中央に大きな鉄鍋が置かれ、中で狼肉や野菜、キノコが煮えています。他にも、鉄板で焼かれていたり、米と炒められていたり、揚げられていたりと豪勢なこと。
私の一口ではパクッといけない塊の肉が、椀にゴロゴロ入っています。
味覚問題は、どうやら食事可能と言うことがわかりました。味も、ちゃんとわかります。
ですが、胃の中に溜まっている……消化している、という感覚はありません。虚空に消えている感覚でしょうか。喉元過ぎれば熱さを忘れると言いますが、私は質量や刺激も忘れるようです。
そもそも、私は人の形をしていますが、SCPなことに変わりはありません。人の常識が通用する方が珍しいでしょう。
私の体内に内臓や消化機構が無くても、何もおかしくないわけです。
だから、満腹も存在せず、パクパク食べれてしまうのですが……味覚の方が飽きてきました。脂身が多くてなかなかしんどいです。
しかし食べた隙にまた追加が来てしまうので、半ばフードファイトです。
「鍋ばっかじゃなく焼き飯も食べな!」
「沢山食べて大きくなるんだぞ。子どもはたくさん食べてこそだ」
そうして近くのテーブルに他の料理も置かれます。
おそらくこの体は成長しないのですが、幼い姿をしていると可愛がりたくなるものなのでしょう。
口の中の脂感を取り除くため、焼き肉のサンチュらしき葉を手に取りました。瑞々しい緑はさっぱりしていて、脂にダレていた口の中をリセットしてくれます。
「沢山食べるな〜、楽しんでるか?」
キッノさんが隣に座りました。手には大盛りの唐揚げが。レモンとはまた違う、見たことのない果物の汁をかけているようです。
私はメモに「楽しんでいます」と簡単に書きました。メモ用紙とペンは、癒した人のひとりがお礼にと上等なものをくれたので、ありがたく使っています。
「なら良かった。カイロス……ちゃんは、どうしてこの島に?」
その問いに、私は視線を広場の方に移します。
目が覚めたら、この島にいた。という非現実的な現象は、私にもなぜ起こったのかわからない事象だったからです。
私は病室で死にました。家族かは思い出せませんが、おそらく親しい人たちが囲んでくれて、病でしたが案外穏やかに心臓を止めました。
それが、いつの間にか人型のSCP-2295となり、こうして村の人と関わっている。
全てが急で、そして説明がありませんから、私自身、まだ整理できていないのです。
何か上手いごまかしが思いつくこともなく、わからない、という返事をするしかありませんでした。
「そっか……あんまり深入りはしないでおく。もう何度も言ったけど、村の人たちを治してくれてありがとう」
一瞬で唐揚げの山を食べ終わったキッノさんが深く頭を下げます。
「おれ、能力者で……この村じゃ一番腕っぷしが強いからさ。山岳狼が襲ってきた時も、少し……慢心してたんだ」
「──」
「おれなら村を守れるって。でも、まぁ、現実はこの惨状でさ。おれは死ななくても、おれより弱い人を守れないと意味が無かったって、あれでようやく気づいたんだ」
キッノさんは、年齢的にはおよそ19歳あたりでしょうか。そんな彼が、血だらけになって戦うこと自体が、私には悲しく思えてしまいます。彼の強さを否定しているのではなく、私は誰にも血を流してほしくないからでしょう。
私も、私の力には限界があると知っています。だから、怪我も病も、最初からない方が良いのです。
「だから……おれが取りこぼしてしまった人たちを助けてくれて、ありがとう。これからは、能力に驕らず、守り方ってのを学んでみるよ。おれも」
「──」
キッノさんの言葉は、深い決意に満ち溢れていました。
能力者というのは、人を超えた力を持つ分、驕ったり、慢心したりしてしまうそうです。本人も、力を持つあまり、性格が変わってしまったり。
それは、武器を持ってしまった人間に当たり前に起こる反応なのでしょうね。私には、仕方のないことだと思えてしまいます。
悪魔の実を管理したり回収する組織があれば良いのに、と考えましたが、悪魔の実は食べた人が死ぬと時間をおいて別の場所に突然現れるので、難しいそうです。
オブジェクトクラスはEuclid辺りでしょうか? 悪魔の実にも種類が様々あるそうなので、わかりませんが。
「君の力は、悪魔の実じゃないらしいけど……詳しくは聞かないけど、とても良い力だね。優しくて……便利だ」
「──!」
その言葉は、私にとっても、SCP-2295にとってもとても嬉しいことです。
私は人を助けたいです。私の力で少しでも苦しみを無くしてあげたいです。
その力を、褒められるのはとても温かい気持ちになります。そして、体を持ったのがSCP-2295という平和なSCPで良かった。とやはり重く思うのでした。
この、強く人を救いたいと思う感情がSCP-2295由来のものなら、人を憎んだりおもちゃにするような凶暴なSCPだったら、一体どうなってしまっていたでしょう。
狂気に呑まれてしまうことは、あまりにも恐ろしく、早々に自我を捨ててしまうかもしれない。
[ありがとうございます。私はこの力を、人を助けることだけに使いたい]
「ああ、そうだね……正しく、力を使いたい。正しくって何って話になるけど、おれは、村を守るために使いたいな」
[それは素晴らしい。きっと、貴方は正しい]
鍋を熱する炎が笑い合う村人たちを照らします。
そんな宴の片隅で、ひとりの青年が決意を新たにしたことを、きっと私だけが知っているのです。
やはり私も、人を害したいとは塵ほどに思わないのでした。
◇カイロス
パッチワーク復活。三つの名前はどれも大切に思っている。
人の形をしているが人ではないので、ちゃんと異常存在をしている。人間にとても友好的なので危険は皆無。
人を害したくない。というか害せない。助ける対象なので。
デフォルトが穏やかな笑顔なので、とても可愛らしい。
他SCPの擬人化について。※擬人化した場合仲間になります。
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主人公だけでいい。
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他のSCPも一部擬人化する。
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危険度の高いやつを擬人化する。
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危険度の低いやつを擬人化する。