あわあわ。
ばしゃばしゃ。
ぐるぐる。
ぱしゃーん。
水を吸った身体が重くて、波に目が回って、目を瞑ってしまう。
私に呼吸は必要ありませんが、それでも口の中に入ってくる海水の味は美味しいものじゃないです。
水の力は強くて、押し流されてまるでドラム式洗濯機の中。ただし水は海水、洗剤は無し。
麦わらの一味の皆さんも、脱力して意識を失っています。能力者は、泳げなくなるんでしたっけ。
ぐるぐると海中に弄ばれる中、小さな灰色の塊が近くに見えました。
ジョーシーです。
船では危険から避けるために隠れていましたが、流石にこの水中突入からは逃げられなかったようで。小さな半身しかない柔らかい生き物の身体が、水の中でされるがままに濡れているのはとても可哀想で。
私はなんとか、その体を腕の中に捕え、抱き締めます。
どうか、これ以上冷たくなりませんように。
*
「わたしは人魚のケイミー! アナタは?」
[私は“パッチワークのハートがあるクマ”または“カイロス”と申します。助けてくださり、ありがとうございます]
「じゃあカイロスちゃんって呼ばせてもらうね! 他の人たちはまだ目覚めてないけど……すぐ覚ますと思うよ!」
結果から言いますと、私たちは人魚の方に助けていただきました。
緑のショートカットが素敵な、ケイミーさんという女性の人魚です。
あの洗濯機体験でも意識を失わなかった私ですが、他の人たちはやはり、水の中の負担によって気絶しているようでして。
ジョーシーも、体がとても冷えて、意識が無かったので、今は濡れた体を乾かして暖かくして様子を見ています。
私は、身体をギュッと絞って、吸った水を排出したら随分身体が軽くなりました。
銀の裁ち鋏が錆びないか心配なので、後でフランキーさん辺りに見てもらおうかしら……それとも、刃物だからゾロさんの方が適任でしょうか?
金ボタンは、耐水性なので問題なく機能しています。財団の技術力はすごいですね。
「……ニャオ」
「あ、ふわふわちゃんが目を覚ましたみたい!」
怠そうに、ジョーシーが一声鳴きました。
毛並みが海水でカピカピで、ボサボサなのがとても不満そうです。流石に、ぐったりと寝ている時に洗うわけにはいかなかったですから。
ケイミーさんに温水を借りて、洗うことにします。体温の補助にもなるでしょう。
その後は念入りに乾かして、ブラッシングです。
ジョーシーは、それをされるのが当然とばかりに私の手の中で体を預けています。
毛並みがすっかり整ったら、なんだか面倒そうに顔を洗って、私のポケットの中に潜り込みました。
まだ、水に呑まれた疲れは取れていないようですね。
背中を撫でると、ゆるりと耳が脱力したように伏せられました。
「どうする? 皆んなが目覚めるまで、ここにいる?」
[誰か一人起きたら、その人に私とジョーシーの無事は伝えて、外に出ようかと]
あの水没からどれだけ時間が経っているかはわかりませんが、やはり気がかりなのはSCP-6994たちのことです。
あのままでは海王類や海獣に食べられてしまうかもしれませんし、どうにかしないと。
ルフィさんとの約束もありますし、運んで、治療する目処をどうにかして立てることを一先ずの目的としましょう。
布は……魚人島にも布屋さんはあるでしょうか。
なかなか大規模な治療になりそうです。
しばらく、ケイミーさんや姉妹だという5人の人魚さんたちとお話をしていると、サンジさんが目を覚ましました。
数秒、情報が飲み込めていないようでしたが、ここが魚人島内で無事に着いたことに、パッと不安が晴れたらしい顔をします。
また、ケイミーさんとは顔見知りだったらしく、何やら懐かしそうに話していたりもしました。
「カイロスちゃんが最初に目が覚めたのか」
[いえ、私は気絶しませんでした。強いていうなら、最初に目を覚ましたのはジョーシーです]
「あの水流で気絶しなかったのか? アノマリーってのは丈夫なんだな……。ジョーシーは……そのポケットに詰まった塊か」
[ブラッシングを終えたので、お休み中です]
サンジさんは、散り散りになった他のメンバーもある程度どこに行ったか把握しているようです。幸い、泳げるメンバーと能力者がセットで散っている様なので、心配はいらないだろうと。
そういう、仲間への無二の信頼。なんだか良いですね。
[私は、一度オオグソクムシの彼らを迎えに行こうかと]
「ああ、随分無茶させちまったもんな。おれも一緒に行こうか?」
[いえ、サンジさんは一味の方と行動した方がよろしいかと。ケイミーさんから近づかない方がいい場所の情報は聞いているので、ジョーシーとで大丈夫です]
「そうか。ただまぁ、偶然船に乗っちまったって仲だが、危ない時は頼ってくれていいよ。ルフィももう、君のことは友達だと思ってるだろうしな」
[お友達! 私はお友達が増えることは嬉しいです。もちろん、サンジさん達もお友達です]
半ばは密航から始まった関係ですが、麦わらの皆さんは良い方達です!
ぺこりとお辞儀をすれば、サンジさんは少し照れたように頭を撫でてくれました。ルフィさんはまだ目を覚ましませんが、きっと大丈夫でしょう。
私の異常性は活性化していません。
ケイミーさんたちに改めてお礼を言って、外に出てみることにしました。
水と陸地が混ざる、珊瑚やシャボンで飾られた街は綺麗で、なんだかメルヘンな人魚姫の世界。
私くらいの歳の人間(あくまでも彼らにはそう見えているでしょう)は珍しいらしく、屋台の人にお菓子を貰ったりしてしまいました。
私の見た目、年齢ギリギリ一桁に見えますからね……保護者が近くにいないと心配されるのかもしれません。
ご厚意に甘えつつ、どこか広場のような、何もない空き地のような場所が無いか聞いてみると、海の森という場所が広い草地があると聞きました。
道を聞いて、そこでSCP-6994が4体並べそうなら、そこを治療場所としましょう。
スルメさんとは、あれから居場所がわからないのでコンタクトが取れると良いのですが……。
「あ? ヒトいんじゃねぇか」
ふと、男性の声が聞こえます。
それはなんだか私に向けられた言葉のような気がして、大通りの真ん中で振り返りました。
こちらに向かって歩いてくる男性らしき人は、頭が魚です。
いえ、魚人のような、魚の特徴がある顔、ではなく、魚です。
熱帯魚のゴールデンバルブに当たる種の頭をしています。首から下は、全くの人間で、きっちりとしたスーツを着ていました。
「なぁ、ここはなんでってぇヒトがすくねぇんだ? あ、俺はミスター・おさかなってんだ」
わぉ、ワンダーテインメント博士のミスターズのひとりを見つけてしまいました。全員見つけて、ミスター・コレクターにならないと。
彼はSCP-527。ミスター・おさかな。
頭が魚の人間です。以上、説明終わり。
私は意思疎通のはっきり取れるSCPとの突然の遭遇に驚きつつ、ごくごく危険度の少ないミスターシリーズだったことに安堵します。
あつあつやあまあまはちょっと厄介ですからね。
[申し訳ありません、厳密には私も人間ではありません。私はSCP-2295です。貴方の事は存じ上げています、SCP-527]
「あ? なんだ関係者か。まぁいいや、似たような境遇のやつに会えたってことだろ」
[貴方はどうしてここに? 深海一万メートルの島ですから、人間はなかなか来れませんよ]
「ああ、だから魚人だの人魚だのしかいねーのか。俺は気づいたらここにいたんだがよ、俺と似たようなやつがいると思ったら、どいつも泳げるだの魚と話せるだの言うじゃねぇか。嫌になるぜ」
[成る程。私は現在、財団の命令によってこの世界に散らばったSCPの発見と報告を仕事としています。現在財団は危険度の高いアノマリーを優先しているため、私やミスターのような危険性の低いSCPはある程度の自由が許可されていますよ]
そう言うと、ミスターは興味なさげに「ふぅん」と腕を組みました。
ミスター・おさかなは、本当に頭部が魚ってだけで、魚と話したり、泳げたり、特殊な力を持っているわけでは無いです。魚人として種族が確立されているこの世界では、少し窮屈かもしれませんね。
彼自身、自分が特殊な力を持っていないことにコンプレックスを持っていたはずなので。
「2295、お前に着いてって良いか? ここじゃあ俺もハズレモンでよ。この際財団繋がりでも良いから仲良くしようぜ」
[構いませんが、私は財団の情報やSCPの情報を現地民に開示することを禁止されています。なので、私のことは番号ではなく“カイロス”とお呼びください]
「おう。で、お前はなんでってぇこんな深海にいるんだよ」
大通りでずっと立ち止まっているのも迷惑なので、私は歩きながら詳細を話すことにしました。
メモを書く必要がある以上、どうしても歩きながら手元を見る必要があるのですが……ミスターは、私が人にぶつかりそうになったらそれとなく腕で寄せてくれたりして、面倒見の良さを感じます。
彼も一応はおもちゃですから、子どもの見た目の相手には何か感じるものがあるのでしょうか?
私はざっくりと、財団との約束とこの魚人島に来るまでの経緯を話しました。
また、今向かっている先が海の森であることも。
SCP-6994の救助を目指していることもです。
「へぇ、お優しいことだな」
[恩がありますし、私の異常性は重症者を放置することはできませんので]
「俺としては、初めて会う関係者のお前が殺人鬼みてぇな能力を持ってなくて心底良かったね」
[それに関しては同感です。危険性が高いアノマリーと正面衝突は何よりも避けたい事案ですから]
某クマとか某クマとか某クマとかに遭遇していないことは何より幸運です。
アナンタシェーシャも曝露者は確認したとはいえ、直接は確認していませんし。
今後もそうだと良いのですが……。
「お、ここが海の森か」
「──!」
珊瑚やフジツボの世界とは違う、確かな緑の世界がそこにはありました。
そして、そこには何故か……あの、SCP-6994たちが身を寄せ合っていたのです。その怪我では、どうしても来ることができないはずなのに。
「うわ、俺が言うのもなんだが、すげぇ見た目だな」
ボロボロの三体を、リーダーの一体が守るようにしています。
近づいてきた存在を、拒絶するように威嚇してきましたが……どうやらルフィさんが近くにいないと、警戒は解けそうに無いですね。
「どうすんの? すげぇ威嚇されてっけど」
[この距離なら十分私の活性化範囲です。このまま治療準備を始めます]
あの三体の中で一番若いのは……少々判別に時間がかかりましたが、背中の甲殻に大きな凹みのある個体ですね。おそらくナベと呼ばれていた子です。
その巨体からして傷口も大きいですから、これは大規模なパッチワークになりそうです。
私はバスケットからありったけの布を取り出して、ハサミと針と糸をくぐらせていきます。
確実に途中で布も糸も足りなくなりますが、そうしたら、ミスターにお使いに行ってもらいましょう。手伝ってもらうのは申し訳ないですが、お金はこちらが出すので。
ここまで巨大なパッチワークは流石に初ですね。ですが、一体治したら終わり、では無いので、なるべく急いでいきましょう。
久しぶりの活性化に、縫う速度は電動ミシンよりも速くなっている気がします。
綿も確実に足りなくなりますね……お金が足りるといいのですが。
「おっと」
作業を始めた私のポケットの中は居心地が悪かったのか、ジョーシーが外へ出てきました。
散らばった布の塊につまずいたところを、ミスターがキャッチしてくれます。
「お前もアノマリーか。あ、コラ。俺の頭は食いモンじゃねーよ」
じゃれつかれているようですが、頭を見るとハンティングに見えてしまうのはなんだか怖さがありますね。流石にジョーシーも食べないとは思いますが。
「ほれ、お前のご主人は作業中だ。遊ぶならこっちの毛糸玉にしろ」
リーダー個体はやはりまだ警戒してこちらを見ていますが、彼が怪我をした三体をここに連れてきたと考えるのは、少し無理がある気がします。
いくら身体が一回り大きいとはいえ、構造的に運ぶ作業に適していませんから。
そんな疑問は、傷口をよく観察しようと甲殻に目線を集中した時に、解けることとなりました。
薄い吸盤の痕。
あの海獣を従えた魚人の一声で去ってしまったスルメさんですが、あの後戻ってきてくれたのでしょう。
大岩から庇ってくれた恩返し……でしょうか。
私が頼む必要も無かったようですね。
ならばより、速くその苦痛を取り除いてあげないと。
緑の満ちた空間に、色とりどりの布からなるパッチワークが、じわじわとその面積を広げます。
先んじて、ミスターとジョーシーにはお使いに行っていただくとしましょう。
◇洗濯されたぬいぐるみ
本人は服を脱がない(脱げるようにできていない)ので、お風呂とか泳ぐ時もエプロンドレスのまま入ります。洗剤はぬいぐるみ用やわから洗剤お徳用サイズ(宝石の鱗印1コ500ベリー)。
髪や皮膚など明らかに布じゃない質感でもこれでちゃんとツヤツヤになります。不思議。
基本彼女は全力で可愛くあれと祈りながら書いているので、感想でかわいいと言っていただいた時は脳内で宴をしています。