パッチワークとハートの私   作:月日は花客

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報告21:甲殻

 

 ちくちく。ちくちく。

 ちくちく。ちくちく。

 

「布買ってきたぞ。言われた通り安くてデカいやつと綿を買えるだけ」

「ニャーア」

 

 甲殻の治癒のために、ひたすら縫い続けて数時間。

 あと少しで、最後の一体の治療も終わります。

 私の何十倍も大きい甲殻や脚を、そのままのサイズでパッチワークしなければなので、かなり重労働です。

 綿を詰めない段階でも、布の重さが膝にずっしりときます。ひたすら縫って縫って、綿を詰めて置換して……。ここまで大きなものは作ったことが無かったので、流石に額に汗が滲みます。

 

 素材は案の定足りなくなったので、ミスターにお願いしてなんとか買ってきてもらいました。持ちきれないほどの量を買ってもらったので、なんとシャボンの荷台の様なもので運んできました。

 布もそうですが、綿の消耗がかなり激しいのが問題ですね。太く強靭な前脚なんかは、かなりの量の綿を消費します。

 

 これでも、ミシンや工業用機械より速い速度で縫っているので、時間はかかっていない方です。

 活性化の無い状態でやれば、数ヶ月はかかったでしょうね。

 もしかしたら、他の人には私の手元は残像しか見えていないかもしれません。

 

 SCP-6994たちは、最初こそ、甲殻を置換された時は驚いていました。なんなら、攻撃と勘違いして前脚同士を打ちつけて威嚇音を出すほどでした。

 しかし、置換されたパーツが痛くないこと、通常の体と同じ様に扱えることを理解すると、私がやっている事が治療だとわかってくれました。

 今は、大人しくパーツができるのを待っていてくれますし、綿を詰めるのを手伝ってくれたりします。

 

 ミスターは、買い物から帰ってきた後は私の作業をずっと眺めていました。膝には飽きたらしいジョーシーが丸くなっています。

 私の針仕事は見ていて面白いものなんでしょうか。

 ああでも、何か、誰かが黙々と物を作っていく様子を、ぼんやり眺めてしまうのはわかる気がします。

 海の森の光は、淡く波打ってパッチワークの縫い目に影を落としていました。

 

「……完了、か?」

 

 そうして、追加で買ってきてもらった布も綿もおおかた使い切る頃に、三体の補修は終わりました。

 鈍い白さを持つ甲殻に、カラフルな、時折ヒトデや貝の柄が入ったパッチワークが混ざっています。

 一見柔らかそうに見えるそれは、彼らが普段通り前脚をこすり合わせると、硬質な、脚であり武器である音をちゃんと響かせるのです。

 ひしゃげたパーツは、全てどこかに消えてしまいました。

 

 私は、大きく伸びをして、凝った気がする肩や背筋を伸ばします。

 中にあるのは綿だけだというのに、明確に疲労や指先の鈍痛を感じるのは不思議ですね。

 私の周りには大量の布の切れ端や、糸くずが散らばっていて、簡易的に作ったピンクッションには幾本ものまち針が突き刺さっています。

 少し弛んだ毛糸玉は、ジョーシーが遊んだ後でしょうか。

 

[人以外を治したのは初めてですから、おそらく、ですが]

「あんだけ動けてるアイツらの様子見たら、誰だって完治と思うだろ」

 

 SCP-6994たちは、痛みも歪みも無い、新しい体のパーツに、どうやら感動している様でした。

 もしかしたら、自分がもう、脱皮できないと覚悟していた個体もいるのかもしれません。仲間同士でコミュニケーションを取る仕草は、種族の違う私たちでさえ強い喜色を感じ取れるほどでした。

 

「ハギレは俺が片付けとくから、休んどけよ」

[お使いにも行ってもらったのに、悪いです]

「アホか、あんなんで疲れるほど柔じゃねーよ」

 

 パス、とジョーシーを手渡され、ミスターは芝の中に散った布切れたちを集め始めました。

 私も、手伝おうとは思ったのですが、体に薄くまとわりつく疲労感が、ジョーシーの温かさで眠気に変わっていきます。

 そのままぽけっと宙を眺めることなく眺めていると、不意に触角に肩を叩かれました。

 

「──?」

 

 振り向けば、SCP-6994のリーダーが、私を呼んだようです。

 彼は、前脚で後ろの三体を指した後、頭部と触角をゆっくりと下にさげました。

 巨体から、彼が頭を下げたと認識するのに数秒の観察が必要でしたが、どうやら、感謝されているのだと察せます。

 

 私は、ジョーシーを抱く腕を少し持ち直して、彼らにお辞儀をしました。

 元々、彼らに大岩を庇ってもらったお礼でもありましたから、そう、恩に感じる必要は無いのだと。

 すると、パッチワークの三体は、数度触覚を震わせた後、前脚で持っていたらしい物体を私の前に置きました。

 

 それは、シャボンのようなものに包まれた水でした。塊になっていて、触れるとぷよぷよしています。

 そういえば、SCP-6994はミズクモに似た能力を持っていて、こうして水を包むことで陸上活動を可能にするんでしたっけ。

 用途がわからず首を傾げれば、私の体がひょいっと、リーダーに優しく持ち上げられました。そして、その水の塊の上に降ろされます。

 ぷよぷよしていて、少し冷たく体を包み込む水の塊は、天然のウォーターベッドの様でした。

 ぷかぷかと穏やかに揺れて、力が抜けていくそこに、ジョーシーの体温が加わり、私はゆるゆると目を閉じていきます。

 

 私の意識が眠りに落ちる頃には、ミスターが布を拾う足音だけが、海の森に鳴る全てでした。

 

 *

 

「──イ! ──オイ! 起きろ!」

 

 ミスターの、やけに焦ったような声に、私は安眠から手を離しました。

 腕の中のジョーシーも、煩げにヒゲを震わせ、不機嫌に喉を揺らします。

 ぐにぐにとSCP-6994たちが作ってくれたベッドが揺らされて、流石に意識をはっきりとさせると、何やらミスターと私たちの前に影ができていました。

 

「あのサイボーグはお前の知り合いか? 俺としちゃあアレが“関係者”だとは信じたくねぇんだけどよ、お前の方がそっちの知識はあんだろ??」

「アウ! だからオメェを害するつもりはねェってんだ、その“関係者”ってのがなんなのか知りてェだけでよ!」

 

 ミスターが、なんというか、複雑な感情を声に乗せながら、フランキーさんを指さしています。

 どれくらい寝てたんでしょうか? わかりませんが、何やら彼らの間で会話があったようで。それで、私を起こす何かに行き着いたのでしょうか。

 

 私はまだ少し重い瞼を擦りながら、メモをポケットから探し出します。

 疲労感は抜けていますが、海の森は全てが穏やかで、とても落ち着くのです。できるなら、もう一時間ほど寝ていたいくらいでした。

 

[フランキーさん、ミスター、おはようございます。それで、簡単に眠っていた間の事を聞いても?]

「あ、ああ、おはよう。いやなぁ、お前が寝てる時に、この得体のしれねぇ変態が寄ってきたからよ、“関係者”かって聞いたんだよ」

「おはようさん! 魚人島に入った後、おれァサニー号をここまで運んできたんだ。そんで、点検だのを終わらせて一度辺りを見て回ってたら、この魚頭の兄ちゃんがカイロスの関係者か聞いてきたからよ! 一応乗船者だっつったら、そっちじゃねェって言って聞かなくてよォ!!」

 

 お二人の、なんだかとてもすれ違っている様子に、私は少しペンを持つ手を止めざるを得ませんでした。

 フランキーさんは、恐らく入国の際別れた私を発見したから近づいたんだと思いますが……彼の見た目は、魚人島の中でもかなり、まぁ、特殊ですからね。

 ミスターは財団関連かと聞いたんでしょうが……財団の名前を出してはいけないので、変に話が拗れた、という事でしょう。

 

 私は少し言葉に悩みつつも、一先ず場を穏便に落ち着かせるようメモを用意します。

 

[ミスター、彼は“関係者”ではありませんが、私を魚人島まで運んでくださった方のひとりです。フランキーさん、彼は“ミスター・おさかな”。私の友人です]

「あ? なんだ、とんでもねぇ変態が近寄ってきたから変に警戒しちまったじゃねぇかよ」

「そう褒めんなよ、おれもこんなトコでカイロスが寝てたんでよ、驚いたんだ。ここは魚人も人魚もあんま寄らねェ場所らしいからな」

 

 ミスターはやけに気疲れしたらしく、深いため息を吐きました。私が眠っている間、変な人が近寄らないように見張ってくれていたようです。

 フランキーさんはアノマリーではありませんが、全身イースターエッグみたいな方ですからね。勘違いしても、おかしくない……んですかね?

 

「因みに、さっきから言う“関係者”ってのは、なんなんだ?」

[私たちアノマリーの中で、意思疎通が可能な相手は、相手がアノマリーの可能性がある時にそう呼称します。私たちの故郷は、閉鎖的なため独自単語が多く、不用意にその異常性を公開しないためにもこの様に暗号じみたやりとりをしばしば確認します]

「秘境の取り決めってやつかァ、変に圧をかけて悪かったな、ミスター・おさかなヨゥ!」

「……疲れる」

 

 ミスターが、“アノマリー”と言って良いのかと視線を向けてきましたが、後で私がでっちあげたカバーストーリーの様なものを共有しなければなりませんね。

 意思疎通が明確に取れると言うことは、財団の事についても、示し合わせておかないと露呈のリスクが生じますから。会った時に共有しておくべきでした。

 

[私がここで眠っていたのは、先ほどまであのオオグソクムシたちの治療を行なっていた後だからです。このベッドは、彼らからのプレゼントでして]

「へぇ、天然のウォーターベッドか? あいつらにはサニーの恩があるからな、あの怪我が治ったって話は、良いニュースだ!」

[フランキーさんは、他の麦わらの方々とはお会いしましたか? 私は、ルフィさんとサンジさん、ウソップさんにチョッパーさんと同じ場所で目が覚めましたが]

「いんや、まだ合流しちゃいねぇが、無事なのはわかってるからな。とりあえずサニーの置き場所を優先したが」

 

 ふむふむ、やはり皆さん離れ離れになっても無事をわかっているようです。

 サニー号は問題無く、フランキーさんのお知り合いの関係者の方が、コーティングを請け負ってくれるそう。

 確かに、魚人島から出るにはコーティングが必要ですね、当たり前ですが魚人島にも業者さんがいるようです。

 

[そういえば、オオグソクムシの皆さんは?]

「アイツらなら、お前が寝たのを確認したらどっか行ったぞ。棲家に帰ったのかは知らないが」

「おれもアイツらには礼を言いたかったんだがなァ……」

 

 あのカラフルな甲殻のSCP-6994たちは、既に去っていったのですか。怪我が治った今の状態なら、そうそう危険な事にはならないでしょう。

 ふぁ……それにしても、私はかなり眠っていた様ですね、あれだけ散らかっていた布たちは綺麗に掃除されて、残った分はミスターがバスケットに仕舞ってくれたそうです。

 かなりの惨状だったので、バスケットに収まるまでには相応に時間がかかったでしょうし。

 

 ですが、一仕事終えて、休んだことでサッパリとした達成感があります。なかなかに無い大仕事でした。

 ああでも、布も糸も随分消費してしまいましたね……お金も、すっかりお財布が軽くなってしまって。

 あ、そういえば……。

 

「ん? こりゃ裁ち鋏か。上等なモンだな……だが、ちと傷んでるか?」

[銀製なのですが、海水に当たったのと長時間使用で心配でして。できれば、診てほしいのですが……]

「銀に海水はマズイな、見たところ死に体ってワケでは無さそうだが……サニーに戻ったらメンテしてやるよ」

[ありがとうございます! 大切な餞でして]

「ああ、裁縫道具は専門外ではあるが、作り手の技術が伝わってくる。刀じゃねぇが、業物だぜこれは」

 

 甲殻のパッチワークを作っている最中、明確に切れ味の鈍りを感じたのです。あの状況では細かく手入れもできませんでしたから、そのまま連続使用したのですが……。

 普段のお手入れでは厳しそうで、本職の方に一度確認して欲しかったのです。銀製のものは特にデリケートですから、これで壊れてしまったら作ってくださった村の方に申し訳が立ちません。

 フランキーさんが点検してくれるなら、きっと安心でしょう。

 

 革のケースごと、裁ち鋏をフランキーさんに預けて、一度サニー号の方に向かう事にしました。

 海の森はかなり広いですが、サニー号がある場所は特に船の破片や亡骸が多い場所だそうで。

 なんだか不穏ですが、海では逆にそれが魚の棲家になったりして、恵みも多いそうです。

 木製の船は分解も早いでしょうし、案外居心地がいいのかもしれませんね。

 

 SCP-6994がくれたウォーターベッドは、悩みましたが広場の片隅に置く事にしました。流石に持って歩けませんし、天然素材ですから、海藻の中に潜む魚たちにも使えることでしょう。

 私は存分に楽しみましたので、他の方も楽しんで使ってくれると願って、少し陽当たりのいい場所に移動してもらいました。

 

 私たちがいた場所から10分ほど歩いたところに、サニー号はありました。

 確かに、船の残骸が多く流れ着いているようです。

 ですが、やはり空気は穏やかで、よく眠れそうな雰囲気ですね。光がほどよく頬や指先を撫でてくれます。

 

 広場とは違い、ちらほらと建造物も見えますが……何か、あるのでしょうか?

 ほんのりと、その周りに寂しさを感じるのは、何故でしょうか。

 こんなにも、穏やかなのに。いえ、穏やかだからこそ、寂しいのかもしれません。あれは、そういうものな気がします。

 ひっそりと、佇む、それは……。

 

 そこで、ルフィさんの元気の良い声が、どこか浮いて光の中に届いたのでした。








◇一人縫製工場テディベア
睡眠は可能なタイプのぬいぐるみ。すやすや。
今回の治療で布とお金をほぼ使い尽くしたのでどうしようかな〜と考えている。バスケットが軽い。
銀の裁ち鋏はこの後メンテで綺麗になって戻ってくる。安心安全フランキー工務店。なんなら切れ味数段増した。たぶんゾロあたりに使わせたら斬鉄くらい普通にできるんじゃないかな。


ミスター・おさかな<変態と会わせちゃいけないと思った。
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