パッチワークとハートの私   作:月日は花客

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Tale:エージェントBKは何を思う

 

 殺さないことが、優しさ。

 

 *

 

 エージェント・BKはシャボンディ諸島に配置されている、SCP-2295担当のエージェントである。

 長身にサングラス、きっちりと着込まれたスーツは威圧感があるが、どこか人混みに溶け込むような気配の薄さがあった。

 胸元には財団のマークが象られたピンが着けられ、革の光沢がある手袋は現場に指紋を残さない。

 エージェントの中でも、潜入や情報収集に長けているタイプと言えた。

 

 現在、SCP-2295は単独で行動している。現在地は発信機の座標から魚人島を示している。

 様々なSCPがこの世界にある中、何故SCP-2295だけが少女として姿を変えたのかは不明だが、そういった面でも謎が多い彼女を収容していないことは、財団にとってかなりの異例な事案だ。

 

 しかし、彼女と直接対面し、話し、報告書を作成したエージェントBKにとっては然程危険とは思えなかった。

 彼女がミーム汚染を持っていたらまた違っただろうが、エージェントBKはミーム汚染に対し耐性があり、この不可思議な世界に来てからその耐性はさらに上がっている。

 

 元々危険度が低く、むしろ慈悲深い性質を見せていたアノマリー。姿形が多少変わっても、その要素は微塵も変わっていない。

 だからこそ、単独行動を許可した。

 しかし、許可したからには、こちらも責任を負わなければならない。

 財団の力不足によって、彼女を安全なサイトに収容できなかったこちら側の落ち度でもあるからだ。

 

 装備開発や機動部隊の編成は、ヒューマンエラーの確率を限りなく下げたうえで速やかに行われ、SCP-2295担当の人員が再編成された。

 本部内でも、大きな異動や配置変換があったと聞く。

 その中で、変わらずSCP-2295の担当エージェントで居られるのは、偏に彼がとても優秀だったからだ。

 

 シャボンディ諸島には人が多い。

 市民、海軍、海賊に天竜人。奴隷や浮浪者まで……。権力ピラミッドのサラダボウルの様な島だ。

 エージェントBKは、奴隷の扱いや天竜人の横暴に対して特に思うことはなかった。

 財団も似たようなことをしているし、何か大きなやらかしがあれば自分も奴隷同然の立場に堕ちる。

 エージェントBKにとって、仕事の邪魔にならないなら特別興味関心を向ける事でもない。

 

 郊外にある書店を模したセーフティハウスを、午前8時に出る。

 それがエージェントBKの仕事の始まりだ。黄緑のネクタイがキッチリと締められた姿は、彼が朝に弱いタイプだとはとても思わせないだろう。

 

 シャボンディ諸島は、数日前に大きな騒ぎが起きた。

 死んだと思われていた麦わらの一味という海賊が再集結し、海賊海軍その他陣営をごちゃ混ぜでの大乱戦になったのだ。

 そんな騒動の中で、SCP-2295は何名かに“治療”を施した。

 流石にあの規模の戦いの中、全員を治すということはできなかったのだろう。あの事件の負傷者の中で彼女の処置を受けたものはとても少なかった。

 大抵は市民で、SCP-2295の異常性を理解しながらも感謝していた。善良な市民たちは軽い記憶処理にかけられ、通りすがりの能力者に助けられた事だけを覚えているようにしている。

 

 彼女が助ける対象は、幸か不幸か対象の善悪を選ばない。

 死刑予定の大罪人だろうと、何も知らない子どもだろうと、関係なく癒す。

 今回も、相手の人格関係無しに、全てに優しく手を差し伸べていたらしい。市民以外にも、懸賞金付きの海賊なんかが治療者に紛れていた。

 

 エージェントBKとしては、それこそ彼女の良さとは思うが、残念ながら彼女の優しさに優しさで返す人間が、この世界にどれだけいるのだろうか。

 彼の仕事は、そんな彼女の善性を無駄にせず、かつ保護する事だ。

 

 シャボンディ諸島にも、日の当たらない場所はある。

 

「なぁお頭! もう諦めようぜ、この人混みの中でチビのガキなんて何人いると思ってんだよ」

「バカ! 船長に意見するな! 黙って探すんだよ」

 

 サングラス越しに、黒い虹彩を声の方へ向けた。

 数名の海賊の一団が、人を探しているらしくあちこちをキョロキョロと見回している。

 仲間の一人が逸れたというよりは、金目のものを失くしたから探している、という形容の方が正しい。

 

「あのガキを仲間にするか、売るかしたら今よりもデカい船が買えるし、コーティングもその道の職人を雇える! 新世界に行くためにも、目を皿のようにして探せ!!」

「了解です! お頭!」

 

 お頭と呼ばれた男は、海賊帽を被り、いかにもな風体をした小汚い姿をしている。

 事前に目を通していた手配書から、海軍から5000万ベリーの懸賞金が掛けられた首だとわかる。

 その他のメンバーには、掛けられていないか、精々300万だ。

 

 これまでのエージェントBKの捜査により、彼がSCP-2295の治療を受けたことはわかっている。

 肩のあたりに弾丸をぶち込まれたのを治されたのだ。

 それから、ああやって部下を使いSCP-2295を探しているのである。

 

 お礼を言うため、なんて発想はあの会話を聞いたら一言も出てこないだろう。

 あの海賊は、あろうことか恩のある小さな女の子を、ひっ捕まえて無理やり船に乗せるか、奴隷として売ろうと言うのだ。

 治療法に金を見出したようだが、あまりにも人として恥ずかしい行いだろう。今はバレてはいけないが、思わず不愉快でため息を吐きそうになる。

 

 数日、動向や治療の真偽を確かめるために泳がせていたが、その必要ももう無くなった。

 海賊たちが人通りの無い、建物の隙間の方へ歩いていくのを確認し、エージェントBKもまたその後ろを尾けていった。

 

「止まれ」

 

 遊園地の歓声や雑音が離れている建物の裏の裏。

 エージェントBKは、その低い声をしかしはっきりと上げ、海賊たちを呼び止める。

 ガラ悪く振り返った海賊たちは、エージェントBKに見覚えは無い。

 

「なんだ、お前」

「お前たちが探している、治癒能力を持った少女について話がある」

「おお! もしかして、お前もアイツを狙ってるクチか? 残念だが、アレはもうお頭が目を付けてんだ。つまり……」

「情報だけ渡して、帰りな」

 

 部下の男たちが鼻を鳴らすが、エージェントBKの表情はびくともしない。ただ、砂利が混じる地面を少し革靴が擦っただけだ。

 パッと見、スーツのみで武装していないエージェントBKは怖くないと思ったのか、1000万越え1億未満の海賊によくある慢心からか、相手は強気だ。

 

「残念だが、情報は渡せない。彼女を拐かす、または売ろうと計画しているなら、こちらも対処をさせてもらう」

「なんだ? コイツ。もしかしてあのガキの保護者か?」

「ハハっ、なら痛めつけて居場所を吐かずまでだ!」

 

 部下の一人が、カットラスを大きく振り襲いかかる。

 しかし、その攻撃はたった一歩、足を動かされただけで簡単に避けられてしまった。

 

「オラァ!!」

 

 もう一人の部下が加勢するが、大して変わらず、揺れるジャケットにすら傷をつけることができない。

 また一人、また一人と加勢していき、遂には10人以上の混戦になっても、エージェントBKは涼しい顔で全ての攻撃を避け切ってみせる。

 

 海賊たちが、特別連携ができていないとか、そう言うわけではない。

 エージェントBKが、まるで()()()()()()()かのようにありとあらゆる攻撃を認識しているのだ。

 頭の後ろどころか、背中や足裏にも目が付いていそうな程に。

 しかし、彼は自分から手を挙げることはなく、ただ避けるに徹していた。

 

 攻撃方法が無いのか、避けるのに手一杯なのか。どれだけ避けていてもいずれは体力が尽きる。それを好機と見た船長は、部下たちが無駄な攻撃を繰り返すのをひたすら待ち、流石に限界だろうという頃になって参戦した。

 伊達に懸賞金は掛かっていない。

 磨いた剣技には自信があるし、銃も持っている。丸腰の相手とは訳が違うのだ。

 ニヤリと笑った船長に、エージェントBKはただ無感動に目線だけやると、ジャケットの中、肩にかけたホルダーから光沢のある拳銃を取り出した。

 

 船長達にとっては、黒く、素材がよくわからない変な銃に見えるだろう。

 しかし、現代日本及び地球世界にとっては明確にハンドガンであり、詳しいものが見たら様々なカスタムが施されているのもわかるだろう。

 セーフティは既に下ろされている。

 

「私は彼女の優しさを素晴らしく思っている。また、尊重したいとも」

 

 エージェントBKは躊躇いなくトリガーを引いた。

 部下の一名にほぼ無音に近い静かさで当たったそれは、対象を沈黙させる。

 ただの一発で、悲鳴を上げることもなく大の男が倒れ伏したのだ。明らかに異常な威力に、部下が数名慄く。

 船長もまた、驚愕に目を見開いていた。

 

 エージェントBKの瞳はサングラス越しで見えないが、さほど大きな感情は映していなかっただろう。

 これが彼の業務だからだ。

 

「彼女の担当になったからには、その暴力を嫌う性質を、人の死を悼む心に寄り添い、また倣っていきたいとも思う」

 

 次々と、部下が撃たれ倒れていく。

 地面に伏した男たちはピクリとも動かない。既に倒れた別の誰かに当たっても無反応だ。

 なんとか避けようと脚を動かした者も、それを見越していたかのように無力と化していった。

 

「彼女は人よりも人を想っている。しかし、盲目なわけでもない。だが無力だ。故に、()()のような者たちが必要となる」

 

 1分も経たずに、海賊の部下は全員黒い引き金の餌食となっていた。

 船長は、抵抗のため何度も銃声を響かせたが、残念ながらそれでエージェントBKが怯むことも、また騒ぎを聞きつけた誰かが助けに来ることも無かった。

 

 エージェントBKは、その長身に見合った大きな歩幅で船長に近づき、その腹にしっかりと銃を突き付けた。

 近寄って初めて見えた、サングラスから覗く瞳の暗さに、船長はいつから己の運命が決まったのか、走馬灯のように過去を思い出している。

 少女に助けられた時なのか、そこに感謝ではなく利益を見出した時なのか、この男に捕捉された時なのか。

 しかし、その過ぎ去りし記憶の中に、船長を助けるものは、何も無かった。

 

「安心してほしい。我々は彼女を尊重し、殺しは選択しないようにしているからな」

 

 エージェントBKの少し上がった口角を、男は認識できただろうか。

 小さな発射音と共に、体に何かが刺さる感触がして、男は意識を彼方へと投げ出した。

 

 *

 

【報告】

記入者:エージェント・BK

記入日:⬛︎⬛︎年⬛︎月⬛︎日

 

シャボンディ諸島エリア14付近にて、SCP-2295を狙う海賊集団と接触。対象の船長は肩にSCP-2295の治療を受けていた。

対象はSCP-2295に対し加害的であり、拉致あるいは奴隷商への斡旋を目的としていた。

⬛︎時⬛︎⬛︎分、部下18名と共に鎮静剤によって無力化。捕縛。

その後クラスB記憶処理を施し、海軍へと引き渡した。引き取り責任者は⬛︎⬛︎⬛︎少将。

懸賞金約5800万ベリーは財団の担当チーム指定口座[削除済み]に入金。予算会議は来週を予定。主任は必ず出席となる。

 

調査によるSCP-2295の治療体験者は今回を含みシャボンディ諸島で現在13名発見されている。

SCP-2295に危害を加える可能性がある体験者は発見している限りは全て海賊のため、見つけ次第海軍へと引き渡すことを継続。

市民が計画していた場合、捕縛後会議を通し対処を決定予定。

また、海軍への引き渡しの際はカバーストーリー【賞金稼ぎ】を適用する。

 

引き続き、SCP-2295の治療体験者の捜索を行う。

 

補遺:セーフティルームの書店にSCP-2295のグッズを置く案は棄却されているため、担当者はブライト博士を抑えた上で在庫の回収に来ること。








◇エージェントBK
社畜。
見聞色に特化した覇気持ちエージェント。
SCP-2295の存在を隠すため、シャボンディ諸島に配置されている。
エージェントはSCP-2295が「治療を行なった」と報告した全ての島に配置されていて、治療者の大半は記憶処理を受けている。カイロスという少女のことは忘れていない。
鎮静剤カスタムした愛銃はワルサーP22。
地球時代に娘を癌で亡くしている。
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