パッチワークとハートの私   作:月日は花客

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報告27:沈潜(おさかな視点)

 

 いっそ、サメにでもなりたかった。

 

 *

 

 俺が気づいた時には、見知った収容室の白い壁ではなく、やけに潮臭い珊瑚に囲まれていた。

 なにか、厄介なことに巻き込まれたことは理解できたが、それじゃあ、それをどうにかしようという意欲は湧いてこない。他のミスターズの様な、強力な力や能力を持っていたら、変わったかもしれない。

 けれど、俺は結局のところ、頭が魚なだけの、非力な人間だからだ。

 

 珊瑚礁の森を抜けると、そこには俺のように、魚の特徴を持った人型の生物が生活していた。

 言葉を話して、働いて、家族と暮らしている。

 しかも、そいつらは泳げたり、魚と話せるらしい。凶悪そうな牙や針を持っている奴もいた。

 正直、自分のアイデンティティが無くなったと思った。俺はただの魚頭なのに、あいつらは当然のように水中を自在に泳ぎ、呼吸している。

 

 目眩を覚えながらも、俺は財団の所在を知ろうとした。本来俺は収容されている存在だからだ。

 財団のサイト生活はそこまで悪くないし、博士だのエージェントだのが、理念やらたいそうなものを背負っているから、大人しく暮らしていた。

 衣食住は当然提供されるし、許される範囲の娯楽も楽しめるから、わざわざ脱走だの反抗だのを考えた事はない。

 まぁ、この自分の上位互換がゴロゴロいる土地から、早く抜け出したかったのも、ある。

 

 しかし、財団は見つからなかった。

 というか、人間がいない。

 魚人や人魚こそいるものの、人らしい人間はおらず、俺の見た目を見て財団のことを切り出す者も無い。

 財団の存在が、一応隠されているものだとは理解していたから、あからさまに名前を出さなかったのが悪かったのかもしれないな。

 

 結局、金のために適当な日雇いのバイトをこなして、ちまちまと生活していた。

 言語は通じたし、何か特別な力を持っていなくても、皿洗いくらいはできる。金の通貨単位も違うし、いよいよここが何処なのかわからなくなった。

 このままここで暮らしていたら、どっかで財団が見つけて拾ってくれないか。

 そんな雑な未来設計で、俺はカレンダーに線を引くばかりだ。

 

 そうして、何週間か……皿洗いや宅配、入り江の魚の餌やりの仕事にも慣れた頃、その娘と出会った。

 

 ちっこい、年齢的にも二桁は行っていないだろう子どもだ。身体に魚の特徴は無く、何故かクマの耳が頭についていた。それも、布製で付け耳のようなファンシーさだ。

 思わず口に出た独り言を、その女子は的確に拾い、振り向いた。

 

 別に、ロリコンだのペドのケは全く無かったからか、俺はこういう小さい女の扱いはわからない。

 おもちゃとはいえ、子どもの対応のエキスパートかと言われると、そうではない。

 だから、普段通りに話した。我ながら、うん、口は悪い方だと思う。

 ただ、その女子はそんな俺にも怯まず、小さなメッセージカードを使って会話してきた。

 同じ、財団で管理されている存在だったのは、驚きもあるが、どちらかと言えば安堵のため息が漏れる。この土地にも財団はいて、活動しているという事は、俺が収容室に帰れる望みもあるってことだ。

 ちっこいパッチワークの娘はSCP-2295“パッチワークのハートがあるクマ”と名乗った。

 

 魚人の奴らが嫌いってわけではないが、どうにも、関わるとコンプレックスやら劣等感が刺激されて、あまり良い気はしない。

 あいつらは親切だし、俺に生きれる程度の金と仕事を渡してくれた。良い奴らだとは、思う。

 こればっかりは、生まれ持った力の差だから、簡単に解決できる問題じゃない。

 俺が一方的に苦手意識を持っているだけだが、やはり、魚人よりはカイロス嬢と行動した方が気が楽だった。

 

 カイロス嬢は、治癒系の異常性を持つアノマリーらしい。

 ワンダーテインメント博士の一部の商品のように、危険性のあるアノマリーは多い。というか、アノマリーは大抵危険性を孕んでいるものがほとんどだ。

 そんな中、攻撃力が塵程にも無い、無害な奴と出会えたのは、かなりの幸運だろう。

 まともに話が通じて、いきなり殺しにかかって来ないだけで、財団の管理している存在の中では天使みたいなもんだからな。

 

 カイロス嬢の能力は、すぐ見ることになった。

 クソみたいにデカいオオグソクムシが、布と綿と糸によって、治療されていくのを眺めた。

 手元が残像で見えないほどに高速でパーツを縫い、グシャグシャになったオオグソクムシの脚やら甲殻を治していくのはなかなか爽快だ。

 面白いくらいに布や綿が消えていって、それでオオグソクムシたちの身体もなんだか間抜けさがあるパッチワークになっていく。

 

 平和な能力だ。

 小さい身体で布を押さえて、小さい手でひたすらに針を通していく。

 途中からオオグソクムシの手伝いが入ったものの、やはり大半は彼女が作り出している。

 巨大な甲殻や脚の治療は、流石のアノマリーでも疲労するらしい。

 じんわりと、指先は赤くなっていくし、額には汗が浮かんでいた。

 

 俺は、頼まれたお使いが終わってからは、その作業風景を、猫と一緒に眺めていた。

 高速で縫われていく生地は、早さの割に丁寧で、縫い目に数ミリのズレもなかった。

 裁縫には詳しくないが、相当な重労働だとは一目でわかる。

 疲れるだろうに、一心不乱に針を操り続けるその姿は、見た目の幼さもあってか、健気で眩しい。

 

 アノマリーなんて、大抵が物騒で、血みどろの危険生物ばかりだと思っていた。

 けれど、今目の前にいるカイロス嬢は、下手な人間よりも、優しく健気に見える。

 特別な能力が無い俺からすると、自分の持つ力に、驕らず他者を治す彼女の在り方は、明るすぎて目を細めたくなる。

 俺が力を持ったとして、それを他者のためだけに使えるだろうか。

 自信は、ない。

 

 *

 

 だからこそ、今上空、もといシャボンの外で行われている戦闘に、拳を強く握りしめる。

 血管が浮き、血液の流れが速くなるような、ひさしぶりの感覚だ。

 

 最初こそ、ホーディを翻弄していたオオグソクムシたちだったが、今は傷が大小問わず隠せなくなってきている。

 ホーディが戦闘の最中に謎の錠剤をボリボリ食ってからだ。明らかに動きが変わった。

 

 甲殻に弾かれていた背びれの刃は脚を容易に切断できるようになり、その拳は甲殻を大きくひしゃげさせた。

 触覚を引きちぎり、牙を砕いていく。

 カラフルなパッチワークの身体は、またボロボロに歪み傷へと戻っていく。

 確実に、あの錠剤が強化のタネだろう。

 姫は順調に逃げられているとはいえ、麦わらの船長の援護が入っても、オオグソクムシたちは確実に追い詰められていた。

 

「──っ」

「うお、わ、悪い」

 

 思わず腕に力が入った。まだ俺はカイロス嬢を拘束している状態だ、過度に絞めつけててはいけない。

 だが、腕や手の甲に血管が浮き出るほどの激しさが脳内に吹き散らしているのは事実だ。

 

 俺は、目の前であのオオグソクムシたちが治されていくのを見た。

 嬢が必死に糸を縫い付け、どこから入手したのか大金を使って大量の布や綿を買ってまで治した身体だ。

 額に汗を滲ませて、何時間も腕を動かしてようやく治した傷が、また使い物にならない欠損へ逆戻りしていく。

 

 ホーディの目論見だの、魚人の憧れのタイヨウだのは、正直なところ、はっきりと共感はできなかった。

 俺は種族という括りはあまりわからないし、それによる差別も、経験ではほぼ無いからだ。

 財団に保護される前も、後もなんだかんだぬくぬく生きていたから。

 だから今回のこの戦争も、海賊の方が勝てば良いと応援はしていたが、本当の意味で共感し心から応援していたとは、自信を持っては言えない。

 

 けれどこうして目の前で、彼女の頑張りが、優しさが蹂躙されていくのはどうにも、鱗ひとつひとつに痙攣が起きるような感情が起こる。

 魚の頭は表情が出にくいが、それが今は良いのか悪いのか、判断はつかなかった。

 

 俺は、隣に浮いているダイウェイに、カイロス嬢に聞こえないようそっと耳打ちする。

 

「……本気っすか」

「財団からのお叱りは、全部俺が受けるさ。あれは、見ていられない」

「俺は、別に良いですけど、それでカイロスちゃんがどう思うか」

「……俺の勝手なエゴだ。後々のことは、それなりに覚悟してる」

「なんというか……ちょっと意外です。アンタ、割と激情家だったんすね」

 

 俺は、カイロス嬢を抱えていない方の手で、自分の鱗をなぞる。魚のそれは、案外鋭い。

 

「ゴールデンバルブってのは、案外気性が荒いんだよ」

 

 *

 

「カイロス嬢、今更だが、あんまり自分の異常性を押さえつけるってのも、良くないんじゃないか?」

[はて? しかし今の私は暴走する危険を孕んでいます。状況的には、押さえておかないと]

「そりゃ、戦場に降りたら危ないけどよ、さっきのホーディの攻撃で、市民の奴らがかなり怪我しただろ」

 

 魚人島全体に余裕が無い今、ホーディの水の射撃を受けた市民たちは止血だけされて横になっている。

 

「あいつらなら……治しても大丈夫だろ。逆にある程度発散できれば落ち着くかもしれない」

[それは……]

「悪いが、俺とダイウェイはちょっと用事ができた。万一の押さえつけ係はジョーシーにバトンタッチだ」

[用事? なんのですか?]

 

 カイロス嬢の疑問を無視して、俺は脇に挟んでいた嬢を地面に降ろす。

 人の子どもより圧倒的に軽いこいつなら、猫のジョーシーでも簡単に止められるだろう。力も無いし。

 ホーディによる怪我は銃で撃たれたような小さい穴が身体に空いているらしい。そのくらいの規模なら、バスケットの中の少ない端切れでも十分だろう。

 

 俺はバスケットに手を突っ込み、ジョーシーを引き摺り出した。

 

「お前のご主人様が下に降りようとしたら、裾噛んででも止めてくれ。まぁできるだろ」

 

 コイツは案外頭が良い。それに、カイロス嬢に懐いている。

 本人が危険な場所に行きそうになったら、止めるだろう。

 

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「俺も、すいません、すぐ戻るんで!」

「──?」

 

 不思議そうな目線を背に受けながら、俺とダイウェイはシャボンの外を目指す。

 手には、布にくるまった小さなある物が握られている。

 

「はぁ、こういう時水中で呼吸できたら楽なんだが」

 

 残念ながら魚頭にして肺呼吸から逃れられなかった俺は、珊瑚が出すシャボンに包まれ、泳ぐダイウェイに捕まっていた。

 思ったよりも速度が出ていて、これならすぐホーディたちの元へ行けるだろう。

 

「はひー! 日課のランニング辞めてなくて良かった……」

「サメのランニング……??」

 

 数分でホーディの前に来ることができた。魚人島からざわめきが聞こえるが、今はそれに耳を傾けている場合ではない。

 

「次から次へと……! なんだ、テメェらは」

「いやー、まぁ無理だと思うんだけどよ、この戦いはもう終わりにしねぇ?」

「何を言うかと思えば、魚人の恥晒しが」

「さかなのおっちゃん! 危ねェぞ!!」

 

 麦わらの船長が叫んでくるが、俺の用件はすぐ終わる。

 ただ、俺とて好き好んでやりたいわけではないから、最後通告ってやつだ。付き合わせるダイウェイには本当悪いが。

 

「そうか。ところで、お前がボコボコにしてるそいつら、俺の知り合いが治したんだよ」

「……雑談をしに来たのか? 目障りだ、消えろ」

 

 瞬間、肩のあたりに激痛が走る。

 どうやら、市民の奴らにも撃った水の弾丸みたいなやつを食らったらしい。スーツに血が滲む。

 だが、それで俺の目元の震えが、苛立ちが収まることはない。

 

「せっかく頑張って、時間も金もかけて治した相手が、また傷ついていくことの辛さがわかるか?」

 

 カイロス嬢は、オオグソクムシとホーディの戦いを、ただ黙って見ていた。

 その瞳は、俺が魚人を知った時の瞳と、同じ色をしていた。

 俺は、それが堪らなく嫌だったんだ。

 それじゃあ、あの海の森で見た光景が、無駄だったみたいじゃないか。

 彼女の、指先の赤みも、散らばった幾つもの端切れも。

 

「あまりにも……()()()()()()じゃねぇか、なぁ?」

 

 そう笑って、俺はホーディに持っていたものを思いっきり投げつけた。

 それは、水中の抵抗をものともせず、まっすぐにホーディに向かっていく。

 派手な黄色が、青い世界にひとつだけ浮いて見えた。

 

 ホーディは、その投擲物を、「くだらねぇ」と手で弾こうとした。

 そう、接触しようとした。

 

 水に濡れた、アヒルの玩具が、生きた人に近づいた。

 

「がッ──!? あぁあああああ!?!?」

 

 コンマ何秒にも満たない刹那、アヒルはその重量を急激に増した。

 

 秒数が増すごとに重量もまた増え、ホーディの左脇腹に、抉り込むように沈んでいく。

 水中の浮力など知ったものかと、ただただ、沈んでいく。

 アヒルの沈没に巻き込まれているホーディもまた、肉に食い込み血を流しながら、沈んでいく。

 

 重さは更に増していき、ホーディがそのアヒルを退かそうと手を伸ばした時にはもう遅かった。

 オオグソクムシたちを散らした腕力も、もうアヒルには通用しないほどに重さを増していたのだ。

 常人なら、とっくに腹を突き破られて死んでいるだろう。

 

 幸いなことに、ホーディは攻撃力だけでなく、タフネスも強化されていたようだ。アヒルはホーディの肉に食い込みながら、奴を下へ下へ沈めさせていく。

 魚人島を覆うシャボンを超え、空気の世界へ戻ってきても、濡れたアヒルはまだまだ底を目指していく。

 

 ホーディの叫び声と共に、広場に大きなクレーターができようとしていた。

 

「うわ、やっば……」

「大丈夫、財団からの責任は全部俺が負う。しっかしまぁ……」

 

 俺はオオグソクムシたちを見た。

 パッチワークの部分、それ以外の本来の白さをまだ保っていた部分。どちらも、ボロボロになって、体液を漏れ出している。

 無傷だったリーダーの個体も、同様に大怪我を負っていた。

 

「派手にやってくれちゃって、さ」

 

 カイロス嬢がこれで喜ぶとは微塵も思っていない。

 ただ、こいつらをボロボロにしたクソ野郎を地に落としたことで、俺の鱗の痙攣は少しおさまっていた。

 

 財団に知られたら……その時はその時だ。

 呆気に取られている王子や麦わらの船長をスルーして、俺はまた、広場の方へ戻ることにした。








◇コンプレックスと願望の塊
バスケットの中に入っていたのはSCP-200-JP“浮かばれないアヒル”でした。
ミスター的には、無力感や無能感をカイロスに感じて欲しくなかった。
でも、ホーディによってSCP-6994がボロボロになったのを見て、そしてそれをカイロスが見ちゃったことでブチギレ。
もう殺すしかなくなっちゃったよ……。
穏健派ではありますが、彼もワンダーテインメント博士の産物なので、殺そうと思えば殺せるタイプだと思ってます。
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