パッチワークとハートの私   作:月日は花客

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お久しぶりです。投稿が遅れていつの間にか四月になってしまいました。申し訳ないです。
かなり難産でした。
戦闘描写が下手なので、カット多用は多めに見て欲しい……欲しい……。







報告30:墜落(三人称視点)

 

 広場に数分ぶりの轟音が響いた。

 

 *

 

 激しい戦いの様子……国の存続をかけた戦争を眺めていた市民は、少女の行いにまだ感情が追いついていなかった。

 自分や、自分の家族を撃ち抜いた敵の頭領を、自分たちを治したのと同じように治したのだから。落ちてきたホーディは重傷で、治さなければ勝利は目前だった筈。

 

 しかし、その行いだけを見て、裏切り者だと罵ることもできない。

 少女は、敵味方人種関係無くただ傷ついた人を治している。

 そこに、ホーディの言う「下等種族」という思想は一つも無かった。

 ただ、傷ついた隣人を癒す。その為だけに、大人でさえ入るのを躊躇う戦場に一人身を投げたのだ。彼女の中に許されない存在はいない。

 この国がどうして戦争をしているのかわからない、幼い子どもでさえ、彼女の行いは慈悲に満ち溢れたものだと理解していた。

 

 新魚人海賊団は、人間は当然、陸への侵略に拒否を唱える魚人にすら構わず攻撃した。

 ルーツとなった魚は違えど、魚人や人魚は元々環境や陸と離れた深海での生活によって、団結意識は強い。種族としての結束は、世界の中でも有数だろう。

 しかし、ホーディ一味はそんな事は夢幻とばかりに、この短期間で多くの同族を傷つけていた。

 

 同族ですら隣人を撃つ世界なら、他種間の溝はより深い。そう、魚人たちが考え始めた時に、現れたのが麦わらの一味とエプロンドレスの少女だった。

 囚われた王族、追われる姫を助け、ホーディ一味に立ち向かう人間たち。

 傷ついた魚人を、敵ですら癒してみせた少女。

 種族に刻まれた海溝を容易に飛び越してみせた彼らに、実のところ、市民たちは大いに救われていた。そして、魚人島もまた、救われようとしている。

 

 種族や善悪を超えた慈しみに、最初こそ困惑した。敵に手を貸す怒りを持った者もいるだろう。

 しかし、噛み殺されそうになっても、それでも相手を労わる仕草に、大人たちは「自分たちが見逃してはいけないもの」の輝きを感じた。

 このまま、彼女を敵視してしまったら、それは第二のホーディを生み出す事と、同じなのではないだろうか。

 魚人島に蓄積した膿が国を侵蝕している今、この輝きは、かつて魚人街の者たちが手を離してしまった、泡のように儚い優しさ。

 自分たちもまた、手のひらからこぼれ落としてしまいそうになっていた、共存の希望だ。

 

「ねぇ、お母さん……わたし、あの子が悪い子だって思えないの」

「そう……そうね……。目を逸らさないで。私たちが失くしかけたものを、あの人たちはまだ強く持ち続けているのよ」

 

 誰も敵を治したカイロスを責めなかった。

 彼女の治療によって、ホーディはまた力を取り戻し、希望の星であるルフィに重傷を負わせてしまった。ノアも、魚人島に墜落しようとしている。

 広場で戦う魚人海賊団の戦士たちも、ホーディの復活によって士気を取り戻していた。おさまりかけていた鬨の声がまた響いていく。

 しかし、それでも、彼女は間違ってなどいない。

 

 麦わらの一味に魚人島の未来を託したように、魚人たちはカイロスに消えかけていた理想を見出していた。

 ホーディによって絶望した心に、魚人島を照らす陽樹の様な……いつかの日、憧れのまま見に行った“タイヨウ”の光が、触れる。

 

「手を離さないで。俯かないで。ほら、“タイヨウ”までもう少し──」

 

 剣戟の音、悲鳴、絶叫、破壊音。

 数多の響音の中、誰よりも美しく強かった王妃を知る者に、かつて聴いたさざなみの様に溢された言葉が、脳に流れた。

 頭を打ちつける爆音の中だというのに、その一瞬だけ深海の静けさを取り戻していたのは……あの人の記憶が、秘められた真珠として仕舞われていたからか。

 

「ニンゲンってのは馬鹿だなァ!! 奴隷の鎖を握って、手を取り合えるなんて抜かしやがる!! おれはそんな愚行はしない。差し伸べる手を、腕ごと叩っ斬ってやる!!」

「フライと、スシと、ナベのぶんも殴るって決めてんだ! 陸地なら、おれのほうが有利だぞ、シシシッ!!」

 

 混戦激戦の空間で、麦わらの一味たちはどうしてだか楽しげに戦っていた。

 気楽に、背負うものも気にせず、目の前の戦いに怒りこそあれ悲壮は無かった。

 船長同士の戦いであるホーディとルフィの対決も、空気に富んだ陸地によって、段々とルフィ側に勝率が傾いてきている。

 

 治療を受けても、元の体力や失われた血は薬で無理やりブーストしているからか、ホーディはもう何度目かの服薬をしようとしては、それを察知したルフィに止められている。散らばったカプセルは踏まれ潰れ、中身を地面に撒き散らしている。

 規格外のタフネスや筋力を持っているホーディだが、落下によって開いた横腹は見過ごせない傷痕になっている。元々回復のための薬ではないからか、完全には戻らなかったらしい。

 ルフィもそれをわかっているのか、ジワジワと追い詰められるホーディへ攻撃する手を止めない。

 

「ニンゲンが憎い奴なんて幾らでもいる! それこそ同じニンゲンでもいるだろうよ! 一度決まったカーストはそうそう変わらない!! 革命だ……おれが人の世に革命をもたらす!!」

「ニンゲンニンゲン、うるせーッ!!」

「水中じゃ息も出来ない、深海の圧力にも耐えられない、下等生物がァ!! 魚人が……おれの方が圧倒的な強者だと、知らしめてやる!! 蹂躙してやる!!」

 

 ホーディが吠える。

 その声量はビリビリと鼓膜を震わすが、大海の深くで過ごしたはずのホーディに、他者の精神すら押し潰す覇王の圧はチリほども無かった。

 

 ルフィの拳が黒く光り、薬によって鋼すら砕く硬さを得たホーディの肉体を遥かに超えた鋭さを形作った。

 

「おまえよりも……カイロスのほうが、100倍強え!!!」

 

 めり込んだ拳は、戦場の地面にホーディを巻き込んで巨大なクレーターを作り出す。

 それは奇しくも、ホーディが「浮かばれないアヒル」によって墜落した地点のすぐ隣で、渾身の力によって抉られた地面は先程よりも遥かに大きい規模となった。

 白くなってしまった髪を衝撃で揺らしながら、ホーディは気絶した。

 最早カイロスの治療によって回復したはずの臓器はまた損傷し、強化された骨や筋肉も、覇王の素質を持つ者の一撃によって砕けている。

 魚人と人、ではなく……ホーディとルフィの間での格付けが、完全に決着した瞬間だった。

 

 歓声と悲鳴が同時に挙がる。

 悲鳴はやがて歓喜と興奮の叫びに呑まれ、幹部たちもまた、一人一人“格付け”が済んでいった。

 最早、広場に残る新魚人海賊団の残党は、上がった士気を放棄する程度の小さな群れに収まっていた。

 

 しかし、歓声もそこそこに人々は見上げる。

 光を遮りながら、巨船が……ノアが、落ちてきていた。

 

 *

 

 空気どころか水をも震わせる雄叫びは、未だ水中に待機していた王子たちと姫の元にも届いた。

 その叫びの色に、麦わらの一味の勝利を確信した王子たちは、ようやく小さなため息を吐くことができた。

 一つ目の脅威は去った。

 妹の危機も小さくなった。

 けれど……

 

「ノアが……落ちる……!」

「止めないと勝利も水の泡だ! どうにかして、ノアの落下を止めないと……!!」

「だが、どうやって──!?」

 

 ノアは、巨大な本体に鎖を繋げた、数万人でも動かすことが叶わない異次元の船。

 水中にいる王族どころか、魚人島の住民全員で押しても、クジラにプランクトンが挑むどころの話ではない。

 また、あれは「約束の船」。壊すことも許されない。

 

「やむを得ない……おれ達でノアを破壊し、島を護るぞ!!」

「本気かぁ!?」

 

 フカボシは、覚悟を決めて三叉槍を構える。ホーディとの戦いで受けた傷はまだ塞がっていなくとも、本気の決死によってノアを破壊する計画に出ようとする。

 リュウボシ達も、無謀なことだと兄の正気を疑いながらも、その手は武器を握り締めていた。

 約束と国民。無機物と命。いつかの使命と、救われた現在。

 その秤は、本来比べられないものだったが、王族としての意志と責任が、彼らの背を押していた。

 

 しかし、姫──しらほしは、痛む肩に手を当てながら、ただ己の無力を悔やんでいた。

 

 (わたくしが……もっと強ければ。「よわほし」でなければ……皆さんを助けられた、筈なのに……)

 

 必死にノアを誘導するために海中に出たけれど、ホーディによって兄達や助けに来てくれたオオグソクムシたちもボロボロになり、ノアも最早自分を狙ってはいない。

 冷たい海水が、涙を涙にしないで攫っていく。

 ただただ心が痛んだ。肩よりも、国の一大事に眺めることしかできない自分が、情けなかった。

 

 (カイロス様……わたくしも、あなた様のようになれたら)

 

 手のひらに僅かに残るふわふわとした感触。彼女は小さくても凛としていて、この戦いの中でも、自分の出来る事を迷わず行っていた。

 ホーディがしらほしから離れ、広場に落ちたのも、間接的にはカイロスのお陰なのだ。

 

 いつだってそうだった。

 大きなだけの体で、守ってもらってばかりで。

 閉じ込めようとした涙も、自分を封じていた扉すらすり抜けていく。

 

 母を殺した相手を恨んだことはなかった。

 同胞を奴隷に堕とした人間も恨んだことはなかった。

 しらほしが憎んだのは、無力な、弱虫な己だけだった。

 

「お願い……魚人島を……わたくしの、大切なものを────」

 

 これ以上、傷つけないで!!

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 『きこえた、よ』

 

 その時、世界の島々の幾つか、広い海に散らばっている、遠く離れているはずの島たちが。

 

 少しだけ、位置が変わったという。








◇しらほし姫
覚醒。
自身を悔やんだ彼女の力が発現するきっかけは、ただ自分を囲う隣人たちが傷つく事を悲しんだからだった。
だから、島々は少しだけ「ずれる」だけで済んだ。
カイロスも知らない、姫も知らない、大きいけれど小さなお話。
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