パッチワークとハートの私   作:月日は花客

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報告31:返礼

 

 巨大な生物たちは、その威圧感とは裏腹に、静かに突然、海に現れました。

 ノアに繋がれた鎖を咥え、魚人島に落ちる寸前だった巨船を、容易く止めてみせたのです。

 

 海王類と言っても、その大きさは幅広いようで、ノアを運ぶそれらは、種の中でも特別大きなものたちが想定されているのでしょうか。

 旅の中、何度か海王類を見てきたことはありましたし、中にはその肉を売っている場面も見たことがあります。

 ですが、その経験の記憶からは検索できないほどに、大きな大きな海の王者が、こちらを見下ろしていました。

 

「か、海王……類が、ノアを……」

「な、なんで……?」

 

 本来生物として、魚人や人魚にもあまり関わってこなかったのか、周囲の市民も、驚きと困惑の声を漏らしています。

 海原の脅威として、海で生きる彼らにもその力はしっかりと刻まれているらしく、震えている者も少なくありません。

 海王類が、ノアを止めた。

 それは、誰も考えていなかった、未知の救いだったのです。

 

 私もまた、見上げていました。

 海王類たちは、ノアを運びながら、何か……しらほし姫と、少し会話をしたようです。周りの人は気づいていませんが、数回、意思疎通をしたのが不思議とはっきり見えました。

 魚人の皆さんは魚と話せますが、しらほし姫は海王類と話せる、ということでしょうか。

 

 海の支配者。海賊も恐れる強大な海の怪物。

 それらを、自由に使役できたとしたのなら。彼女の力は、どれだけ……。

 不穏な考えが脳裏をよぎりますが、彼女が呼んだ海王類は、こうして魚人島を救いました。我々を害する素振りは見せません。

 しらほし姫も、争いを望まないでしょう。

 王族がこの力を認知しているなら、予想される最悪な未来を避けるために動くはず。

 

 ……一応、財団に報告しておくべきでしょうか。

 海洋に関するアノマリーは、海という恐怖を煽りやすいテーマ故かかなりの数存在します。

 そして、その特性上危険なものが多いです。もし、しらほし姫の影響を海王類だけでなく、そういった海のSCP達にも作用するとしたら……最悪な未来は、更に加速してしまう。

 

 もう少し裏を取りたいところですが、今は置いておきましょう。

 ホーディ一味は倒れ、ノアは回収された。

 魚人島の危機は去りました。

 助かったんです、私たちは。

 

 海王類の出現に呆気に取られていましたが、彼らが去って、ようやく他の人々も戦いの終わりを認識したようです。

 歓喜の声や、安堵のため息があちこちから聞こえてきます。

 ですが、私はまだその喜色の中に入ることはできませんでした。

 

 ミスター、そしてダイウェイさんやSCP-6994たちがどこにもいません。

 

 彼らは、ホーディさんと戦った後、撤退しました。

 大きく負傷していましたし、私の元へ戻るという言葉も果たされていません。今、どうしているのか。不安と焦りが、じわじわと強くなっていきます。

 周りの興奮とは逆に、私の中の嫌な予感が、次第に大きくなっていくのです。

 

 私は一度、冷静さを戻すために深く息を吐きました。そうして、もし、傷ついた彼らが広場以外のどこへ行くかを、考えます。

 途中で力尽きてなければ……海の中に呑まれていなければ。

 様々な歓声が満ちる中、私はひとり、広場から走り出します。

 

 安らぎの緑のもとへ、全速力で。

 

 *

 

 予想は当たり、海の森に彼らはいました。

 血と体液に塗れ、崩れ落ち、生命の灯火が僅かに揺れているような満身創痍です。

 オオグソクムシたちは幾つもの欠損を抱え、触覚をぴくりとも動かす力もないようでした。

 そこにミスターとダイウェイさんが寄りかかっており、ミスターは肩から大量の血を流し、ダイウェイさんは極度の疲労に倒れています。

 

 魚人島が救われた裏、彼らはずっとここで、か細い息だけをしていたのでしょう。

 

「お嬢……か、……ッ」

[ミスター、喋らないで。すぐに治療を]

 

 肩を力無く抑えたミスターは、喋るだけでも激痛が襲うようで、魚の口を声を出すともなくはくはくと動かします。

 

「水、ん中で……、ッおも、たより……血を、流しすぎた……みたいだ」

[話さないで。すぐ、すぐ治します]

「俺は……あとで、いい。先に、あいつら……を……ッウ」

 

 肩の傷は、市民の人と同じホーディの水弾による貫通でしたが、どうやら水中での活動により、水の中に血が溶けて出血量が多くなってしまったのですね。

 本来出血を伴う傷は、体内組織の活動によって止血されます。かさぶたがそれです。

 ですが、血液を固める機能も、水の中では溶けて出ていってしまう。液体の中で、出血は止まりません。

 それによる多量出血、無事で済むはずがありません。出血性ショックを起こさなかったことは奇跡です。

 

 私はまだ濡れて、血の凝固ができない傷口を拭い、綿と布によって止血します。

 血液は、増やせない。

 もう何度となる己の弱点に、下品ながら舌打ちをしたくなってしまいます。

 増血は難しく、輸血や時間経過での回復を待つしかない。

 今私ができることは、止血だけでした。

 

 ダイウェイさんは、極度の運動による疲労で動けないだけで、怪我は無さそうです。

 問題は、目の前の三体の巨躯……オオグソクムシ達でしょう。

 

 パッチワークで治した部分も、無事だった部分も、もはや傷のない場所を探す方が難しいほどに、体は損壊していました。

 脚も、触覚も、甲殻も……何もかもが、傷つき、失われています。

 生命を保てていても、それすら時間の問題でした。

 

 私の手元には、もう小さな絆創膏程度しか残っていない布切れと、数メートル程度の糸。それだけです。

 残っている私のスカート、脚、胴体の布や綿を使っても、到底足りません。

 治すための材料、途方もない布と綿と糸を、入手する手段は、ありません。

 

「…………」

「ッごめん、な……我慢、できなかった、んだ……。こいつ、らも……嬢も、傷つくの、が……」

 

 ミスターがした事は明確な収容違反であり、相手がホーディさんで無ければ、確実に命を奪えていたと言える致命的な行動でした。

 結果的に、ルフィさんの勝利に繋がったとはいえ、これを財団がどう判断するかは、私にもわかりません。

 それでも……私を思ってしてくれた事だというのに、こんなにも悲しい。

 

 肝心な時に、私は役立たずのぬいぐるみになってしまう。

 血は増やせず、脳は治せず、もう私にできる事は、そばにいることしか……。

 

「ああ、お嬢ちゃん!! ここにいたのか!!」

「おねーちゃん、泣かないで。ねぇ、ぼくらにできること、ある?」

 

 私が崩れ落ち、ミスターのジャケットに縋ろうとした時でした。

 

 背後から……複数の、声がかけられたのです。

 私の知っている声も、知らない声もありました。

 振り返れば、広場にいた魚人の皆さんが、どれだけかはわかりませんが、何十人と、集まっていたのです。

 

「君に救われた……君にとってはただ目の前の負傷者を治しただけかもしれない。でも、おらは確かに君に助けられたんだ……その恩を、返させてくれ!!」

 

 私が、水弾に撃たれたのを癒した人が、そう声を挙げます。

 

「家族を助けてくれた事、本当に感謝しているわ。わたし達は、あなた達のおかげで、もう一度誰かを信じたいって思ったの」

「ママをね、助けてくれたから! ひめさまも、助けてくれたの! だから、今度はぼくらの番!!」

 

 私が助けた人。私が助けた人の大切な人。

 皆んなが、私に手を、差し伸べてくれた。

 

 私は見返りを求めて誰かを癒してはいない。

 ただ、傷ついた人がいるから、治してきた。

 そこに利害関係も、種族も善悪も何もない。何もないけれど。

 

 差し伸べられた手を、取ることを、拒む理由は無かった。

 

[私が彼らを治すためには、布、綿、糸が必要です。彼らの身体のサイズと同じ部位を作る必要があります]

「材料が必要なんだな。おい皆!! 店から、家から、ありったけの布を持ってこい!!」

「急げ!! おれたちの恩人が、死にかけてるんだ!! 尾びれが千切れる速度で、速く!!」

 

 私の弱々しいメッセージに、彼らは全力で応えてくれました。

 魚人も、人魚も、大人も子どもも散らばって、各地から布や綿を集めてきてくれます。

 一つ一つは、オオグソクムシたちの巨体を補うには小さなものでしたが、集まって山になるほど積まれたそれらは、必要な量を大幅に超していました。

 

 糸も、布も、綿も。

 私が力を使うために必要なものが、集まっていく。

 私が救った人が、今度は私を救うために、私が救いたい人を救うために、必死になってくれている。

 その光景に、さっきまでとは違う涙が、頬を伝います。

 

「材料はこれで足りる? 足りなかったらすぐ持ってくるから」

[いえ、十分です。ありがとうございます]

「感謝したいのはこっちのほうよ。貴女の力がどんなものかは知らないけど、布を切るくらいなら糸を縫えない人でもできるわ。遠慮なく、指示してちょうだい」

 

 目の前には大量の材料。

 目の前には消えかけの命。

 

 私の“異常性”は、さっきまでの暴走とは違う、力に満ち溢れた状態で、活性化します。

 

[これより、治療を開始します。どうか……その手を、貸してください!]

 

 私の小さなメモの言葉に、大きな肯定が、海の森に響きました。

 

 どこかから感じたそよ風が、私の頭を、優しく撫でていくようでした。








◇恩人の連鎖
魚人島編を書き始めてからずっと書きたかったシーンが書けました。
優しさの連鎖が、差別や悪習を砕いていくこと。
ワンピースの中でも、難しくも少しずつ拓かれている要素だと思います。
カイロスはなんの対価も求めず人を癒していくので、誰かを頼ることの優先度が低いです。
それでも、彼女の優しさが伝わって、頼らせてくれる存在が増えていく。それこそが彼女の願う誰一人傷つかない世界のための一歩だと良いな。
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