「その……ミスターさんって、何かやったんですか? 財団の裁定を待つって」
カイロス嬢が魚人島を出て行って数日経った。
俺とダイウェイ、そして海は、硬殻塔内でそこそこ穏やかに暮らしている。
塔内部は流石王城というべきか、グルッと一周するだけでも疲れるほど広い。人間用に家具や水道設備が整えられていても、なおスペースが余りまくっていた。
これだけデカい空間に一人でいたなら、不安になるのも当然だろう。無人の、車も何もない地下駐車場を一人で歩くみたいな気分になる。
今は、増設された個人用スペースから共有スペースに移り、ダイウェイの勉強を見ているところだった。
さっきまでは俺が英語を教えていたが、英語っつってもイギリス調とアメリカ調があるから、そこのすり合わせにもなかなか苦労したな。
ライティングはできてるから、あとはリスニングに慣れるのと、単語を覚えるくらいか。思ったより理解できていて驚いた。
今は交代して海が数学を教えているところだったが、勉強会を始めて3時間。流石に頭が痛くなってきたのか、緩い休憩の雰囲気が間を流れている。
そんな中、海がふと、昆布茶(ここの茶は大体海藻だ)を飲みながら溢したのだ。
「ん、そうだな……塔にいたアンタは知らなかっただろうが、嬢がこの島にいた時、魚人島はテロリストに襲われてた」
「テロリスト!? そんなものがこの世界にも……」
「国家転覆を目論むヤベーやつだったんすよ! そいつを、ミスターがあのアヒルを投げつけて攻撃したんです」
「アヒルって……あれのこと?」
海が、棚の上にガラスケースで保管してあるアヒルを指差した。ガラスケース内に更に強化シャボンで囲った、厳重に守られた黄色いアヒルだ。
ホーディとの戦いが終わった後、それはカイロス嬢によって丁寧に水気が拭き取られ、異常性の発生条件を潰した上で保管された。
昼飯銃も、同様に別ケースに入れられている。
「アレは見た目こそただの玩具だが、実際のところかなり殺傷能力が高い。俺はそれを使って、テロリストの首魁を瀕死に追い込んだ」
「それって、別に良いことに思えるんですが……」
「嬢曰く、俺ら財団の“関係者”は、他人を傷つけることや財団の情報を言いふらすことを禁止されてる。俺はそれを知ってて、『攻撃のために』『アノマリーを使って』『他人を害した』。スリーカードだ」
「でもでも、あそこでやってなきゃ、テロのやつはもっと沢山の命を奪ってた……。傷を治療したカイロスちゃんまで、殺そうとしたんすよ!?」
ダイウェイも海も、それによって俺が財団から罰される必要は無いと感じたらしい。
だが俺は正直、ホーディから国を守るだとか、正義のためとかそんなもののために攻撃を仕掛けたんじゃ無かった。
俺が、アイツの暴虐にイラついて、ただ私情で殺そうとした。それが自分でわかっているからこそ、財団の判断がどう転んでも、言い訳はできないと考えている。
「ん? ダイウェイお前ここの問間違えてるぞ」
「えっ!?」
「あ、本当だ。和積、2で割り忘れてる」
「ギャーーッ!!」
海は数学が得意らしい。この世界の参考書は、現代数学とかなり近いみたいだ。
俺としては、もう高校数学なんてかなり忘れてる方なんだが、海はスラスラと公式や定理を諳んじでいた。
といっても、参考書自体が少ないからか、「ひっかけ」みたいな小狡い問題は多くない。素直に誘導に従えば解ける……はず。
俺もダイウェイもわからない問題も多いから、確信は無い。
「海殿らよ、お主らに客人だ。扉を開けるぞ」
ダイウェイが半泣きで回答を消していると、扉の向こうから声がかかる。左大臣の声だ。
客人、と言われて、俺は遂にかとジャケットの襟を整える。
ダイウェイ達も、緊張の面持ちで開く扉を見つめた。
外の光が目に刺さる。
細めた視界の中、見知った左大臣の丸い体の隣に、細身の人の姿が見えた。
「案内ありがとうございます。では、一時的に私と彼らのみにしていただけますか?」
「ああ、だが、契約には従ってもらおう」
「承知しております」
ダークブルーのスーツに、黄緑のスカーフを巻いた女性が立っている。
手にはここでは見ないタブレットらしき板があり、スーツの襟元には財団のマークを模ったピンが留められていた。
財団の者と一発でわかる服装だが、所々にある魚のパーツから、彼女が魚人であることがわかる。
カイロス嬢から現地の人間に財団の記憶を持っている者が居ることも知らされていたため、多少驚きはしつつも彼女が送られた理由もある程度察することができた。
おそらく、同一人種を送った方が警戒されにくいと考えたのだろう。
左大臣が席を外すと、彼女はローヒールを鳴らしつつ、こちらに対面する。
それになんだか圧を感じ、椅子から立ち上がることができなかった。判決を待つ罪人の気分だ。腰を浮かすのにも勇気が要る。
財団職員は、丸っこいがインパクトのある瞳を真っ直ぐにこちらに注ぎ、口を開く。
口の中の発達したキバがはっきりと見えた。
「初めまして。SCP-527、SCP-094-JP、SCP-CN-985」
「財団の人っすね」
「はい、私はエージェント“BE”。魚人島に配属された、財団所属のエージェントです。SCP-2295の報告は確認しています」
お嬢は俺のやったことをしっかり報告したのだろうか。変な庇い立てとか、してないだろうな。下手に事を隠したら、財団がどう判断に出るかわからない。
鱗の肌に汗を滲ませつつ、俺はエージェントBEの言葉を待った。
断頭台に登らされるような張り詰めた空気。しかし、それを破ったのは意外にもエージェントだった。
彼女は、その頭をしっかりと、腰を曲げて下げたのだ。
「この度は財団の対応不足により、皆さんを危険な目に遭わせてしまった事、そして事態の把握が遅くなった事、誠に申し訳ございません」
「っえ、ええ?」
「あれ?」
両隣から困惑の声が漏れた。
俺とて驚いている。俺としては、冷酷に収容を告げられると思ったのだが。
頭を上げず、BEは言葉を続ける。
「現在、財団の収容状況は設備の不十分も多く、敵性の無いアノマリーの収容が大幅に滞っている状態です。それにより、理念である“確保、収容、保護”が十全にできていないのは事実であり、皆さんもまたその被害を受けていることは不甲斐ないながらも理解しております」
「ま、待ってくれ。アンタは俺が人を殺しかけたから来た奴じゃないのか??」
苦々しい声色で連なる謝罪文に、俺も手を振って制止する。罰金を覚悟していたのに突然賞金を渡されたみたいな困惑だ。
「SCP-2295の報告により、“ミスター・おさかな”がSCP-200-JPを用いて、魚人ホーディ・ジョーンズを瀕死状態に陥らせたことについては、しっかりと報告をいただいています」
「ああ、そうだ。アノマリーを使って、他者に危害を与えたんだぞ? なら、危険性の再分類だとか、厳重な収容とか、そういうのをやるべきなんじゃないか?」
俺としては、すぐにこの魚人島から引き剥がされて、前より厳しい規則での収容室にぶち込まれると思っていた。
BEはガラスケースに入ったアヒルと銃を目線だけで見ると、首を横に振る。
「財団は、今回のSCP-527の行いについて、本人への罰則は行いません」
「なんで……?」
「魚人島の国王陛下や、姫君からの証言。また、ホーディ・ジョーンズのテロ行為やSCP-6994への傷害行為を元にした会議の結果、財団は今回のSCP-200-JPを用いた行動を、“生存のための防衛行動”として判断しました」
「防衛……行動……」
並べられた言葉に呆気に取られている俺だが、まだまだ言葉は繋がれていく。
「財団側が保護できていなかった事。ホーディ・ジョーンズの暴動により魚人島、ひいては地上の人間種の危機、SCP-6994の負傷規模等、こちら側の過失や攻撃対象の被害が今回の危険行動を誘発したという結論になります」
「つまり、ミスターは無罪ってことっすか!?」
「はい。ですが、SCP-200-JP及びSCP-3118は財団が回収します。また再発防止のため、私の他財団の警備員が魚人島に配属されることとなりました」
「それは、よくネプチューン王が許可しましたね」
海がそう感心した。
ダイウェイは俺の無罪を喜んでいるが、俺としてはまだ現実感が無い。財団って、もっとこう……非情な部分が多かった気がするんだが。
いや、というか、王サマとかが俺の扱いに異議でも出してくれたんかな。証言とは言ってるけど、財団もこの世界の一国の王には逆らい難かったのか?
「魚人島と財団は、契約によって協力関係を築くこととなりました。SCP-094-JP……あなたの保護は、我々も陛下も重要視しています」
「なるほど、利害の一致か」
「これにより、魚人島は財団の手が届く場所となり、あなた方に財団の支援の手が漸く届く状況となりました。……改めて、発見、保護が遅くなったことについて、エージェント一人の頭ではありますが、謝罪申し上げます」
話している間、BEは一切頭を上げなかった。財団が今回の事件をどれだけ重く見ているかわかるようだ。
協力関係を結べたなら、ある程度、危険からの対応だとかも財団に任せられるようになるだろう。魚人島側も、海の扱いに関しては財団の方が手慣れているから、国を守る上で助けになるだろうし。
俺は、なんだかどっと体の硬さが抜けて、背もたれに沈んでいった。
「お、俺たちは気にしてないっすよ! ミスターも無罪になったし、大団円っすね!」
「僕も、まぁ、どちらかといえば財団の方が安心ですし……。カイロスさんから、何か言われたりしたんですか?」
海の疑問に、俺は体勢を元に直す。
お嬢が、財団に何を言ったのか気になるが、今の所、BEから嬢に対する悪感情は感じ取れなかった。
BEはようやく頭を上げると、さっきまでの圧はなんだったのか、ニッコリと笑って(キバが若干怖い)雰囲気を緩めた。
「SCP-2295からは、ただ事実だけを知らされました。他者への危害、アノマリーの利用……彼女からの報告だけでしたら、我々はこの様な判断には至らなかったでしょう」
どうやら、お嬢はそこに変な庇護も何も添えなかったらしい。俺は確かに「事実だけを報告してくれ」と伝えたが、本当にそうしてくれていたのか。
通信機で伝えられる情報量の限界もあるのだろうが、だとしても、あの優しい性格からすると冷静で淡白な連絡だ。
「通信機は日夜アップデートが行われています。彼女は登録された多くの単語を用いて、SCP-527の行動を正当化する事もできたでしょう。ですが、それをしなかったからこそ、我々は魚人島王族の証言を正面から受け取れ、正しい裁定を下せたのです」
「言い訳しなかったから、庇ってるとか、嘘をついていると悪い印象にならなかったんですね」
「彼女の誠実なところは、我々も深い感銘を受けました。ミスター・おさかな。これは貴方の信頼が勝ち取った無罪とも言えます」
「やったっすね! ミスター!」
「……っはぁ〜、肝が冷えたぜ……」
深く、息を吐く。
正直者は馬鹿を見る、なんて言うが、今回はそれが適用されなかったらしい。
あの行動を後悔はしていないが、それによって檻の中に囲まれる事は正直怖かった。この場所に立った時とは違う、別の無力感が、俺の中を漂うことになると思っていた。
だが、そうはならなかった。
何にもできねぇ俺が必死こいてやった馬鹿が、俺の上位互換である魚人達の心を動かしていたのだと思うと、季節外れのエイプリルフールに遭った気分だ。
ボロボロの貝に真珠でも入っていた心地というか。
……ほんと、カイロスには感謝しねぇとな。
俺は案外、海の中でも逸れもんじゃ無いらしい。
黄色いアヒルが、シャボンの中でふわふわと浮かんでいた。
◇エージェント“BE”と財団
本人はアイザメの魚人。目の圧がすごんい。
カイロスの真摯な報告と、助けられた魚人島王族の証言により、割とあっさり無罪が決まった。
そもそもあそこでホーディ沈めてないと魚人島、というかSCP-094-JPが潰れて海が終わってたし、危険な目にあったのは財団の力不足もあるし。
魚人島とはあくまでもSCPの存在を知らさない上で「SCP-094-JPの保護」をメインとした協定を組んでいる。
因みにSCP-6994達はその後魚人島周りでのんびり生活してます。