パッチワークとハートの私   作:月日は花客

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報告36:分断

 

 ガタッ、ドサッ。

 

 ジョーシーを眺めて何分か経った頃、甲板の方から音がしました。

 ルフィさん達が帰ってきたのでしょうか? でも、その割には静かです。

 賑やかなサニー号らしくなく、不穏な静けさが耳をそばだてると張り詰めています。

 

 何かあったのでしょうか。

 私は甲板に戻ろうと、寝ているジョーシーをポケットに入れようと体勢を少し起こします。

 まだテーブルの下に収まっている時、入口の方から何やら、知らない人の声が聞こえました。

 

「残った者がいないか慎重に探せ」

「既にこの中にもガスが充満し始めている。テーブルの下も見落とすな」

 

 全身が防護スーツに包まれた、明らかに味方じゃない人が、アクアリウムバーに入ってきました。

 薄暗い中でも、テーブルの影越しに怪しいマスクと何かの装置が見えます。

 手に持ったホースからは揺らめく煙が出ていて、それが生体になんらかの影響を与えるのは明白です。

 私はまだ満ちていないガスからジョーシーを守るように、彼女の口に手をやりました。

 私自身は、呼吸をしていませんし、ガスを吸ってもそれが作用する臓器が無いので問題ありません。普段の息を吸って吐く動作は、あくまでも「それっぽい」ただのモノマネですから。

 

「対象は傷つかない程度に扱え。ボスがどうするかはまだわからん」

 

 ……正直、ほんの少し財団の組織かと期待したのですが、そうではなさそうです。

 彼らの会話をひっそりと聞いていると、どうやらこのガスは催眠薬で、甲板のメンバーも既に眠らされたそう。

 私が涼んでいる間、そんな事があるなんて。

 毒ではないのが幸いですが、私では彼らを拘束する手段もありませんし……どうしましょう。

 

 と、その時。

 

「……! 誰だ!!」

 

 私が隠れていたテーブルの脚に掴まった時、ガタリと音を出してしまったのです。

 あちらにもハッキリとその音は聞こえていて、こちらにガスの噴出口が向けられます。

 み、見つかったら連れてかれてしまいます!

 こちらに近づいてくるマスクの男たちにパニックになっていると、座り込んでいた膝上がふっと軽くなりました。

 

「ニャーア……」

「なんだ猫か……」

「ペットを二体も飼っていたのか?」

 

 ジョーシーが、眠そうな体を引きずりながら、男たちの前に出たのです。私のいるテーブルから目線を離す形で。

 もうかなりガスは満ちてますから、ひと鳴きしただけでパタンと倒れ、眠ってしまいました。

 男たちは、音の主がジョーシーだと勘違いしたようです。

 

「身体が半分しかないぞ」

「コイツも“あの野郎”にやられたのか?」

「関係無い。コイツも連れて帰るぞ」

 

 私が、ショックで動けないままに、マスクの男たちはジョーシーを引っ掴んで部屋を出て行きました。残されたのは、動揺しても声を出せなかった私だけです。

 あのままジョーシーを助けるために、男たちの前に姿を現すこともできたでしょうが……ジョーシーは、明確に囮になっていました。私を抑えて、代わりにあの人たちに連れて行かれたのです。

 

 今、ナミさん達が連れ去られたと知っているのはおそらく私のみ……。彼らが心配ですが、サニー号に帰ってきたルフィさん達に情報共有する為にも、残っておかないと。

 戻ってきたら、改めて作戦会議をして、彼らを助けに行きましょう。私一人だと、あまりにも戦力に差がありすぎます……。

 

 あの後、上から物音がして、おそらく眠った船員たちをひとまとめにしているのでしょう。

 そして船から降ろす音──ではなく、サニー号が動き始めました。ま、まさかサニー号ごと何処かへ運ぶ計画なのですか?

 そ、そしたら、ルフィさん達が戻ってきても意味がないじゃ無いですか!

 いえ、でもまだ希望は潰えてません。サニー号の運ばれた場所を特定して、なんとかルフィさん達に連絡できれば……どうにかなるはず。

 

 もう探索し終わったアクアリウムバーに人は来ず、いくらか移動時間を経て、サニー号はある場所に留まりました。

 そうして、今度こそ甲板の皆さんとジョーシーを運び出す音が聞こえて、暫くののち、サニー号は完全に沈黙しました。

 きっと、ここがマスクの人たちの本拠地に近い場所のはず……ルフィさん達にどうにか居場所を伝えて、すぐ戻ってきてもらいましょう。

 連絡手段……伝電虫というこの世界の連絡手段は、私には使い方がわからないんですよね。生き物なのに、連絡に使えるのが不思議です。なんとか繋げられないでしょうか。

 

 まずは、ここがどこか理解しておかないと。

 私はまだ足音を潜めてゆっくりと甲板に上がります。そこには誰もいな……あれ?

 

「ンーゴゴゴ……ハッ!?」

[気が付きましたか、ブルックさん]

「おやカイロスさん、はて、私いつ眠って……?」

[催眠ガスです。不審者が、ガスによって私たちを眠らせて、皆さんを攫っていってしまったのですよ!]

「な、なんと!?」

 

 何故か、ブルックさんだけ取り残されて甲板に転がっていました。何故でしょう?

 派手な見た目ですし、麦わらの一味のメンバーなのですから、攫っていくだろう筈なのに……もしかして、人質を取ったことを知らせるためのメッセンジャーとして残されたのでしょうか?

 

「サニー丸ごと移動だなんて……カイロスさんはよくご無事で」

[ジョーシーが庇ってくれたんです……そのせいで、私と彼女は今離れ離れに]

「おやおや……ですが大丈夫! こんな時こそ弱気にならず行きましょう! 皆さんきっと大丈夫ですよ」

[はい……]

 

 慣れた重さの無い今、思ったよりも寂しくて、心許ないです。ジョーシーは私とずっと一緒でしたから。

 私は彼女に何かと迷惑をかけるばかりで……小さな身体では人間にも効くガスは負担になったでしょう。

 無事でしょうか……。

 

「キュウ〜……」

「――?」

「おや、見慣れないお客様が」

 

 私が、ブルックさんの励ましを受け取りつつも、瞳に水の膜を張った時でした。

 私の首元に、ふわふわの何かが触れたのです。

 横を見れば、そこには麻色の毛皮を纏う、四つ足の獣がいたのでした。

 首には同じ麻色の袋を下げ、私を励ます様に、頬を舐め、手に前脚を添えてくれています。

 

 その外見に覚えがありました。

 SCP-1955-JP“やさしい子”です。

 絶滅した筈のニホンオオカミの姿で、困っている人を助ける、友好型のSCPです。

 私に反応したのでしょうか、彼は私に寄り添い、励ますような行動が見られます。細い鳴き声は、そっと慰めてくれている優しさを含んでいました。

 

「カイロスさんを心配しているみたいですね」

[この子は……私の故郷にもいました。困ってる人を感知すると、その人の元に現れ、手助けしてくれるのです]

「それはそれは、お優しいオオカミさんなのですねぇ。カイロスさんも、お元気は出ましたか?」

[はい……。ああ、ブルックさん、この子は『感謝の言葉』をかけられると、別の場所にワープします。なので、今は彼にそういった言葉をかけないでもらえると]

 

 原典では、そのワープの性質を用いてたくさんの人を助けましたが、ある日非情な人に捕まってしまい、とても悲しい結末となってしまいました。

 この世界も、同様の結末を辿っても珍しくないでしょう。なるべく、この子を引き留めて、財団に引き渡さないと。

 

 私は、無言で彼の背を撫で、頬を舐める必要はもう無いことを伝えます。

 そうしてようやく、サニー号を取り巻く現状に目がいったのでした。

 

「雪……ですね?」

 

 ブルックさんの言う通り、サニー号を取り囲んでいた炎と熱気はどこにも無く、周りには巨大な氷海が浮き、空からは雪が降っています。

 さっきまでとは正反対の気候ですが、別の島に来たとは、移動時間的にあり得ません。

 なんらかの異常現象……SCP関連なのか、新世界の不思議なのか、判断がつきませんね。

 

 そして、サニー号を囲う氷の向こう、氷山の中には、吹雪の中に埋まる、人工の……建築物が、聳え立っています。

 それは居住施設やなんらかの集落ではなく、軍事的なイメージを浮かばせる、無骨で灰色のコンクリート。

 氷山に仮設された暖かな山小屋……なんて、とても言えません。

 

「ワォン」

「――?」

 

 呆然と雪景色の中の不穏な無彩色を眺めていると、SCP-1955-JP……長いので「メイ」とでもしましょうか。要注意団体、酩酊街出身みたいなので。

 メイは、私に暖かな毛布を、恐らく麻の袋から出したらしいそれを、被せてきたのでした。

 

「この吹雪です、カイロスさんは寒くないので?」

[私はアノマリー故に気温は然程問題になりません。寧ろ、心配なのはこの子の方ですね]

 

 私は、外気温に対しては人間ほど敏感ではありませんし、それによる命の危機もほぼ無いです。

 流石にオーブンで焼かれたらどうなるかわかりませんが、今も感覚としては程よい冷たさを感じる程度です。感じられる温度の幅が狭く、それを超える高温や低温の場合、感じられる限界で感覚がストップする……というもの。

 体温が生命維持に必要というわけでも無いので、半袖で猛吹雪の中立ってても特に何か不調が出たりもしません。

 

 私は貰った毛布を、逆にメイの身体にかけ、裾を縛って運動に支障が出ない範囲で着せました。

 メイはただの人間でも害せてしまえる体です。食事や排泄は必要ないみたいなので、もしかしたらこの寒さも平気かもしれませんが……そうでなかった時のために、念のため。

 メイは、渡した毛布を逆に与えられ、困惑しているみたいです。

 

「私が言うのもなんですが、見てるだけで寒いですよ〜、カイロスさん」

[むむ……このままでは、皆さんを心配させてしまいますね]

 

 ブルックさんも、寒暖差はあまり関係無いみたいです。でも、骨に触れると冷たそうなので、あったかい服を着て欲しいですね。

 私は今、半袖のエプロンドレスなので、雪山にいる格好としてはあまりにも不適切。

 少し考えた後、私はポケットから一本のチャコペンを取り出しました。

 チャコペンは、裁縫用の消せる色鉛筆ですね。ピンク色のそれを、腕や脚に這わせ書き込んでいきます。

 

 ブルックさん達が不思議そうに見守る中、服や肌にピンクの“目安”を引き終えると、チャコペンを胸元のハートのピンへ突き立てました。

 すると、ピンが光りだし、チャコペンによる線が次々と布や綿として実体化していきます。逆に、余分なパーツは一つの糸に収束する様に虚空へ消えていきました。

 全ての線が消えると、そこには冬仕様にモコモコの服を着た私が立っています。

 

 綿の詰まったフード付きのポンチョ、首元のリボンもファー状になり、足元はタイツとブーツに変わっています。

 ハートのピンは変わらず胸元に刺さっていますし、パッチワークも変わりません。

 “着替えた”というよりは、“少しだけ形を変えた”が正しいでしょうか。ポンチョもブーツも私の一部なので。

 

 私の変身を、メイは少し驚いた風に口を開け、ブルックさんは素敵なものを見たと拍手して見届けてくれました。

 

「便利ですねぇ! まるで演劇ヒロインの早着替えの様でした!」

[これなら寒く見えない筈です。ただ見た目を変えただけですが……]

「とても可愛らしい! その愛らしさを讃えるために一曲……“メニーメニーKAWAII”!!」

 

 なんというか、ぶっつけ本番でしたがなんか上手くいきました。あ、フード付きのポンチョですが、通信機の付いてる方は連絡に支障がないよう出してますよ。手も、お裁縫のためにミトン型の手袋なんかは着けてません。

 ただ、服を作っている訳ではないので、ブルックさんやメイには同じことはできないんですよね……。できたら便利なのはわかってるんですが。

 あくまでも“変形”なので……それを人体なんかでやると、相当にグロい事になりそう……。いや、そもそもできませんけども。

 

 ブルックさんの音楽で一度慌てた精神を落ち着かせようとしていると、突然船に乗船用のタラップが架けられました。

 

「オイ、まだ誰かいるぞ!」

「黙らせて積み荷を降ろせ!!」

 

 また、マスクの人たちです。今度は船の積み荷を狙ってやって来たらしく、運搬用の荷車を雪の中運んできています。

 私はメイと共に、甲板の後ろへ下がります。メイは私を守るように前に出ようとしますが、彼らがガスを使ってくるのはもう知ってますから、ガスが効くでしょうメイにはなんとか抑えてもらいます。

 

 登ってきたマスクの人たちを、ブルックさんの虚な瞳が捉えました。

 

「此方、お客様のオンステージはお断りしております――お引き取りを!!」










◇ボビンケースにチャ〜コペン
ワンピの、新章が始まると一味のみんながお着替えするやつが好きなので、カイロスにもやってもらいました。
演出が大袈裟ですが、ただパッチワークの配置を変えてるみたいな感じなので、服が変わっても強くなったりとかは無い。
一味の中だとゾロとブルック推しなので、私情でブルックルートにします。


作者が描いた今回のお着替えカイロスちゃんです。
見なくても特に支障は無いので好きな方だけどうぞ。

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