パッチワークとハートの私   作:月日は花客

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ちょっと話のタイトル調整しました。





報告6:旅立

 

「この村から出てっちまうのか」

 

 リューンさんが寂しげに言いました。

 元々、この村に留まり続ける気は、あまり無かったのです。

 ここは、とても穏やかで、皆優しいです。平和で、のんびりと日常を過ごせるでしょう。良い場所なのは間違い無いでしょう。村の人とも、随分、仲良くなりました。

 

 ですが、ここに留まっていたら、私は存在意義を保つことができるでしょうか?

 山岳狼という事件さえあれ、普段はとても平穏で、あの規模の怪我人が出るのは何十年ぶりかと村のご老人は言っていました。

 誰も傷つかない場所で、ぬくぬくしている治癒器は、果たして治癒器でしょうか。

 世界は広く、怪我も病も絶えることはないでしょう。私ができることは少なく、小さいですが、それでも私は“パッチワークのハートがあるクマ”でありたいのです。

 

 その為にも、船で島々を巡る商業船は都合が良いです。乗船代は勿論お支払いします。清掃や片付けのお手伝いもします。

 船に乗せていただけないでしょうか。

 そう、拙いながらも文面で商人さんに伝えました。

 

「人を治すことが、貴女の生き甲斐なのですか」

[生きる理由、使命とも、言えます]

「……世界は、ここのように優しくありません。貴女の優しさを、優しさで返してくれる人は少ないかも知れませんよ」

「そうだな、その力を狙って、悪い奴に襲われるかもしれない。最悪、奴隷にされるかもしれないんだぞ」

 

 商人さんとリューンさんが真面目な顔をして忠告します。私を心配してくれているのです。

 世界は優しくない。大いに理解しています。

 他者への不理解、理不尽、八つ当たり。利益重視の悪徳役人や、腐敗した政府、役に立たない警察組織。

 前世でも、散々目にした世の中の闇。

 戦いが身近な世界の危険も、覚悟しています。戦うことはできませんが、逃げることなら、できます。

 そんな、暗い部分に躊躇っていて、誰を救えるでしょう?

 人を救うことは、そんな闇を少しでも晴らす事と同義でしょう。

 

 全ての傷を癒すことはできません。ですが、私は私のやれる事をしたいのです。

 私の真剣な眼差しに、商人さんとリューンさんはため息を吐きます。呆れか、心配か。心労をかけることになってしまいますが、私の意思は固いです。

 

「元々カイロスちゃんはこの村の生まれじゃない。引き留めすぎるのも、勝手な話か」

「船に乗せる、という件は問題ありませんが、船旅は慣れていないとキツイですよ。それでも良いんですね?」

[──!]

 

 私は頷きます。

 私に三半規管という肉が存在していたら、船酔いの心配をしたかもしれません。ですが、私の体内は実際には人とかけ離れているのでしょう。バットを持ってそれを軸にグルグル回っても、どれだけやろうが目眩の一つもありませんでしたから。

 頑なな私に、お二人はどうやら根負けしたようです。

 

「あー、でも、村の奴らで送別会みたいなのはやらせてくれ。パインも、一日出航が遅れるくらいなら許容範囲だろ」

「それは、はい。肺を治していただいた以上、責任を持って船での生活は保証しますが……」

「ああ、頼む。取り敢えず、他の奴らに話してこないとな。カイロスちゃん、あんま、無茶はするなよ」

 

 また、頭を撫でられました。大人の人は、私の頭をよく撫でます。戯れや、優しさがこもっているので、私は撫でられるのが好きです。

 もしかしたら、前世の私も、撫でられるのが好きだったのかもしれません。誰かに撫でられた記憶は、思い出せませんが。

 あったかい気持ちが心に灯ることは、嘘ではありませんから。

 

「お嬢さん……いえ、カイロス様。貴女様は、このパイン・ランが身の安全を確約します。宝石の鱗商会(リトスイクテュス)の名にかけて」

 

 商人さん──パインさんが恭しくお辞儀をしました。私もそれに応えるように、いつもより深いお辞儀をします。

 そんなに畏まらなくても、とは思いましたが、丁寧なサービスは丁寧に受け取らなくては。

 数秒後、リューンさんが村の人に説明したのか、驚きの叫びが辺りに響きました。

 

 *

 

「ほんとに出ていっちまうのかよ、カイロスちゃーん!!」

「心配だぁ、心配だよ、こんな可愛い良い子が……」

「寂しくなるよー!!」

 

 夜の送別会。

 お酒に酔った人たちが、私の周りでジョッキ片手に大泣きしています。

 お酒を飲めない子どもたちも、寂しげに、引き留めるようにこちらを見ています。随分と、懐かれていたようです。

 私がここに滞在したのは一ヶ月と少しですが、それだけでも、ここまで惜しんでもらえるのは幸せなことですね。私はすっかり、この村の一員と認識されていたようです。

 

 村の人たちひとりひとりにお礼を言って、最後にと豪勢に作られたお料理を食べます。

 狼肉は入っていませんでしたが、なんだか、ここに来た初日を思い出す風景です。

 私が目覚めた日は、宴会の記憶として、消えることはないでしょう。

 

「囲まれてるな、カイロスちゃん」

 

 キッノさんです。また、片手に大量の唐揚げの山を積んでいます。

 

「ん、皿空いてるじゃん。ほら、唐揚げやるよ」

 

 ちょうどよそってもらった料理を食べ切ったタイミングでしたが、唐揚げが鎮座する事となりました。カリカリの絶妙な揚げ加減が、じゅわっと溢れる肉汁とマッチしてとても美味しいです。

 キッノさんは、そんな唐揚げを掃除機のように口に運んでいきます。ちゃんと噛まないと喉に詰まりますよ。

 

「キッノ〜、お前は寂しくないのかよ、カイロスちゃんが行っちまうんだぜ〜?」

「組合の船といえど、海は険しいのよ……」

「んー、でも、カイロスちゃんが決めたことだろ」

 

 キッノさんは、二皿目の唐揚げを吸い込んでいます。

 

「そりゃ、心配だし寂しいけど、本人が行きたいっていうなら、行かせてあげなきゃ。おれらも、カイロスちゃんには十分助けてもらっただろ」

「……そりゃ、そうだけどよ」

「寂しくなる感情とは、また別なのよー!」

 

 キッノさんは、素直に私の出立を応援してくれるようです。

 私は、村の人たちのことは大好きですが、あまり強く引き留められても困ってしまいますから。

 キッノさんくらいの距離感が、助かるかもしれません。

 惜しんでくれることは、とてもありがたいのですが。名残惜しさも、積み重なってしまうものですから。

 

 広場に目を向ければ、そちらも賑やかです。

 リューンさんは、パインさんにお酒を勧めては断られているようです。やはり、あの二人は村人と商人だけの関係ではない気がします。

 パインさんは、この村での信用が厚いようで、パインさんの船なら……と、皆少し心配が晴れたような顔をしていました。

 パインさんは青年と言っていい若さですが、商人の腕前はかなりのもので、優秀らしいです。私は、この世界の商人事情はよくわかりませんが。

 

 宴も終わる頃、皆さんが私に餞別をくれました。

 あまり荷物が嵩張っても悪いから、皆で考えて一つに絞ったそうです。

 それは、見事な裁ち鋏でした。

 銀製でしょうか、ツヤツヤと金属光沢が光を反射し、見つめる私の顔さえ映しています。滑らかな持ち手は彫り物で縫い目のような模様が描かれ、持ち手と刃の境目にはテディベアのようなクマのシンボルが取り付けられています。首には、私とお揃いのリボンをつけて。

 

「前々から、用意してたんだ」

「カイロスちゃんが来て、しばらく経つでしょう。村の一員として、歓迎のために何か渡したかったの」

「元銀職人の爺さんが、久しぶりに仕事道具引っ張り出してなぁ」

 

 革のカバーも、パッチワークの様に複数の色の皮が繋ぎ合わされていました。仕舞えば、ちょうどクマのシンボルだけが外に見える様に作ってあるようです。きちんと、名入れもしてあります。

 ホルダーが付いたそれを、私は迷わずエプロンドレスの腰元に装着しました。かわいらしいクマのシンボルが、焚き火の光を反射して、星のように暖かに輝いています。

 私には勿体無いくらいの、(はなむけ)でした。

 

「海は危ないけど、助けを求める人も沢山いるだろうな」

「貴女の力なら、救える命も沢山あるはず」

「でももし、辛くなってしまったら、いつでもここに戻ってきて良いからな」

 

 頬が、熱くなりました。焚き火のせいではないでしょう。

 村の人たちは、あちこちにパッチワークが付いています。それは、間違いなく私が治した証です。私が救えた証なのです。

 そんな人たちが、元気になって、私を祝福してくれたことが、何より嬉しい。

 

「あらあら、ハンカチを持ってこなきゃねぇ」

 

 仕立て屋の奥さんが、極上の絹を触るように、私の頭を撫でました。

 

 *

 

「達者でなー!!」

「ちゃんとご飯食べるのよ〜」

「村はおれたちに任せとけー!」

 

 村の人たちの見送りに手を振りながら、私は船に乗船します。私は身長的に甲板から下を眺めるのに一苦労なので、パインさんが足場を用意してくれました。気遣い、とても助かります。

 大きな船ですが、積み込んでいるのは商品が殆どで、乗員はそこまでいないそうです。

 だからでしょうか、甲板は案外静かでした。村の人たちの声が、よく聞こえます。

 

「乗員には通達済みですが、紹介は後で。皆気の良い人ですから、緊張しなくて大丈夫ですよ」

「今度来た時は安くしてくれー!」

「ったく、アイツは……。うちは私的な割引はサービスしておりませーん!!」

 

 パインさんは、どうやらこの船の最高責任者だそうです。若いのに、すごいです。

 一隻の主というのは、どんな気分なんでしょうか。私にはとてもわからないことでしょう。

 村の人たちは、手を振ったり、ハンカチを振ったり、それぞれ良い旅を応援してくれています。

 

 私も、村の人たちには沢山のものをいただきました。形のある無しに、とても貴重なものを。

 外でも、私は人を助けます。その人が、その大切なものを取り戻してくれたら……と、これは私の願いですが。

 ああ、船が動き出しました。

 

「じゃーな、カイロスちゃん!!」

「貴女の旅が、良いものになることを祈っているわ!!」

 

 ゆっくりと港を離れていきます。

 村の人たちが、遠ざかっていきます。

 そして、その人たちはもう、すっかり元気なのです。

 

 そういえば、と、私はパインさんにリューンさんとの関係を聞いてみました。

 純粋な好奇心です。

 パインさんは、目線を海に向けて、少しだけ、懐かしむように甲板の縁を撫でました。

 

「恋のライバルだったんですよ。昔の、ね」








◇船に乗ったクマさん
ついに海へ。
人間らしい器官がほぼ無いので、酔ったり毒に当たったりしない。なんなら眼球潰されてもたぶん「見える」。
他人に害されることをあんまり心配してないのは、無意識でその頑丈さをしっているから。SCPなので簡単に破壊できません。
銀製のものはお手入れが大切だと聞いたので、後でパインにお手入れ方法を聞きにいく。

他SCPの擬人化について。※擬人化した場合仲間になります。

  • 主人公だけでいい。
  • 他のSCPも一部擬人化する。
  • 危険度の高いやつを擬人化する。
  • 危険度の低いやつを擬人化する。
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