パッチワークとハートの私   作:月日は花客

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ちょっと長めかつ捏造多めです。






報告8:珀鉛

 

 桜の樹の下には、死体が埋まっている?

 

 *

 

 到着した白未満の町(グレイッシュ)という島は、なんだか閑散としていました。

 町の規模なので、道の舗装や、建物の外観は整えられています。寂しい、と言えばいいのでしょうか。

 

 事前に聞いた話によると、グレイッシュは、知る人ぞ知る桜の名所だそうです。

 島固有の品種で、ピンクよりも白に近い、しかし純白ではない絶妙な花弁が特徴のひとつで、その花びらが地面に白みがかった灰色のカーペットを作るのだとか。

 純白ではなく、どこか他の色も混ざる色は、清濁を併せ持つ人の生のようだと、風流人に愛されているそう。

 しかし、ここ暫くは桜の生育のためと観光客はお断りしているそうで。

 

 桜の世話につきっきりになっているのでしょうか、ずいぶん、静かです。

 普段は商業船が来たら村の人が集まるそうですが、そんな気配はありません。何かあったのか、と船員さんたちが警戒し始めました。

 

 と、静謐に不審を抱き始めた時。

 一人のお爺さんが、港に歩いてきました。

 杖をついていて、腰も曲がっていて、相当に歳を重ねているのでしょう。その人は、なんだか雰囲気から町長さんに見えました。

 見るからにやつれているお爺さんは、船から降りていたパインさんと、何やら話をしています。

 

「あの爺さん、この町の主の人だな」

「前に来た時よりやつれてら。町も、こりゃゴーストタウンみてぇだよ」

「……なぁ、切られてるけど、あれ、桜の木じゃないか?」

 

 船員のひとりが指差した方を見れば、特徴的な幹と、ほんの少しの枝だけが切られず残された桜の木がありました。

 梅切らぬ馬鹿、桜切る馬鹿とは言いますが、本来島の名所のはずの桜を、こんなことにしてしまうなんて。無惨な枯木は、もう美しい花を咲かすことは無いでしょう。

 不穏な空気が、船員たちに蔓延していきます。

 

「わざわざ来てくださって悪いがね、帰ってくださらんか」

「半年前とは、町の様子が随分様変わりしています。私どもにできることがおありでしたら、遠慮なく申してください。この島との関係も、もう長いものですし」

「いいや、いいや……できることなど何もあるまいよ。誰にも……」

 

 お爺さん……町長さんは、島に私たちを入れたくないようでした。何が、あったんでしょう。

 いえ、私には、()()がなにか、わかります。

 この島の地面に足をつけた時から、ずっと。私の異常性は、活性化しているのです。

 それも、町の複数に反応して。

 

 パインさんのように、生まれつきで、直接的に生死には関わらない障がいとは違います。

 刻一刻を争う、生命の危機。絶命への秒針が、無情にも進んでいく音が。

 私の心を、本能を、刺激して止まないのです。

 

 パインさん達に迷惑がかかってしまいますが、私は私の特性を抑えることはできませんでした。

 パインさんが町長さんと話している隙に、私は町へ走り出します。誰かがそれに声をあげた気がしましたが、無視します、ごめんなさい。

 

 優先対象は町の中核にある一つの民家の中。

 駆けていく町の風景は、桜の花びらが無いと、ただ白になりきれない灰色が覆うのみでありました。

 

 *

 

 家に鍵はかかっていませんでした。不用心だとは思いますが、今は助かります。流石に扉を破壊したりピッキングするというのも無理な話ですし。

 他人が家に入ってきたというのに、家の人は誰も反応しません。いえ、できないのでしょうね。

 奥、寝室に向かえば、苦しそうな少年が、ベッドに横たわり呻いていました。

 

 その肌には、仄白く硬化した角質が張り付いています。

 指の先も、爪の血色がまるで無く白に近い灰に染まっていました。

 

「おい、勝手に入る……な……」

 

 ハニカムさんに追いつかれてしまいました。流石、お速いですね。

 ですが、少年の姿を見て言葉を止めます。明らかに、健康ではない病状ですからね。幼い子が病に苦しむ姿に、ショックを受けたのかもしれません。

 ですが、今はハニカムさんに構っていられないのです。私は速やかにバスケットから布を取り出します。また、糸と針も。

 裁ち鋏が出番を張り切るように、灰の光を鈍く反射しました。

 

「なにをする」

 

 私はメモに一言、「治します」とだけ書いて渡しました。

 少年の症状は何らかの中毒症状。毒素が肝臓に溜まって、そこから色素異常や各器官の不調が起こっているようです。

 手っ取り早いのは肝臓を取り替えてしまうこと。毒素が一箇所に集中するタイプで助かりました。大きな塊を取り除いてしまえば、血中の微量の毒素は症状を示すほどでは無いでしょう。

 

 裁ち鋏は流石の切れ味。軽い力で良く布を切れます。

 手早く肝臓のパッチワークを作成し、置換。

 ハニカムさんが驚くような声を上げましたが、まだ、一人治療しただけです。

 肝臓が正常に戻り、毒素が消えたなら、色素異常はじきに元に戻り、角質も剥がれるでしょう。そこは、身体の治癒力に任せます。

 おそらく他の方々も同じ原因と見ました。

 次の優先対象は、ここから西の商店街付近の家です。

 

 メリージェーンが道のタイルを踏み跳ねる音が、静かな町にやけに響きます。

 町中に植えられた桜は、全て切られていました。灰色がただ映るのみで、まるで白黒映画の世界に飛び込んだ様。

 空の青色だけが、それが幻覚だと伝えてきています。

 

 財団の方には悪いですが、私は、失敗して良かったと思いますよ。アンニュイ・プロトコルは、私の世界に必要なものだったでしょう。

 この世界に、撒かれているかは知りませんが。

 

 やはり次の家も、その次の家も肝臓に毒素が溜まっての中毒でした。重症者は大抵が若者で、年長者は外見に影響は出ていないものの、頭痛や関節痛によって動けないようです。

 どちらにせよ、生命の危機には変わりありません。

 しかし、町の住民ほぼ全員が同じ中毒症状を発症しているのは……何故でしょうか。

 切られた桜に、何か寒いものを感じずにはいられません。

 

 ハニカムさんは、私が人々を治していくのを、黙って見ていました。無理矢理にでも止められるかと思ったのですが、静観を選んだようです。

 他者から見て、パッチワークの内臓というのは明らかに医療行為から外れたものでしょうに、何も聞かずついてくる事には、困惑せざるを得ません。

 

 元観光地なだけあって、住人は多く……高低差のある町をひたすら走り回るのは、人の身だったら相当負荷になっていたでしょう。

 息切れ知らずのぬいぐるみで助かりました。

 何時間経ったかはわかりませんが、私が町の全員の肝臓を取り替えた頃には、もうすっかり、夜も深まっていました。

 

「パインさん、これは……」

「その前に、町長さん──いえ、グレイ・ノイズリー氏。町の方々に対する説明をいただけますか」

 

 あちこち町を走り回る私とハニカムさんを、パインさんと町長さんもまた、走り回って探していたようです。

 しかし町長さんは見た目の通り相当なお年ですから、追いつけずすれ違うこともなかったのでしょう。

 最後の方を治療する際にようやく合流し、私が肝臓を置換するところを見ていただきました。

 町長さんが隠したがっていたのは、きっとこの中毒症状でしょうね。

 

「……遅咲きの毒花だったのでございます」

 

 町長さんはそう、切り出して話し始めました。

 

 珀鉛、という鉱石が、昔ありました。

 フレバンスという町から採れる、美しい白の鉱物だったそうです。その珀鉛を贅沢に使ったフレバンスの町は、全てが真っ白で、美しい場所だったとか。

 調度品、カトラリー、建材。ありとあらゆるものに珀鉛が使われ、その美しさと貴重性から、珀鉛の商品を持つことは一つのステータスとして指標にもなっていたとか。

 

 そんなフレバンスと、盛んな交易を行なっていたのが、ここ、グレイッシュでした。

 桜の白さと、珀鉛の白さを重ね、食器類などをよく購入していたそうです。観光地なので、お金はありましたから。事実、白の桜と白の道具は、溶け合うようにお互いに似合っていました。

 

 しかし、その産業は凄惨な末路によって滅びました。

 珀鉛による鉛中毒……それが、フレバンスを襲ったのです。

 治療法無し、母胎から子どもにも発症し、その突然の発症から伝染病と勘違いされ患者は駆除対象に。

 公害として、ここまでの悲劇はなかなか無いでしょう。

 それが、同じように、珀鉛製品をよく使用していたグレイッシュにも襲いかかった、ということと町長さんは話します。

 

「……しかし、フレバンスの事件は既に何十年も前の話だろ? 何で今更、この町で発症したんだ? まさか、まだ珀鉛製品使ってたのかよ」

「いいえ、フレバンスの事がニュースで広まってすぐ、珀鉛製品の使用は止めました。しかし、数ヶ月前に急に……原因は、わたしにもわからず」

 

 数十年前に駆逐された中毒が、今更になって発症する……確かに、不可解な事です。

 ですが、私は一度その話を切り、桜の話をする事にしました。ひとつの、答え合わせ……いえ、部分点をもらうため、でしょうか。

 

「桜の木? ああ……中毒が発症した時、枝を切って、薬にしたんです。昔から、この桜の花びらは病に効くと、言い伝えられていましたから」

「桜が、薬に?」

「花びらをね、乾燥させて、水と共に練って丸薬にするんです。それを飲めば、薬効を得られるとね。珀鉛病が不治の病とは知っていましたが、もはやそれしか、縋るものが無かったのです」

 

 ああ、やはり。

 民間療法とは恐ろしいものですね。医学的根拠のあるものから、全く正反対の効果をもたらす事もある。

 しかし、何かに……真実かもわからない言い伝えに縋りたくなった、町の皆さんの気持ちも、想像できてしまいます。

 超常に縋ることは、ある種の劇薬ですから。

 

[本来、人は食用の植物以外を消化することはできません]

 

 雑草を食べても、それを分解する酵素が無く、栄養も摂取できません。ですが、完全に分解できなくとも毒草には当たるように、一部の毒素だけ、取り込んでしまう事もあります。

 

[あの桜は、少量食べる分にはさして問題は無いのでしょう。しかし、乾燥させ、濃縮した丸薬は、その限りではない]

「あの桜に……毒があったと?」

[何事も過ぎれば毒となり得ます。全てのものに致死量は存在します]

 

 大抵はその量を摂取するまでに胃袋が満杯になるか、人生が終わるものが多いですが、果たしてそれを分析できる技術はこの世界にあるのでしょうか。

 あの桜も、数日に数枚食べる程度なら、無害か、正しく薬効もあったでしょうね。

 

[鉛中毒は、恐らくですがフレバンスの件が特例で、本来はこの長期での発症が通常なのかと。フレバンスは、あまりにも珀鉛に近すぎた結果の進行速度だったのでは]

 

 フレバンスも長い事珀鉛産業をやってきたのかもしれませんが、初めの頃は、曝露予定期間より寿命のほうが早かったのかもしれませんね。鉱山作業はそもそも寿命削りますし。

 そこから、産業がより盛んに、豊かになり、平均寿命が伸びた事により曝露予定期日に接触、大量発症したのではないでしょうか。そして、知らずのうちに蝕んでいた鉛の蓄積量は、他の国と比較にならないほど濃かったはず。

 本来はこうして、十数年近く体内に潜み、体内の最大HPを削り取って……という流れだったのでは。

 

 という私の予想に、町長さんは眉間に皺を作りながら頷きました。

 

「しかしそれが真実だとして、桜と何の関係がある?」

[通常、毒素や余計な成分の分解やコントロールは肝臓が行います。しかし、今回の珀鉛は肝臓に集中的に積み上がり、肝臓の最大仕事量を奪い取っていた事でしょう]

 

 そこに、更に桜の毒素が流れ込んできたらどうなるか?

 

[鉛の対処に削られた分を、桜の毒の分解にも割かなければいけなくなります。症状の悪化もやむなしかと。町の全ての桜の木を切るほどに摂取していたなら、じゅうぶんな肝臓の負担になり得る]

 

 肝臓には毒素が溜まっていたが、珀鉛以外のものも溜まっていました。それが、桜の毒です。消化しにくい植物による胃の負担、分解系臓器に送り込まれる毒素、鉛によって削られた体力……積み重なった灰色が、限りなく白に近くなってしまった。

 

「……それが真実だとして、お嬢ちゃんは何者だ? 町の者になにをした?」

[ただの、人を癒したいクマでございます。毒素の溜まった肝臓を、新しいものと取り替えました。合併症、後遺症、拒絶反応の心配はございません]

「あの、布でできた綿の塊がか?」

[信じ難い事でしょうが、私はこれを事実だと言うしかありません]

 

 私が肝臓を取り替えた時、町の方の呼吸が、少し楽になったのを聴いていませんか?

 そう言えば、町長さんは黙り込みました。

 杖が、震えます。老体ゆえの痺れでは無いでしょう。

 

「……白に憧れ、白に縋った結果が、これか……。我々は、灰色であることを、受け入れればこうはならなかったのだろうか」

「憧れることに、縋ることに、罪があるのでしょうか」

「政府の駆除が怖く、誰にも言わずに隠していたと言うのに、外の者に助けられるとはな。ツギハギのお嬢ちゃん、村の者は、本当に生き延びれるのかい」

 

 その問いに、私は静かに頷きました。

 もう、白はこの町のどこにも、ありません。

 

「そうか……ありがとう。そして、この献身に、何も返せないことを詫びさせてくれ」

[私は見返りを求めて治療をしていません。人が生きることこそ、私の望むことです]

「そうか……すまん、な」

 

 町長さんは、町の中央に植えられた、大きな桜を見つめました。その桜も、例に漏れず枝が切られて幹のみになっています。

 縋った物の姿として、その年輪に何を思うのでしょう。

 

 *

 

 数日、私たちは町の人の看病をさせてもらいました。

 私が無理を言ってしまったのですが、パインさんたちは許可してくださって、感謝するばかりです。

 

 内臓を交換したことにより、やはり身体は回復に向かいました。

 後々考えたのですが、町の人たちは薬だと思っていた桜の丸薬を子どもに優先的に与えていたのではないでしょうか。せめて子どもだけでも、という思いがあったのかもしれません。

 しかしそれが、結果的には子どもの方を重症化させることになってしまった。

 ……愛とは、難しいものですね。

 

 町の人たちが全員、日常生活を送れるようになった頃、パインさんは商品を何点かと、信用のできる医者の情報を売り、島を出ることにしました。

 

 ですが、集まった町の人たちの中に、あの町長さんの姿が見えないのです。

 

「グレイ氏は、いらっしゃらないのでしょうか?」

「グレイ……は、わたしの父で、半年くらい前に亡くなっていますが」

 

 その言葉に、私たちはハッと中心にある桜の木に目線を向けました。

 

 そこには、幹に埋もれかけた杖が、ただあるばかりでした。








◇肝臓作りまくった人
前世の記憶か、SCPとしての特徴かある程度医学系の知識がある。極端に専門的なものは持ってない。
中毒の発症や重症化も、あくまで予想程度なので、もしかしたら違う要因が混ざっているかもしれないと思っている。
拍鉛病がマジで伝染病だったら治せなかったかもしれない。

他SCPの擬人化について。※擬人化した場合仲間になります。

  • 主人公だけでいい。
  • 他のSCPも一部擬人化する。
  • 危険度の高いやつを擬人化する。
  • 危険度の低いやつを擬人化する。
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