魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

10 / 31
10 観測と距離

 森の奥で、光が静かに消えた。

 

 金色の少女の姿は、撤退と同時に霧のように薄れ、

 残ったのは折れた枝と、踏み荒らされた地面だけだった。

 

 戦闘の痕跡だけが、遅れて現実に戻る。

 

 なのははしばらくその場から動けなかった。

 

 胸の奥に残るのは、痛みでも恐怖でもない。

 言葉に出来ない、引っかかりのような感覚──

 悲しそうな目。

 

 それだけが、はっきりと記憶に残っている。

 

「……なのは」

 

 ユーノが隣で静かに声をかける。

 

 なのはは息を整え、小さく頷いた。

 

「うん。戻ろう」

 

 それ以上、言葉は必要なかった。

 

 屋敷へ戻る道は昼の光に満ちていた。

 風の音、遠くを走る車の気配、

 世界は何事もなかったかのように続いている。

 

 森での出来事だけが、現実から少し浮いているようだった。

 

 月村家の屋敷が見える。

 

 庭では、先ほどのお茶会がそのまま残っていた。

 

 扉を開けると、すずかが顔を上げる。

 

「なのはちゃん。ユーノくんは……捕まえられた?」

 

 腕の中のユーノを見て、安堵の色を浮かべる。

 

「うん。大丈夫」

 

 すずかはほっと息を吐いた。

 

「無事に捕まえられたんだ。良かった」

 

 それ以上、聞こうとはしない。

 

 アリサはテーブル横で腕を組み、ちらりと視線を向けた。

 

「……少し遅かったわね」

 

「ごめん。ちょっと、迷ってて」

 

 短い返答。嘘ではないし、説明でもない。

 

「ふうん」

 

 アリサは追及しなかった。

 

 四人は何事もなかったように席に戻る。

 

 紅茶はまだ温かく、日差しがカップの縁で反射している。

 

 なのはは椅子に腰掛け、カップを手に取った。

 

 指先がほんの一瞬止まる。

 

 すずかは気づかないふりをして話題を変える。

 

「そのお菓子、もう一個あるよ」

 

「ありがとう」

 

 なのはは笑って答えた。

 

 形だけ見れば、いつも通りの光景だ。

 

 アリサはなのはの横顔を一度だけ見て視線を逸らす。

 

「……まあ、疲れただけでしょ」

 

 決めつけるように言い、それ以上は踏み込まない。

 

 なのはは紅茶を一口飲み、息を整える。

 

(大丈夫)

 

 胸の内で繰り返しながら、先ほどの光景がふと脳裏をよぎる。

 

 悲しそうな目をした、同じくらいの年の女の子。

 

 理由は分からない。

 ただ、それが少しだけ、気になっている。

 

 少し離れた席で、燐音は言葉を挟まず、静かにそこにいた。

 

 ◆

 

 夜。

 

 部屋の照明は落とされ、窓の外には昼の名残がわずかに残る。

 

 燐音は机に向かい、動かず考えていた。

 

 判断ではない。評価だ。

 

「アグレ」

 

 机上の装置が、静かに光る。

 

『要件は?』

 

 燐音は昼の出来事を一つずつ並べる。

 

「……封印体を最優先にしていた」

『確認しました』

 

「戦闘になっても、排除は選ばなかった」

『事実として登録』

 

 少し間を取る。

 

「行動様式が、管理局の秩序モデルに近い」

『部分一致。継続監視』

 

「ただし……年齢が合わない」

『不一致です』

 

「単独行動も、標準外」

『例外として記録』

 

 燐音は机の縁を指でなぞる。

 

「戦闘は、才能より訓練の痕跡が強い」

『反復確認』

 

「組織的育成の可能性」

『可能性高。要注視』

 

 燐音は視線を落とす。

 

「管理局に近しい存在だと仮定した場合」

 

 一拍置く。

 

「年齢を考慮すると……扱われている可能性がある」

『該当範囲に含む』

 

「利用されている可能性も」

『否定不可』

 

 燐音は結論を急がない。

 

「管理局自体の評価は、まだ動かさない」

『維持します』

 

「だが、この事象は──」

 言葉を切る。

 

「警戒に移行する」

『要注意。了承』

 

 椅子にもたれ、天井を見る。

 

(善性を掲げる組織であっても)

(運用が歪めば、個体は消耗する)

 

 それは、どの世界でも起こりうる。

 

「しばらくは、様子を見る」

『継続観察。報告待ち』

 

 机上の光が、静かに落ちる。

 

 燐音は目を閉じ、次の入力を待つ状態に戻った。

 

(──まだ早い)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。