森の奥で、光が静かに消えた。
金色の少女の姿は、撤退と同時に霧のように薄れ、
残ったのは折れた枝と、踏み荒らされた地面だけだった。
戦闘の痕跡だけが、遅れて現実に戻る。
なのははしばらくその場から動けなかった。
胸の奥に残るのは、痛みでも恐怖でもない。
言葉に出来ない、引っかかりのような感覚──
悲しそうな目。
それだけが、はっきりと記憶に残っている。
「……なのは」
ユーノが隣で静かに声をかける。
なのはは息を整え、小さく頷いた。
「うん。戻ろう」
それ以上、言葉は必要なかった。
屋敷へ戻る道は昼の光に満ちていた。
風の音、遠くを走る車の気配、
世界は何事もなかったかのように続いている。
森での出来事だけが、現実から少し浮いているようだった。
月村家の屋敷が見える。
庭では、先ほどのお茶会がそのまま残っていた。
扉を開けると、すずかが顔を上げる。
「なのはちゃん。ユーノくんは……捕まえられた?」
腕の中のユーノを見て、安堵の色を浮かべる。
「うん。大丈夫」
すずかはほっと息を吐いた。
「無事に捕まえられたんだ。良かった」
それ以上、聞こうとはしない。
アリサはテーブル横で腕を組み、ちらりと視線を向けた。
「……少し遅かったわね」
「ごめん。ちょっと、迷ってて」
短い返答。嘘ではないし、説明でもない。
「ふうん」
アリサは追及しなかった。
四人は何事もなかったように席に戻る。
紅茶はまだ温かく、日差しがカップの縁で反射している。
なのはは椅子に腰掛け、カップを手に取った。
指先がほんの一瞬止まる。
すずかは気づかないふりをして話題を変える。
「そのお菓子、もう一個あるよ」
「ありがとう」
なのはは笑って答えた。
形だけ見れば、いつも通りの光景だ。
アリサはなのはの横顔を一度だけ見て視線を逸らす。
「……まあ、疲れただけでしょ」
決めつけるように言い、それ以上は踏み込まない。
なのはは紅茶を一口飲み、息を整える。
(大丈夫)
胸の内で繰り返しながら、先ほどの光景がふと脳裏をよぎる。
悲しそうな目をした、同じくらいの年の女の子。
理由は分からない。
ただ、それが少しだけ、気になっている。
少し離れた席で、燐音は言葉を挟まず、静かにそこにいた。
◆
夜。
部屋の照明は落とされ、窓の外には昼の名残がわずかに残る。
燐音は机に向かい、動かず考えていた。
判断ではない。評価だ。
「アグレ」
机上の装置が、静かに光る。
『要件は?』
燐音は昼の出来事を一つずつ並べる。
「……封印体を最優先にしていた」
『確認しました』
「戦闘になっても、排除は選ばなかった」
『事実として登録』
少し間を取る。
「行動様式が、管理局の秩序モデルに近い」
『部分一致。継続監視』
「ただし……年齢が合わない」
『不一致です』
「単独行動も、標準外」
『例外として記録』
燐音は机の縁を指でなぞる。
「戦闘は、才能より訓練の痕跡が強い」
『反復確認』
「組織的育成の可能性」
『可能性高。要注視』
燐音は視線を落とす。
「管理局に近しい存在だと仮定した場合」
一拍置く。
「年齢を考慮すると……扱われている可能性がある」
『該当範囲に含む』
「利用されている可能性も」
『否定不可』
燐音は結論を急がない。
「管理局自体の評価は、まだ動かさない」
『維持します』
「だが、この事象は──」
言葉を切る。
「警戒に移行する」
『要注意。了承』
椅子にもたれ、天井を見る。
(善性を掲げる組織であっても)
(運用が歪めば、個体は消耗する)
それは、どの世界でも起こりうる。
「しばらくは、様子を見る」
『継続観察。報告待ち』
机上の光が、静かに落ちる。
燐音は目を閉じ、次の入力を待つ状態に戻った。
(──まだ早い)