魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

11 / 31
11 揺らぎの行方

 市街地の上空は、静かに切り取られていた。

 

 隔離結界。

 街全体を覆うように展開されたそれは、外界の音も、人の気配も、すべてを遮断している。

 

 夜の街は、まるで標本のように沈黙していた。

 

 なのはは、空中で体勢を整えた。

 高度を落としながら、結界内を見渡す。

 

(……いない)

 

 気配はない。

 魔力反応も、散発的にしか拾えない。

 

 ジュエルシードの正確な位置は、まだ掴めていなかった。

 

 その時──

 

 前方、結界の内側を横切る影を捉える。

 

 金色。

 長い髪が、夜光を反射して揺れた。

 

 背中。

 あの時、戦った少女の後ろ姿。

 

(……あの子)

 

 考えるより先に、なのはは声を出していた。

 

「君は……!」

 

 振り返る、その動作すらなかった。

 

 次の瞬間、魔力が弾ける。

 

 初撃。

 

 鋭く、迷いのない一閃。

 

 なのはは咄嗟に防御を展開する。

 衝撃が腕を打ち、体勢が大きく崩れた。

 

(……っ)

 

 前回より、明らかに重い。

 

 速さだけじゃない。

 判断の切り替え、攻撃への移行、その全てが洗練されている。

 

 なのはは後退しながら距離を取る。

 防御と回避を優先。

 反撃は、意図的に抑えた。

 

「下がって」

 

 低く、抑えた声。

 

「邪魔をしないで」

 

 淡々としている。

 感情の起伏は感じられない。

 

 それでも、なのはは止まらなかった。

 

「私は……!」

 

 防御を維持したまま、声を張る。

 

「戦いたくて来たんじゃない!」

 

 魔力弾が交差する。

 空中で火花が散り、結界の内壁を震わせた。

 

「話がしたかっただけなの!」

 

 フェイトの動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。

 

 その隙を逃さず、なのはは距離を詰めた。

 

「負けたのに、また来たのは……」

 

 息が苦しい。

 胸が焼けるように痛む。

 

 それでも、言葉は止まらない。

 

「それでも、諦めたくなかったから!」

 

 その瞬間──

 鋭い声が割り込んだ。

 

「フェイト! 集中しろ!」

 

 獣の咆哮のような声。

 空気を裂く勢いで響いた。

 

 使い魔、アルフ。

 主を叱咤するその声に、フェイトの肩が僅かに揺れる。

 

「ジュエルシードが先だ!」

 

 その一言で、フェイトの意識が戦闘から切り替わった。

 

 視線が走る。

 

 結界の下方。

 市街地の地面。

 

 そこに──

 

 魔力の歪み。

 

 説明するより早く、フェイトは動いていた。

 

 なのはも、それを感じ取る。

 

(……今のは)

 

 偶然だった。

 だが、確かにそこにある。

 

 ジュエルシード。

 

 揺らいでいる。

 

 フェイトが先に、地表へ向かう。

 防御を削り、速度を上げる。

 

 なのはも遅れて追う。

 

 二人の魔力が、同時に収束する。

 

 封印──

 

 だが、タイミングが重なった。

 

 衝突。

 

 次元構造が、悲鳴を上げる。

 

 空間が歪む。

 結界全体が軋み、街が震えた。

 

 次元振。

 

 余波が、断続的に走る。

 

 なのはの防御にひびが入る。

 レイジングハートの光が、明らかに弱まった。

 

 それでも──

 

 フェイトは止まらない。

 

 歪みの中心。

 暴れるジュエルシードへ、直接手を伸ばす。

 

 危険行為。

 

 魔力遮断も、防護も不完全。

 

 次元振の発生源、そのものを掴み取る。

 

 衝撃。

 

 歪みが、強引にねじ伏せられた。

 

 封印、完了。

 

 結界が大きく揺れ、そして静まる。

 

 沈静化。

 

 余波が消えたあと、二人は地上に降りていた。

 

 アスファルトの割れ目。

 立ち昇る熱。

 

 なのはは、膝をつきかけて踏みとどまる。

 レイジングハートを支えに、どうにか立っていた。

 

 息は荒い。

 体は、正直だった。

 

 フェイトも、明らかに消耗している。

 肩で息をしながら、それでも倒れない。

 

 アルフが駆け寄り、肩を貸す。

 

「……もう十分だよ」

 

 フェイトは、短く頷いた。

 

 なのはは、その背中に声を投げる。

 

「ねえ……」

 

 喉が痛む。

 

「あなたの、名前」

 

 フェイトは立ち止まらない。

 振り返らない。

 

 だが、一瞬の間。

 

「……フェイト」

 

 それだけ。

 

 アルフが目を見開く。

 

 二人は、そのまま夜の街へ溶けていった。

 

 なのはは、追わない。

 

 足元が、わずかに揺れた。

 

「なのは!」

 

 ユーノが空から降りてくる。

 人型の姿で、肩を支えた。

 

「大丈夫!? 無理しすぎだよ!」

 

「……うん。ちょっと、疲れただけ」

 

 無理に笑う。

 

 遠くで、夜の街が静けさを取り戻していった。

 

 ◆

 

 市街地外縁。

 結界の境界付近。

 

 燐音の端末が、先に異常を拾っていた。

 

(ジュエルシード……出力変動?)

 

 戦闘ログよりも、封印体のデータが優先表示される。

 通常の活性反応とは異なる。

 出力が、内向きではなく──外へ向かっている。

 

(自己干渉……いや、空間側が歪んでいる)

 

 次の瞬間だった。

 

 空間が、揺れた。

 

 衝撃。

 攻撃ではない。

 それでも結界内で展開されていた防御障壁が、まとめて削り取られていく。

 

(バリアを……砕いた?)

 

 魔法同士の衝突ではない。

 魔力干渉でもない。

 

 ──空間そのものが振動している。

 

 揺れは一点に留まらず、周囲へと広がっていく。

 減衰せず、波のように伝播していく様が、数値として示される。

 

(被害範囲、拡大型)

 

 この規模。

 この拡散速度。

 

 市街地で許容される現象ではない。

 

「アグレ」

 

『既存データと照合──次元振と酷似した反応を検出』

 

「……次元振?」

 

『局所的次元構造歪曲現象。高エネルギーを伴う災害級事象です』

 

 燐音は、短く息を吐いた。

 

(……災害、か)

 

 単一のジュエルシードが引き起こすには、過剰すぎる。

 制御の外にある現象。

 

(再発条件、不明)

(制御可能性、低)

 

 放置はできない。

 

 判断が切り替わる。

 

(介入、必要)

 ──その直後だった。

 

 出力が跳ね上がった。

 中心部、フェイトが防御を切って突入する。

 

 歪みの核へ、一直線。

 

 次元構造が軋む。

 余波が結界を揺らす。

 

 封印。

 

 衝撃。

 歪みが、強引にねじ伏せられる。

 

 沈静化。

 

(……完了)

 

(介入不要)

(観測、継続)

 

 ◆

 

 次元航行中の艦内は、静かだった。

 

 目的地、第九十七管理外世界・地球。

 到達まで、約一週間。

 

「航行状況、良好です」

 

 ブリッジでは、淡々と報告が続く。

 

「救助申請者、ユーノ・スクラライア。

 ロストギア調査を行っていた管理局協力者」

 

「ロストギア、ジュエルシード。

 搬送中の事故により流出」

 

「特性、未解析」

 

 艦長は頷いた。

 

「事故扱いで妥当ね」

 

 そのとき、警告音。

 

「──次元構造に歪曲を確認」

 

 発生源、地球座標圏。

 

「自然発生とは考えにくいです」

 

 沈黙。

 

「……予定を繰り上げます」

 

「進路維持。可能な限り急行」

 

 艦は、静かに速度を上げた。

 

 救助申請。

 ロストギア流出。

 

 そして、想定外の次元振。

 

 対応は、これからだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。