戦闘の観測を終えた後、燐音は一人で状況を整理していた。
今回発生した現象は、偶発とは考えにくい。
少なくとも、条件の組み合わせには再現性がある。
(再発の可能性が高い)
問題の結晶体は、当初想定していたよりも影響範囲が広い。 単なるエネルギー源、あるいは補助装置として扱うには危険が過ぎる。
次元振を引き起こしたという事実が、その評価を一段引き上げた。
(管理局の分類に照らすなら、高危険度遺産に該当する可能性が高い)
現時点では仮定に過ぎない。 だが、仮定のまま放置できる規模ではなかった。
次に同様の事象が発生した場合、 影響は戦闘者だけに留まらない。 周囲の環境、無関係な生命圏まで巻き込む。
(生命の危機に直結する)
その判断について、アグレも同意を示した。
『観測された現象は、局地的制御の範囲を逸脱しています』 『再現条件が成立した場合、被害拡大は不可避です』
結論は出さない。 情報が不足している。
ただし、準備は必要だ。
(姿を隠し続ける前提は、修正する)
燐音は判断を保留したまま、休息に入った。
──―
数日後。
放課後の校舎は、人の気配が薄れ始めていた。 燐音は廊下を歩き、足を止める。
少し先に、なのはがいた。 視線は落ち、動きも鈍い。
(魔力負荷は許容範囲内。致命的ではない)
観測はそこで終わるはずだった。
「いい加減にしなさい!」
鋭い声が廊下に響いた。 アリサだった。
「何を隠してるか分からないけど…… つらいなら言いなさいよ。友達でしょ!」
なのはは言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。 説明できない理由がある。
(秘匿事項)
アリサは歯噛みし、踵を返した。
「もう知らない!」
すずかが慌てて後を追う。 二人の足音が、次第に遠ざかる。
廊下に残ったのは、なのはと燐音だけだった。
沈黙。
しばらくして、背後から声が投げられる。
「……なのはのこと、心配じゃないの?」
振り返ると、曲がり角の向こうにアリサがいた。 完全には、立ち去れていなかったらしい。
燐音は即答した。
「心配していない」
感情は込めない。 事実を述べただけだ。
「怪我もしてないし、動けている。
現時点で、危機的状況ではない」
アリサは一瞬だけ目を見開き、 それから小さく息を吐いた。
「……そう。あんたは、そういう子だったわね」
今度こそ背を向け、歩き去る。
燐音はそれを見送り、視線を戻した。
(選択は、なのは自身が行う)
背後から、縋るような視線を感じた。 だが、振り返らなかった。
それからしばらくの間、 なのはが燐音を誘うことはなくなった。
昼休みも、放課後も、 燐音は一人で過ごす時間が増えた。
静かになった。 それだけのことだ。
(環境変化は軽微)
観測対象との距離が変化しただけで、 判断を修正する理由にはならない。
──―
夕方、燐音は反応を検知した。
結晶体由来のエネルギー反応。 位置は市街地から外れた区域。 前回と同系統だが、出力は高い。
(再現性を確認する)
万が一に備え、燐音は現場を直接観測できる位置へ移動した。 干渉は行わない。 あくまで観測に徹する。
視界に入ったのは、なのはと、対峙する少女だった。
前回と同一個体。 それ以上の情報はない。
戦闘は既に始まっていた。
なのはは距離を取り、攻撃を最小限に抑えている。 その合間に、言葉を投げかけていた。
(対話を継続している)
初戦では敗北。 二戦目は、相手の善性を仮定した上での選択。 そこまでは、理解できる。
しかし今回は条件が違う。
結晶体が次元振を引き起こすことを、 なのはは既に体験している。 取り扱いを誤れば、 自身の生命だけでなく、周囲を巻き込む。
(認識しているはずだ)
それでも、なのはは対話を止めなかった。
(合理性を見出せない)
想定していた行動モデルが成立しない。 危険度評価が更新される。
燐音は、結晶体の反応に意識を集中させた。
出力が上昇している。 前回と同様の兆候。
(同一現象)
再現性が確定した。
その瞬間、燐音は決断する。
『アグレ。準備』
『了解。干渉レベル最小で待機します』
現象の拡大を止めることを最優先とする。
「……セッ」
展開しかけた魔法陣が、途中で停止した。
『警告。広域探索反応を検知』
想定外の反応。
上空。 視認できない位置で、転送系の魔力が集中している。
(精度が高すぎる)
個人規模ではない。 限定された一点への、ピンポイント展開。
『次元跳躍兆候。カウント開始』
「中断」
即座に魔力を霧散させ、物陰に身を隠す。 距離の関係で詳細は視認できないが、 感知される魔力量は大規模だった。
(組織行動)
規模、精度、展開速度。 照合結果は一つしかない。
(時空管理局本隊)
次元振は停止している。 誰かが介入した。
燐音は、介入を中止する。
現象の危険度を一段引き下げ、 状況を再評価する。
(管理局が動いた以上、即時の破局は回避された)
だが、問題の結晶体そのものが 無力化されたわけではない。
燐音は、誰にも悟られないようその場を離れた。
介入はしない。 代わりに、解析を行う。
燐音は解析を開始した。