次元航行が解除される。
「次元転移、完了。現在位置──地球圏外縁、衛星軌道付近」
艦内に張りつめていた空気が、わずかに緩む。
だが、それは状況が好転したことを意味しない。
警告音が鳴った。
短く、鋭く、即応を促す音。
「次元歪曲反応、再検知!」
「座標、地表付近! 一度目と同系統……ですが、より不安定です!」
リンディ・ハラオウンは表示された波形を確認し、静かに頷いた。
「……やはり、兆候でしたね」
一度目の異変は偶発ではない。
条件が揃えば、再び起こる──その予測は、裏切られていなかった。
「臨界到達予測、短縮」
「戦闘が継続した場合、二度目の発生確率が上昇します」
「任務優先度を引き上げます」
リンディの声に迷いはなかった。
「ロストギアの回収は二次。
最優先は、次元振を起こさせないことです」
クロノ・ハラオウンは、戦闘データへ視線を落とす。
二名の魔導師。
拮抗した魔力量の数値。
その推移。
戦闘中にも関わらず、極端な乱れは見られない。
「……想定以上ですね」
一瞬、言葉を選ぶような間。
「管理局基準で見ても……」
言い切らず、そこで止める。
それだけで、危険性は十分に共有されていた。
リンディは、小さく息を吐く。
「ええ……。
このまま戦えば、力の問題では済まなくなりますね」
視線を表示に戻す。
「高い魔力同士が衝突すれば、
結果は当人たちだけのものではなくなる」
一拍。
「それを、ここで止めます」
「クロノ。現地への即時介入をお願いします」
「了解しました」
それは命令というより、
役割の確認だった。
アースラは、
壊れる前の世界へ手を伸ばしていた。
◆
戦闘は、唐突に中断された。
空間が歪み、転移光が走る。
現れた少年は、声を荒らげることなく場を見渡した。
「次元歪曲反応を確認した。
このままでは、影響が広がる」
それは警告というより、
現状の共有だった。
空気が張りつめたまま、
だが剣呑さは増さない。
戦闘は継続されなかった。
相手は距離を取り、そのまま撤退を選ぶ。
その進路に、なのはが立つ。
強く遮ったわけではない。
踏み込んだのも、ほんの半歩。
だが、結果として前に出た形になる。
一瞬、空気が止まる。
少年はなのはを見る。
評価も断定も含まれない、短い視線。
「……保護対象が増えたな」
淡々とした言葉だった。
それだけで、場の扱いが切り替わる。
戦闘は終わり、
事態は引き受けられた。
◆
翌日、高町なのはは登校していなかった。
燐音がそれを直接確認したわけではない。
廊下の人の流れ、
教師の動き、
断片的な会話。
それらを繋げれば、結論は一つになる。
(不在)
理由を特定する必要はない。
秩序組織との接触後、
一時的に日常から切り離される確率は高い。
(想定の範囲内)
管理局本隊が動いた以上、
局地的な破綻は回避されている。
(即時介入が行われた場合、
最悪の分岐は選択されない)
情報は増やさず、
結論だけを保持する。
昼休み前、廊下で呼び止められた。
アリサ・バニングスだった。
「燐音。なのはのこと、何か知ってる?」
「知らない」
即答だった。
「昨日から来てないって聞いて……」
「不在であることは、知っている」
「……え」
アリサが一瞬、言葉を詰まらせる。
「秩序組織と接触した可能性がある。
それ以上の詳細は不明」
推測は含まれているが、断定ではない。
アリサは何か言いかけ、やめた。
(情報の非対称性は解消されない)
◆
翌々日、高町なのはは登校した。
外見上の変化はない。
行動パターンも、以前と大きく変わらない。
(観測可能な範囲では、安定)
昼休み。
「あのね……もう少しだけ、協力することにしたんだ」
その言葉を、燐音は一度だけ処理する。
(危険度評価、再照合)
高魔力事象に継続的に関与した場合、
事故発生率は上昇する。
それでも、なのはは関与を選択した。
(合理性を見出せない)
だが、この判断は初出ではない。
(同一傾向、再観測)
削除条件、未達。
燐音は結論を出さない。
(理解不能事象。再登録)
評価は保留。
解析対象から外さない。
燐音は視線を落とす。
管理局の探索範囲。
結界魔法の展開密度。
検知間隔。
取得可能なデータは十分にある。
(直接介入は不要)
(距離を取ったまま、解析を継続)
燐音は、元の位置へ戻った。
観測者としての位置から、
一歩も踏み出さないまま。