動画が始まるまでの、ほんの数秒。
なのはは、その間が少しだけ長く感じられて、
無意識のうちに背筋を伸ばしていた。
待っているだけなのに、
「呼ばれている」ような気分になる。
「……来たよ」
アリサがそう言って、画面を指で軽く叩く。
小さな電子音のあと、
画面の向こうに、見慣れた金色が映った。
『こんにちは。フェイトです』
淡々とした声。
いつもと同じ調子なのに、
画面越しになると、少し遠く感じる。
距離ではなく、層が違うような──そんな感覚。
『えっと……急に送ってごめんなさい。
元気にしてるかな、って思って』
背景は、白い壁。
管理局の居室だと、なのははすぐに分かった。
余計なものが映らない、整えられた空間。
(……そっか)
一緒に戦っていた時とは、違う場所。
違う時間。
違う「日常」。
『こっちは、変わりなく過ごしています。
大きな問題は……今のところ、ないです』
言葉を選びながら話しているのが分かる。
一拍置く癖も、語尾の揺れも、
全部フェイトらしくて、なのはは少しだけ息を緩めた。
『なのはも、無理はしてないかなって。
……それだけ、伝えたくて』
短い沈黙。
言い足りないことがあるのに、
敢えて言わない間。
『それじゃ。
また、話せたら』
動画はそこで終わった。
部屋に、しばらく音が戻らない。
再生終了を知らせる表示だけが、静かに点灯している。
「……真面目だよね」
最初に口を開いたのは、アリサだった。
「手紙でもいい内容じゃない?」
すずかが、くすっと笑う。
「でも、フェイトちゃんらしいと思う」
なのはは、画面を見つめたまま、頷いた。
「うん……」
それ以上、言葉は出てこなかった。
胸の奥に残ったものを、
どう言葉にしていいか分からない。
すぐ隣で、燐音が静かに立っている。
視線は画面に向いているが、
特に表情を変えた様子はない。
(……いつも通りだ)
その距離感が、少しだけ心強かった。
「じゃ、返信撮ろっか」
アリサが言う。
「せっかくだし、みんなで」
なのはは一瞬迷ってから、頷いた。
「……うん」
カメラの位置を調整して、
画面の中心に立つ。
フレームの中に収まる自分を見て、
ほんの少しだけ緊張する。
レンズの向こうに、フェイトがいると思うと、
息が浅くなる。
「えっと……」
一度、息を吸う。
「フェイト、ビデオレターありがとう」
言葉は、思ったより自然に出てきた。
「元気だよ。
今は……友達と一緒に見てるんだ」
なのはは、少し横を向く。
「紹介するね」
アリサが、腕を組んだまま前に出る。
「アリサ・バニングス。
……よろしく、でいいのかしら」
ぶっきらぼしさはあるが、
声に棘はない。
すずかが、隣で軽く会釈する。
「月村すずかです。
なのはと、同じクラスだよ」
最後に、燐音が一歩前に出る。
一瞬だけ、言葉を探すように間を置いてから。
「……燐音」
それだけ。
余計な説明はない。
自己主張もしない。
なのはは、少し笑って続ける。
「みんな、いい人だよ」
それはフェイトに向けた言葉で、
同時に、自分自身に向けた言葉でもあった。
「また、話そうね」
軽く手を振って、動画を止める。
撮影が終わると、
なのはは一気に力が抜けた。
「……疲れた」
「当たり前でしょ」
アリサが肩をすくめる。
「でも、悪くなかったと思うわ」
すずかも頷いた。
「きっと、伝わるよ」
燐音は、少し離れた位置からそれを見ていた。
(……共有完了)
それ以上の判断は、しない。
評価もしない。
介入も、不要。
◆
フェイトは、部屋に戻ると、
すぐに返信のビデオレターを再生した。
椅子に腰掛け、
一人で、静かに。
画面の中のなのはは、
思っていたよりもずっと、普通だった。
笑っていて、
少し照れていて。
そして、
知らない子たちと並んでいた。
(……友達)
胸の奥が、わずかに揺れる。
羨ましい、とは思わない。
遠い、とも言い切れない。
ただ──
(……安心、した)
それだけだった。
動画を止めて、
フェイトは深く息を吐く。
──―
少しして、廊下に出ると、
ユーノが資料を抱えて歩いてきた。
「あ……フェイト」
「ユーノ」
少しだけ、間を置いて。
「……なのはの友達って、どんな子たちなの?」
ユーノは、すぐには答えなかった。
考えるように、視線を上に向けてから。
「アリサは……強い、かな」
「強い?」
「うん。
なのはが引っ張られる事も多い気がする」
フェイトは、想像する。
画面の中の、腕を組んだ少女を。
「すずかは?」
「優しいと思う。
そばにいるだけで、落ち着く感じ」
「……燐音は?」
ユーノは、少しだけ言葉を選んだ。
「変わってるけど……
なのはは、あの子を信頼してる」
フェイトは、小さく頷いた。
「そっか」
それ以上、聞かなかった。
夜。
フェイトは、簡単な文章を打ち込む。
長くならないように。
重くならないように。
ビデオレター、見たよ。
元気そうで、少し安心した。
友達も……いい人たちだと思う。
また、話そう。
送信ボタンを押して、
画面を閉じる。
約束は、しない。
未来の話もしない。
それでいい。
なのはの部屋では、
そのメッセージを受け取って、
なのはが静かに笑った。
(……よかった)
それ以上、考えなかった。
今は、
それで十分だった。