魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

19 / 31
19 終わっていない戦い

 昼間は、特別なことは何もなかった。

 学校も、帰り道も、いつもと変わらない一日だったはずだ。

 

 夜の住宅街に、異様な静けさが落ちていた。

 

 街灯の光はいつもと変わらないはずなのに、輪郭がどこか曖昧で、音が遠い。

 なのははすでにレイジングハートを構え、周囲を警戒していた。

 

 肌にまとわりつくような圧。

 空気が張り詰め、呼吸の音だけがやけに大きく聞こえる。

 

 魔力反応は、はっきりとある。

 強い。

 だが、姿が見えない。

 

 次の瞬間、空気が裂けた。

 

 衝撃波。

 

 なのはは反射的に踏み込み、紙一重でそれを躱す。

 足元のアスファルトが抉れ、破片が跳ね上がった。

 

「……っ!」

 

 着弾点の先。

 赤い影が、夜空を切り裂くように現れる。

 

 巨槌を担いだ、小柄な少女。

 その体格に似合わぬ質量感をまとった一撃を構え、迷いなく突進してきた。

 

 なのはは即座に防御魔法を展開する。

 魔力障壁が展開され、直撃は防いだ──はずだった。

 

「くっ……!」

 

 衝撃が腕を通して骨に響く。

 防御越しでも、重い。

 一撃で体勢を崩され、後退する。

 

 少し離れた位置で、燐音は戦場を見ていた。

 

(魔法体系未照合。既知フレーム不適合)

(解析優先。戦闘介入条件未達)

 

 なのはは踏みとどまり、声を張る。

 

「あなた、何が目的なの?」

 

 問いかけに、返答はない。

 少女──ヴィータは、歩みを止めない。

 

「待って!」

 

 なのはは咄嗟に反撃する。

 撃破を狙った一撃ではない。

 距離を作り、話をするための攻撃。

 

 ヴィータはそれを躱した。

 

 だが、衝撃が風を裂き──

 赤い帽子が宙を舞った。

 

 地面に落ちる帽子。

 

 一瞬、世界が止まったように感じられた。

 

 ヴィータの視線が、ゆっくりとそれに落ちる。

 次の瞬間、空気が変わった。

 

 なのはは、理由もなく理解してしまう。

 今までとは、違う。

 

「……触るな」

 

 低く、抑えた声。

 

「ロード・カードリッジ!」

 

 魔力が一気に跳ね上がる。

 圧が、さきほどとは比べものにならない。

 

(出力更新。安全域逸脱)

(未解析状態での介入は周囲被害確率上昇)

 

 なのはは最大出力の防御魔法を展開する。

 今できる、最善。

 

 だが──

 

 砕けた。

 

 防御が割れ、衝撃がそのまま身体を打ち抜く。

 なのはの身体が宙を舞い、ビルの壁に叩きつけられた。

 

 衝撃。

 息が詰まり、視界が回る。

 

 地面に落ち、瓦礫の横に転がる。

 

 音が遠くなる。

 世界が、水の中に沈んだようだった。

 

(……立たなきゃ)

 

 思考が、うまく繋がらない。

 手足に力が入らない。

 

 それでも、なのははレイジングハートを探す。

 指先が、ようやくそれに触れた。

 

 震える手で、杖を握りしめる。

 

 視界の端で、赤い影が近づいてくる。

 追撃。

 

「……まだ戦意があるな」

 

 ヴィータの声が、上から落ちてきた。

 

 巨槌が構えられる。

 

 ──その時。

 

 二人の間に、黒い影が割り込んだ。

 

「──っ!」

 

 金色の刃。

 フェイトだった。

 

「仲間か?」

 

 問いに、迷いなく返る。

 

「友達だ!」

 

 同時に、さらに二つの魔力反応が合流する。

 

 アルフがヴィータへ。

 ユーノが、なのはの元へ。

 

「なのは! 今、治療する!」

 

 金色の魔法陣が広がり、痛みがわずかに和らぐ。

 だが、完全ではない。

 

 戦場は拡大した。

 

 フェイトとアルフの連携に、ヴィータは押される。

 速度と機動力。

 二方向からの圧。

 

 ついに、バインドが決まった。

 

 拘束。

 

「管理局法に基づき──」

 

 フェイトの声が響く。

 

 だが、その瞬間、赤い閃光が割り込んだ。

 

 鋭い衝撃。

 フェイトの身体が弾き飛ばされる。

 

 長剣。

 

 シグナムだった。

 

 一撃でフェイトを引き離し、

 その隙に拘束が断ち切られる。

 

 帽子がヴィータへ投げ返される。

 

「ありがとう」

 

 短い礼。

 

 戦線は再編された。

 

 シグナムとフェイト。

 ヴィータとアルフ。

 

 ユーノは、なのはの治療を続ける。

 

 だが──

 

 フェイトの速さは通じない。

 

 実戦で使える中で、最も威力のある一撃。

 それを放っても、シグナムは敢えて受け切った。

 

 無傷。

 

 フェイトは理解する。

 

 ──土俵が違う。

 

 一方、アルフも押され続けていた。

 回避はできる。

 だが、攻めに転じられない。

 

 ユーノは歯を食いしばる。

 

(……このままでは、崩れる)

 

 治療は、まだ途中だ。

 それでも。

 

「ごめん……なのは」

 

 治療を中断し、最低限の結界だけを残す。

 援護へ。

 

 それでも、戦況は変わらない。

 

 瓦礫の傍で、なのはは戦場を見ていた。

 

(前線維持失敗)

(撤退条件未成立)

 

 逆転する手段は、一つしかない。

 

 結界の破壊。

 

 なのはは決断し、魔力を集束させる。

 

「レイジングハート……」

 

 その瞬間。

 

 胸に、激痛。

 

 視界が白く弾ける。

 

 淡い光の球が、胸から引き出される。

 それを掴む、手。

 

(補助個体によるリンカーコア捕捉を確認)

(主個体以外への不可逆的干渉を伴う)

 

 呼吸が乱れる。

 立っていることすら、難しい。

 

(当該個体群の行動は戦闘目的に限定されない)

(主保全のため、第三者への損耗を許容)

(脅威度再評価。既知使い魔モデルを逸脱)

 

 それでも。

 

 なのはは、魔法陣を維持する。

 

「……まだ……!」

 

 痛みが、全身を貫く。

 意識が揺れる。

 

 それでも、魔力を放つ。

 

「スターライト──ブレイカー!」

 

 砲撃が結界を貫き、夜空が割れる。

 

 結界は崩壊し、

 敵は即座に撤退行動に移る。

 

 戦闘は、終わった。

 

 なのはは、その場に崩れ落ちる。

 

 レイジングハートは傷だらけで、

 輝きは失われかけていた。

 

 意識が遠のく。

 

(分析継続)

 

 夜風だけが、跡地を吹き抜けていた。

 

 エピローグ

 ──残ったもの

 

 病室は、静かだった。

 

 一定のリズムで鳴る機械音。

 薄いカーテン越しに、夜明け前の光が差し込んでいる。

 

 なのははベッドに横たわり、まだ目を覚まさない。

 

 レイジングハートは、傍らに置かれていた。

 表面には無数の傷。

 応急処置は施されているが、かつての輝きは戻っていない。

 

 フェイトは、その姿から目を離せずにいた。

 守れなかった、という感覚。

 勝てなかった、という事実。

 

 ユーノは端末を操作しながら、低く呟く。

 

「……通常の戦闘記録とは、性質が違う。

 魔力の消耗だけでは説明がつかない」

 

 アルフは壁にもたれ、腕を組んだまま黙っている。

 

 答えは、出ない。

 

 ◆

 

 その頃。

 

 住宅街の一角。

 夜の名残が残る空の下で、燐音は一人、立ち止まっていた。

 

(戦闘終了を確認)

(管理局による事後処理を検知)

 

 詳細は、分からない。

 なのはの容体も、戦闘の全容も。

 

 ただ一つ、確かなことがある。

 

(既知事象と一致しない魔力変動を記録)

(再発可能性を否定できない)

 

 燐音は空を見上げる。

 

 世界は、何事もなかったかのように朝を迎えようとしている。

 

 だが──

 このまま終わる出来事ではない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。