魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

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20 それでも日常は続く

 白い壁に囲まれた医療区画は、静かだった。

 

 ベッドに横たわる高町なのはは、すでに意識を取り戻している。

 呼吸は安定し、顔色も悪くない。

 

 見た目だけなら、

 昨夜の激しい戦闘を思わせるものは、何一つ残っていなかった。

 

 白衣姿の医療官が端末を操作しながら、穏やかに口を開く。

 

「身体的な損傷はありません。

 魔力回路にも、致命的な異常は見られませんでした」

 

 なのはは、ほっと息をつく。

 

「じゃあ……もう大丈夫、なんですね」

 

 医療官は即答せず、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。

 

「日常生活に戻ること自体は、問題ありません」

 

 その言い方に、ユーノがわずかに視線を動かす。

 フェイトも、黙って続きを待っていた。

 

「ただし」

 

 医療官は、画面を切り替える。

 

「リンカーコアに、減少が確認されています」

 

 なのはは、首を傾げた。

 

「リンカー……コア?」

 

「魔力を生み出す中枢です。

 通常は、使いすぎても時間とともに回復します」

 

 一拍置き、続ける。

 

「ですが今回は、外部から直接干渉された痕跡がある。

 消耗というより、“削られた”状態に近いですね」

 

 なのはは、少し考え込むように視線を落とした。

 

「……それって、どういう……」

 

 言葉を探すなのはの方を見て、ユーノが口を開く。

 

「今すぐ困ることはないよ。

 学校生活も、普通に送れる」

 

 なのはが顔を上げる。

 

「でも──」

 

「元通りになるかは、まだ分からない。

 だから、しばらく様子を見る必要があるってことだ」

 

 なのはは、数秒黙ってから、静かに頷いた。

 

「……分かりました」

 

 理解した上で、受け入れた声だった。

 

「学校は……行ってもいいですか?」

 

 医療官は端末を確認し、答える。

 

「激しい運動と魔法の使用は禁止。

 それ以外は、特に制限はありません」

 

 なのはは、にこっと笑った。

 

「ありがとうございます」

 

 フェイトは、その笑顔を見ながら、

 胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。

 

 ◆

 

 高町家の玄関は、いつもと変わらない音を立てて閉まった。

 

「ただいまー」

 

 自分の声が、少しだけ広く響いた気がした。

 

「おかえり、なのは」

 

 母の桃子が、キッチンから顔を出す。

 

「昨日は、すずかちゃんの家に泊まったんだっけ?」

 

「うん。ちょっと遅くなっちゃって」

 

 それ以上、何も聞かれない。

 それでいい。

 

 なのはは自分の部屋に戻り、鞄を置いた。

 ベッドに腰を下ろし、深く息をつく。

 

 体は軽い。

 違和感も、痛みもない。

 

 ──元気。

 

 そう判断してから、

 机の上に置かれたものに、ふと目が留まった。

 

 レイジングハート。

 

 そこにある。

 けれど、いつもの気配はない。

 

「……今は、使えないんだっけ」

 

 手を伸ばしかけて、止める。

 触れても、

 あの小さな返事は返ってこなかった。

 

「……ま、いっか」

 

 独り言のように呟き、

 それ以上は考えなかった。

 

 考えなくていい。

 そういうことにしておく。

 

 週明け。

 

 校門をくぐると、聞き慣れた声が飛んでくる。

 

「なのは!」

 

 アリサが手を振り、すずかが隣で微笑む。

 

「おはよう。もう平気?」

 

「うん。全然大丈夫だよ」

 

 即答できるくらいには、

 本当に問題なかった。

 

 授業を受け、ノートを取り、

 昼休みに他愛ない話をする。

 

 笑う。

 頷く。

 

 走れる。

 息も切れない。

 

 何も困らない。

 

 それなのに。

 

 ふとした拍子に、

 手が何かを探すように宙を彷徨った。

 

 何を探しているのか、分からない。

 

 なのはは小さく首を振り、

 何事もなかったように歩き出す。

 

 夕方。

 

 家に帰る前、なのはは足を止めた。

 

 住宅街の向こう、

 空がゆっくりと橙色に染まっていく。

 

 風が吹き、髪が揺れる。

 

 誰もいない。

 声をかけてくる人もいない。

 

「……大丈夫、だよね」

 

 誰に向けた言葉でもなかった。

 

 今日一日、何も起きなかった。

 困ることも、痛むところもない。

 

 ちゃんと、普通だった。

 

 それなのに。

 

 胸の奥に残る、

 何かを置き忘れたような感覚だけが、消えない。

 

「……ま、いっか」

 

 そう言って、なのはは歩き出す。

 

 理由は分からないまま。

 分からなくても、日常は進んでいく。

 

 夕焼けの下、

 一人分の足音だけが、静かに響いていた。

 

 ◆

 

 アースラの一室は、落ち着いた静けさに包まれていた。

 

 ホログラムに映るのは、地上の住宅街。

 その中の一つ──高町なのはの現在位置。

 

「身体データに異常はありません」

 

 医療官の報告に、リンディ提督は穏やかに頷く。

 

「ええ、見たところ元気そうね」

 

 だが、画面から目は逸らさない。

 

「ただし……」

 

 医療官が続ける。

 

「精神面に、わずかな落ち込みが見られます。

 本人に自覚はありませんが」

 

 リンディは、小さく息をついた。

 

「そう……」

 

 フェイトは、画面を見つめたまま動かなかった。

 

 笑っている。

 歩いている。

 けれど、どこか遠い。

 

「無理をしている、というほどではないわね」

 

 リンディが静かに言う。

 

「でも、“平気なふり”をしているわけでもない」

 

 ユーノが腕を組む。

 

「予定では、もう少し様子を見る段取りでしたが……」

 

 リンディは、少しだけ首を傾けた。

 

「予定は、あくまで予定よ」

 

 そして、穏やかな口調のまま告げる。

 

「前倒ししましょう」

 

 フェイトが顔を上げる。

 

「……いいんですか?」

 

 リンディは微笑んだ。

 

「ええ。

 あの子から魔法を取り上げなかった理由、覚えているでしょう?」

 

 フェイトは、黙って頷く。

 

「力があるからでも、

 危険だからでもない」

 

 リンディは画面のなのはを見つめる。

 

「それでも前に進もうとする子だから、よ」

 

 一拍置き、続ける。

 

「日常に戻ることは、逃げじゃないわ」

 

 フェイトの表情が、わずかに和らいだ。

 

「……じゃあ」

 

 リンディは、軽く頷く。

 

「行ってきなさい。

 今度は“戦うため”じゃなくて」

 

 フェイトは、はっきりと答えた。

 

「はい」

 

 その声には、確かな決意があった。

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