魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

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22 となりにいるということ

 フェイトが、同じ教室にいる。

 

 それ自体は、

 もう知っているはずのことだった。

 

 名前も、立場も。

 どうしてここにいるのかも。

 

 アースラが地球に拠点を構えると聞いた時、

 フェイトも、この街で暮らすことになると、

 そう説明された。

 

 だから──

 転校してくると知った時も、

 驚かないつもりだった。

 

 ──はずだった。

 

 チョークが黒板を打つ乾いた音。

 教師の声に合わせて、ノートを取る音が教室に広がる。

 

 なのはは前を向き、授業を受けていた。

 

 隣の席。

 そこにフェイトが座っている。

 

(……知ってた、はずなのに)

 

 視界の端で、金色の髪が揺れる。

 フェイトは静かにノートを取り、教師の話を聞いていた。

 姿勢はまっすぐで、余計な動きはない。

 

(……全然、違う)

 

 頭で知っていることと、

 同じ空間で時間を過ごすことは、別だった。

 

 休み時間になると、教室の空気が少し緩む。

 何人かの視線がフェイトに向かう。

 転校生としての関心。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 なのはは、特別なことはしなかった。

 

(今日は、普通でいよう)

 

 フェイトが来ることは分かっていた。

 だからこそ、

 “特別扱い”はしないと決めていた。

 

 昼休み。

 

 弁当箱を出す音が重なり、

 教室が一段、賑やかになる。

 

 なのはが鞄を開けたところで、

 腕を組んだ影が視界に入った。

 

「ねぇ」

 

 アリサだった。

 

「来るって話は聞いてたけどさ」

 

 すずかも小さく頷く。

 

「同じクラスになると、やっぱり印象違うね」

 

 フェイトは一瞬だけ視線を上げ、

 小さく会釈した。

 

 余計な言葉はない。

 でも、拒む気配もない。

 

「まあ、いいじゃない」

 

 アリサはそう言って、

 なのはの机を引き寄せる。

 

「お昼にしましょ。

 話はそれから」

 

 机を寄せ、弁当箱を並べる。

 教室で食べる昼食。

 それは、なのはたちにとっては、

 いつもの光景だった。

 

 少し遅れて、教室の入口に人影が立つ。

 

「……遅れた」

 

 燐音だった。

 

 すずかが手を振る。

 

「こっちだよ」

 

 燐音は短く頷き、近づいてくる。

 視線が一瞬だけフェイトに向いたが、

 それ以上、何も言わない。

 

 食事は、他愛のない話題で進んだ。

 

 次のテストのこと。

 体育の授業が嫌だという話。

 購買のパンがすぐ売り切れるという愚痴。

 

 なのはは笑い、聞き、箸を動かす。

 

(……こういう時間、だったんだ)

 

 魔法が使えない日々。

 失ったものを、まだ言葉にできない感覚。

 

 それでも、

 こうして同じ時間を過ごしている。

 

 それだけで、

 胸の奥のざわめきが、少しだけ静まる。

 

 放課後。

 

 校門へ向かう道。

 アリサとすずかが前を歩き、

 なのはとフェイトが少し遅れて続く。

 

 会話は多くない。

 でも、歩幅は自然に揃っていた。

 

 夕方の空気が、少し冷たい。

 

 なのはは前を向いたまま、思う。

 

(……知ってたはずなのに)

 

(隣にいる、って)

 

(こんな感じなんだ)

 

 それは、すがるような感情ではなかった。

 

 ただ、

 日常に誰かがいるという実感。

 

 今日は、それで十分だった。

 

 ◆

 

 報告が終わり、

 ブリーフィングルームには静かな空気が流れていた。

 

 ホログラムには、

 地球を中心とした魔力反応の記録と、

 過去の闇の書事件の簡易データが並んでいる。

 

「──対象は、闇の書で間違いありません」

 

 クロノの声は落ち着いていた。

 

「完成すれば、周辺一帯に壊滅的な被害をもたらす。

 これは過去の事例から見ても、明白です」

 

 リンディは頷き、続きを促す。

 

「ただし──」

 

 クロノは一拍置いた。

 

「今回の蒐集行動は、過去と比べて明らかに遅い」

 

 画面が切り替わり、

 二つの時系列が重ねて表示される。

 

「闇の書事件では、完成までの期間はもっと短かった。

 魔導師襲撃の頻度も高い」

 

「今回は違う、ということね」

 

「はい。

 必要最低限の蒐集に留め、

 管理局の介入を極力避けているように見えます」

 

 リンディは腕を組んだ。

 

「学習している、あるいは──」

 

「慎重になっている、と考えるのが妥当かと」

 

 クロノは続ける。

 

「闇の書は、完成さえすればいい。

 途中経過で目立つ理由がありません」

 

 しばしの沈黙。

 

 その空気を破ったのは、

 これまで黙って資料を見ていた人物だった。

 

「……その見立ては、

 間違ってはいないと思うよ」

 

 穏やかな声。

 

 ギル・グレアムだった。

 

 白髪が目立ち始めた頭を僅かに傾け、

 ゆっくりと視線を上げる。

 

「闇の書はね」

 

 懐かしむような、柔らかな笑み。

 

「壊しても、終わらないんだよ。

 それはもう……

 何度も確かめられている」

 

 クロノが視線を向ける。

 

「完成を急がない。

 けれど、確実に終点へ向かう」

 

「ええ」

 

 グレアムは静かに頷いた。

 

「完成すれば──

 あとは、壊れるだけだ」

 

 一拍。

 

「誰の手に渡ってもね」

 

 リンディが口を開く。

 

「問題は、どこで動くか、ね」

 

「環境を選ぶ」

 

 グレアムはホログラムを見つめたまま言う。

 

「魔力密度。

 監視網。

 それから……人の数」

 

「地球、ですね」

 

 クロノが即座に応じる。

 

「そう」

 

 穏やかな肯定。

 

「管理外世界で、

 魔導師の流入が多い。

 監視は厳しいが、完全じゃない」

 

 リンディは小さく息を吐いた。

 

「拠点を置くには、条件が揃っている」

 

「完成を目的とするなら、

 長く留まることになる」

 

 グレアムは続ける。

 

「闇の書は、焦らない。

 慎重で……

 見つからないことを、何より優先する」

 

「……だから、蒐集頻度が低い」

 

 クロノが呟く。

 

「そういうことだろうね」

 

 リンディは視線を上げた。

 

「では、こちらの方針は?」

 

 クロノが答える前に、

 グレアムが一歩だけ前に出た。

 

「急ぐ必要はないよ」

 

 命令ではない。

 だが、迷いもなかった。

 

「あれは、

 いつも“自分から”完成へ近づく」

 

「罠を張る、という理解で?」

 

「ええ」

 

 リンディは頷く。

 

「刺激しすぎず、

 逃げ場を完全には塞がない」

 

「追い詰めれば、

 予測不能な力を使う可能性がある」

 

「だからこそ、

 こちらが“動かせる範囲”で管理する」

 

 グレアムは、それに異を唱えなかった。

 

「賢明な判断だと思うよ」

 

 ただ、その視線は

 どこか遠くを見ていた。

 

「……最終的にはね」

 

 静かな声。

 

「あれは、

 そういうものだから」

 

 ◆

 

 夜。

 

 なのはは自分の部屋で、

 静かに天井を見つめていた。

 

 魔法は使えない。

 レイジングハートも、今ここにはない。

 

 それでも、

 明日は来る。

 

(……一人きりじゃ、ない)

 

 そう思えただけで、

 今日は悪くなかった。

 

 窓の外で、夜風がカーテンを揺らした。

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