魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

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23 網が張られる

 地球上空。

 

 アースラ艦内は、静かだった。

 警報音は鳴っていない。

 緊急出動を告げる赤色表示もない。

 

 だが、各コンソールに映る軌跡は、

 すでに「平常」の域を越えている。

 

 魔力反応の点が、

 ゆっくりと、しかし確実に増えていた。

 

「巡回、第三周期に移行」

 

 オペレーターの報告は淡々としている。

 声に緊張はない。

 だが、その内容が意味するところは重い。

 

 数値は安定している。

 想定範囲内──

 少なくとも、表面上は。

 

「結界運用、第二段階を維持。

 第三段階は準備中です」

 

 ホログラム上で、

 地球を覆う薄い層が脈動する。

 固定化はされていない。

 だが、確実に“網”としての形を取り始めていた。

 

 クロノ・ハラオウンは表示を見つめたまま、

 短く息を吐いた。

 

 早い。

 

 管理局が拠点を置いたのは事実だが、

 こちらから動いたわけではない。

 強化したのは、あくまで監視と巡回。

 

 それだけだ。

 

 それでも──

 相手は、もう触れてきている。

 

「予定は変えない」

 

 即断だった。

 迷いはない。

 

「結界は固定化しない。

 流動のまま維持する」

 

 完全ではない。

 網目は残る。

 だが、逃げ道もまた限定される。

 

「捕縛を前提とする。

 殲滅は不要だ」

 

 その言葉に、艦内の空気がわずかに引き締まる。

 

「接触は最小限。

 交戦は、必要に応じて」

 

 誰も異を唱えない。

 この場にいる全員が、同じ情報を見ている。

 

 準備は未完。

 だが、出来る手はすでに限られている。

 

 クロノは視線を上げ、

 艦橋全体を一度だけ見渡した。

 

「……相手が動いた以上、

 こちらも最善を尽くす」

 

 それだけだった。

 

 命令でも、鼓舞でもない。

 事実確認に近い一言。

 

 だが、それで十分だった。

 

 ◆

 

 空気が、重い。

 

 巡回の数が増えている。

 それも、偶然ではない。

 

 同じ地点を避け、

 同じ高度を外し、

 それでいて全体を覆う配置。

 

「腰を据えたな」

 

 シグナムの言葉は短かった。

 

 管理局が地球に拠点を置いた。

 そう考えるのが、最も自然だ。

 

「どこ行っても、目があるってわけかよ」

 

 ヴィータが舌打ちする。

 苛立ちはある。

 だが、恐れではない。

 

 突破口を探す余地は、ほとんどない。

 押せば返される。

 引けば、囲まれる。

 

 どちらに転んでも、

 主導権は相手にある。

 

「罠だ」

 

 ザフィーラが低く告げた。

 

 断定だった。

 可能性ではない。

 

「承知している」

 

 シグナムは即答する。

 

「だが、それで退く理由にはならん」

 

 ベルカの騎士として、

 選択肢は最初から一つしかない。

 

 目的は明確だ。

 主を悲しませないこと。

 それ以外は、枝葉に過ぎない。

 

「蒐集は続ける」

 

 静かな宣言。

 

「前線は、ヴィータとザフィーラだ」

 

「ようやくかよ」

 

 ヴィータが笑う。

 軽口の裏に、覚悟がある。

 

 ザフィーラは何も言わず、

 ただ一度、頷いた。

 

 罠であることは分かっている。

 管理局が待っていることも、

 逃げ道が減っていることも。

 

 それでも進む。

 

 ──戻る道に、

 何が待っているかを承知の上で。

 

 ◆

 

 空気が、わずかに変わった。

 

 巡回の密度が上がる。

 結界の運用が、

 点ではなく面として張られている。

 

(……切り替わったな)

 

 燐音は即座にそう判断した。

 

 管理局の回線が、

 低い優先度で開いている。

 緊急ではない。

 だが、閉じてもいない。

 

 もともと存在していたものが、

 ただ、流れを持ち始めただけだ。

 

 移動中の通達。

 簡潔で、形式的。

 

 危険区域。

 注意事項。

 推奨行動。

 

 燐音は、そこに割り込まない。

 応答もしない。

 

(判断は──

 術者に委ねる、か)

 

 安全を保証する言葉はない。

 代わりに、

「どう使うか」を選ばせる構成。

 

 楽になるための更新ではない。

 責任を軽くするためでもない。

 

(任せた、という設計だな)

 

 距離を取る。

 今は、それでいい。

 

 踏み込まなくても、

 結果は必ず残る。

 

 燐音は回線をそのままに、

 再び外へ視線を戻した。

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