魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

28 / 31
28 成立しない事件

 砂の匂いが、喉の奥に残っていた。

 

 乾いた風が吹くたび、細かな砂粒が舞い上がり、視界の端を薄く曇らせる。

 ここは管理外世界。人の営みはない。

 

 ──だから安全。

 

 そう判断したのは、ヴォルケンリッターだった。

 

 だが。

 

 砂漠の静けさは、あまりに整いすぎていた。

 

 獣の群れが距離を取る。

 そして、桃色の砲撃が残した光の残滓が、まだ空気に漂っている。

 

 ヴィータは鉄槌を握ったまま、奥歯を噛んだ。

 

「……ちっ」

 

 相手の姿は見えない。

 なのに、こちらの動きを読んだような精密さで、群れを散らしてくる。

 

 背筋に、嫌な冷たさが走る。

 

 身構えた瞬間──

 砂煙の向こうから、少女が歩いてきた。

 

 桃色の光。

 砲撃の余韻を背負ったまま、こちらへ近づいてくる。

 

 ヴィータは、見覚えのある顔に舌打ちした。

 

「……お前かよ」

 

 高町なのは。

 

 あの時、結界の中で、自分の一撃を受け止めた少女。

 

 なのはは足を止める。

 その表情に怒りはない。

 ただ、強い意志だけがある。

 

「大丈夫?」

 

 最初に出た言葉が、それだった。

 

 ヴィータの額に青筋が浮かぶ。

 

「はぁ!?」

 

 だが、叫び返す前に気づく。

 なのはの視線は、自分ではなく、周囲──群れや風向き、魔力の流れへ向いている。

 

 状況を、見ている。

 

(この手の相手に、勢いで突っ込むと損をする)

 

 ヴィータは短く息を吐いた。

 

「……へっ。

 ベルカのことわざに『和平の使者は槍を持たない』ってあるんだぜ」

 

 吐き捨てる。

 

 なのはは首を傾げた。

 

「槍……?」

 

 鉄槌を肩に担ぎ直す。

 

「なのにお前、でっけぇ砲撃ぶっ放してくるじゃねぇか。

 和平の話する顔して、やってることが違うんだよ」

 

 なのはは、少しだけ目を伏せた。

 

「……私は、話したい。

 でも、止めないといけないこともある」

 

「じゃあ、止めてみろ」

 

 それ以上の問答は、いらない。

 

 鉄槌が振り下ろされ、砂が爆ぜる。

 

 なのはは一歩も退かない。

 桃色の魔力が薄い壁となり、鉄槌の圧力を受け止めた。

 

「……っ」

 

 ヴィータは歯を食いしばる。

 

 硬い。

 防御が、想定よりも硬い。

 

 前回の戦いで、

 薄々とは感じていたが──

 ここまでとは思っていなかった。

 

 力で押す。

 だが、押し切れない。

 

 叩きつけても壁は割れない。

 むしろ、衝撃が吸われていく。

 

「……面倒な相手だな」

 

 吐き捨てるように言いながら、頭は冷えている。

 

(破る手は、ある)

 

 だが、

 それを通すには時間がかかる。

 

 この相手に、

 悠長な手は打てない。

 

 判断は、早かった。

 

 鉄槌に魔力を乗せ、地面ごと叩き割る。

 

「──ッ!」

 

 衝撃波が砂漠を割り、なのはの防御を押しのける。

 なのはの足が、わずかに砂へ沈む。

 

 その隙。

 

 ヴィータは踵を返した。

 

「撤退だ!」

 

 逃げる。

 それは敗北じゃない。

 合理的な選択だ。

 

 距離は、取った。

 

 ──その背に。

 

 遥か後方で、桃色の光が収束する。

 

 距離は、相当離れている。

 精度も、合うはずがない。

 

(……当たるかよ)

 

 そう判断した、次の瞬間。

 

 衝撃。

 

 背中から、世界が弾けた。

 

 身体が浮き、砂に叩きつけられる。

 

 ──命中。

 

 ◆

 

 同じ砂漠。

 

 フェイトは、シグナムと向かい合っていた。

 

 問答はない。

 剣を構えた瞬間、互いに理解している。

 

 ──戦うしかない。

 

 雷光が走り、赤い刃が迎え撃つ。

 

 フェイトの動きは速く、無駄がない。

 対するシグナムの剣は重く、正確だ。

 

 火花が散り、砂が舞う。

 

 互いに、一歩も引かない。

 

 次の一撃が、決定打になる──

 そう思った、その時。

 

 空間が歪んだ。

 

 何もない場所から、鎖のような魔力が伸びる。

 質が違う。

 この場の誰のものでもない。

 

「っ!?」

 

 フェイトの身体が拘束される。

 

 動けない。

 

 シグナムが一歩下がり、警戒する。

 

 そこに立っていたのは、仮面を被った男だった。

 

「蒐集しろ。

 

 ──足の悪い主の為だろう?」

 

 低い声。

 

 その一言で、シグナムは理解する。

 主の存在を、知っている。

 

(第三者、か)

 

 だが、迷わない。

 

 剣を振るうのではなく、魔力を一点に集める。

 

 蒐集。

 

 フェイトのリンカーコアが削られる。

 それでも、消失はしない。

 

 ──削られるだけ。

 

 シグナムは一歩退き、

 男のいた場所へ向けて剣を振り抜いた。

 

 刃は空を裂く。

 だが、そこにはもう何もいない。

 

 残ったのは、冷えた空気だけ。

 

「ヴィータ、ザフィーラ。

 撤退する」

 

 通信が飛ぶ。

 

 ◆

 

 ザフィーラは、獣の姿のまま、砂漠を駆けていた。

 

 原生生物は、数が多い。

 

 それでも、本来なら脅威ではない。

 

 だが今は違う。

 

 蒐集のために動けば動くほど、こちらの動きは目立つ。

 

 そして──

 

 目の前に立つ存在が、さらに目立った。

 

 ザフィーラは、感情のこもらない声で告げる。

 

「邪魔をするな」

 

 金髪の使い魔が、拳を握り、息を荒げて立っている。

 

「フェイトに手を出したの、あんたたちでしょ!」

 

 アルフは怒りを隠さない。

 

 ザフィーラは、構えた。

 

「退け。

 我らは主に仕える」

 

「そんなの、間違ってる!」

 

 アルフが一歩踏み込む。

 

「使い魔は、主と一緒に歩くもんだよ!

 ただ命令を聞くだけじゃない!

 主が苦しんでたら、止めるのも──守るのも、使い魔でしょ!」

 

 その言葉に、ザフィーラの瞳が細くなる。

 

「使い魔とは主に付き従う物。

 我らはそれを守護獣と呼ぶのだ」

 

 淡々とした声。

 

 だが、そこには譲れない芯がある。

 

 アルフは唇を噛み、拳を握り直す。

 

「そんなの……主の気持ちも分かんない、ただの道具じゃん!」

 

「道具ではない。

 役割だ」

 

 ザフィーラは一歩も退かない。

 

 次の瞬間、二人は同時に動いた。

 

 アルフの拳が風を切り、ザフィーラの爪が砂を裂く。

 

 互いに実力差はある。

 

 ザフィーラの方が強い。

 

 だが、アルフは退かない。

 

 退けない。

 

 ──主と共に歩むために。

 

 その時。

 

 アルフの胸が、嫌な音を立てた。

 

 遠く。

 

 フェイトの魔力が、急激に落ちた。

 

 蒐集。

 

 アルフは瞬間的に理解する。

 

「……フェイト?!」

 

 その一瞬。

 

 アルフの動きが止まった。

 

 大きな隙。

 

 ザフィーラは迷わない。

 

 爪が、アルフの腹へ叩き込まれる。

 

「っ……!」

 

 衝撃。

 

 アルフの身体が吹き飛び、砂に落ちる。

 

 意識が遠のく。

 

 最後に聞こえたのは、ザフィーラの低い声だった。

 

「……主に付き従う。

 それが我らの道だ」

 

 ザフィーラは、通信を受ける。

 

『撤退する』

 

 シグナムの声。

 

 ザフィーラは一度だけ、倒れたアルフを見下ろした。

 

 そこに勝者の誇りはない。

 

 ただ、役割を果たした冷たさだけ。

 

 そして、踵を返す。

 

 砂漠の風が、すべての痕跡を飲み込んでいく。

 

 ◆

 

 ──遅れて。

 

 なのはは、自分の一撃の結果を見ていた。

 

 ヴィータは倒れていない。

 致命傷もない。

 

「……?」

 

 確かに、当てた。

 距離も、角度も、間違っていない。

 

 なのに。

 

 空気が歪み、

 桃色とは別の層が、ほどけるように消えていく。

 

(……防がれた?)

 

 理解した瞬間──

 別の拘束が来た。

 

 硬い束が四肢を絡め取り、身体を縫い止める。

 

「っ……!」

 

 管理局のものじゃない。

 フェイトを縛ったものとも、違う。

 

 視線の先で、ヴィータが立ち上がる。

 

 無傷ではない。

 だが、動ける。

 

 ヴィータは一瞬だけ空を睨み、

 そのまま、退いた。

 

 なのはは追えない。

 拘束が、身体を許さなかった。

 

 そして、ようやく理解する。

 

 結界がないこと。

 援護が届かないこと。

 それが偶然ではないこと。

 

 戦場は、三つに割れたのではない。

 

 ──割られたのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。