魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

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29 問いだけが残る

戦場は、すでに片付けられていた。

 

 結界の痕跡は残っていない。

 魔力の残滓も、意図的に薄められている。

 

 誰かが「起きたこと」を、事件として成立させないように処理した。

 その形跡だけが、静かに残っていた。

 

 

 アースラ艦内。

 

 ブリッジには、戦闘後特有の緊張が残っている。

 

 リンディ・ハラオウンは、前方スクリーンに映し出されたログから視線を外さずに口を開いた。

 

「……監視網は、想定通りに機能しました」

 

 守護騎士の魔力反応は捕捉されている。

 活動領域も、事前に想定していた範囲から大きく外れていない。

 

「管理外世界でも、特定の領域に絞った判断は正しかった」

 エイミィが端末を操作しながら補足する。

「反応の密度は上がっています。追跡精度も、前回より良好です」

 

 クロノは腕を組んだまま、淡々と続けた。

 

「前線に出た高町なのはとフェイト・テスタロッサは、あくまで足止め要員だ。

 本来なら、結界要員、捕縛要員を順次投入する予定だった」

 

 それは、事実だった。

 

 作戦自体は、途中段階までは成立している。

 

「……だが」

 

 クロノの視線が、次のログに移る。

 

「外部からのジャミングで、その流れを断たれた。

 次の要員を出す余地がなかった」

 

 結界の外側。

 視認できない位置からの、正確な干渉。

 

 偶然で済ませるには、再現性が高すぎる。

 

 リンディは、静かに頷いた。

 

「内通者の可能性は――

 無視できない段階に入ったと考えます」

 

 誰も即答しなかった。

 

 確証はない。

 だが、前提として排除することも、もはや出来ない。

 

「とはいえ」

 

 リンディは続ける。

 

「現時点で内部調査を前面に出す判断はしません。

 証拠が不足していますし、組織の動線を歪める危険が大きい」

 

 反論は出なかった。

 

 管理局は、そういう組織だ。

 

「方針は変えません」

 

 リンディの声は、落ち着いている。

 

「闇の書そのものを調べる。

 無限書庫への照会は、すでに進行中です」

 

 だが、と彼女は続けた。

 

「進捗が、芳しくありません」

 

 エイミィが頷く。

 

「資料量が膨大です。

 年代も系統もばらばらで、横断的な整理が追いついていない状態です」

 

 クロノは短く息を吐いた。

 

「人手の問題ではない、ということか」

 

「ええ。読む側の適性の問題です」

 

 リンディは即答した。

 

「無限書庫調査班を増員します。

 併せて、専門家を正式に招集してください」

 

 スクリーンに、一つの名前が表示される。

 

 ユーノ・スクラライア。

 

「遺跡発掘の実績、古代魔導文明の解析経験。

 現状の調査工程を見直すには、適任です」

 

 それは期待でも切り札でもない。

 単なる、人選だった。

 

「結論を急ぎません」

 

 リンディは、そう締めくくる。

 

「ですが、同じ手口が繰り返されている以上、

 立ち止まる理由もありません」

 

 判断は下された。

 ブリッジは、再び静かになった。

 

 

 拠点は、静かだった。

 

 結界は安定している。

 主の眠りも、今は深い。

 

 それでも、空気は重い。

 

「……何者だ」

 

 シグナムが、短く言う。

 

 断定はしない。

 答えも、求めない。

 

 ただ、問いだけが残る。

 

 あの介入。

 主を知っていたという事実。

 そして、決着のつかなさ。

 

「気味が悪い」

 

 ヴィータが、吐き捨てる。

 

 否定したい。

 だが、否定できない。

 

「……主は無事だ」

 

 シグナムは、そこだけを確認する。

 

 それが、今の結論だった。

 

「内容は……こちらの不利だ」

 

 言い訳はない。

 だから、不機嫌だった。

 

「ベルカの騎士に、敗北はない」

 

 立場としての宣言。

 

 だが――

 

(剣は、まだ振り切れていない)

 

 その内心は、口にしない。

 

 主には、見せない。

 

 嘘が、また一つ増える。

 

 

 医療室。

 

 なのはは、包帯の巻かれた腕を見下ろしていた。

 

 致命傷ではない。

 だが、戦える状態でもない。

 

(……助けたかった)

 

 そう思ってしまう自分を、責めはしない。

 責めても、状況は変わらないからだ。

 

 少し離れたベッドで、フェイトが目を閉じている。

 意識はある。

 だが、魔力の回復には、まだ時間が必要だった。

 

「……ごめんね」

 

 なのはが、ぽつりと呟く。

 

 フェイトは、首を横に振った。

 

「なのはのせいじゃない」

 

 それは慰めではない。

 事実だった。

 

 構造の問題。

 誰か一人の失敗ではない。

 

 なのはは、拳を握る。

 

 今は、待つしかない。

 

 

 八神はやては、その頃、何も知らなかった。

 

 胸の奥に、理由の分からないざわめきを抱えながらも、

 それを不安として認識することはない。

 

 窓の外を見て、風の音を聞いていた。

 

 世界は、まだ壊れていない。

 

 その事実だけが、静かに続いていた。

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