魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

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29 問いだけが残る

戦場は、すでに片付けられていた。

 

 結界の痕跡は残っていない。

 魔力の残滓も、意図的に薄められている。

 

 誰かが「起きたこと」を、事件として成立させないように処理した。

 その形跡だけが、静かに残っていた。

 

◆

 

 アースラ艦内。

 

 ブリッジには、戦闘後特有の緊張が残っている。

 

 リンディ・ハラオウンは、前方スクリーンに映し出されたログから視線を外さずに口を開いた。

 

「……監視網は、想定通りに機能しました」

 

 守護騎士の魔力反応は捕捉されている。

 活動領域も、事前に想定していた範囲から大きく外れていない。

 

「管理外世界でも、特定の領域に絞った判断は正しかった」

 エイミィが端末を操作しながら補足する。

「反応の密度は上がっています。追跡精度も、前回より良好です」

 

 クロノは腕を組んだまま、淡々と続けた。

 

「前線に出た高町なのはとフェイト・テスタロッサは、あくまで足止め要員だ。

 本来なら、結界要員、捕縛要員を順次投入する予定だった」

 

 それは、事実だった。

 

 作戦自体は、途中段階までは成立している。

 

「……だが」

 

 クロノの視線が、次のログに移る。

 

「外部からのジャミングで、その流れを断たれた。

 次の要員を出す余地がなかった」

 

 結界の外側。

 視認できない位置からの、正確な干渉。

 

 偶然で済ませるには、再現性が高すぎる。

 

 リンディは、静かに頷いた。

 

「内通者の可能性は――

 無視できない段階に入ったと考えます」

 

 誰も即答しなかった。

 

 確証はない。

 だが、前提として排除することも、もはや出来ない。

 

「とはいえ」

 

 リンディは続ける。

 

「現時点で内部調査を前面に出す判断はしません。

 証拠が不足していますし、組織の動線を歪める危険が大きい」

 

 反論は出なかった。

 

 管理局は、そういう組織だ。

 

「方針は変えません」

 

 リンディの声は、落ち着いている。

 

「闇の書そのものを調べる。

 無限書庫への照会は、すでに進行中です」

 

 だが、と彼女は続けた。

 

「進捗が、芳しくありません」

 

 エイミィが頷く。

 

「資料量が膨大です。

 年代も系統もばらばらで、横断的な整理が追いついていない状態です」

 

 クロノは短く息を吐いた。

 

「人手の問題ではない、ということか」

 

「ええ。読む側の適性の問題です」

 

 リンディは即答した。

 

「無限書庫調査班を増員します。

 併せて、専門家を正式に招集してください」

 

 スクリーンに、一つの名前が表示される。

 

 ユーノ・スクラライア。

 

「遺跡発掘の実績、古代魔導文明の解析経験。

 現状の調査工程を見直すには、適任です」

 

 それは期待でも切り札でもない。

 単なる、人選だった。

 

「結論を急ぎません」

 

 リンディは、そう締めくくる。

 

「ですが、同じ手口が繰り返されている以上、

 立ち止まる理由もありません」

 

 判断は下された。

 ブリッジは、再び静かになった。

 

◆

 

 拠点は、静かだった。

 

 結界は安定している。

 主の眠りも、今は深い。

 

 それでも、空気は重い。

 

「……何者だ」

 

 シグナムが、短く言う。

 

 断定はしない。

 答えも、求めない。

 

 ただ、問いだけが残る。

 

 あの介入。

 主を知っていたという事実。

 そして、決着のつかなさ。

 

「気味が悪い」

 

 ヴィータが、吐き捨てる。

 

 否定したい。

 だが、否定できない。

 

「……主は無事だ」

 

 シグナムは、そこだけを確認する。

 

 それが、今の結論だった。

 

「内容は……こちらの不利だ」

 

 言い訳はない。

 だから、不機嫌だった。

 

「ベルカの騎士に、敗北はない」

 

 立場としての宣言。

 

 だが――

 

(剣は、まだ振り切れていない)

 

 その内心は、口にしない。

 

 主には、見せない。

 

 嘘が、また一つ増える。

 

◆

 

 医療室。

 

 なのはは、包帯の巻かれた腕を見下ろしていた。

 

 致命傷ではない。

 だが、戦える状態でもない。

 

(……助けたかった)

 

 そう思ってしまう自分を、責めはしない。

 責めても、状況は変わらないからだ。

 

 少し離れたベッドで、フェイトが目を閉じている。

 意識はある。

 だが、魔力の回復には、まだ時間が必要だった。

 

「……ごめんね」

 

 なのはが、ぽつりと呟く。

 

 フェイトは、首を横に振った。

 

「なのはのせいじゃない」

 

 それは慰めではない。

 事実だった。

 

 構造の問題。

 誰か一人の失敗ではない。

 

 なのはは、拳を握る。

 

 今は、待つしかない。

 

◆

 

 八神はやては、その頃、何も知らなかった。

 

 胸の奥に、理由の分からないざわめきを抱えながらも、

 それを不安として認識することはない。

 

 窓の外を見て、風の音を聞いていた。

 

 世界は、まだ壊れていない。

 

 その事実だけが、静かに続いていた。

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