戦場は、すでに片付けられていた。
結界の痕跡は残っていない。
魔力の残滓も、意図的に薄められている。
誰かが「起きたこと」を、事件として成立させないように処理した。
その形跡だけが、静かに残っていた。
◆
アースラ艦内。
ブリッジには、戦闘後特有の緊張が残っている。
リンディ・ハラオウンは、前方スクリーンに映し出されたログから視線を外さずに口を開いた。
「……監視網は、想定通りに機能しました」
守護騎士の魔力反応は捕捉されている。
活動領域も、事前に想定していた範囲から大きく外れていない。
「管理外世界でも、特定の領域に絞った判断は正しかった」
エイミィが端末を操作しながら補足する。
「反応の密度は上がっています。追跡精度も、前回より良好です」
クロノは腕を組んだまま、淡々と続けた。
「前線に出た高町なのはとフェイト・テスタロッサは、あくまで足止め要員だ。
本来なら、結界要員、捕縛要員を順次投入する予定だった」
それは、事実だった。
作戦自体は、途中段階までは成立している。
「……だが」
クロノの視線が、次のログに移る。
「外部からのジャミングで、その流れを断たれた。
次の要員を出す余地がなかった」
結界の外側。
視認できない位置からの、正確な干渉。
偶然で済ませるには、再現性が高すぎる。
リンディは、静かに頷いた。
「内通者の可能性は――
無視できない段階に入ったと考えます」
誰も即答しなかった。
確証はない。
だが、前提として排除することも、もはや出来ない。
「とはいえ」
リンディは続ける。
「現時点で内部調査を前面に出す判断はしません。
証拠が不足していますし、組織の動線を歪める危険が大きい」
反論は出なかった。
管理局は、そういう組織だ。
「方針は変えません」
リンディの声は、落ち着いている。
「闇の書そのものを調べる。
無限書庫への照会は、すでに進行中です」
だが、と彼女は続けた。
「進捗が、芳しくありません」
エイミィが頷く。
「資料量が膨大です。
年代も系統もばらばらで、横断的な整理が追いついていない状態です」
クロノは短く息を吐いた。
「人手の問題ではない、ということか」
「ええ。読む側の適性の問題です」
リンディは即答した。
「無限書庫調査班を増員します。
併せて、専門家を正式に招集してください」
スクリーンに、一つの名前が表示される。
ユーノ・スクラライア。
「遺跡発掘の実績、古代魔導文明の解析経験。
現状の調査工程を見直すには、適任です」
それは期待でも切り札でもない。
単なる、人選だった。
「結論を急ぎません」
リンディは、そう締めくくる。
「ですが、同じ手口が繰り返されている以上、
立ち止まる理由もありません」
判断は下された。
ブリッジは、再び静かになった。
◆
拠点は、静かだった。
結界は安定している。
主の眠りも、今は深い。
それでも、空気は重い。
「……何者だ」
シグナムが、短く言う。
断定はしない。
答えも、求めない。
ただ、問いだけが残る。
あの介入。
主を知っていたという事実。
そして、決着のつかなさ。
「気味が悪い」
ヴィータが、吐き捨てる。
否定したい。
だが、否定できない。
「……主は無事だ」
シグナムは、そこだけを確認する。
それが、今の結論だった。
「内容は……こちらの不利だ」
言い訳はない。
だから、不機嫌だった。
「ベルカの騎士に、敗北はない」
立場としての宣言。
だが――
(剣は、まだ振り切れていない)
その内心は、口にしない。
主には、見せない。
嘘が、また一つ増える。
◆
医療室。
なのはは、包帯の巻かれた腕を見下ろしていた。
致命傷ではない。
だが、戦える状態でもない。
(……助けたかった)
そう思ってしまう自分を、責めはしない。
責めても、状況は変わらないからだ。
少し離れたベッドで、フェイトが目を閉じている。
意識はある。
だが、魔力の回復には、まだ時間が必要だった。
「……ごめんね」
なのはが、ぽつりと呟く。
フェイトは、首を横に振った。
「なのはのせいじゃない」
それは慰めではない。
事実だった。
構造の問題。
誰か一人の失敗ではない。
なのはは、拳を握る。
今は、待つしかない。
◆
八神はやては、その頃、何も知らなかった。
胸の奥に、理由の分からないざわめきを抱えながらも、
それを不安として認識することはない。
窓の外を見て、風の音を聞いていた。
世界は、まだ壊れていない。
その事実だけが、静かに続いていた。