図書館は、静かだった。
窓から差し込む午後の光が、床に淡い影を落としている。
本の匂いと、紙をめくる音だけが、穏やかに空間を満たしていた。
八神はやては、車椅子に座ったまま、棚を見上げていた。
「このへん……やったっけ?」
小さく首を傾げる。
「前に読んだのは、もう少し向こうですね」
傍らでシャマルが穏やかに答え、棚の奥へ歩いていく。
「すぐ戻りますから」
「うん、ありがとう」
はやては一人になり、膝の上の本に視線を落とした。
その時だった。
「……あ」
小さな声が、自然と漏れる。
手に取っていた本と、同じ装丁の一冊が、隣の棚に並んでいた。
昔。
同じ病院にいた、少し不思議な少女。
(燐音ちゃん……)
はやては、思わず呟く。
「あ、燐音ちゃんと同じ本や」
その言葉に、反応があった。
「え?」
声の主は、月村すずかだった。
同じ棚の前に立ち、手にした本を胸に抱えている。
「燐音ちゃん……って、星見里燐音さん?」
はやては、少し驚いて顔を上げる。
「知ってるん?」
「はい。友達です」
すずかは、柔らかく微笑んだ。
それだけで、距離が縮まる。
はやては自然と笑顔になった。
「そっかぁ。燐音ちゃん、元気そう?」
「はい。学校では、ちょっと不思議な子ですけど」
「分かるわぁ」
二人は、顔を見合わせて小さく笑った。
「燐音ちゃんとはな、昔ちょっと話しただけやねん。同じ病院で」
「そうなんですね」
すずかは頷く。
「クラスは違うんですけど」
すずかは、少しだけ困ったように笑った。
「お昼とか放課後に、
なのはちゃんやアリサちゃんが誘ってくれて。
一緒に図書室に来ることは多いんです」
「へぇ……」
「ええ友達やね」
「はい」
それだけで、話は途切れなかった。
「図書室って、落ち着くやろ?」
はやては、棚を見上げながら言う。
「病院におる時もな、時間あると本ばっかり読んでてん。
外に出られへん日も多かったから」
「そうなんですか」
「うん。静かで、誰にも急かされへんし」
膝の上の本を、そっと撫でる。
「ここにおると、安心するんよ」
すずかは、その言葉に小さく頷いた。
「……私も、同じです」
それだけで、十分だった。
名前を確認する必要はない。
比べる理由も、繋げる必要もない。
ただ、同じ人を思い出している。
それだけの時間が、流れていた。
やがて、足音が戻ってくる。
「お待たせしました」
シャマルが本を抱えて戻ってきた。
はやては振り返る。
「シャマル、この子な、燐音ちゃんの友達なんやって」
「まあ」
シャマルは、にこやかに会釈した。
それ以上、踏み込むことはしない。
空気を読むのは、彼女の得意分野だった。
しばらく、三人で本の話をする。
重い話は出ない。
過去も、未来も、ここでは必要ない。
ただ、穏やかな時間が流れる。
◆
別の場所。
なのはとフェイトは、並んでベンチに座っていた。
まだ、戦えない。
分かっている。
それでも、外の空気を吸うくらいは許されていた。
「……待つの、苦手だな」
なのはが、ぽつりと言う。
「私も」
フェイトが、静かに返す。
同じ場所で、足止めされている。
それだけで、焦りは生まれる。
けれど、二人は立ち上がらない。
今は、その時ではないと分かっているから。
◆
夕方。
はやては、図書館を後にする。
すずかと別れ際、連絡先を交換した。
「また、会おうな」
「はい」
小さな約束。
それは、まだ何も知らない日常の延長線にある。
世界は、まだ静かだった。
その静けさが、どれほど脆いかを、
誰も知らないまま──