魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

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30 静かな日常

 図書館は、静かだった。

 

 窓から差し込む午後の光が、床に淡い影を落としている。

 本の匂いと、紙をめくる音だけが、穏やかに空間を満たしていた。

 

 八神はやては、車椅子に座ったまま、棚を見上げていた。

 

「このへん……やったっけ?」

 

 小さく首を傾げる。

 

「前に読んだのは、もう少し向こうですね」

 

 傍らでシャマルが穏やかに答え、棚の奥へ歩いていく。

 

「すぐ戻りますから」

 

「うん、ありがとう」

 

 はやては一人になり、膝の上の本に視線を落とした。

 

 その時だった。

 

「……あ」

 

 小さな声が、自然と漏れる。

 

 手に取っていた本と、同じ装丁の一冊が、隣の棚に並んでいた。

 

 昔。

 同じ病院にいた、少し不思議な少女。

 

(燐音ちゃん……)

 

 はやては、思わず呟く。

 

「あ、燐音ちゃんと同じ本や」

 

 その言葉に、反応があった。

 

「え?」

 

 声の主は、月村すずかだった。

 

 同じ棚の前に立ち、手にした本を胸に抱えている。

 

「燐音ちゃん……って、星見里燐音さん?」

 

 はやては、少し驚いて顔を上げる。

 

「知ってるん?」

 

「はい。友達です」

 

 すずかは、柔らかく微笑んだ。

 

 それだけで、距離が縮まる。

 

 はやては自然と笑顔になった。

 

「そっかぁ。燐音ちゃん、元気そう?」

 

「はい。学校では、ちょっと不思議な子ですけど」

 

「分かるわぁ」

 

 二人は、顔を見合わせて小さく笑った。

 

「燐音ちゃんとはな、昔ちょっと話しただけやねん。同じ病院で」

 

「そうなんですね」

 

 すずかは頷く。

 

「クラスは違うんですけど」

 

 すずかは、少しだけ困ったように笑った。

 

「お昼とか放課後に、

 なのはちゃんやアリサちゃんが誘ってくれて。

 一緒に図書室に来ることは多いんです」

 

「へぇ……」

 

「ええ友達やね」

 

「はい」

 

 それだけで、話は途切れなかった。

 

「図書室って、落ち着くやろ?」

 

 はやては、棚を見上げながら言う。

 

「病院におる時もな、時間あると本ばっかり読んでてん。

 外に出られへん日も多かったから」

 

「そうなんですか」

 

「うん。静かで、誰にも急かされへんし」

 

 膝の上の本を、そっと撫でる。

 

「ここにおると、安心するんよ」

 

 すずかは、その言葉に小さく頷いた。

 

「……私も、同じです」

 

 それだけで、十分だった。

 

 名前を確認する必要はない。

 比べる理由も、繋げる必要もない。

 

 ただ、同じ人を思い出している。

 それだけの時間が、流れていた。

 

 やがて、足音が戻ってくる。

 

「お待たせしました」

 

 シャマルが本を抱えて戻ってきた。

 

 はやては振り返る。

 

「シャマル、この子な、燐音ちゃんの友達なんやって」

 

「まあ」

 

 シャマルは、にこやかに会釈した。

 

 それ以上、踏み込むことはしない。

 空気を読むのは、彼女の得意分野だった。

 

 しばらく、三人で本の話をする。

 

 重い話は出ない。

 過去も、未来も、ここでは必要ない。

 

 ただ、穏やかな時間が流れる。

 

 ◆

 

 別の場所。

 

 なのはとフェイトは、並んでベンチに座っていた。

 

 まだ、戦えない。

 

 分かっている。

 

 それでも、外の空気を吸うくらいは許されていた。

 

「……待つの、苦手だな」

 

 なのはが、ぽつりと言う。

 

「私も」

 

 フェイトが、静かに返す。

 

 同じ場所で、足止めされている。

 それだけで、焦りは生まれる。

 

 けれど、二人は立ち上がらない。

 

 今は、その時ではないと分かっているから。

 

 ◆

 

 夕方。

 

 はやては、図書館を後にする。

 

 すずかと別れ際、連絡先を交換した。

 

「また、会おうな」

 

「はい」

 

 小さな約束。

 

 それは、まだ何も知らない日常の延長線にある。

 

 世界は、まだ静かだった。

 

 その静けさが、どれほど脆いかを、

 誰も知らないまま──

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