三年生への進級は、制度上の更新に過ぎない。
教室が変わり、名簿が変わり、座席が再配置される。
それだけのことだ。
燐音は、そう判断していた。
判断としては、妥当だ。
これまでの経験と照らし合わせても、誤差は少ない。
感情を考慮しなければ、だが。
──ー
始業式の朝。
校舎の一階、掲示板の前には人だかりができていた。
新しいクラス分けの表。
声の高さ。
動線の乱れ。
期待と不安が混ざった独特のざわめき。
燐音はその中心に入らず、少し距離を取った位置から確認する。
人の肩越しでも、文字は十分に読めた。
自分の名前は、すぐに見つかる。
【三年二組 星見里 燐音】
それだけだ。
視線を横に滑らせる。
高町なのは。
アリサ・バニングス。
月村すずか。
三人の名前は、同じ列に並んでいた。
(二組ではない)
配置が異なる。
ただそれだけの事実だ。
燐音は、それ以上の評価を行わなかった。
──ー
教室に入る。
新しい机。
新しい周囲。
木材の匂い。
床のきしみ。
視線の向き。
見知った顔は、少ない。
騒がしさは、以前よりも控えめだった。
(二年時より、落ち着いている)
それは評価ではない。
状態の確認に過ぎない。
燐音は自分の席に座り、鞄を机の横にかけた。
それ以上、することはない。
──ー
廊下の向こうが、少しだけ賑やかだった。
聞き覚えのある声が、混じっている。
なのはの声。
弾んだ調子。
「一緒だね!」
続いて、アリサの声。
「当然でしょ。離れるわけないじゃない」
すずかの、控えめな笑い声。
三人が、同じクラスになったことを喜んでいる。
言葉のやり取りだけで、それは十分に伝わってきた。
燐音は、その様子を見に行かない。
必要はない。
観測対象は、既に確定している。
──ー
休み時間。
廊下で、なのはと目が合った。
人の流れの中で、視線が交差する。
一瞬、なのはの手が上がりかける。
「燐音ちゃん」
呼ばれた。
以前とは、少し違う呼び方。
燐音は立ち止まる。
「……高町」
なのはは一瞬だけ首を傾げ、すぐに笑った。
修正はしない。
「別のクラスだね」
「そうだ」
短い応答。
それで十分なはずだった。
だが、後ろから声が重なる。
「燐音」
アリサ・バニングスだった。
距離は近いが、踏み込みすぎてはいない。
「同じクラスじゃなくて、ちょっと残念だけど」
言い切りで、飾りはない。
事実を、そのまま言葉にした声。
続いて、月村すずかが小さく頷く。
「うん……でも、また話そうね。燐音ちゃん」
燐音は、それぞれの呼びかけを内部に記録する。
呼称の揺れ。
距離感の差。
「……承知した」
それ以上の言葉は交わさない。
なのはの視線は、すぐに後ろへ向いた。
アリサとすずかが、そこにいる。
「行くわよ」
アリサが言う。
三人は、迷いなく歩き出した。
燐音は、その背中を見送る。
追わない。
呼び止めない。
それが、今の距離だ。
──ー
昼休み。
机に向かい、配布されたプリントに目を通す。
内容は理解できる。
計算も、文章題も、処理速度に問題はない。
(問題なし)
周囲の雑音は、遠い。
教室の外から、時折、笑い声が届く。
聞き覚えのある声だが、特定はしない。
特定する必要がない。
──ー
放課後。
校門へ向かう途中、三人の姿が見えた。
アリサ・バニングスが先頭に立ち、
高町なのはと月村すずかが並ぶ。
歩調。
間隔。
配置。
二年時と、変わっていない。
燐音は、進路を変える。
自然な判断だった。
──ー
帰り道。
空は、春らしく澄んでいる。
雲は少なく、視界は開けている。
燐音は歩きながら、内部の整理を行う。
三人は同じクラスになった。
自分は、別のクラスになった。
それだけの事実だ。
(未分類)
評価は、保留する。
不快ではない。
排除反応も、確認されない。
だが、以前よりも、
静かになった。
それは、環境の変化か。
関係性の変化か。
今は、判断できない。
燐音は、その静けさを否定しなかった。
観測は続く。
距離は、保たれたまま。
──呼び方だけが、
少しだけ、変わった。