魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

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8 見ていただけの日

 夜。

 

 昼間の余熱が舗道から抜け、街灯がひとつ、またひとつと点る。

 人の足取りが軽くなる時間帯。

 

 昼の情報は多い。音も、光も、匂いも、視線も、絶えず更新される。

 夜は情報量が減り、変化が浮き上がる。

 

 燐音は、その中にいた。

 

 家の近く。帰宅してもよかったが、急ぐ理由はない。

 低精度・広範囲の探知結界が、都市を薄く覆っていた。

 精密さや密度は低いが、傾向を拾える程度で、常用可能だ。

 

 雑音の中に、わずかな不一致が現れる。

 

(持続)

(規模)

(魔力密度)

 

 昨夜拾った乱れに似ている。出力は異なる。

 一過性ではなく、意図を持って維持されている。

 

 結界。遠い。だが、見失うほどではない。

 

 燐音は立ち止まる。

 近づけば解像度は上がる。

 

(距離)

(減衰)

(干渉源の移動)

 

 推定はできるが、結論ではない。

 

 選択肢は二つ。近づくか、近づかないか。

 近づけば情報は増えるが、目立ち、巻き込まれ、場合によっては能力の使用を迫られる。

 

「過ぎたるは及ばざるが如し」

 

 行動規範として、燐音は近づかない。

 結界内で何かが進行している。それだけで十分だった。

 

 彼女は歩き出す。夜の街に溶けるように。

 

 ◆

 

 ──結界の内側で、何かが起きている。

 

 外側から拾えるのは、空気の密度が変わることと、音が遠のくことだけ。

 異形の存在。不安定な結界。そして高町なのは。

 

 詳細は追えないが、魔力の出力が跳ね、一瞬の衝突が起き、急速に収束したことは分かる。

 戦闘は短く、結果だけが残った。

 結界の空気がゆっくり戻る。

 

 なのはは息を呑む。

 自分が何をしたか、完全には分からない。

 だが、自分が「やった」ことだけは分かる。

 

 小動物が安堵する。

 結界は細く揺れながら、維持され続ける。

 

 遠方。

 

 燐音の探知結界が急速な変化を捉える。

 

(出力低下)

(持続終了)

(干渉の収束)

 

 結界が薄くなる。

 内側で進行していた現象は終わりを迎えた。

 

 燐音は、情報を整理する。

 昨夜の微細乱れ、昼間の念話通信、首元の装置、今夜の持続干渉、そして収束。

 

(共通項)

(相違点)

(再現性)

 

 相違点は出力。共通項は魔法。

 結界維持者は維持のみ。戦闘の主体は別にいる。

 ならば、結界内で戦ったのは──高町なのは。

 

 燐音は結論へ到達する。

 高町なのはは、魔法少女として覚醒した。

 感情も評価も伴わない。ただ事実として認識するだけだ。

 

 既存の前提「人間は外部魔法を拒絶する」に、例外が生まれた。

 燐音はその事実を保持する。

 次に同じ現象が起きても、判断が遅れないように。

 

(更新)

(保持)

(次の入力待ち)

 

 燐音は歩き続ける。

 足音は小さく、街の誰にも気づかれない。

 

 結界の内側では騒ぎが起きている──はずだ。

 境界外の人々にとって、夜はただの夜。

 

 遠くで救急車のサイレンが鳴る。

 それは、別の誰かの事情だ。

 

 燐音は自販機の光を横目に、気づかれていないことを確認する。

 関わる理由はない。流れを変えれば余計な視線が集まり、判断が歪む。

 

 帰宅の方向へ足を向ける。

 結界は通常へ戻りつつある。

 雑音の中で、今日の干渉だけが浮き上がる。

 浮き上がった事実だけが、内部に残る。

 

 家の近く。

 風が冷たい。指先がわずかに乾く。

 室内で生活動作をこなす。

 世界は元に戻る。

 

 結界の反応は弱く、通常に戻る。

 燐音の内部では、収束が反復される。

 

 外部魔法の起動。戦闘。収束。

 その一連が、高町なのはの「初回」だったこと。

 

 初回は再現性が低い。次は条件が変わる。

(環境)

(相手)

(道具)

(制御精度)

 

 想定はできる。だが現時点で結論は出さない。

 情報が足りない。それで十分だ。

 

 燐音は寝る準備を始める。

 明日は昼の情報量が戻る。

 今日の夜の残滓が混ざった中で、拾えるかは条件次第。

 

 布団に入る前、窓の外を見る。

 夜の街は静かだ。

 何事もなかったように。

 だが、何もなかったわけではない。

 

 それを知るのは、数えるほどしかいない。

 

 視線を外す。

 今夜の結論はひとつ。

 

 高町なのはは、魔法少女として覚醒した。

 それで十分。

 それ以上でも、それ以下でもない。

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