魔法少女リリカルなのは  隣を歩く人   作:維伶@供養中

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9 薄い結論

 初戦闘から、数日が経過していた。

 

 廊下ですれ違う一瞬。

 窓越しに見える姿勢。

 授業中の視線の揺れ。

 

 なのはの出力は、一定ではない。

 

 夜になると、散発的に結界と魔力反応が発生する。

 規模は小さい。持続も短い。だが回数は多い。

 

(訓練、あるいは実戦)

(頻度過多)

 

 燐音は数日分の観測を並べ、最も単純な結論に落とした。

 

(疲労。原因は寝不足)

 

 それ以上の評価は不要だった。

 

 ──―

 

 昼。

 

 校庭の光は強く、教室の雑音は昼の密度で満ちている。

 燐音は昼食を机に置いた。

 

 今日は、なのはたちと一緒に食事を取っていた。

 

 配置は安定している。

 アリサが主導し、なのはが受け止め、すずかが間を繋ぐ。

 燐音は輪の中にいる。ただし中心ではない。

 

 なのはは笑っている。表情は普段通りだ。

 ただ、瞬きの間隔がわずかに長い。

 

(反応遅延。疲労)

 

 燐音は情報を保持するだけに留めた。

 

 会話が一段落したところで、すずかが燐音を見る。

 

「ねえ、燐音ちゃん。さっきから静かだけど……何か気になる?」

 

 問いかけは軽い。探る意図はない。

 

 燐音は一拍置く。

 

「高町。最近、睡眠が不足している」

 

 なのはが箸を止め、すぐに笑った。

 

「えへへ……そんなことないよ」

 

 声は軽い。だが安定していない。

 

 アリサが眉を寄せる。

 

「ないわけないでしょ。目、ちゃんと見なさいよ」

 

 なのはは視線を逸らす。

 

「だ、大丈夫だって。元気だよ」

 

 “元気”は出力であって、内容ではない。

 

 アリサは一歩踏み込みかけて止まる。

 

「……もういい。勝手にしなさい」

 

 強い声だが、引いている。

 

 すずかが空気を和らげるように言った。

 

「じゃあ、週末お茶会しない?」

 

「最近ちょっと忙しそうだし。気分転換、ってことで」

 

 なのはは一拍置いて頷く。

 

「うん……行く」

 

 アリサが肩をすくめ、すずかが笑う。

 

 燐音は、その流れを観測する。

 

(慰労。感情的判断)

 

 なのはが燐音を見る。

 

「燐音ちゃんも、来るよね?」

 

「行く」

 

 理由は述べない。

 

(目的:小動物の再観測)

 

 ──―

 

 週末。

 

 月村家の庭は整っていた。

 動線は明確で、刺激は少ない。

 

(環境評価:良)

 

 テーブルの上には菓子と紅茶。

 会話は小さく流れ、破綻しない。

 

 なのはは普段より静かだった。

 落ちてはいないが、余裕も少ない。

 

 その脇に、小動物がいた。

 

 前回と同じ外形。

 同じ体温。

 同じ魔力反応。

 

(個体一致)

 

「ねえ、見て。今日もおとなしいね」

 

 すずかが背を撫で、アリサが耳の付け根に触れる。

 小動物は逃げない。だが視線は周囲を測っている。

 

(知性反応)

 

 なのはが言った。

 

「この子ね、ユーノっていうの」

 

 名が与えられる。識別子として十分だった。

 

 燐音は流れを乱さない位置から手を伸ばす。

 

 毛並み。筋緊張。反射。

 

 ユーノは一瞬だけ硬直し、すぐに力を抜いた。

 視線は燐音から外れない。

 

(自制行動)

 

 燐音は指を離す。

 

(単純な獣ではない)

 

 情報を整理する。

 

(変身)

(恒常魔力)

(知性)

 

 結論。

 

(人型生物。人間として扱ってよい)

 

 この結論を共有する必要はない。

 

 初回の飛来。

 首元の装置。

 夜間の結界。

 

(魔法体系。関与者はなのは)

 

 推測を組み立てる。

 

(救難要請済みの可能性が高い)

(第三者介入は近い)

 

 結論は変わらない。

 

(私が動く必要はない)

 

 ──

 

 その時だった。

 

 燐音の探知結界が、薄い反応を拾う。

 

(魔力密度上昇。森側)

 

 反応は維持されている。

 

 燐音は立ち上がらない。

 

(昨夜と同系統。出力は異なる)

 

 判断は保留。

 

 先に動いたのは、ユーノだった。

 

 小動物はテーブルを離れ、走り出す。

 方向は結界反応と一致している。

 

 なのはがユーノを見る。森を見る。

 

「……行かなきゃ」

 

 迷いは短い。

 

 アリサが声を上げる。

 

「ちょっと、待ちなさい!」

 

 すずかも立ち上がる。

 

「なのはちゃん、危ないよ……!」

 

 なのはは振り返らない。

 

「大丈夫だから!」

 

 それは保証ではない。決意の出力だ。

 

 燐音は座ったままだった。

 

(単独行動。同行:ユーノ)

 

 アリサが燐音を見る。視線に苛立ちが混じる。

 

「……ねえ。心配してないの?」

 

 燐音は視線を逸らさない。

 

「なのはの運動能力は高くない」

 

 アリサが眉を上げる。

 

「それで?」

 

 燐音は続ける。

 

「ユーノの運動機能から逆算して、そこまで奥には行かない」

 

 説明として成立する。事実でもある。

 

(単独対応可能。介入必要性は低い)

 

 アリサは言葉を探し、諦めた。

 

「……はぁ。あんたが言うなら、そうなんでしょうね」

 

 納得ではない。だが拒絶でもない。

 

「すずか」  

 

 呼ばれて、すずかが顔を上げる。

 

「何かあった時のために、準備しておいて。

 一時間……いえ、三十分で戻らなかったら、連絡を」

 

 すずかは一拍置いて、すぐに頷いた。

 

「うん。分かった」

 

 メイドが静かに動く。

 

「……備えておく、ってことだよね」

 

「当然でしょ。信じるのと、何もしないのは別よ」

 

 燐音は結界反応を追う。

 

(出力上昇。安定)

 

 崩壊はしていない。

 

 そして、もう一つ。

 

(新規反応。高出力)

 

(第三者)

 

 結論は更新しない。

 

(まだ早い)

 

 ◆

 

 ──結界の内側。

 

 森の空気は重く、外界の音は遮断されている。

 

 ユーノが止まり、なのはが追いつく。

 

 封印体。

 形を保てない魔力の集合。

 

 その前に、影が立っていた。

 

 金色の髪。

 黒を基調とした服装。内側だけが赤い外套。

 感情の抜け落ちた表情。

 

 なのはは思った。

 

(……かわいそうな目)

 

 少女が淡々と告げる。

 

「……そこから、離れて」

 

 静かな声。迷いはない。

 

 森の中で、二人の魔法少女が向き合う。

 

 衝突の直前。

 空気だけが、先に動いた。

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