初戦闘から、数日が経過していた。
廊下ですれ違う一瞬。
窓越しに見える姿勢。
授業中の視線の揺れ。
なのはの出力は、一定ではない。
夜になると、散発的に結界と魔力反応が発生する。
規模は小さい。持続も短い。だが回数は多い。
(訓練、あるいは実戦)
(頻度過多)
燐音は数日分の観測を並べ、最も単純な結論に落とした。
(疲労。原因は寝不足)
それ以上の評価は不要だった。
──―
昼。
校庭の光は強く、教室の雑音は昼の密度で満ちている。
燐音は昼食を机に置いた。
今日は、なのはたちと一緒に食事を取っていた。
配置は安定している。
アリサが主導し、なのはが受け止め、すずかが間を繋ぐ。
燐音は輪の中にいる。ただし中心ではない。
なのはは笑っている。表情は普段通りだ。
ただ、瞬きの間隔がわずかに長い。
(反応遅延。疲労)
燐音は情報を保持するだけに留めた。
会話が一段落したところで、すずかが燐音を見る。
「ねえ、燐音ちゃん。さっきから静かだけど……何か気になる?」
問いかけは軽い。探る意図はない。
燐音は一拍置く。
「高町。最近、睡眠が不足している」
なのはが箸を止め、すぐに笑った。
「えへへ……そんなことないよ」
声は軽い。だが安定していない。
アリサが眉を寄せる。
「ないわけないでしょ。目、ちゃんと見なさいよ」
なのはは視線を逸らす。
「だ、大丈夫だって。元気だよ」
“元気”は出力であって、内容ではない。
アリサは一歩踏み込みかけて止まる。
「……もういい。勝手にしなさい」
強い声だが、引いている。
すずかが空気を和らげるように言った。
「じゃあ、週末お茶会しない?」
「最近ちょっと忙しそうだし。気分転換、ってことで」
なのはは一拍置いて頷く。
「うん……行く」
アリサが肩をすくめ、すずかが笑う。
燐音は、その流れを観測する。
(慰労。感情的判断)
なのはが燐音を見る。
「燐音ちゃんも、来るよね?」
「行く」
理由は述べない。
(目的:小動物の再観測)
──―
週末。
月村家の庭は整っていた。
動線は明確で、刺激は少ない。
(環境評価:良)
テーブルの上には菓子と紅茶。
会話は小さく流れ、破綻しない。
なのはは普段より静かだった。
落ちてはいないが、余裕も少ない。
その脇に、小動物がいた。
前回と同じ外形。
同じ体温。
同じ魔力反応。
(個体一致)
「ねえ、見て。今日もおとなしいね」
すずかが背を撫で、アリサが耳の付け根に触れる。
小動物は逃げない。だが視線は周囲を測っている。
(知性反応)
なのはが言った。
「この子ね、ユーノっていうの」
名が与えられる。識別子として十分だった。
燐音は流れを乱さない位置から手を伸ばす。
毛並み。筋緊張。反射。
ユーノは一瞬だけ硬直し、すぐに力を抜いた。
視線は燐音から外れない。
(自制行動)
燐音は指を離す。
(単純な獣ではない)
情報を整理する。
(変身)
(恒常魔力)
(知性)
結論。
(人型生物。人間として扱ってよい)
この結論を共有する必要はない。
初回の飛来。
首元の装置。
夜間の結界。
(魔法体系。関与者はなのは)
推測を組み立てる。
(救難要請済みの可能性が高い)
(第三者介入は近い)
結論は変わらない。
(私が動く必要はない)
──
その時だった。
燐音の探知結界が、薄い反応を拾う。
(魔力密度上昇。森側)
反応は維持されている。
燐音は立ち上がらない。
(昨夜と同系統。出力は異なる)
判断は保留。
先に動いたのは、ユーノだった。
小動物はテーブルを離れ、走り出す。
方向は結界反応と一致している。
なのはがユーノを見る。森を見る。
「……行かなきゃ」
迷いは短い。
アリサが声を上げる。
「ちょっと、待ちなさい!」
すずかも立ち上がる。
「なのはちゃん、危ないよ……!」
なのはは振り返らない。
「大丈夫だから!」
それは保証ではない。決意の出力だ。
燐音は座ったままだった。
(単独行動。同行:ユーノ)
アリサが燐音を見る。視線に苛立ちが混じる。
「……ねえ。心配してないの?」
燐音は視線を逸らさない。
「なのはの運動能力は高くない」
アリサが眉を上げる。
「それで?」
燐音は続ける。
「ユーノの運動機能から逆算して、そこまで奥には行かない」
説明として成立する。事実でもある。
(単独対応可能。介入必要性は低い)
アリサは言葉を探し、諦めた。
「……はぁ。あんたが言うなら、そうなんでしょうね」
納得ではない。だが拒絶でもない。
「すずか」
呼ばれて、すずかが顔を上げる。
「何かあった時のために、準備しておいて。
一時間……いえ、三十分で戻らなかったら、連絡を」
すずかは一拍置いて、すぐに頷いた。
「うん。分かった」
メイドが静かに動く。
「……備えておく、ってことだよね」
「当然でしょ。信じるのと、何もしないのは別よ」
燐音は結界反応を追う。
(出力上昇。安定)
崩壊はしていない。
そして、もう一つ。
(新規反応。高出力)
(第三者)
結論は更新しない。
(まだ早い)
◆
──結界の内側。
森の空気は重く、外界の音は遮断されている。
ユーノが止まり、なのはが追いつく。
封印体。
形を保てない魔力の集合。
その前に、影が立っていた。
金色の髪。
黒を基調とした服装。内側だけが赤い外套。
感情の抜け落ちた表情。
なのはは思った。
(……かわいそうな目)
少女が淡々と告げる。
「……そこから、離れて」
静かな声。迷いはない。
森の中で、二人の魔法少女が向き合う。
衝突の直前。
空気だけが、先に動いた。