「お、ゆきめじゃないか。学校にくるとは珍しいな」
5-3組の掃除用具箱でまどろんでいた灰耶は、窓の外にいる木の枝に腰掛けているゆきめに声をかける。
「ええ。今日は鵺野先生がデートしてくれるの! 最近冷気を外に出さない方法を身に付けたから、ラーメン屋さんに挑戦してみようって」
ぬ~べ~とゆきめの恋路は、どうにかうまくやっていけてるらしい。
灰耶は話を聞きながら満足げに相槌をうつ。
ゆきめとの話の最中に、広が教室に乱暴に入ってきた。
こっちの恋路はうまくいってないらしいと灰耶はあたりをつける。
広が感情的になるのは、サッカーか郷子のことだ。
広は牛乳を飲みながら泣き、ささいなことで金田とケンカをし出した。
かなり一方的に殴っていたので、さすがに灰耶が止めに入る。
「どうしたんじゃまったく……流石に金田が哀れじゃぞ」
「も、もう何もかもどうでもいい……」
絶望の顔で床に寝そべる広。
「あ、なんだここにいたの? まったく、勘違いして走り出すんだから」
扉を開けて、郷子が教室に入ってきた。
照れくさそうな顔で話しかけてくる郷子にも、広は反応を示さない。本当に心が弱っているらしい。
「あのね、違うのよさっきのはね……」
「……ぬ~べ~と、キスしたくせに」
その言葉が放たれた瞬間、教室の温度が一気に下がった。
「広くん、その話、詳しく……」
幽鬼のような顔で教室に入ってくるゆきめに、広は全てがどうでもよさそうな表情で答える。
「学校の裏で、ファーストキスの相手がぬ~べ~だって言ってたぜ。証拠の写真を土に埋めてた」
教室の温度がさらに下がる。
郷子があわてて弁明しようとする前に、三度教室のドアが開いた。
「なんだどーしたぁ?」
のんきな顔をしたぬ~べ~と、阿修羅のようなオーラを漂わせたゆきめの目が合う。
事態の面倒さを悟ったぬ~べ~が口を開くより先に、ゆきめが動く。
「鵺野先生……決着をつけましょうか……」
「え、ちょ、」
「拳で」
「拳で!!??」
ゆきめはゆらりと郷子の前に移動し、ファイティングポーズを取る。
「郷子ちゃんとも決着つけましょうか……拳でするわけにはいかないから、料理とかで」
「え、え————っ?」
とにかく勝負ごとを吹っ掛けまくるゆきめを、灰耶は手で押さえつける。
「まずい……今度はワシの感情がゆきめに流れ込んでいってしまった!」
「あんたいつもこんなこと考えてんの? 思春期の男って嫌な生き物ね」
「美樹が持ち込んでくるトラブルはいつも美樹ごと全部殴って解決したいと思っておるが……」
辛辣なツッコミを入れてくる美樹に、同じく辛辣な言葉で返す灰耶。
「ゆきめさん、誤解なのよ! 私がぬ~べ~とキスしたのは、6年前! 5歳のとき!!」
「5歳……」
このままでは不味いと、郷子が声を張り上げた。
ゆきめと広がポカンとした顔をして、教室の気温が元に戻っていく。
「な、なんだ……そんな小さいころの話か……」
「まったくもう、勘違いして! ゆきめさんが聞いたから大変なことになったでしょ!」
怒る郷子に反省する広。
教室の全員がほっと一息ついた所で、ゆきめが灰耶に囁いた。
「……鵺野先生、奥手であんまりキスしてくれないのよ。灰耶くんの【
「そりゃできなくはないが……!! 幼女だったらキスしてもらえるわけじゃないじゃろ!?」
「でも……! 私もっと先生とキスしたい!」
距離は近くなったが、だんだん無茶を言われることも増えたなと灰耶は思った。