「鳴介……その娘と幸せに暮らせ。その子供ともうまくやるんだ」
霊能者、無限界時空はそう言いながら鉢巻を外した。
体中に巻き付けたしめ縄をほどきながら、時空は走る。
「ま、待て—————っ!!」
灰耶は叫ぶことしかできない。
マーラの体にあった触手は全てひしゃげ、どくどくと血が溢れている。
満身創痍で立ち上がることもできない。
灰耶には何もできなかった。
ただ、時空の最後を見届けることしか。
■■
「一体どうしたのだ。私をこんなところまで呼び出して」
「来てくれるとおもったぞ、玉藻」
深夜の公園に、玉藻は灰耶に呼び出されていた。
部屋に入るなり男根の魔王が窓から侵入してきたので、玉藻はそれなりに心労を被った。
「お主の目的は愛を知って、ぬ~べ~の無限に高まる力を得ようというんじゃろ?」
「そうだが」
灰耶は鉤爪を打ち鳴らした。
「強くなることが目的なら、体を鈍らせるわけにはいかんじゃろ。定期的にワシと遊んでいかんか」
玉藻は目を細める。
その提案には一理あるが、他者にいいように利用されるのはごめんだ。
「子供の癇癪に付き合う気はない」
「あ゛? 誰が子供じゃ」
「子供でなかったら愚図だ。自分の暴力衝動に他人をつきあわせるな」
声に殺意が乗った灰耶に臆することなく玉藻は言葉を続ける。
人間の「愛」とは程遠い灰耶に見切りをつけ、玉藻はその場を去ろうとした。
(……いや、人間の愛を完全に理解できていないのが私だ)
玉藻は愛が理解できていないが故に、ぬ~べ~の行動を卑怯だと罵ったこともある。
見切りをつけるのは速いかと、玉藻は足を止めた。
「……せめて理由くらい話せ」
玉藻の言葉に、灰耶はうなだれる。
数秒の沈黙の後、ぽつぽつと言葉を吐き出し始めた。
「ぬ~べ~と付き合っておる、ゆきめ、雪女がいるんじゃが。ゆきめを作った山神が、『ゆきめを連れ出すことは自然の掟に反する』っつって祟りを振りまきだした。ゆきめを無理やり生かしたワシも怒りの対象で、ぬ~べ~とゆきめとワシで、怒りを鎮めにいくことになったんじゃ」
灰耶は一度息を吸って、怒りをこらえるように手のひらに力を込める。
「ワシらは山神に殺されかかって……それを、時空が、ぬ~べ~のおやじさんが……出しゃばって! 人柱になって事態を収めおった!!」
「……命を救ってもらったのだろう。感謝をするべきではないのか?」
「当事者でないヤツに命を捨てて助けてもらって、それでどう喜べってんじゃ!!」
灰耶がごちゃ混ぜになった怒りを燃えあがらせ、吠えた。
「力が……力が欲しい!! 魔王の姿を得ておいて、このざまじゃ終われん!! 世界を意のままにできる力がっ欲しいッッ!!」
欲望を絶え間なく吐き出す灰耶を見て、玉藻は口角を上げた。
鵺野先生のような美しさはないが、灰耶のエネルギーは凄まじく増大している。
この感情なら理解できる。自分のために生きる、妖怪の感情だ。
利他のような自己愛。
「面白い……。こい。相手をしてやる」
研究のために、玉藻は灰耶の意見に乗ることに決めた。
夜の公園で、玉藻の首さすまたと灰耶の爪がぶつかりあう。
「く……術の技量では叶わんな……」
玉藻の極小の結界で体を拘束され、マレーナ形態の灰耶は地面に転がった。
対する玉藻も疲労の色を隠せないようすで、地面に片膝をつく。
(はぁ、はぁ……。炎を吸収し、首さすまたをはじく外皮。その上異なる形態へと変わるとは。侮れん……)
玉藻が荒い呼吸を繰り返していると、灰耶がマレーナの手を玉藻に向けた。
「【
とたんに玉藻の体から疲労が抜けていく。
女神の力によるヒーリングに、玉藻は驚いた。
「その形態は死神ではないのか? なぜ回復の力が使える」
「最近わかったんじゃが、神話の解釈によっていろいろ能力の応用ができるんじゃ。ヒーリングもその一つ」
マーラに変形し、巨大化することで結界を破った灰耶は玉藻に背を向ける。
「今日はお前さんの勝ちじゃ。また遊んでくれ、玉藻」
「フッ……いいだろう。アディオス、魔王の少年」
再び戦う約束をして、二人は公園を去った。